第42話 友愛のうみへび座と蟹座_part【FINAL】
その頃、うみへび座の死骸の近くにはシオンがマナロの隣で戦場を眺めていた。シオンは、兄であるグレイが戦闘に参加したのを見ると、気を失っている友人に声をかける。
「ん~もういいよ」
すると、何事もなかったようにマナロは身体を起こした。
「ねぇマナ…いつから起きてたの?」
「グレイさんが震えた声で呼び掛けた時」
二人が、蟹座の戦いを観戦していると、蟹座の身体に変化が訪れる。全身が白い甲殻から機械の身体に変わり果てた蟹座は、鋏の表面を変形させてプレイヤーを追尾するミサイルを放射する。グレイ達はそれを撃ち落とし、斬り払い、擦り抜けて一太刀を浴びせていく。
その光景を眺めつつ二人の会話はグレイの話題で続けられる。
「性格悪いよ?お兄ちゃん、マナのこと心配で集中出来ないと思うけど…」
「逆だよ。起きて安心させるより生きて帰ることを最優先にしてもらわなきゃ。そのために大丈夫って言ってもらったんだよ?」
「……今思ったんだけどさ。マナってお兄ちゃんのこと…」
シオンがマナロの方を向き、さり気なく尋ねと、マナロは慌てて途中で遮る。
「そ、それは勘違いだよ!私は親友のお兄さんくらいの感情しか…持ってないから」
「そうだよね…ごめんごめん」
質問したシオンの方が顔を真っ赤にして目を逸らす。気まずくなり始めたその時、蟹座との戦闘に大きな変化が訪れた。残り体力は四割ほどの所で、蟹座の攻撃範囲は広まり、後方にいたプレイヤー達が巻き込まれ始めたのだ。流れ弾に当たり死んでいくプレイヤーもいる。
「大変、マナも起きたし私も行かないと」
シオンにとってマナロが目覚めるまでは、傍に付いてあげるつもりだったが、もうその必要もない。前線に戻って最低でも巻き込まれている後方のプレイヤーを戦場から引き離す必要がある。
「じゃあ行くから」
「あ、私も行く」
「ダメ!一度死にかけたんだから、今日は休んで!」
シオンが強めに言うとマナロも流石に反論せずに座り込む。彼女は、今の自分には何もできないことに悔やみ肩を落とす。しかし、シオンを見送るために顔を上げた際、あることに気づいた。
「…待って。シオンあれ見て」
マナロが指し示した方向には、蟹座の周りに白色のオーラが湧き上がる。それが終わると、蟹座の攻撃は先程よりも激しくなり、横にしか進めない蟹はどこへいったのやら蟹座は少しずつシオン達の方へと向かって進み出す。
「噓こっち!?」
「シオン、どうしよ」
「そんなこと…言っても…」
その時、シオンは視界の隅に映ったうみへび座の死体に目が向く。そこに彼女は疑問を持った。
「ねぇ、あの巨体は何で残ってるんだろ?」
マナロと共にうみへび座の下へと到着したシオンは、死骸となった巨体を見上げる。
「そういえば…モンスターは倒したら普通消えるよね。まさか生きてるんじゃ…」
シオンもそう考えたがそれではクリアアナウンスと辻褄が合わない。現に、このうみへび座は死骸としてここに残されている。
「うみへび座はもう倒された。なのに、消えないのは…意味があるから…きっとそう」
シオンが何気なく手を触れると、うみへび座はポリゴンとなり消えたが、一部が吸い寄せられるようにシオンの手に集まる。
「きゃっ!何!?」
「シオンそれ……」
「え…日本刀?」
「MVPはグレイさんだから…何の報酬だろ?」
不安に駆られつつもシオンが刀を握ると、汚れのない鋼の刀身に文字が焼き付けられる。それと同時に握り手であるシオンの頭の中にも刀に焼き付けられた名前とその使い方のイメージが流れ込む。
「きゃあ!」
一気に頭に詰め込まれたことで痺れるような頭痛が彼女を襲うが、なんとかそれをこらえて振り払う。
「大丈夫シオン?」
心配になったマナロがシオンに近寄ると、彼女はシオンのとある一点が大きく変化したことに気づく。
「どうしたの…その眼」
シオンの瞳は、普段の黒から変わり煌く光を放つ紫色に輝いていた。
辛そうにしていたシオンは、瞳の色が完全に変化すると、呼吸を落ち着かせる。
「…気にしないで。一気に覚え過ぎただけ」
「覚え過ぎただけって…すごい苦しそうだったよ」
「いいの…そういう武器みたいだから。行くよ『十握剣』」
そう言って、うみへび座から得た刀を蟹座に向ける。すると、どこからか現れた桜吹雪がシオンを中心に竜巻のように舞い上がる。シオンが刀でその竜巻を縦に裂くと、彼女は色鮮やかな十二単をその身に纏っていた。
「さぁ、八百万の宴を始めましょう。英雄魔法『
彫刻された文字が光り輝く。シオンの身体はその光に包まれると、姿を消した。
「消えちゃった…」
再び、彼女が現れたのは蟹座の直ぐ目の前である。
俺からすれば、目の前に急に妹が着物を着て出てくるものだから困惑して足が止まってしまう。
「えっ!?シオン?」
「万雷よ来たれ、英雄魔法『
刀身から迸る雷は空に届くと辺り一帯を覆い尽くすほどの雲を作り出す。そして、シオンが刀を蟹座に向けて振り下ろすと、雲から極大の雷撃が落とされた。
煙を上げて硬直する蟹座に向けて、シオンは上段の構えを取る。刀身は紅いの覇気を纏い、刀よりも大きな虚像を見せる。
「龍を滅せ。英雄絶技『
シオンは力強く踏み込むと、上に飛び上がり蟹座の胴体を縦一閃に斬り下ろした。
「はあ!!」
蟹座は左鋏で防ぐことが間に合わず、シオンの英雄絶技による一太刀を胴体に浴びせられる。剣ではなく鉈でえぐり取られたような傷痕からは機械でなく蟹座本来の白き甲殻が垣間見えていた。
「シオン…」
「グレイ!本体が見えた。叩くぞ!」
シオンは俺に優しく微笑んで白い甲殻を露出した蟹座へ斬り込みに行く。
「グレイ!」
「すまない…皆、活路が見えたぞ!」
シオンが作り上げた勝利への活路は、絶対に手放さない。
「英雄魔法『ヴァイオファランクス』」
「英雄絶技『フェアリーズランブル』」
戦闘は更に激しくなり、皆がシオンによって作り出された機械装甲の間にスキルを打ち込んでいた。そのかいもあって、蟹座の残り体力は既に1割となっていた。
「後少し…もう少し……」
「っ!蟹座が動くぞ!」
ルキフェルの合図と共に俺達は警戒を強める。静止していた蟹座は、部品同士が軋む音を上げながら再び立ち上がり動き出す。
「おっと!」
蟹座は左の大鋏を薙ぎ払うように振り回してくる。それは、ギリギリの所で俺に当たると予想できたため、回避するために大きく後ろに下がった。偶然にも下がった場所は同じく攻撃を避けようとしたシンと同じ場所だった。隣にいたシンは、この状況に運命でも感じたのか俺に向かって笑顔で頼みを言ってくる。
「やぁやぁグレイいい所に。今度も獅子座のアレお願いしたい」
「お前…
「まぁまぁその時は二人で……ね?」
こういう時、俺は巻き込まれて説教を受ける立場なのだが。
「今回は、いや今回もお前が悪いからな!絶対だぞ!」
「はいはい、わかったわかった。もうポラリスに5番目は仕込んだんでしょ?」
俺の変幻自在ポラリスが持つスキル『セブンスミラージュ』は、様々なアイテムを七つ仕込める不定形アイテムで既に俺は、スライム、さそり座、エルミネの聖剣デュランダル、とあるクエストで見た他者を模倣する『100面相』、そしてシンから獅子座MVPを見せられて以降、探し続けた目的のアイテム。想像通りの品は、βテスター達から実物を見せてもらうことで仕込むことができた。
「…見つけて中央で入れてきたよ…本当に後は知らないぞ?」
「サンキュー!じゃあこっちの露払いは任せた」
「…最後だけな」
俺は、デュランダルとなったポラリスに声をかける。
「ポラリス、突然変異コード『スキルメモリー』」
俺は手の平サイズの箱に変形したポラリスをシンに渡すと、アンタレスを構えて呼吸を整える。
シンは、箱を面白そうに眺めると手に握り込み槍を構える。
「さぁ、お披露目だ。派手に決めようか」
「かっこつけて死ぬなよ?悲しいより恥ずかしいが先にくるから」
自慢げな顔を崩さず蟹座へ向かっていくシンは、まさにこの戦闘の主役は自分だと思わせる後ろ姿を見せてくる。だからこそ、俺は今度も彼の道を切り開くことに希望を持てるのだけど。
「ラプラス!次の蟹座の行動は?」
「…左の大鋏で最前列のプレイヤーに突いてくる」
「クラリス!その瞬間に左の大鋏を叩き落とせるか?」
「問題ないよ。『
「タオ!クラリスの行動後にあいつの足を止めてくれ!」
「わかった。『
「ルキフェル!あの大鋏を固定してくれ!」
「できなくはないが…エル、ティナ手伝ってくれ」
「最後にシオン!俺とシンを空に飛ばしてくれ」
「気を付けてね。英雄魔法『転召、天照』」
シオンの魔法により上空へと転移した俺とシンは作戦の為に行動を開始する。
「じゃあ、後で」
「あぁ、後で」
そう言うと、シンは俺の足の裏を支えに使い真下の蟹座に向かって急降下する。シンの突撃は無策に見える無謀な特攻で、何の奇跡も起きずに蟹座の鋏から放たれたレーザーを受けて空中で砕け散った。
戦場にはポリゴンの残りが舞い散り、流石の魔境組も足が止まる。
「…うそ……やだ……」
「…死んだ」
が、それは計算の内で想定内。だから、俺は来るであろうその位置に邪魔な鋏をどかすため矢を放つ。
「スキル『ライトニングレイ』×2」
二つの雷光の矢は右鋏を弾き、あいつが帰る空間をつくり出す。
そして、そこにはレーザー攻撃を受けて空に砕け散った男が蘇る。
「よし、ここから勝負だ」
その奇跡とも言える生還は、彼等に驚嘆を与えた。
「生きてた…」
「おい見ろ…あいつ生きてやがる……」
その英雄っぷりを見て言えるのは一つだけ。
「決めろ…
あいつも当たり前のように応えた。
「分かってる。『スキルメモリー』オープン!英雄絶技『逆襲と背水の一撃』そして…『ディア・カリスト』!」
シンは落下しながらシオンによって剥き出しになった白い甲殻を貫く。
「ふっ…あれ?決まっ…てない?」
「まだだ!それは本体じゃない!!」
ルキフェルの叫びと同時にシンは、槍で貫いた穴の中を見る。その中は、機械部品で構成されており、その中に一匹の白い蟹の姿が見えていた。蟹座の本体は小さい鋏を巧みに扱い、機械仕掛けの小型砲台をシンに向ける。
「げ!?また無理なやつ!?」
未だ空中にいたシンが慌てて手に持つ槍を投合しようと構えを取ると、彼が投げる前に蟹座は紫色の矢で射抜かれた。
「だから言ったろ…最後だけだって」
「あ…グレイ……」
ダメ押しとなった最後の一撃で蟹座は完全に消滅する。
「congratulation!!ストーリークエスト『友守る、白の堅牢鋏』をクリアしました。これより、≪
「Fraternity Cancerの討伐報酬が参加者全員に配布されます」
「Fraternity Cancer討伐MVP:シオン」
「Fraternity Cancerの討伐者とMVPに称号とアイテムが付与されます」
シンが地面に降り立つと、待ってましたと言わんばかりにアイシャが笑顔で聞いてくる。ただし、目が笑っていない。
「それで?今回はどんなトリック?」
笑顔のシンが彼等に見せたのは獅子座MVPの報酬で得られたスキル『ソウル・オブ・レグルス』であった。
『ソウル・オブ・レグルス』
敵対生物からの攻撃により体力が0となった時、ゲームプレイ中に一度だけ体力を1回復し、5秒間無敵状態となる。このスキルの発動に対してあらゆる『スキル』『魔法』『称号』効果は無効となる。
「ゲームでお馴染み、デスゲームだと最強になる根性スキルだよ。それもどんなスキルだろうが耐性貫通だろうが無効化して確定で1耐える」
浮かれて笑うシンにつられたのかアイシャも笑い始める。
「獅子座でやった命懸けが評価されたんだよね。でも瀕死状態なだけじゃ弱いから、何かピンチをチャンスに変えるアイテムをグレイに探してもらったんだよ」
『スキルメモリー』
このアイテムを所有した者は好きなスキルを一つ記憶させることができる。
記憶したスキルを一度使うと中身は空になる。
『逆襲と背水の一撃』
体力50%の時次に使用するスキルのダメージを25%上昇
体力25%の時次に使用するスキルのダメージを50%上昇
体力10%の時次に使用するスキルのダメージを75%上昇
体力5%の時次に使用するスキルのダメージを100%上昇
体力1%の時次に使用するスキルのダメージを200%上昇
しかし、笑顔で話すシンは、だんだんと周りと自分の空気がズレていることに気づく。
そこで、アイシャの奥を見ると一人の女性プレイヤー…いや姫が地面に倒れ、それをデッドマンが介抱する姿が見えた。その隣にいるリミアは手を強く握りしめている。
また、マリアは混乱した状況におろおろとし、アンナはこれから先に起こることを察したのか聖書の中身を言葉を紡ぐと、マリアを連れて立ち去ろうとしている。ヴァルキュリアの面々は既にどこかへ消えており、他のプレイヤーも続々とポータル機能で帰っていた。ラプラスは、こちらに向けて手を振って壊れかけの天幕に戻る。
そして、彼の大親友はというと…見つからない。
「…あれ?グレイは?」
「あいつなら、お前が説明してる間にどっか走っていったぞ」
「しまった!逃げたな!一緒に怒られる約束したじゃん!」
「…悪いが、姫が気を失った。これについて弁明してくれ。じゃないとリミアがヤバい。主にお前の命がヤバい」
最後に、彼女…アイシャだが、何故かシンに向けてスキルを撃つ準備をしている。その眼にはもはや光などなく自分のことをモンスターか何かとしか思っていないようである。
「あれ…アイシャ…?なんでそんな顔に…さっきは笑って……は、はは…ほらあれだよ。定番の『敵を騙すならまず味方から』って…え?デスゲームでそれやる意味?………ポータル起動!」
「させるかぁ!」
「ぐぁっ!!な、何をする!」
「いいこ…いいこ…さぁ……あっちで反省会ね…グレイは…次会ったら絞め落とす」
彼等の幸せそうな光景を見つめる五人は、懐かしく感じていた。
「なんだか…これが攻略って感じね!」
「毎回何故か問題児がいるんだよなぁ」
「そして脳筋なのが定番。変わりませんね」
「タオくんタオくん、あの子みたいなのって毎回いるんだね。私達の時って誰かな?」
「クラリス…僕らの時は君だよ……皆頭を抱えてた」
βテスター達がそれぞれの過去に浸っている中で、シンは裏切った友人を探している。
「どこ行った!グレイ!」
俺はそんなシンの言葉も届かない場所へ向かい走っていた。
彼女は、無事だろうか。シオンが参戦したということは…どっちかだ。最高か最悪のどっちかなんだ。
俺が疲れた身体で、うみへび座の死骸があった場所へ到着する。
しかし、その場所には誰もいない。
「まさか……そん…な……」
この時、極度の疲れで俺は地面に倒れそうになっていた。
そこへ、彼女が現れて身体を支えてくれた。
「おめでとうございます…グレイさん。うみへび座、見事MVPですよ」
「マナロ…そうか、良かっ……」
俺は、その手を取ろうとするも一戦終わった疲れからかその手を取れずにうつ伏せのまま倒れる。
「あ!ちょっと!?」
「お兄ちゃん!?」
その光景にマナロと走ってきたシオンは、面食らって一度固まってしまうも直ぐに俺を引き揚げた。
多分、この時の俺はとても幸せそうな表情で眠っていたと思う。
____________
蟹座討伐時同刻
≪???≫-英雄の扉
蟹座が消えた事で、扉に描かれた蟹の水晶に光が灯される。しかし、その輝きは今までと明らかに異なる赤の輝きであった。他2つと異なり禍々しく淀んだ赤色に輝く水晶は、まるでこの扉を見るものに大きな間違いを示したことを知らしめるようである。
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