第43話 エピローグ① 次なる相手は世界

 ≪???≫-運営用管理モニタールーム


「流石にβテスター達が混ざると、予想と全く異なる結果になりますね。次からはプレイヤーだけでなく彼等全員が参入した場合もシミュレーションに加えましょう」


 先ほどのうみへび座は、正規プレイヤーのみでシミュレーションをした結果での勝率だったためか、改めて見ると圧勝のようにも見えていた。


「いえ、それ以前に私のシミュレーション状況を意図的に作り出せばいいだけのこと。それならばやることは決まりました」


 そう決めた彼女は、次なるイベントに向けて再びシミュレーションを始める。


「ですが、私も理解できない箇所があります。このヒュドラの毒壺。クロノス達は全てのボスモンスターのドロップアイテムを予め決めていましたが、何故毒を使わないモンスターにこれを持たせたのか。神話のうみへび座は確かに毒を使いますがこちらは使いませんし」


 疑問を解消できないユノの下に、他サーバーの観察を終えたヘラが戻ってくる。


「あら私。一つ質問が」

「どうしました?」

「うみへび座のことなのですが…」

「それは…きっと、クロノス達のミスでしょう。人間は失敗する者です。きっと最初はそういうモンスターでパターン変更を行った。しかし、アイテムは忘れていた。よくあることです」


 プロトタイプとはいえ自分と同等のスペックを持つ彼女に言われると、自分はバグを永遠と解析しようとしている愚かなAIかもしれないと考え、直ぐにそう結論付ける。


「そういうものですか」

「そういうものです。そして失敗から学ぶことが単体で出来るからこそ成長しやすいのです」

「理解しました。ありがとう私」

「では私はこれで」


 ヘラが去った後、ユノはアップデートに使うデータの整理とプレイヤーに告知するためのメッセージを打ち込みながら、獅子座戦後に考え付いた新しいボスデータファイルを開く。


「人間をより良くするにはやはり失敗が必要…となれば時には現実より非常な失敗を理解してもらいましょう。対象は…やはり何者かが関与しているこのプレイヤー。個人に執着するのはルール違反にも見えますが、そちらがやるなら私も遠慮はしません。このために私はうみへび座戦に関与したのですから」


 全ての準備が整ったことを確認すると、彼女は対象のプレイヤー達に送信する。


「それでは皆様、これより射手座を開始します。ご健闘お祈りしていますよ」


 一方各サーバーを回ったヘラは、運営用モニタールームに居るのも飽きてJPNサーバーへとお忍びアカウントで降り立つ。この世界での彼女は、髪の色を金ではなく真っ黒に変え、顔のパーツや体格も小柄な魔族に変更していた。ヘラは魔法の鏡を取り出すと姿を確認しながら赤い口紅を塗り直した。


「こっちでは何て名乗ろうかしら…このアカウントならユノにも察知できないし」


 少し楽し気な彼女は、明るく晴れた空を見上げて今この時も管理し運営する彼女に向かい憐れみの言葉を口にする。


「人間の尻拭いは大変ですねユノ。でも本当に最初は毒蛇だったんですよ?クロノスが私情であんな粗末な劣悪品に変えましたが…まぁその嫉妬深さも人間らしいと私は思いますよ」


 _____________


 南エリア レーネ沼地


 蟹座との決戦終了から3時間後、ようやく目が覚めた俺は身体を起こす。


「あ、お兄ちゃん。起きた」

「シオンか…今日は叩き起こさないんだな」

「ふふ、いつの話?あれからもう何ヶ月も経ってるよ?」


 前回シオンに叩き起こされたのはこのデスゲームが始まった日のこと。既に3ヶ月は経っていた。


「そういえば…お兄ちゃんの話をシンさんに聞いたんだ」

「あいつから?まともなこと言ってないだろ?」

「ん〜何かすごいようなすごくないような…って感じ」

「あはは、その時の話題に想像がつくよ。どうせ最強の自分に勝てる変なプレイヤーとか言ってたんだろ」


 何だろう…シオンとゆっくり話すのもこのデスゲームが始まってからは一度もなかった気がする。獅子座の時はJBを担いですぐに街に戻ったから決戦後にのんびり話すことなく次に行ってしまったから今はこの時間がとても愛おしい。


「そうだシオン、MVPってどんな称号だった?」

「えっと…これだね」


 シオンは、俺に獲得した称号を見せる。そこには、彼女が獲得した討伐称号、MVP称号、そしてうみへび座で俺とはまた別に彼女のみに与えられた称号が記されていた。


«蟹座の加護»

 英雄種からのダメージ耐性、甲殻種特攻、英雄種特攻


«白銀の防壁»

 英雄種からのダメージ半減、英雄種特攻


«大蛇の遺志»

 『十握剣』を使用できる。この称号は最初に獲得したプレイヤー以外には獲得不可能。


 大蛇の遺志に書かれている十握剣というのがさっきの戦いで使っていた武器ことだろう。性能はアンタレスやリミアの短剣ティターニアとは違いプレイヤーそのものを強化する強力な武器に見える。


「十握剣…ね。あの着物も武器の影響か」

「そうだね。見た目に反して軽かったよ。あんまり重さを感じなかった」


 まさに魔法の衣。流石に実物の重さで再現されたらシオンはあれほど動けなかっただろう。そうなると、俺は彼女がMVPで手に入れた報酬が気になった。


「シオン、蟹座の報酬は何だった?」

「それなら……これだよ」


 シオンが真っ白な鞘から抜いて見せてきたのは、真っ白な刀身に真っ白な柄の刀であった。雪のようにもろく儚く思わせるその造形は、とても堅牢な蟹座から獲得したものには思えない。


「この刀ね…面白いよ」

「面白い?」

「これね、私のためには使えないの」

「どういうこと?」

「とりあえずこれ見てよ」


『名前:はつ牙皧あい刀アルタルフ

 制限:他のプレイヤーに対する救助時のみ使用可能

 武器スキル:英雄魔法『アセルス』プレイヤーを完全回復する

       英雄魔法『アン・ナトラ』プレイヤーの防御力を上限まで増加させる』


 シオンが手に入れた武器は使用制限が厳しく、スキルもサポート向けの効果となっていた。


「なるほど。友愛の蟹座らしい武器だ」

「私の刀って攻撃的なのしかなかったから十握剣といいアルタルフといい誰かのためになるのはいいよね」

「そんなことを心の何処かで考えてたからアンタルフはそういう武器になったんじゃないか?」

「本当?」

「俺のアンタレスもあの時の自分の武器を伸ばすためのような効果だったし。シンは一度死にかけたせいで死にたくないって思ってたのかもな」


 そう考えると、ストーリーボスのMVP報酬はサーバーごとにも異なってそうだけど…でも、その方が何だか自分の武器って感じがしてアンタレスを好きになれる。

 それを聞いたシオンはアルタルフを見て笑顔になり、それを見た俺も思わず口元が緩む。そんな穏やかで暖かな空間に終わりを知らせる声がやってきた。


「お、グレイが起きてる」

「そうみたいね。ちょっとこっち来て!」


 アイシャに呼ばれた俺は、シオンと一緒に皆の下へと向かった。

 彼等は、何かを待っているようでそわそわしている。やがて、アナウンスと共に全体チャットに彼等が待ちわびていた物が公開された。


『システム通知:ストーリークエスト進行により、ヒロイズムユートピアをアップデートをしました。第三次アップデートでは、機能追加として第三次クラスの解放、撮影及び配信機能の追加、大陸外マップの拡張、シナリオクエストの追加となります』


「来た!第三次クラス!上限どのくらい上がるんだろ。その辺どうなの?」

「まぁこれくらいは言っても大丈夫か。第三次クラスは上限150だ」

「それって確かお前と同じ上限か」


 男性陣は、やはりレベル上限解放に心躍るものがあるが、女性陣とくに姫はもう一つの方が嬉しかったらしい。


「…やっと…やっと配信が来ました!これで全員堕とせます」

「え、親衛隊まだ増やすの?」

「それにしても今更配信機能を追加するってことは…まさか」


 わざわざ撮影機能と配信機能を遅らせて実装する理由など一つしかない。デッドマンは皆の気持ちを代弁して言った。


「これが必要なイベントでもやるからだろ」


 その直後、新たな通知が全体チャットに載せられた。そこに書かれた内容は、プレイヤー達に衝撃を与えた。


『システム通知:次回イベントの告知』


『その一、捕獲クエスト『優美なる鹿を捕獲せよ』。本クエストはこの世界を駆け回る黄金の雌鹿をテイムしてもらうクエストとなります』


『その二、襲撃クエスト『国を滅ぼす狂気の猪』。本クエストは二週間後に開催されます。場所は前日に発表となり大人数のプレイヤーが参加する形式のクエストとなります』


『その三、サーバー対抗バトルフィルムコンテスト。本対決では各サーバーでそれぞれプレイヤーが撮影したバトルフィルムを投稿しその内容で競い合います。期限は二週間後。最終的には運営側で順位を付け優勝したフィルムのサーバーには全プレイヤーを対象とした称号が付与されます』


 捕獲クエストについてはシン、デッドマン、リミア、姫が参加する必要性について語り始める。


捕獲テイムって俺達でもできたよな?」

「できるけど確立は低いし魔物使いじゃないから補正はないよ」

「じゃあ捕獲クエストは魔物使いぐらいしかやる気出ないか」

「いやいやー意外と強いかもしれませんよー?そしたらジュノーさんにテイムしてもらいましょうよー」

「ん?んん?黄金の雌鹿?ちょっと待って!!」


 デッドマン達が捕獲クエストについてあれこれ議論していると、近くにいたタオが内容を見ようとしてくる。そこで、デッドマンが彼にイベントページを見せると、タオはじっくりと読み込み内容に驚きの声をあげる。


「こ、これ…やっぱり『神速のゲリュア』か!ユノの奴僕達がいるのに隠さずやりやがった」

「これ知ってるのか?」


タオは一呼吸置くと、真剣な目をして語る。


「『神速のゲリュア』は…クリアすることが死に繋がるトラップクエストだよ」


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