第44話 エピローグ② 胎動する射手座

『神速のゲリュア』はトラップクエスト。これだけ言われた所で俺たちにはタオがそこまで焦る必要性を感じられない。だが、普通のNPCが警告するわけでもなく、かつてこのクエストを体験した人物の言葉ともなると、脅しなどではないようだ。


「トラップ?」

「ゲリュアのクエストはシナリオ系列なのに、クリアするとストーリーの難度を大幅に上げるトラップクエストなんだよ」


 青ざめた表情でそう語るタオ。トラップの理由を聞いた俺達もようやく事の重大さを認識し始めた。今俺たちが得をしても後で苦労するならばクリアを躊躇いたくもなる。ただのゲームなら挑戦者として燃える展開だけど、何万人もの命がかかるとなれば難易度を自分から上げて行くのは愚の骨頂と言える。


「それは…また面倒な」

「でもそれに見合った強さなんでしょ?」


 アイシャが当然のように質問すると、タオは力なく首を横に振る。


「それが一番厄介な所。あれは速いだけで他に取り柄がない」

「でもイベントページにはあらゆる困難に打ち勝てるって見出しがあるけど?」


 アイシャが見せるページには、『このモンスターを仲間にしてあらゆる困難に打ち勝て!』と大きな文字で書かれていた。タオはため息を吐いてそれについて理由を説明する。


「そりゃ速ければ必ず逃げられるからね。逃げるが勝ちって言葉があるから嘘ではない」


 確かに嘘ではない…嘘ではないが…そうなるとこのクエストは三つの中で一番厄介かもしれない。

 襲撃クエストはもう三度目の開催になるため、純粋に戦力増強と情報収集を密にするだけでいい。サーバー対抗のフィルムコンテストは…まぁペナルティがないなら最悪負けてもいい。

 しかし、これはそうもいかない。


「…厄介だな」

「えぇとんでもなく厄介ね」

「だな。この情報すら上手く使えないのがもどかしい」


 アイシャとデッドマンも恐らく同じことを危惧している。逆にシンは全く分からないらしい。元々こういうことは深く考えないで出たとこ勝負が得意な奴だ。王位継承争奪戦では、予め目的を定めてこちらの手札と相手の情報を把握出来ていた分、ヘリオス相手に圧勝出来ていた。


「と、言うと?結局何が厄介なの?」

「知り合いの魔物使いはジュノーよね?彼女なら抑え込める。けど…」

「他はそんな事言っても信じねぇ。情報操作だとか言って強引にでも捕まえようとするだろ」


 要は、ゲリュアを求める他のプレイヤーまでは俺たちでは止められないということだ。例え新機能の配信で訴えた所で信じてもらえるとは思えない。そんなに聞き分けいいなら、うみへび座で死者が出ることはないのだから。おそらく、ユノがタオの情報に制限がかけないのもそのためだろう。今回は知っていても止めるのが難しい。


「一応、ゲリュアは最速の設定だから並のプレイヤーじゃ捕まえられないと思うけど…」


 タオはそう言うが、もしものことは考えられる。そういう人を片っ端から探して説得する時間もなければ出来る気もしない。何せこれに時間をかけ過ぎたから、襲撃クエストの準備が出来なかったなんてことするわけにはいかない。

 そうなると、対処法は一つ。意図的なクエスト失敗を狙う。


「鹿は討伐しよう。捕獲しなきゃいいんだろ?」

「それが妥当かも。それなら大丈夫でしょ?」

「討伐か…皆物欲に負けてテイムしか考えなかったけど、それならいけるかも。むしろそのほうがいい」

「なら、その方針で決めましょ。次、襲撃クエストは…」


 アイシャが話題を変えようとすると、途中にシンが割り込んでくる。この話題になった瞬間、シンの目つきは明らかに変わった。


「それ込みでその後のやつについて話したい。何せコンテスト期限は襲撃クエストと同日だ」


 サーバー対抗バトルフィルムコンテスト。世界規模のゲームだからこそ海外のプレイヤーは別サーバーにいることは知っていたし、エレネとの会話でいつの日か全サーバーのプレイヤーは一つに纏まるとも聞いていた。しかし、それより前に彼らと覇を競い合う時が来るとは思ってもいなかった。幸運なのは報酬を決めるランキングにペナルティはないこと。無理をしてまで勝とうとしなくてもいいことだ。


「PvPならぬSvSか…勝つならその襲撃クエストが狙い目だよな」

「他のサーバーってどこが強豪?」

「アメリカ、ロシア、欧州、中東、中国、韓国……ざっと挙げてもこれだけある中で強そうな所……」

「順当にいくなら五大魔境のトップ達がいるとこね」


 アイシャがそう言うと、その言葉にピンと来ないアオイさんが説明を求める。


「藍那、五大魔境って何?」

「世界中で発売されたゲームの中で『平和』って言葉が一切似合わない五つのゲーム。日本制作、多種多様な種族で戦うPvP『M B Oメテオ・バスター・オンライン』中国制作、リング上で一対一異種格闘技ゲーム『G B 7グレイテスト・バトラー・セブン』フランス制作、最大500万人同時接続で行うSG『C M Sカオス・マーセナリー・サバイバー』ロシア制作、剣と魔法の世界のファンタジーRPG『Bバトル Rロード Dドラゴンズ』アメリカ制作、今私が言った全てのコンテンツを一本に詰めこんだオールジャンルゲーム『D S Gドミネイト・ステイツ・ガーデン』のこと」

「最後以外普通のゲームにしか思えないぞ?」


 それはそうだろう。魔境と呼ばれる原因はゲーム要素よりもプレイヤーの割合が多くを占める。アイシャはわかりやすく例えるためにシンを指さす。


「そこにいる人外シンみたいなのが大勢いるわよ」

「あぁ…なるほど……」


 それを見たアオイさんも直ぐに理解できたようだった。


「一応僕はまともなんだけど……」

「今日は言うこと聞いとけ。今回のお説教軽く済んだんだから」

「…そうする。ぐすん…」


 肩を落として涙目のシンは放置してアイシャは五大魔境の王者をそれぞれの出身からいるであろうサーバーに当てはめる。


「中国サーバーは、GB7勝利数ランキング一位、元中国雑技団の花形ユアン。EUサーバーは、KMS 勝率ランキング一位、全てを駒とする冷酷無比と畏怖されたドイツのビスマルク。ロシアサーバーは、DDZ PKランキング一位、絶対的な個の強さを誇る独裁主義者ロマノフ。そして…アメリカサーバーは、DSG 総合ランキング一位、世界最強のプロゲーマーで完成された人類ことアメリカの救世主サーシャ。この辺が化け物ね」

「あくまで仮定の話…だと思いたいけど、このゲームも宣伝とかで話題になってたからやってる可能性は高いね」


 アメリカサーバーにはもしかしたら…彼女がいるのだろうか。


「…お兄ちゃん!」

「はい何でしょう!」

「…サーシャのこと考えてた?」


 この妹、無駄に感がいい。


「…いえ……別に」

「…実は買う前に連絡したら自分も買ったって言ってた」

「っ!!」


 全く聞いてなかった。いや…聞けるような関係だけど今は聞きにくいというか…


「何かメッセージでも残したら?」

「いや…やめとく」

「は?何で?」

「今度会う時に直接言うよ」


 エレネの言う通りならいつかサーバー統合があるはずだ。彼女がそれまでに負けるはずがない。だから、俺はそこまで生き抜いて必ずもう一度彼女に会う。その時は…


「はぁ…かっこつけるのはいいけど、どうせテンパって上手く伝わらなくてコミュ障拗らせるのがオチなんだから会う時は私も呼んでね。横でしっかり伝えてあげる」


 ………


「うん…はい…そうします…」


 再会の時にシオンがいるのは何か…情けないな。


「グレイさん、ちょっといいですか?」


 そんな俺に声をかけてきたのはマナロだった。


「マナロ?どうしたの?」

「えーとその…グレイさんってこの後は予定ありますか?」

「今日はないよ」

「えっと…そうではなくて…」

「あ、お兄ちゃん。次の襲撃クエストまでエル・イーリアスで過ごさない?」


 エル・イーリアスって確か南エリアの魔導大国だよな。初期リスボーン地点にもなってる一番賑やかな場所でシオン達の本拠地でもある。そして、俺はまだ行ったことがない。


「何かあったっけ?」

「その…」

「お兄ちゃん、私達は今ちょっとしたシナリオクエストを受けてるんだけど、そこで力を借してほしいの」

「ちょっとシオン!」

「シナリオクエストかーでも俺もあの二人と進めたいシナリオクエストがあるからなー」


 俺の脳裏に思い浮かんだのは、中央エリアにいる国王のシナリオクエスト。プロローグとも言えるクエストをクリアして以降、その内やるはずが色々立て込んでまだ手をつけていない。


「そ、そんな…」

「ほら、お兄ちゃん!それは三人で受けるべきかもしれないけど、残りの二人が中央に戻るかどうか…「僕やりたいから戻りたいけど?」」


 どこからか現れたシンは、迷いなく話に割り込むとそう告げる。見間違いかマナロの顔が少し青ざめた気がする。シオンが何か理由をつけようとすると、ふらっと現れたアイシャがシンの耳を引っ張って何処かへ連れていった。去り際のアイシャはこちらを見て少し微笑んでいた。それを見たマナロが話を戻す。


「えーと、アイシャさんは西へ向かうそうなので、しばらくはそれも出来ません」

「あ〜そうなのか…」


 まぁマナロには先のうみへび座で助けられたし…そのお礼もあるな。


「なら、お言葉に甘えて。俺は未到達エリアだから少し時間がかかるけど」

「良かった!じゃ、じゃあ「グレイ…僕と一緒に行かない?」」


 次にマナロの言葉に割り込んできたのは、先程まで向こうでデッドマンと話していたラプラスであった。


「東は戻りたくない…西はもう彼の国…北は何もない…なら南」


 なるほど、男二人旅か。ラプラスと久々に話したいこともあるし楽しみが湧いてくる。


「そう…「そうだラプラス!いい機会だしMBO元トップ3の三人で西まで旅しない!?」」


 再び戻ってきたアイシャが俺の言葉を途中で遮る。


「いや……意味ない「いいから行く!」」


 アイシャに押し込まれてラプラスは、会話の中から追い出される。シンは、自分も巻き込まれて残念そうにしているが、アイシャの笑顔一つで蛇に睨まれた蛙のように大人しく萎縮していた。


「えーと、そしたら俺と…ヴァルキュリアで行くのか?」

「え、い、いやその…」


 中々その先を言えず言葉に詰まるマナロ。すると、咳払いをしたアオイさんと月下さんがやってくる。、


「あーグレイくん、私と瑠璃はノイを連れて先に戻るよ。色々と片付けたいことがあってね」

「私もヒューガに用があるから放っておいていいよ」

「え、本気ですか月下?まぁいいですけど」


 そう言ってアオイさんは二人の下へ向かい、月下さんはヒューガを引きずりながら離れていく。ヒューガの奴…月下さん相手だと反論はしないんだな。


「じゃあ私も…「シオンは残って!」ふぇ?」


 二人に習ってシオンも去ろうとすると、マナロが手を引っ張ってそれを止める。シオンが彼女の顔を見ると真っ赤に染まっていた。


「お願い…」

「わ、わかった」


 首を縦に振るシオンを見てマナロは安心するもすぐに恥ずかしくなったのかどこかへ走り去ってしまう。残された俺とシオンは気まずそうにしつつも出発の日取りを決めた。


「OK。出発は明日の朝だな」

「じゃ明日からよろしくね」

「おう!」


 マナロがグレイと別れて一人ヴァルキュリアに戻ろうとすると、突然メッセージが送られてくる。


「もしかして…グレイさんかな?」


 差出人は『ユノ』と書かれており、題名には『このメッセージは一人でご確認ください』としか書かれていなかった。周りを見渡し誰もいないことを確認したマナロは、その中身を開く。


「え……」


 数秒後、彼女はそこに書かれていた言葉が理解できず、何度も読み直す。

 そして、間違いではないことを確認すると、おぼつかない足取りでふらふらと森の方へと向かっていった。そうして辺りに誰も居ないであろう森の中まで歩くと、膝を着いた彼女は顔を手で覆い身を震わせる。


「あ、あぁ……いや、嫌、嫌あぁぁ!!」


 それから暫く泣き叫んだ彼女は、涙と嗚咽に苦しみつつもフレンド欄に映る『グレイ』の文字を見続ける。


「…ごめん………なさい……」


 ______________



「題名:このメッセージは一人でご確認ください」

「差出人:ユノ」


「マナロ様。貴方は先のうみへび座戦においてHPが全損し、リタイヤされました。しかし、特例として貴方様に敗者復活戦の機会を与えることが決まりました。そこで、貴方様には次のストーリーボスである射手座としての権限を持たせて復活させました。貴方の復活条件はPNプレイヤーネーム『グレイ』の殺害。それによって射手座の権限は殺害したプレイヤーに譲渡されます。貴方が死なれた場合は射手座討伐としてストーリーが進みます。ご健闘を期待しております」


「追伸。本件を他のプレイヤーに話した場合のペナルティ等はございません」

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