第26話 口は災いの門

 武術大会の急遽延期が決定した翌日。一人の獣人が従者を連れて街を歩いていた。その人物が歩いている様を国民とゴルディオンに暮らすプレイヤー達は、好奇の目で見ていた。そして、誰もが同じ事を思い、呟く。


「ライカン王子が公務もなく外に出るなんて珍しいね」


 前を歩いている獣人の方は、この国に暮らす者なら誰もが知っている程の有名人である第一王子ライカンであった。

 一方で、従者の女性は笠を深くかぶっておりその顔は見えないが、特有の尻尾が見えないことから獣人以外であることだけがわかる。それ自体は何も珍しいことではない、今行われているクエストを考えれば彼女はプレイヤーであることに違いない。

 ライカンは、ある家の前に着くと足を止めて、従者のプレイヤーに確認する。


「ここで、合っているな?」


「はいーその通りでございまーす」


 彼女の言葉を聞くと、ライカンは意を決したかのように、家の中に入っていく。

 従者の方は、中に来ないように言いつけられているのか、家の前で待っていた。


「入るぞ。ライカンだ」


 彼が家の中を進んでいくと、そこは人が住んだ形跡の見当たらない目線の端に何か腕のようなものが一瞬映り込む。

 それが気になった彼が腕が見えたキッチンの方へと進んでいくと、そこには何故か血まみれの包丁が床に刺さっていた。

 置いてある理由にも疑問があるが、それ以前に通り道にあるのは危ないと思った彼がそれを持ち上げだ瞬間、突然ドアが蹴破られて衛兵が流れ込んできた。


「第一王子ライカン!殺人罪で逮捕する」


「何っ!」


 ライカンからすれば包丁を拾っただけで何もしていない、してはいないはずだったが、彼が衛兵達に顔を向けた瞬間に、後ろからドサッといった音を立てて何かが倒れる。

 そこには、血だらけの金髪の少年が腹部を抑えながら倒れていた。


「この人に…やられました…」


 少年は必死の形相でライカンを指差す。衛兵はそれを疑うことなく、ライカンを連れて行こうとした。

 当然、身に覚えのないことで捕まるわけにはいかないライカンは、逃げ出そうと都合よく空いていた裏窓から外へ飛び出す。


「くそっ!ウェルミナの仕業か!」


 勢い良く飛び出たライカンは、裏路地を進もうとする。すると、そこへ一人のプレイヤーが待っていましたとばかりに現れる。それは、第三王女ウェルミナに従っていたプレイヤーであり、ツキヨミから冤罪でポイントをかすめ取る案を思いついた張本人であった。

 彼は、したり顔で武器を構えて剣先をライカンへと向けた。


「こうも単純に引っかかるなんて…警戒した僕が馬鹿だったな。さっきの声は衛兵だろ?なら、今ここで君を行動不能にするだけでボーナスポイントが入ってくる」


「貴様!何故こんな事を!」


「悪いね、僕も自分の主人を勝たせたいんだ。恨むなら第四王女を恨んでくれ。ツキヨミを陥れるはずだったのに、まさか邪魔が入ってカスみたいなポイントのミヅハを冤罪にしてしまった」


「だから、俺を嵌めたのか!ミヅハみたいに」


「どんな事をしても僕はウェルミナを勝たせるよ。だってこれはそういうゲームだろ?」


 そう言ったプレイヤーの後ろには、沢山の衛兵がやってくる。

 それに気づいた彼は勝ちを確信して、ライカンに突っ込もうとした。


 突っ込もうとしたが…それは出来なかった。


「この男が殺人事件の黒幕だ!捕まえろ!」


 後ろにいた衛兵達は、剣を構えていたプレイヤーに飛びかかる。突然の攻撃に対応が間に合わなかった彼は、瞬く間に捕らわれてしまった。


「な、何で…」


 少年は、目の前にいたライカンを見る。彼には衛兵が誰一人として向かおうとしなかった。


「このゲームってプレイヤーのステータスを自動閲覧出来ないところがクソだなって思ってたけど、案外こういうことができるならアリだな」


 そう言って男を見るライカンは、まるで別人のようであった。ライカンは、不思議がる男を見て、彼が何を考えているのか直ぐに分かった。


「あーそうだ。ポラリス『突然変異メタモルフォーゼ』コード『百の面妖』ライカン・ゴルディオン解除」


 そう言ったライカンの姿は、霧のようになって消えていき、彼が居た場所に残ったのは一人のプレイヤーだった。

 そう、ポラリスで変装していたグレイこと俺である。


 …こんなことにポラリスのパレットを一つ使ってしまった…後3つしか入れられないのに。


「ちゃんと確認しないとダメだぜ?まぁ、あんな雑な手で冤罪ふっかけようとする時点で、こうなるのはお察しだったけどな」


 俺が笑みを浮かべて、彼に手を振る。元々、姫が犯人に目星をつけており、この辺り一帯をデッドマンが支配していたからできた作戦であったが、思った以上に簡単に事が進んだのは、彼がペラペラ何もかもを喋ってくれたからだろう。


「なんで、僕が犯人って…」


 これは聞かれるだろうと思ってた質問。探偵や刑事らしく、鋭い推理を展開したいところだが、生憎俺にそんな技能はない。

 俺は、ポケットから姫謹製のレコーダーを取り出す。


「すごいだろこれ?製作時に通信機能とスピーカーを付けてたんだってよ。お陰で一日で片がついてくれた。国王にこれ見せてる姫やデッドマンの顔が眼に浮かぶよ」


 俺の手にしたものを理解する前に、自らが置かれた状況である程度察したのか、男は脱力してその場にヘタリ込む。


「そんな…こんな方法で…」


「悪いね、今回は雑でおしゃべりなあんたが悪かったってことで」


「勝たせたかった…なのに…」


 そこまで言うならもしかしたらピジョンのように彼もウェルミナとそういう間柄なのかもしれない、そう思った俺は彼に問う。


「何でそんなにウェルミナを勝たせたいんだよ?何か理由があるの?」


「彼女は…僕にチャンスをくれた恩人だ。それに好きなキャラを勝たせたいのはゲームとして当然だろう!?」


 あぁ、ピジョンとは少し違うな。これは純粋なキャラ愛が為した技だ。それはそれで1プレイヤーとして凄いし尊敬するんだけど、今回はそれだけじゃ足りない。

 少なくとも俺が昨日話したピジョンとは、覚悟の重さが違う。


「なんだ、それだけか。割と軽いな」


 彼は、俺の言葉を聞いて怒りと困惑を混じらせた顔でこちらを見つめてくる。彼にとってはバカにされたように感じるかもしれない。


「回りくどいやり方のくせして、詰めも考えも甘かった。本気で勝つつもりじゃなかったでしょ?」


「僕は本気だ。人を殺してでも…」


 俺はレコーダーのスイッチを切ると、男と目線を合わせるべく、ゆっくりとしゃがむ。


「何が本気だよ。人を殺す気ならもう死んでたはずだ、俺もあんたもそこまで下には落ちれない。それをやるような奴なら、俺はさっき死んでたよ」


 男は、へたり込んだ状態のまま衛兵達に連れて行かれた。彼の眼には光がなかったが、牢獄ならばプレイヤーも死ぬことはないと聞いている。彼はプレイヤーを殺したわけではないからそれで十分なはずだ。


「さて、今頃ライカンとウェルミナは捕まっているだろうし、牢獄ならツキヨミもいつでも会えるから取引は成立させられる。後はピジョンとヘリオス、それと……」


「イカロス教団」


 一緒に、ここへやってきたリミアが、その先を言う。この話は昨晩、姫とデッドマン達が情報整理をした際に出た話題らしい。


「まぁ、ヘリオスはシンに任せて俺はその教団の方に行ってみるよ」


「私も行きますよーアンナさんとあの子も行くみたいです。シンさんの方も今日助っ人が来てくれるらしいですから大丈夫でしょー」


「なら安心だ。俺達は俺達の出来ることをやらないとな。後でシンに笑われる」


 この足でイカロス教団へと向かうことを決め、二人で歩いていると不意にリミアが尋ねてくる。


「その前にグレイさーん?1つ質問がー」


「何?どうしたの?」


「グレイさんは昨日、ピジョンさんと何があったんです?」


その質問をされると嫌でも昨晩の出来事を思い出してしまう。


「…別に、何もないよ」


「何も無かったよ…あの人にはもう理屈も感情も通じない、それをわからされただけ」


 彼はとても強く、とても優しい人間だった。


 だから、俺は何も出来ないまま終わったんだ。


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