第41話 友愛のうみへび座と蟹座_part【3】

 これは、俺がうみへび座のいるレーネ沼地に向かう前のことである。


「ねぇ〜エルミネ、ヒュドラってどんなだった?」


 俺は、エルミネとティナからうみへび座の情報を集めていた。


「ん〜確か魔法に弱かったり強かったりして、首が割と多い。あ、あと何か色々落とす」

「はぁ…この中身の詰まってなさ。まさしく凡骨勇者エルミネですね」

「何を!あんたなんか村娘Aクラスのモブでしょうが!」

「その村娘Aに殺された間抜けはどこのどなたでしたっけ?」

「次やったら私が勝つ!」

「次やっても私が殺す」


 いつの間にか喧嘩が始まると、二人は直ぐに殴り合いを始める。どうしたものかと悩んでいると、階段を上ってきたルキフェルが部屋に入ってくる。


「話、進まないんだけど…あ、ルキフェル~何とかして〜」

「ようやくマーロック達に話つけた俺にそれを求めるとか正気じゃない」

「…実際ルキフェルが言いたかったことは何だったんだ?」


 エルミネが意識してないわけじゃなくて、何かの知識がネタバレ防止の鍵になっているのか?

 それがエルミネとルキフェルの違いならティナは?


「あ、私は先を知ってるから無理ですよ?ヒントを言うなら、あの子が手助けをしてる時点で既に何かを与えた筈です。よく思い出して」


 あの子…エレネが俺に何か渡した…サビークが持ってきたよく分からない炎消しか!アレ使っちゃったぞ。


「そういえば炎消しってアイテム貰ってたけど使っちゃった…」


 それを聞いたルキフェルは、がっくしと膝をつき天を仰ぐ。


「終わった……1回は確定か…」

「まだ1回ならセーフじゃないですか?聞いた話今までの2回は上手くスルーしてるみたいだし」

「何の話?」

「エルは静かにしてて。そうか…グレイ、選べ。次の戦いで多くの死者を出すか、出さないか」


 答えるまでもないと思うが…


「え、出したくないに決まってるけど…」


 俺の答えを聞いたルキフェルは更に悩みだす。


「そうだよなぁ…どう思う、ティナ?」

「どうせあいつで皆死ぬんだから今か後かですね。サーバー統合?があれば奇跡はあるかも」 

「…そこに賭けるか。よしグレイ自由にやれ。その代わり…」


 大事な人だけは死なせるなよ?


 _______________


 『ヒュドラの毒壺』。うみへび座のMVP報酬であるそのアイテムは、持ち主に永遠の毒薬を供給し続け、その効果は今までの毒とは蓄積ダメージ値も桁違いである。


「これ、今までより10倍くらいダメージ伸びるんじゃないか?」


 かつて取ったさそり座の称号。そして、うみへび座討伐によるアイテムの組み合わせは、もはや次元が違う。


「そういや、あいつ毒なんて使わなかったのに…どうしてこれなんだろ。エルミネは何か落とすとは言ってたからこれで間違いないんだろうけど」


 まぁその辺はいいか。好都合だ。


「アイテム常在使用化『ヒュドラの毒壺』」


 メニュー欄から選ぶと俺が使っていた毒の能力値が一気に上昇する。


「準備よし。皆と合流だ」


 俺が沼地に着くと、蟹座の身体は八割が機械と化していた。その戦闘の最前線にはβテスター達が俺達プレイヤーを守るように常に一歩前で戦っている。


「エル、もうすぐ5割に到達だ。一旦下がれ」

「何言ってるの。下がれるほど余裕はないでしょ?むしろ押し込む勢いよ」


 エルミネの後ろにはシンをはじめ多くのプレイヤー達が集まっていた。戦闘に彼等も参加していたが、機械化した甲殻には攻撃が一切通らず、皆未だ機械化していない白い部位を狙っている。


「ねぇラプラス。ある程度予測できないの?」

「できる…でも伝える意味がない」

「それはあれか?お前は予知して瞬時に攻撃できるけど俺らにはダイレクトで伝えられないから意味が無いってことか?」

「…そんなとこ」

「それは…まいったね」


 シン達はうみへび座をグレイが倒した直後に蟹座と戦うルキフェル達に合流した。だが、蟹座の武装は機械化により、鋏に仕込まれたレーザー以外にも武装していた。身体中に取り付けられた近づくものを撃ち抜く小型砲台。空を浮遊して飛び回るルキフェルやグリフォンに乗って魔法を放つタオを狙い背中から発射される追尾ミサイルと多様性に満ちていた。


「僕の槍でも傷一つ付けられない。まさに鋼鉄の鎧だ」

「どうすっかな…」


 蟹座との攻防は再開され、シン達は飛び交う現代兵器の中を駆け抜けて、ダメージが入ってるかも分からない機械甲殻に攻撃し続けた。


「グレイの毒以外ろくにダメージが入ってねぇ…」

「それについては安心しろ」


 デッドマンの心配ごとに空から魔法を使い攻めていたルキフェルが降り立ち答えた。 


「蟹座は全身機械化を終えると、その戦場で最も威力の出る可能性がある攻撃以外には無敵になる。逆にそれを受けると機械装甲は剝がれて防御ゼロの無防備になるけどな」

「それなら対処の仕様はあるな。お前らがやれば…」

「ごめんね。それは無理だと思う」


 否定的な意見の述べたのはクラリスである。


「昔、私達がやった時はとんでもなく強いNPCを抱え込んでいたんだけど、全く意味がなかった。ユノ曰く『それは求めている力じゃない』って言い切られたのよ」

「一応試しはするが…あんまり期待するな」

「すると…こっちの候補は4人…いや5人か」


 デッドマンの頭に可能性として浮かんだのは、シン、アイシャ、リミア、ヒューガ、そして武器だけ強いグレイ。


「僕はどうかな…最大にはとても…アイシャ達は?」


 シンは、後方で魔法を使っていたアイシャとその隣で回復魔法を使うリミアに尋ねる。


「私のは確かに高威力だけど…」

「まぁお嬢様よりはーあいつかと」

「グレイは?」

「「無理」ですねー」


 二人はそろってその説を否定した。デッドマンからすればリミアが反対するのは少し意外でもある。


「グレイの攻撃はどこまでも武器依存。派手な攻撃も実際はそんなにダメージ出てないしね」

「大抵はー毒のダメージ値と重なって高威力に見えるだけですからねーあの可変型弓も凄いですけどー私の英雄絶技とおんなじくらいですよー」

「神官系統のお前と同じくらいかよ…案外低いな。てかそこは色目かけずまともに見るんだな」

「貴方、昔から私のこと馬鹿にしてますよねー?」

「と、なると…」


 デッドマンとリミアを無視してシンは残り一人の候補に尋ねる。


「ヒューガ、もし君の剣術にスキルを混ぜたら機械甲殻を壊せたりする?」

「返答はNOです。僕はスキルなんて邪道使えません」

「おいおいおい、どんなクラスなんだよ…」

「独立剣術指南役という能力値上昇ボーナスがたくさん入ったクラスです」


 ヒューガが自らのステータスをシン達に見せると、そこには一つだけ他とは桁の数が4つも違う能力値が見て取れた。それは筋力でもありSTRとも言われる部分。つまりは、攻撃力に関わる数値だ。


「えっぐ!他のステータスは戦闘向きじゃないデッドマンより低い癖して筋力えっぐ!」

「その超攻撃特化ステータスでも破れなかったら…突破口が見えないな」

「それ僕は面白いですよ?アレ以外に僕が斬れない物があることに感銘を受けます」

「創造主のいる世界だからそんなこと当然ちゃ当然だけどな」


 そんな作戦会議もどきの談笑をしているシン達をを斬り裂くように、蟹座は左鋏を振り下ろした。


「おっと!ついにサボりもダメときたか!」

「いや…蟹座を見ろ。全身機械化されてる」

「シン!5割突破だ。特殊攻撃の超広範囲レーザー砲が来るぞ!」


 ルキフェルの言葉通り、残り5割となった蟹座は、振り下ろした左鋏を引き戻すとシン達に向けて再び突き出す。


「シン、タイミングを見て貼れ!」


 蟹座は鋏内に溜め込んだエネルギーを爆発的に収束させていた。


「来るぞ。『5割の即死砲』!」

「よし来た。『ヴェノムサンクチュアリ』起動!」


 シンを中心に形成されたさそり座の防御壁は、鋏から放たれた光の熱線を完璧なタイミングでガードして相殺する。

 光が消えると、蟹座は金属コーティングと機械化により元の白という色が想像もできない銀色の姿へと変貌した。


「とりあえず…あれに攻撃は通用するのかな?」


 シンの言葉に続く者は現れない。その場にいた誰もがダメージを入れることすら現実的かを疑ってしまう。


「へぇ、じゃあ俺が確かめる…スキル『ボルテクスレイ』」


 不意打ちの如く放たれた紫電の一撃は、ガードの間に合わない蟹座に命中する。体力ゲージに減った気配はしないが、その場で蟹座は静止する。


「なんだ、もう半分近くは削ってるじゃん」

「グレイ!大丈夫だったか?」

「何とか…こっちは?」

「見ての通り半分いった。でもここからはこの場で最大火力の可能性を持った一撃が求められる」


 現状、高火力である英雄魔法や英雄絶技は、ストーリーボスやシナリオボスの報酬といった高難度以外では手に入れられない。その上で最大火力となると…あいつか。


「じゃあまずは頼んだ。ヒューガ」

「では…我流剣術二ノ型、富士嶺ふじみね流奥義破り『赤富士・登頂のぼり』」


 瞬時に間合いを詰めたヒューガは、抜身の刀を上向きに変え、下から飛び上がると同時に斬り上げた。しかし、鈍く耳障りな金属音が響くだけで肝心のダメージは入っていない。


「ヒューガでも無理か!」

「僕がやる。『ディア・カリスト』」

「こっちも行くわよ。英雄魔法『ヴァイオファランクス』」

「合わせますよー英雄絶技『クイーンズランブル』」


 シン、アイシャ、リミアの三人が放ったスキルも命中はしたが、まるで効いている様子はない。


「後は…グレイ何かないのか?」

「あるとすれば…『穿ツ四十八魔星クラウディウス』。けど制限スキルだからもう使えないし…使えても次はプロトΣがぶっ壊れる」


 あの英雄絶技はプロトΣの寿命を削って使う禁断スキルで、シンの『ヴェノムサンクチュアリ』同様に一日一回の制限付きだ。

 流石に俺の『星天霹靂』にアイシャの魔法やヒューガの斬撃に勝る威力はない。


「おい、手札が切れたぞ」


 デッドマンの口にした言葉は、重く現実のようにのしかかる。他のプレイヤー達の中には諦めの表情をする者達も出てきていた。そこへ来たルキフェルは喝を入れる。


「まだ手は残ってる。あくまで可能性なんだ!今から使えてたっていい!個人の到達できる限界ならいける!」


 何とも無茶な要求にプレイヤーの中には反論する者もいた。


「じゃあお前らはどうなんだよ!元でもプレイヤーだろ!」

「悪いが…今試し終えた…」


 その時、ヒューガの時よりも激しい金属音が鳴り響き、ルキフェルの前にエルミネとティナが着地する。


「くっそ!これでもダメか!そこのモブティナよりは重い一撃なのに…」

「ダメですか…まぁエルミネ特効の絶技ですし予想はしてましたが…」


 二人の攻撃をまともに受けた蟹座には傷一つ見えない。その結果にプレイヤー達はますます絶望が押し寄せていた。皆、心のどこかでは彼等βテスターなら何とかするといった願望をもっていたからだ。

 今、その希望が消えようとしている。


「諦めんな!!」


 だが、それだけは出来ない。何せ、ルキフェルに言われた言葉『大事な人は死なせるな』。それだけを胸に誓いここまで来たのだから。


「これはどこまでいっても現実じゃなくてゲームだ。現実と違って勝率0%のことなんて絶対にない!理不尽でも不可能でもない勝てる勝負のはずなんだ!」


 こんなこと言っている俺が一番理不尽を疑いたいが…ゲームに勝てないボスはいない。それに勝ち目が無ければユノは最初に生き抜けなんて言うはずがない。


「俺の毒はまだ効いてる。なら…負けじゃない勝ち目はある」

「でもグレイ…のんびりその時を待ってくれなさそうだよ」

「後は…俺の毒と奇跡を信じろ」

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