第40話 友愛のうみへび座と蟹座_part【2】
「纏めると、蟹座はうみへび座の呼びかけに呼応してワープする。だから引き離しても意味がない」
夜明けと同時に始まったこの戦闘もかなり長引いていた。
「よって、蟹座の討伐を優先したいが、問題がある」
デッドマンが説明しているのは、この戦いにおいて重要な分岐点。
「手付かずのうみへび座だ。特に不可視の首の復活。あれは放置していいものか…」
「ねぇ、蟹座に行くふりして、首だけ誘い出すのは?」
シンが提案したのは、蟹座襲撃の援護に来るうみへび座の首のみを狙い倒しきるといったものだった。
「首と本体の体力は共有されてない。だから、さっきも斬り落として本体を削る必要があった。それに、ルキフェル達が蟹座を引き付けてくれる中、呑気にここで作戦会議していても襲ってこない奴に期待は出来ない」
現在、俺達はうみへび座から20メートル程の場所にいた。向こうが首を伸ばして攻撃することは十分可能な位置である。それなのに、何もしてこない時点でこの方法は上手くいかないだろう。
「やっぱりこっちから行くしかないわよ。時間が経っても解決しないわ」
「安全に行くのは無理そうだな。なら、やるか。どうせ失敗したら死ぬのはラスアタ担当のグレイだ。気にせず行こうぜ」
おい…その締め方はどうなんだ。
「…確かに……もしかして僕未来読む必要ない?」
「ラプラス、真に受けないでくれよ!」
「えぇ…ロクな未来ないし…グレイが犠牲になるならいいかな……って」
「うわぁ…その言葉お前からだけは聞きたくなかった」
俺達の作戦会議は、まったくもって進まない。その現状に嫌気が差したのか珍しい人物が口を開く。
「なら、僕が決めて良いですか?」
「ヒューガに作戦なんて立てられるの?」
「シンプルで誰でも分かる方法を今思いつきました。大船に乗ったつもりで期待してください」
そうして、ヒューガの立案した作戦が説明される。ある者は賛成し、またある者は悩み、そして俺は反対した。
「ありえない。でもそれ以上に俺以外誰も反対しないのがありえない」
「まぁ、結局この作戦も被害を受けるのはグレイだし…」
「当初の目的はグレイがMVPを獲ることだから、当然危険な目に遭うのもグレイ担当ね」
「シオン!お前は反対だよな!?」
俺は藁にもすがる思いで妹に助けを求める。
「安心して。ギリギリまでは守るから」
「シオンだけじゃ危険だよ。私も手伝う」
「二人なら安心ね。リミアは絶対ダメよ?計画が崩壊するから」
唯一悩んでくれたリミアは、仕方ないと割り切ってしまう。
「わかってますよー私だって自分勝手で死なせるつもりはありませんよー」
それぞれ準備し終えるとデッドマンが全員に確認する。
「いいか?始めるぞ。作戦名…『ミラーズエッジ』3、2、1…GO!!」
合図と同時に走り出す俺の前に護衛役が先導してくれる。
うみへび座は、蟹座をちらりと見る。そこには大量の魔法やスキルにより空爆されて動けない蟹座の姿があった。流石に今は援護を受けられないと察したか、最後の力を振り絞り雄叫びを上げ迎え撃ってくる。
それでいい。まず首を使って対応しろ。
ブレスを吹くために伸びてきた一の首。対応はアンナ姐さん。
「まずあたし、一本目スキル『破衝拳』」
彼女のスキルにより軌道は別方向へと逸れていく。前に進むと残り約15メートルといったところで二の首が襲いかかる。次の対応はデッドマン。
「二本目は俺か。スキル『アーティバインド』」
彼の手から現れたロープは、うみへび座の口を締め付けてブレスを吹かせない。そして、力一杯引き突進もずらさせる。
残り13メートル。現れたのは三の首。対応はラプラス。
「三本目…スキル『クリティカルスパイク』」
始めて見るラプラスの武器は取り回しの良い棍棒。大方、当たりはしないから手数の多い武器を選んでいるのだろう。
うみへび座に踏み込むと、素早く一打。怯ませた内に俺が先へと進む。
次に現れたのは四の首。対応はテンションMAXのリミア。
「四本目、お披露目ティターニア!
クラリス達のいたエルフの里で入手したレア短剣武器ティターニア。鮮やかな花のエフェクトと同時に放たれる5連撃が首を消滅させる。
五枚目、対応は姫とその下僕達。姫の掛け声に合わせて、100の魔法が一点目掛けて放たれる。
「五本目、皆さ〜んせーのぉ!『フレイムランス』百連打!」
俺が爆炎の中を突き進み、五本目の首を通り抜けると、六本目と七本目が同時に狙ってきた。対応するのはヴァルキュリアの五人の内、月下、アオイさん、ルリルリ、ノイの四人とアイシャ。
「六本目、行くよ三人とも!スキル『ハイパワースラッシュ』」
「『ハイパワースマッシュ』」
「『ホーリーランス』」
「…まだ私はあいつより未熟か。スキル『満月朧斬り』」
四人の火力に、うみへび座をのけぞらせる程の威力はない。それは、南で共に過ごしたアイシャが一番分かっていた。それでも、彼女達がクリアしようと、攻略しようと強くなることを考えて過ごしていたことは見ていた。
(南で過ごした時、姉さん達の努力は本物だった。じっとしてて欲しいけど、それが無理な願いなのもわかった。それに、いつか彼女達が必要になる可能性はある)
「…だから、それまでは守らないと。武器強化したのはグレイだけじゃないわよ!英雄魔法『ヴァイオファランクス』」
複数の紫槍は、二本の首を纏めて貫く。しかし、刺さった位置が悪かったのか七本目である片方は消滅するが、ヴァルキュリアが対応した方は顎が開くためブレスの準備をしている。
「それはダメですねーティターニア、英雄絶技『フェアリーズランブル』」
リミアが再度うみへび座に放ったのは、4連撃の高ダメージスキル。それによって、六本目の首は消滅した。
これで、残りは一本。そして、対応するのはこの男。
「八本目、我流剣術一ノ型月下流奥義破り『神楽耶狩り』」
相変わらず、スキルも無しに斬撃を飛ばす人間離れの一太刀は、ブレスを引き裂いて首を斬り伏せる。
残り僅か数メートル。ここで、あいつが赤い盾を取り出した。
「さ〜てと!今回は僕が露払いだ。エンチャント『
ヘリオス戦で見せた辺り一帯を火の海に変えるスキル。それは草木を燃やして煙を起こし沼の水と水蒸気を発生させる。
うみへび座を包むように煙ともやで視界が悪くなる。不可視の首が再生し終えたうみへび座は、分が悪いと首無しの巨体で逃げようとする。そこへ正面から何者かが駆け出してくる音が聞こえていた。
それがすぐ目の前にきたことが分かると、うみへび座は力ない声で友を呼ぶ。すぐさま、蟹座は転移して友を庇うように防御姿勢をとる。そこへ煙の中から弓の弦を引く何者かの影が映ると、間髪入れずに矢は放たれた。
鋼鉄の甲殻が矢をはじく音が鳴る。これで友を守りぬいた、そう蟹座がやり遂げたと満足すると、弾かれた矢であったものが空から回転して落ちてくる。確かにそれは矢として放つことが可能であったが、それは弓使いが使う一般的な矢ではなく、槍ともいえる長い形状の物であった。
「ああ、うん。本当にワープするのは凄いと思うよ?でも…」
煙の中から男の声がする。シルエットの男は二本目の槍を構えていた。
「君、背後は同時に守れないよね?」
そう言った男、シンが煙の中から飛び出すと蟹座に向けてスキルを放つ。
「『ディア・カリスト』。これで…止めたよ」
この時、うみへび座は背後にプレイヤーがいることにようやく気づいた。そのプレイヤーは大きな弓に紫色の毒矢を番えている。傍らには二人のプレイヤーが彼を守るように立っている。弓を構えた男は待ってましたとばかりに口を開く。
「不可視はまだ再生…してない!なら止めだ!」
俺は、プロトΣの目一杯弦を引く。このために、分散してうみへび座の首を受けもち、シンが炎で煙を焚いて視界を無くした隙に背後へと周り、それが気づかれる前に蟹座に庇わせる。
それと同タイミングなら、転移は間に合わないはず。それが作戦なのだが…問題はこの後…不可視の首の再生が間に合うか否か。
「お兄ちゃん!早く!」
シオンが急かすのは、予想していた懸念が当たってしまったからだろう。うみへび座を庇っていた蟹座は、空いていた右鋏をグレイへ向け関節を捻じ曲げると、鋏を開き内からいくつもの小型レーザーを発射する。
「絶対通さない!」
シオンとマナロは、二人がかりでレーザーから俺を守り抜く。しかし、捌き切れない攻撃は二人に命中してしまう。
「ガッ!」
「ふた…「「撃って!!」」」
シオンとマナロの叫びを聞いた俺は前だけを見つめ矢を放つ。
「…行くぞ!スキル『星天霹靂』!!」
星天霹靂はブレスの真横を通り抜け蟹座の砲撃を突き破り、うみへび座の動体に風穴を開けた。直後、反動の突風が俺とマナロとシオンを襲い、三人して吹き飛ばされると地面に叩きつけられる。
「きゃっ!」
「あがっ!」
「……」
シオンとマナロが地面に倒れ伏せる中、俺は最初に起き上がった。
「いってぇ…おいシオン、マナロ無事か?」
シオンは、片手を上げて無事なことを連絡してくれた。
しかし、もう一方の彼女からは返事がない。
「お、おい…マナロ?」
「……」
俺が気がつくと彼女の身体の一部が消えかけていた。
「なっ!」
うみへび座の一撃は確実に耐えていた…なのに何で…
俺は、手に持ったプロトΣに視線を落とす。
「…反動ダメージ。でもシオンは生きて…」
慌てふためく俺をよそに運営からのアナウンスが戦場に鳴り響く。
「congratulation!!襲撃クエストD『親愛なるうみへび座に愛をこめて』をクリアしました」
「うみへび座のヤマタノオロチの討伐報酬が参加者全員に配布されます」
「うみへび座のヤマタノオロチ討伐MVP:グレイ」
「うみへび座のヤマタノオロチの討伐参加者とMVPに称号が付与されます」
俺は、当初の目的が果たされたことよりも目の前の彼女が、目を覚さないことの方が重要だった。
もしも自分の攻撃反動が原因で死んでしまったら…そう思うと、急に危ない武器を使っていた自覚と死の恐怖に震えてくる。
「マナッ!」
シオンは、隣でマナロに呼びかけている。それに答えない彼女を見ていると、急に胸が締め付けられる。必死の形相で伏せた少女を揺するシオンの姿が目に焼き付けられる。シオンの手に力が抜けて彼女の目から涙があふれ始める。俺はその光景を見ていると頬を暖かいものがこぼれ落ちていく感覚だけ感じていた。
諦めかけたその時、俺の目の前を光る不思議な生物がゆっくりと通っていく。
「…この虫は…蛍?」
蛍のような小さい光はマナロの身体の上まで飛んでくると、中へ入っていった。すると、彼女の消えかけていた身体は元に戻り、体力のゲージが復活する。
「何で…いやとにかく回復だ。ポーションポーション…」
ありったけの回復ポーションを彼女に浴びせるが、意識は戻らない。
「そんな…どうして」
シオンは生き返ったことに歓喜し泣きながら抱きついていたが、急に身体の動きが止まるとマナロから離れた。
「え、なにこれ……待ってお兄ちゃん…多分大丈夫…大丈夫だから」
「でも…」
「呼吸はちゃんとしてる。えっと…大丈夫…だから行って」
シオンは蟹座の方へとさっさと向かえと言いたいのだろう。だが、二人を放っておくわけにも…
「今度はあの敵を倒して……えっと…必ず勝って直ぐに戻ってきて」
「言われるまでもない!」
俺は二人を置いて戦場に駆け戻る。
次は蟹座だ。速攻で決着をつけてやる。
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