第27話 王位継承争奪戦 終幕part【1】_灰と鳩
ゴルディオンの中央に建てられている闘技場。今日ここには今までの大会で最多の観客が押し寄せていた。集まった観客が心待ちにしているのは、王国最強と呼ばれるヘリオスとプレイヤー最強と呼ばれるシンの決戦であった。
互いにここまでの戦いは圧勝で終えており、片やプレイヤー最強とも呼ばれる人間で、もう片方は伝説が作り上げた銃の所持者。こんな勝負は誰もが結末を予想できず、裏ではどこぞの
観客達が始まるのを今か今かと待ちわびていると、進行役を務めている獣人がアナウンスする。
「準備が整いました。選手は入場して下さい」
獣人達のオーケストラ演奏と観客の歓声が混じり合い会場は熱狂の渦に包み込まれる。
そんな決戦場への道を黄金の鎧兜で包んだ一人の青年は堂々とした足取りで歩んでいく。
普段はこんなものを付けても視界を狭めるだけで必要ないのだが、この武術大会のルールである以上仕方がない。
会場では、視界進行役が空白の期間を埋める為にルール説明を行っていた。
「改めまして、ルールの説明を。今大会では各参加者ごとに用意された鎧を身に纏っていただき、相手の鎧を破壊することが勝利となります。道具はいくらでも使用可能。ただし、鎧の耐久値はどんな魔法でも直すことが出来ません。鎧は物理攻撃や魔法によって耐久値が減っていきゼロになった時点で砕け散ります」
つまりは、参加者の体力には一切の影響がないクリーンなルール。物理も魔法も両方有効打となり得る大会だ。
司会進行が観客に向けて説明する中、歓声轟く闘技場へと続く道を歩く青年は、一振りの槍を取り出し、それ以外のものは一切出さずに進んでいく。その表情は外からだと見えないが、鎧の下では清々しいくらいの晴れた顔であった。
彼がそんなにも楽しそうにしているのは、決戦前夜に自らの一番の親友に言われた言葉が原因である。
「わりぃシン。ヘリオスに延期を認めさせる上で俺とお前の命賭けちゃった。負けたら二人とも首切り落とされるらしいよ」
親友とはいえ勝手に自分の命を賭けられたら普通は怒るものだ。
しかし、このシンという青年にはそんな常識は意味がない。逆にそうなった方がモチベーションが上がってしまう。
「了解。燃えてきた」
それ故に、勝手に命を賭けたグレイの言葉にも笑って返す度量がある。
シンが闘技場の中に入ると、先に入っていた紅の王女が腕を組んで仁王立ちしていた。彼女の顔は獅子の耳に合わせた朱色の兜で隠されており、獣人特有の尻尾は戦いには邪魔なのかドレスのような鎧に隠されていた。
この時、シンはヘリオスと初対面であった。彼女の鎧は白と聞いていたが、返り血によってムラのある赤色に染み付いており、背にはピジョンが作ったであろう緋色の銃が掛けられていたからである。
赤の王女は、鎧の下からくぐもった声で呼びかける。
「待っていたぞ、黄金の騎士よ。あの灰色の男が言った通り私を楽しませ、その上で完膚無きまでに潰せるそうだな?」
この時点で、グレイから若干嘘を付かれていたことにシンは気づいても怒りはしない。
何故なら、そうしたのはきっと相手の調子を怒りで狂わせる彼の作戦だ。
いつも本人は、そんなこと狙ってないと首を横に振るが、このやり方にはシン自体が毎度助けられている。
「ええ、まぁ」
「随分と気が緩んでいないか。これから行うのは命のやり取りだぞ?」
彼女の言う命のやり取りとは、グレイが勝手に取り付けた話のことだろう。
シンは、アルカスの監視槍を取り出すと、ウォーミングアップでもするかのように、振り回して、先端をヘリオスに向ける。
「いやあ、昨日までは厳しかったけど、今日は何故だか負ける気がしなくてね。今も明日何食べるかしか考えてないよ」
彼に悪気はない。自然にこんなことを言うから煽りにしか聞こえないが、単純にこの男は言いたいことを言ってしまう人間なだけである。
無論、ヘリオスは更に怒り冷静さが欠けていく。NPCとはいえ、人間の意識データを改竄した形で流し込めば、それは最早ヒトに限りなく近い者である。
故に、こういった駆け引きは、ただのNPC以上に効果を発揮する。
「審判!さっさと始めろ!私はこの男を今すぐにでも切り捨てたい!!」
「そ、それでは武術大会決勝戦。第一王女ヘリオス対第四王女ミヅハ代理シン。始め!」
始まりの合図と共に紅の銃から歓声を上回り鳴り響く撃鉄の音。そして、シンに向かい白銀の弾丸が真っ直ぐに放たれる。その弾丸は、軌道を曲げることなく一直線に進んでいった。このままの『点』攻撃であれば、シンの直感だけで避け切れるだろう。
しかし、その一発は前へと進むたびに膨れ上がるように変形し、二つ、三つと分裂していく。
やがて、100を超える数となり、空間を覆うほどの銃撃の嵐となった攻撃は、シンにたどり着く前に槍から放たれた爆風によって打ち消される。
「『ディア・カリスト』。のっけから最大火力を切らされるとは…」
「これでは終わらんぞ!」
リロード動作が無い。弾を込めない。薬莢は落ちない。その見た目からあり得そうな現象は起こらず、再びヘリオスが引き金を引くと、銃弾の嵐が襲いかかる。
「ほんと、銃口1つからそれって、あり得ないでしょ」
今度は、移動しながらの対応だったため、素早く端に飛びつつ槍を振り回すことで、これを避けきれた。
「昨日あの人に会っておいて良かった。胡散臭い情報だったけど今のところ全部的を得てる」
そう呟きつつもシンは、ヘリオスの攻撃を裁いて反撃の糸口を探すことに専念し始めた。
____________
観客達の歓声も盛り上がる中、観客席の上の方、他の人もほとんどいない立ち見席の所にいる見た目三十くらいの男は、白熱する二人の試合を分析するように眺めていた。
彼は、昨夜急に尋ねてきたとある青年のことを思い出す。
「グレイ…君には悪いが負けられない理由は僕にもあるんだよ」
それは、武術大会前夜のこと。
精密作業を集中して行う必要があるため、人もおらず静かな場所で一人の鍛冶師はとある武器を作っていた。そこへ、一人のプレイヤーが訪れる。そのプレイヤーは、灰色の髪で背中には紫の弓を担いでおり、工房の主である鍛冶師には見覚えのない青年であった。
「初めまして、貴方がピジョン?」
「何故ここが?ここを知っているのはごく僅かな人間のみのはず…」
この場所は、ゴルディオンの中でも端っこに位置しており、森の中に隠れるよう建てた場所であるため、普通に探して見つけるのは困難であるはずだった。
「単刀直入に聞くよ。ヘリオスは元プレイヤーでしょ?」
「っ!君は…」
突然の訪問者から口に出たのは、ピジョンが彼に興味を持つのに十分な理由になった。
「俺との話し合いに応じて欲しい。できれば明日の武術大会を戦わずして終わらせたい」
ピジョンは、製作中であった新しい銃を机の上に置き、来訪者の言葉に耳を傾けることにする。
「話を聞こう」
掴みは成功。後は話を円滑に終えるだけ。
ここが俺の正念場だ。
俺がピジョンから座るために用意されたのは椅子とも呼ばないような歪な形の置物。それは、所々から何故かトゲのような突起物が生えており、座れば自分がダメージを受けそうな作りで、もはや拷問器具の一種と言ってもらった方が納得できる物だった。
「悪いね、僕は銃以外はからっきしで…ほんと価値の無い男だよ…」
「大丈夫です大丈夫です!座れなくもないですよ」
俺は、意を決して椅子らしき物に座るが、予想外のことにダメージはない。
「なんとも無かった…」
逆にどう作ればこのような形になってしまうのか興味が湧いてきたが、そんな話は今することでない。気持ちを切り替えて俺がピジョンに向けて姿勢を正すと、それを見た彼は話の本題に入る。
「それで、君はどこまで知っているんだい?」
俺は、フェイス共に聞いてしまった盗聴記録はぼかして、信頼できる筋から聞いた情報と自らの体験談を元に推察したことにする。
話を聞いている間のピジョンは、頷きながら聞いており、話し終えるまで一度も質問することは無かった。
話し終えると、ピジョンはようやく口を開く。
「なるほど…他にもいるのか。あれがヒロイズムユートピアであったかは謎だけど確かに彼女はなんらかのβテストに招待されていた」
「彼女の記憶はもう戻りかけてる。そしたら目的は達成されるんじゃないの?」
俺が言いたいのは、もうピジョンはヘリオスのために戦う必要はないことを自覚してほしいことだ。きっと、彼もわかってくれる。この戦いは負けたところでヘリオスが死ぬわけではない。
「既に、ライカン、ウェルミナ、ツキヨミが辞退して、他のプレイヤーはヘリオスが順当って思ってる。けど、明日の武術大会でこっちが勝てば確実にサブポイントで捲れる」
あの三人が稼いだ蓄えは、必ず実らせないといけない。それが、途中参加した者の責務と感じている。
だからこそ、明日はどんなことがあろうとも勝たなければならないし、勝率は限りなく100まで上げなければならない。
「ミヅハが勝利すれば、プレイヤーに優位な拠点が作れる。これはクリアに必要なんです。そのためにもあいつを勝たせないといけないんです。だから、だからどんな形でもいい、協力してください…」
途中から必死に頼み込むように言い、終わりには頭を下げていた。
巻き込んだ時点で、最後まで俺はあいつを勝たせるために動き続けなければいけない。
「んーごめん、それはできない相談だ」
「…何故?」
俺には彼がそこまでして彼女に入れ込んで勝利させようとする理由がわからなかった。
「君の言う話が全部本当だとしても、その理想論が本当に為せることだとしても、僕には関係ないんだ。僕は彼女が願う全てを叶える為にここへ来た」
「全てって、最後に俺達が勝っても誰も死ぬわけじゃないし、第一軍事特化のヘリオスが勝ったら戦争系のクエストが発生する可能性だって」
候補者達それぞれにマニュフェストとも言える勝利後のゴルディオンの展望は、各候補者ごとにばらけている。ここまでは、シンが危惧していたことだが、特に軍事に特化しているヘリオスの場合、予想されるのは王国と揉めるといったクリアに関しては百害あって一利なしの未来。これだけは、阻止しなければならないと思っていた。
なのに、彼は、ピジョンはそれが構わないかのようであった。
「僕は彼女が願う争奪戦の勝利を実現させること以外に興味はない。彼女の記憶が戻ることは確かに目的の1つだが、最大の目的はあくまで彼女の幸せだ」
「今のヘリオスはユノにNPCとして動かされているだけで彼女の意思とは…」
「変わんないよ。今の彼女も昔の彼女もおんなじ人間だ。もしかしたらデスゲームに参加して今みたいな性格になったのかもしれない」
「それなら、本当の彼女が何を望んでいるか考えればいいじゃないですか?」
「本当も何も彼女は今この戦いに勝とうとしているじゃないか。僕の空想で、ありもしない本心を創り上げるよりかは、よっぽど良い」
正に狂信的とも言える解釈。彼の中でのヘリオスは、どこまで神格化されているのか予想もつかない。ここまで、言い切られると俺が何を言っても聞いてもらえそうにはなかった。
「今日はもう帰ります…」
諦めた俺が工房から出ようとすると、背を向けた俺に向けてピジョンが言い放つ。
「君はさ…ある日突然消えた大事な人が最後に行った場所が分かったら、そこがどんなに地獄でも行く覚悟があるかい?」
「ッ!貴方はこの世界がこうなるのを分かって…」
「僕にはあったよ。自分がここで死ぬかもしれないと分かっていても、彼女の足取りを追うためなら人生を捨てることに悔いはない」
まるで、この世界は最初からこうなる事を知っていたかのような口ぶり。それなら彼はこの世界で確かに
「そして、見つけたならもう迷いはない。僕は彼女のために生きて彼女のために死ぬ。それが僕の贖罪だ」
贖罪と言い切る彼の目には俺の言葉程度では揺らぎそうもない決意の色が見えた。こんなにも狂った人間には今更愚問かもしれないが、俺は確認した。
「それは例え、戦いの結果が他のプレイヤー達全ての生死にかかわったとしても?」
ああ、やっぱり。彼の目に迷いも動揺も見られない。俺の問いは即答される。
「変わらない、この結果で何十何万のプレイヤーの命が救われるか今わかったとしても僕は彼女を勝たせる」
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