第39話 友愛のうみへび座と蟹座_part【1】
「『ライトニングレイ』!」
渾身の一矢も構えた蟹座の防御力には通じない。それならば、距離を詰める。
「グレイさん待って!」
「ちょっとお兄ちゃん!」
誰かが呼んだ気がする…でも何を言ったかまでは聞き取れなかった。
仕方ないから後で聞こう。
今は眼前の敵に打ち勝て。
「ポラリス…突然変異コード『デュランダル』」
頭の中が真っ白なまま無我夢中で走っていく。
「スキル『付与毒・剣』」
蟹座は小さめの鋏を槍に大きめの鋏を盾のように扱い俺目掛けて小刻みに突きを入れることで近づけさせないように徹していた。その攻撃を俺は剣でいなして前に進む。
「はああぁぁ!」
そこへうみへび座が蟹座を援護するためにブレスを吹き付ける。避けようと左に跳ぶと、狙いすましたかのように不可視の首に襲われポラリスを弾き飛ばされる。
それなら、ゼロ距離でぶつけるまで。
俺は、アンタレス2ndに切り替えると再び前を向いて走り出す。蟹座もうみへび座に矢が当たらないように鋏で壁を作る。
「邪魔だ!」
対して俺は、ロープが括り付けられた矢を出すとアンタレスで蟹座の左腕を狙い撃つ。腰に付いた器具とロープで繋がる矢は綺麗に蟹座に巻きつくと返しが引っかかることでしっかり固定された。
「…べ」
背後にいたうみへび座は、ご丁寧に息を深く吸い込んで青白い凍結ブレスを吹き付けてきた。
「…飛べ」
それを見た俺はロープを引きながらスライディングで蟹座の真下を超えてうみへび座の背後に入り込むと、プロトΣを構え、腰に繋げていたロープの固定部分を外して毒矢生成を使うことで強引にロープと繋がったプロトΣの矢を作り繋げる。そして、幾多ものボスから作られた欠陥弓最大の一撃となる二つ目のスキル名を口に出す。
「…ふき飛べ。
『星天霹靂』より重い代償として最大体力99%消費と使用回数に厳しい制限がある代わり、これは威力だけなら最高火力の一撃を期待できる。
この一撃はあのサイボーグ蟹を完全に破壊するための今の最終兵器。
俺の切り札をうみへび座を突き飛ばすことで庇い受けた蟹座は身体が浮き上がり、勢いのまま上昇して空高くまで突き上げられると、自身を持ち上げる矢から解放されるために、強引に身体を逸らして離脱した。しかし、身体は球体が回るように回転してしまい落下速度が緩まることなく地面に激突した。
「そのまま一生ひっくり返ってろ」
その攻防が終わった直後、ルリルリが俺に回復魔法をかけてくる。更にシオンが前線に復帰して俺の隣へとやってきた。そこに来てようやく他の音が聞こえ始める。
「シオン…行けるな?」
「え?あ、うん……あの兄さん聞いてほしいことが」
「さっさとあの死にかけを潰すぞ」
「……わかった」
まだうみへび座は生きている。最終形態に突入した際のパターン変化や特殊技がたかが蟹を呼ぶ程度なら、射殺してみせる。
「マナっ!援護お願い!」
「わかってる!」
「今度はミスしない。全力で叩き潰す」
再び行われるシオンを軸としたうみへび座への連携攻撃。前回の失敗は、主に不可視の首を念頭に入れなかったことと予想外だった蟹座の妨害だ。不可視の首はアオイさんが対策を打ったが、念には念を入れる。
アンタレス2ndのスキルはライトニングレイだけじゃない。
「スキル『ボルテクスレイ』。消えろ不可視の首」
ポリゴン状になって消える首を脇目に足は止めない。
「もう一押しだ。蟹座が起き上がる前に蹴りをつける」
シオンが再度うみへび座に攻撃しようとすると、突然、何処からか蟹座が背を向けた状態でうみへび座の前に現れると、シオンの斬撃をその硬い甲羅で受け止める。
「くそっ!あれ受けてすぐ動けるのかよ!」
「硬いっ…手が痺れる」
蟹座は、俺がひっくり返した時よりも機械になっている部分が増えている。ダメージによって機械と肉体が交換されるのだろうか。
「また彼等の間に割り込まれた。もしかしてうみへび座を倒すには蟹座の討伐が必要なの?」
前線の内、後方に陣取っていたアオイは蟹座の戦い方を見て疑問に浮かぶことがあった。
「それにあのボスモンスター…狙いがグレイくんにしかいってない」
アオイ達もグレイに攻撃が集中しないように、後方の遠距離アタッカーチームに頼み危険だが蟹座のヘイトを受け持とうとした。
しかし、引き付けられない。アオイの目には、戦場がまるで彼を殺すための舞台に見えていた。
「明らかにヘイトがおかしい」
「お姉ちゃんどういうこと?」
ルリルリがアオイに尋ねると、彼女はグレイを指差して答える。
「強引にヘイトをグレイくんに誘導させられてる。今もシオンが避けた鋏の攻撃は後ろで援護するグレイくんに向けてだった」
「そんなことするのって…やっぱりユノ?」
「…かもしれない。とにかく、あのままじゃ危険よ。シオンは何も言わなかったみたいだし。これじゃさっきより危ない」
後方のアオイから見たグレイの立ち回りは、素早い攻撃に対しよく動けているように見えて、無謀な前への突っ込みが多い。どうも捨て身で動いて当たることは気にしていないように見える。先程の失態である不可視の首は既に潰したので、後は見える攻撃のみだが、違和感のある戦いからして、むこうは何か狙っている。
「考えるモンスターってのも厄介ね。駆け引きなんて、こんな理不尽難度にしたくないわ」
アオイは、全体への指示を遠距離攻撃による援護だけでなくタンクを中心に何とかしてどちらかのヘイトを移さないか試す方向へと切り替えた。
「もしも、不意打ちを狙っているなら…恐らくさっきと同じ方法を使う筈…二度もさせるものですか」
蟹座は、俺に対して意識的に攻めてくるのがわかる。それは肌でビリビリと感じているし、危険なのもわかっている。
だが、それを理由に後ろに引いたとして結果は蟹座とうみへび座が付いてくるだけだ。
「ただ当たり前のように確実に仕留めろ…」
相変わらずこちらの遠距離攻撃は、うみへび座に届かず途中で蟹座に防がれている。
俺は、弾かれたデュランダルを拾い上げると再度ゼロ距離スキル放射の作戦を狙う。
「シオン、行くぞ!」
「了解」
「グレイさん私も…」
「マナロは待機!」
デュランダルと攻毒者に剣のスキルが無い俺にはこれしか無い。なるべく俺に引き付けてシオンを懐まで届ける。
走り出した俺達にうみへび座は首を伸ばして多方向からブレスを吹く。
そんな中でシオンが懐に入り込むには、蟹座が少しの間止まればいい。
「スキル『ボルテクスレイ』」
スキルが蟹座を大鋏に命中すると、鋏にヒビが入る。すぐ様俺は、賭けに出た。
「壊れろ、『星天霹靂』!」
連続発射によって数分間は高威力スキルがクールタイムで使えなくなる。それでもここが勝負所だった。
「行け!シオン!」
蟹座が怯んだ隙にシオンは、足元を通り抜ける。うみへび座は凍結ブレスを吹こうとするも蟹座の下にいるシオンには首の位置からして狙いづらく、正面に立った時の滅多打ちな攻撃速度も蟹座がいい具合に邪魔をして動けない。
「これは通った…」
「グレイさん!蟹座が!」
マナロの叫びが聞こえた時、既に蟹座は動き出していた。しかし、予想と異なり現れたのはシオンとうみへび座の間ではない。シオンと俺の間だった。
「ゼロ距離…そっちがか」
弓を構えた俺に対して、蟹座は増えた機械部分の左大鋏を変形させ内部から砲口を露出させると、俺に向ける。
圧倒的にサイズが違う。向こうの砲口は数メートルあるため俺一人丸々入り込める大きさだ。
「避けきって…あれ…足が…」
動かない。それも疲れではない、物理的に動かない。
「地面にくっ付いてる…何で…まさかさっきの凍結ブレス喰らってたのか…」
蟹座は余裕を持って砲撃に入る。俺には避けることも撃ち返すこともできない。シオンが俺に気づいて振り向き足が止まる。
「あぁ…くそ」
シオンは絶対見捨てないだろうなぁ…できることならダメ兄貴を見捨てて行って欲しいけど……そんな非常ができる子じゃないもんな。
俺の後悔は一つ。あいつらの
「君…本当に僕が死ぬと思ったの?」
その声は、死を覚悟した俺を現実に引き戻す。俺を殺すための蟹座の鋏は、いくつもの魔法とスキルにより軌道がそれて明後日の方向へと飛んでいった。そして、何年も見てきたあいつの背中が俺の前に立つ。
「…シン……?」
「グレイ、一体何度目だいこのやりとり?僕は殺しても死なないぐらいの人間だって知ってるだろう?」
首を傾げてそう聞いてくる親友の顔が何だか無性に腹がたってくる。
……そんなの…知ってたよ!けど…あいつを見たらその思いも揺らぐだろ。
そんなことを思ってプルプルと震える俺に、あいつは笑って言った。
「まあ少し、落ち着いて。こう考えないと「蟹座は僕達に恐れなして援軍を呼びにうみへび座の下へ逃げていった」って」
「引き付けてる対象が目の前に来たんだぞ…そんな前向きに考えられるか…」
「でも僕が死ぬなんて縁起でもない。僕は神様が見放しても…死なないよ?」
それもそうだけど……
俺が納得いかない顔をしていると、もう一人やってきてがっかりしたとでも言いたげな溜息を吐く。
「……あんた何様?」
「えっ?アイシャ何でキレ気味?」
「あそこに残ったのはグレイより強いプレイヤーよ?マリアちゃんはあれだけど…過保護な親居たし、万が一にも『負けた』なんて思ってほしくなかった」
「それでも…それでも何の連絡もなければ…そう思うだろ!」
感情を抑えきれなかった俺がそう口にすると、二人して首を傾げる。
「そもそもシオンちゃんに連絡したよ?蟹座がうみへび座の所にワープしたって」
「私も姉さんにしたわよ?」
…聞いてない。
俺は、兄の死に気を取られて攻撃を外し、瀕死のうみへび座に反撃されてここまで飛ばされて討伐出来なかった不出来な妹に説明を求めた。
彼女は、眼をそらして答える。
「言おうとしたけど、お兄ちゃんの様子見てたらこのままの方が強そうでー」
「あ、わかる。グレイって頭に血が上ると一番何するか分かんないから面白いよね」
「どうでもいいけど立ちなさい。勝つわよ」
アイシャの言葉で前を向くと、向こうで戦っていた皆が俺を待っていた。
どいつもこいつも元気そうで、俺が考えていたことが何だか馬鹿らしく思えてくる。
あぁくそ…やっぱこいつらいると…安心するなぁ……
俺は足の氷を砕き前を向く。
余裕はもうない。
次が正真正銘のラストアタック。
「…あぁ!わかってる!勝つぞ!」
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