第38話 VSうみへび座_part【6】焦りが生み出す恐怖
信頼できる化け物達にストーリーボスを任せた俺は、沼地から引きずり出したうみへび座との決戦場へと向かった。
アイシャが抜けた分、戦場は混乱すると予想していたが、実際その場所に向かうと既に統率された攻撃を始めているプレイヤー達がいた。
「さっきとおんなじくらいには皆の動きに無駄がない…司令塔は誰だ?」
疑問のままの俺が到着すると、待っていたシオンとマナロがやってくる。
「グレイさん!」
「マナロ!?何でこっちに居るの?」
「あの…兄さん…私居ますよ…」
わかってるから…ちょ…そんなに悲しい顔しないでよ…忘れてないから…
「ヴァルキュリアはこっち?」
「はい!アイシャさんが「暴走しそうなグレイを止められそうなのは貴女達しかいない」って」
「司令塔は引き継いだアオイさんがやってる。ルリはアイシャさんから頼まれてそのサポートとヒーラー担当」
それあいつが絶対アオイさんとルリルリちゃんを危ない方から遠ざけたかっただけだな…俺をダシにしたな…
「わかった。ならマナロは俺と二人で後衛の遊撃をやる。後、シオンは……うん、突っ込め」
「兄さん、私の扱い雑じゃない?」
「安心しろ。俺の露払いスキルはカンスト済みだ。シンからの評価も高いぞ?」
「……それは…まぁ確かに……」
若干不満そうなシオンをやや強引に戦場へと送り出すと、俺は隣にいたマナロにだけ真実を打ち明ける。
「実は、突っ込み役がシンじゃないとアレ成り立たないから、手伝ってくれない?」
「やっぱりですか。デスゲームでよく見栄をはれますね…」
「止めても聞かないし…それに、出来ないかもって言うよりは安心するでしょ?俺も周りを気にせずあいつに集中するから。だから…その間の背中は任せたよ」
「……はいっ!」
シオンはプレイヤー達と交戦するうみへび座へと近づくと、正面に立たないようにぐるりと回り込み胴体へと剣撃を浴びせる。
「このまま終わってくるわけ…ないよね!」
シオンの攻撃を受けたうみへび座は、彼女の方へと首の向きを変え睨み付ける。そして、人一人飲み込める程の大きな口を全開に開けて雄叫びを上げると、弾丸みたいに突進した。
シオンは、それを右に左にと駆け回り首を避けていく。こう見ると、シオンは綺麗で無駄のない最小限の動きをする。それに対して、普段はちゃめちゃに避ける馬鹿は何故上手く避けるのか、この疑問は昔から解決しない。
それにしても、シオンは身内贔屓を抜いても素晴らしい身体能力を持っている。更に、兄としては嬉しいことに、シオンはまだ馬鹿共の領域に手が届いてない。人間の範疇を超えていないのだ。
「シオン…そのままのお前でいてくれよ…」
「キモいですよ、グレイさん…ほら、アレは絶対避けられない!」
「それは通さないさ。スキル『ライトニングレイ』」
俺のアンタレス2ndから放たれた光の矢は、シオンの後方から隙を窺っていた首を押し戻し、彼女から遠ざけることに成功する。
「ちょっと前出るよ。マナロも次からは俺と同じように首を狙って」
「要求がおかしいですって。私そこまで命中率良くないですよ?」
「シオンのことを先読みしたら、その時一番気持ち悪い位置に矢を射る。これだけで当たる」
「…冗談ですよね……?」
「…まぁ流石に、気持ち悪い位置ってのは嘘だ。そんなのわかんないよ」
「ですよね…(あれ?先読みはしなきゃダメ?)」
シオンの位置と俺達二人の位置は、少しずつ近づき始め連携の取りやすい配置となってきた。通信は常にオープンで開いていたが、声を張ればお互いに聞こえる距離になっていた。
「よし、後体力3割。このままいくぞ!」
「…了解…」
シオンの声に力が無くなってきた。おそらく時間切れだろう。そのことにはマナロも気付いている。
「マナロ、少し無茶言っていいか?」
「……いいですよ!シオンのためです!」
「ありがとな!シオンの隣まで進むぞ!」
俺とマナロは、プレイヤー達が戦う戦場の中を駆け抜けると、シオンが戦う最前線まで進む。既にそこは、うみへび座から2メートルくらいの場所で、ヒットアンドアウェイで斬り込んでいたシオンのすぐ側である。
「え!?兄さんにマナロ!?何でここまで…」
「お前もう長くはもたないだろ!一気に止めを刺す!」
「……了解!」
俺は、アンタレスとプロトΣを入れ替えて矢を番える。
「プロトΣ、推力展開
うみへび座は既に瀕死。押し切れない条件ではない。
「押し切るぞ…発射と同時に二人はスキル全放出!」
「わかってる!」
後方への推力噴射は充分に出来ている。今撃てば残り一割の体力バーを突き破れるだけの火力は出せる。後はシオンが止めをしっかりさして…………いける……は…ず……?
「何か…忘れてるような…」
その光景を後方から見ていたアオイさん達は、俺の違和感に気づき倒すためではなく、救うために自分達へと攻撃を引き付けようとしていた。
俺達三人の内、最初にその状況に気づいたのは俺ではなく…マナロであった。
多分…今回の俺は彼等が居ないことで勝負を焦ってたと思う。安心して任せられる仲間の存在は、いつからか他者への理不尽な期待に変わっていた。
「ダメ、グレイさん!」
俺が振り返ると、背後にマナロが俺を庇うように立っていた。
「不可視の首…しまった……」
彼女が、構えた弓から放った矢は不可視の首の眼に上手く命中したが、代償として視界を失い暴れるその首に身体をかち上げられる。
「きゃあああ!!」
「マナっ!」
「くそっ!シオン、お前は気を引いてくれ!俺が救出する!」
「兄さん一人じゃ無理でしょ!」
そう言うとシオンは、地面に突っ込んだままのうみへび座の首の一つに飛び乗ってその上を駆け出した。マナロが打ち上げられたのは遥か上空。落下地点はおおよそだが、うみへび座の胴体と首の根本辺りだ。
「…確かに俺一人じゃ無理か…」
シオンが飛び乗ったのを見た俺もうみへび座の首に乗って駆け出す。
「うみへび座の残り体力は…もう2割切ったな」
すると、うみへび座の様子が再び変化する。何故か色が赤くなると、何処かにいる誰かに届けるように雄叫びを上げた。
「ポラリス、突然変異コード『The deadly scorpion』!」
幻影のさそりの槍尾に俺が乗り込むと、紫紺の槍はうみへび座の首を掻き分けるように飛ばしてマナロの下まで伸びていく。
「掴め、マナロ!」
「……っ!」
俺が彼女の手を掴んでいると、うみへび座の首は下にいたさそり座を叩き潰し幻影を消し去った。
「何のぉ!ポラリス、突然変異コード『スライム』」
伸縮性抜群のスライムが作り出した擬似バルーンは、空中に放り出されたマナロと俺の落下速度を抑え込む。俺は、彼女を抱き抱えるために、端にいる彼女の所へとバルーン状のスライムをかけていく。
「いくぞ、走れ!」
「グレイさん!」
何とかスライムの上で手を掴むも今度はスライムが時間切れになり、再び空中へと放り出された。デュランダルは使えない。変装は意味がない。
「三度目……プロトΣは?ダメだ反動でマナロが死ぬ。なら五番目を使って…いやアレはどうなるか分からない!だったらこっち!」
俺は、アンタレスに切り替え矢を素早くうみへび座の首に放ち一本だけ引き寄せる。そして、ヘイトに誘導されて突進してきたうみへび座の真上にくるようにマナロを投げた。
「いっけぇ!」
投げ出された彼女は、何とかうみへび座の頭にしがみつく。それを確認した俺は、突進にアンタレスのスキルをゼロ距離で発射した時の衝撃で回避する。
「ぐっ…マナロ!少しの間耐えてくれ!」
「わ、わかりました!」
再びプロトΣに切り替えると後方への反動抑制を開始する。
「今度は外さない…」
アオイ達は、俺に不可視の首が近づかないように付近に弾幕をはって当たりをつけていた。
「見つけた!アレに魔法を集中砲火!」
アオイさんの指示により一切発射された魔法は、俺を守るように周囲に撃ち尽くされる。
彼等のお陰で俺のスキル発射に邪魔は入らない。次こそは確実に射抜くと決め、揺らぐ照準に焦らず狙いを定める。
「…そこっ!スキル『星天霹靂』!」
真っ直ぐと撃ち出された矢は、もう止まることはない。うみへび座にこの攻撃を避ける方法も耐える方法も無いはずだ。
「これで……」
しかし、目の前に一瞬通った白い稲妻が俺の警戒心に再び赤信号を灯す。
「何だ…今の?」
更に、衝撃波で空を飛んでいた俺の耳に微かにだが声が聴こえてきた。それは、ここではなくもう一体とやり合っているはずの男の声。フレンド通信で一方的に声だけ聞こえてくる。
「…イ……グレイ…ごめん」
不安しかない中、俺の放ったスキル『星天霹靂』は、うみへび座の首を塵に変えて突き進み爆発する。下に居たシオン達は、その爆発は命中したものだと思っていた。
「やったか?」
しかし、討伐メッセージは流れない。
「…何もない?まさか…兄さん!」
シオンの叫びと共に爆風は消し飛び、俺の放ったスキル結果があらわとなった。着地した俺が顔をあげると、それは最も見たくない光景でもあった。思わず俺は、震えた声で絞り出すように声をだす。
「…何で……お前がそこにいる…」
最初に見た姿とは少し異なり、身体の一部が機械になっているが、間違いない。アレは…蟹座だ。
「あいつらは…どうした……」
答えるはずもない蟹座に俺は問いかけていた。当然、蟹座は答えず背後にいるうみへび座を庇うように前に出る。
「お前と戦った奴らはどうなったって聞いてんだよ!」
沈黙を貫き通す堅牢の蟹を前に俺は、再び弓を構えた。
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