第28話 王位継承争奪戦 終幕part【2】_紅と黄金

 ≪獣人国家ゴルディオン≫-中央闘技場


 砂埃舞う中繰り広げられる二人の戦いは、ヘリオス優勢のまま進み続けていた。


「彼が勝たせようとしていたあのシンって子、結構強いけどヘリオス相手じゃいつまで持つか…」


 ピジョンが予想した通り、フィールドを駆け回っているシンはヘリオスの攻撃を徐々に捌ききれなくなり、やがては銃弾の一部を鎧で受け始める。


「ただでさえ見にくい兜で視界が悪いのに、この波状攻撃はちょっとやばいね…使うか」


 シンが取り出したのは、表に猛々しく燃える炎が描かれ、自分の身長よりも大きな盾であった。


「私の攻撃をそんなもので防げると思ったのか!」


 それを見たヘリオスは、臆することもなく銃弾を盾に向けて放つ。シンが出した盾は、ヘリオスの弾丸を浴びると、弾くのではなく弾丸を取り込むように逃がさずその場で取り込むように無力化していた。


「なッ、その盾ッ」


 盾のギミックに驚き、ヘリオスが一瞬警戒を緩めたのをシンは、見逃さなかった。

 素早く盾を持ち、円盤投げの要領でヘリオスに向かって投げつけると同時に、一気に間合いを詰めて接近戦に持ち込む。


「…あの盾、こっちの仕組みが分かってないと作れないはずだ」


 ピジョンは、先日訪れたグレイが彼に情報を与えたのが原因か考えるが、いくら何でも用意が良すぎる。

 ピジョンが作った銃は、一見現実世界にありそうなデザインだが、中身は『いかにして遠距離から高速高威力高貫通の攻撃をぶつけるか』を命題にされており、銃に用いられる加工はその過程で必要だった手段の一つ。

 過去に鉛の弾丸を使用したのは、魔法障壁を貫通させることが可能だったから。

 ヒロイズムユートピアでもその考えは変わらない。変わらないが、彼の技術は進歩している。魔法の速度に天井がなくなり、弾丸として金属を使用する価値が本当にあるのかどうか。


 それ故に、彼が辿り着いたのは、魔弾と通常弾のハイブリッド方式。筒の中で回転させ、弾丸は様々な魔法を魔法金属でコーティングし、発射機構は全て魔法ありきで構成。そんな強引さから生まれたのは、今までの銃の中でも異質な形態で、完成直後にピジョンが思ったのはある兵器。


「これ、銃というよりレールガンじゃない?」


 そんな感想になってしまった兵器が、ただの盾に無力化されているのが、ピジョンには信じられない。


「ただの魔法吸収シールドなら金属コーティングで貫通できるはず。逆に鉄の盾なら炸裂した魔力で強引に貫通できる。それが無力化されるってことがおかしい」


 可能性としてあるのは、ドロップ武器の1つ。話によれば彼は様々なボスを倒してきたらしい。その中で反則級のシールドが1つくらいはあってもおかしくはない。だが、それなら最初から出せば良かったし、グレイが自分に負けて欲しいなどと頼みに来るはずがない。


「そうなると、今日手に入れた武器?それなら、誰かが作った?こんな短時間でか?」


 ピジョンからすれば、その方が信じられない。無力化できる仕組みを考えるのと同時に、それを作り出す技術。両方兼ね備えている鍛治師など、自分がVRをやっていた頃にはあり得ない存在だ。


「いや、ありえない。仮に対策するなら魔力吸収の魔法を盾に付与するのが妥当だけど、そんな魔法も付与技術も存在するのか?」


 ピジョンが試行錯誤を繰り返して作り出した渾身の一作をそんな簡単に打ち砕けるはずがない。彼は、自分に自信がなくとも自分の銃にだけは絶対の自信を持っていた。そんな彼にとってあの盾は未知のものでしかない。


「随分と耄碌したな、ピジョン」


 急に呼ばれたピジョンが、後ろを振り返ると、そこには魔族の男がキセルのようなもので煙を吸いながら立っていた。

 この男のことをピジョンはよく知っていた。何せ今そこで戦っているヘリオスこと『四ツ木野橄欖かんらん』の父親であり、かつてまだ学生であった自分に銃の作り方を教えてくれた師匠であったのだから。


師匠せんせい…」


「師匠か…嬉しいがもうヴォルフと呼べ。もうお前に教えられる技術はないのだから」


 自分が始めた頃には既にゲームを引退して仕事に専念していた彼がこの世界にいること自体、ピジョンにとっては驚きなのだが、それ以上に驚きなのは、連絡もなしに来た上に、自分とは敵対関係であるかのようなことを示唆したことである。


「何でこっちに…まさかあの盾!?」


 ヴォルフは鼻をこすりながら、ピジョンの隣に立ちシン達の戦闘を眺める。そして、ピジョンの方に顔を向けると、先程より低い声で答えた。


「あぁ、ちょっとした昔の縁でな。昔のお前なら勝てなかったよ。だが、今のお前なら簡単に勝てる」


 自らの最高傑作を前よりも劣化していると評価されたピジョンは納得できない。


「魔弾と実弾のハイブリッド式はまだ誰にも見せてないのにどうして!」


 ピジョンの言葉にヴォルフは、そんなこともわからないのか、とでも言いたげな顔でキセルで煙をく吸って吐き、彼に教えるかのように言う。


「そりゃお前、みんな思いついたけどって直ぐに気づいたからに決まってんだろ」


 ピジョンの持論は、あっさりと師匠に否定された。固まったピジョンを見てヴォルフは、顔を一度下に向けため息を吐くと、難しい表情で顔を上げて、キセルで吸った煙をピジョンの向けて吐く。


「バカか。ハイブリッドと言っても結局は魔力弾。ガワが金属である以外はそこらの魔法と何も変わらん。そんなありふれた攻撃方法をとれば、対策はいくらでも出てくる。しかも分裂してんのは見かけだけで、実際はガワから剝がして魔力弾のみに変化させたって証拠だろ?魔力障壁なら速度と回転分のエネルギーが嵩増かさましされて貫通できるかもしれないが、それも五分ってとこだ」


 ヴォルフが行なったのは、ピジョンの言う通りただ鉄の盾にエンチャントしただけである。もっとも、エンチャントしたのは1つではないが。問題のエンチャント方法は、姫が調べ上げた魔導士の内、中央または南にいる人間をかき集めて製作。シンにすぐさま渡すために、ポータルで行けるプレイヤーに持たせて超特急で運ばせていた。


「どうせ、西からずっと出ないで工房に引きこもってたんだろう?あいつの為にやってくれるのは嬉しいが、今のお前じゃ足を引っ張るだけだ」


「まだ、まだ負けたわけじゃ…エンチャントされただけなら彼女の実力で勝利をもぎ取ることだって」


「そこまで褒めてくれるのは嬉しいが、娘の相手は正真正銘のバケモンだ」


 ピジョンとヴォルフが見守る中、シンとヘリオスの戦いは佳境へと突入する。

 肉薄されて、強引に近接戦闘に持ち込まれたヘリオスは、銃を振り回して距離を取ろうとするが、一度張り付いたシンが銃武器相手に距離を再びとるはずがない。

 シンは、徐々にヘリオスの鎧へとダメージを蓄積させていく。


「一瞬でも間合いが作れれば…」


「それはさせないよ!」


 シンは、アルカスの監視槍から長剣と短剣の二刀流に持ち替えて、距離を詰めつつ一気に削っていく。

 このまま勝負が決まるのか、誰もがそう思い始める中、未だに諦めていない者達がいた。


「まだ、負けてない!私も彼も負けてない。真っ直ぐ飛ばしたら勝てない。何か変えなきゃ」


 勝負を諦めてないヘリオスに流れを変えられることを恐れたシンは、勝ちを急ぐために、次で決めようと、力を込めるために両腕を一瞬だけ引いた。

 その僅かな時間で起きた彼の隙にヘリオスとピジョンは逆転の道を見つけた。


「ヘリオス!今だ上に向けて撃て!」


 ヘリオスは、銃口を上に向けると引き金を引く。弾丸は空中に向けて放たれる。


「師匠、魔弾が全てにおいて実弾に劣るなんて僕は思わない。だって魔法は…」


 空中に向けて放たれた弾丸は、炸裂すると幾十の軌跡を描き流星のように、シン目掛けて降り注ぐ。


「くっ、しまった!」


 シンの一撃が届く前に、放たれ降り注いだ弾丸により、ヘリオスは一気に距離を作ると、シンが再び盾を出そうとする前に、銃弾の嵐をぶつけた。


「だって魔法は、不可能を可能にするんだから」


 ピジョンが言う通り、魔弾のバリエーションを増やした攻撃は、シンがただ前に盾を構えたところで、今度は通用しなかった。


「こりゃまずいな。切り札もう1つ切らなきゃね」


 シンは、大きな盾を上に向けてかざすと、詠唱する。


「エンチャント『炎上大陸フレアフィールド八重奏オクテット』!」


 盾から光線のように放射される赤い炎が、闘技場全部を覆い尽くす。観客ですら逃げ出すほどの熱量は、互いの鎧すら燃やし尽くす為に延焼する。

 ヘリオスからすれば、視界は悪くなり、炎によってダメージを受け続ける状態。しかし、それは向こうも同じこと。


「面白い!互いに炎に焼かれる身。時間はかけられないということか!」


 そこまで急ぐならば望み通りに相手するだけだ。先程までの攻防でこちらが圧倒的優位に返り咲いたのは間違いない。


(明らかに互角の打ち合い…ならば被弾の多いあっちが先に壊れる!)


 ヘリオスは、そう考え出来るだけ攻撃するよりも防御に徹していた。案の定、向こうの鎧にはひびが入り始め、それを分かっているのかシンの攻撃も重い一撃を狙う動きが多くなり、防御がしやすくなる。


「この勝負、勝った!」


 完全に己の勝ちを確信したヘリオス。しかし、勝敗を決する報せになるはずの鎧が先に砕け散ったのはヘリオスの方であった。

 先に砕け散ったことで、視界は晴れ自らの足元には燃えている金属の感触が伝わり、目の前にいる黄金の鎧が移ることに彼女は違和感を感じる。


「し、勝者、第四王女陣営、シン!」


 無情にも言い放たれる彼女の敗北。咄嗟に辺りを見渡すと、観客達は勝敗に何ら疑いも持たないようで歓喜に浸っていた。

 ピジョンを探すと、彼はずっと上の方で信じられないといった顔で自分ではない誰かを見ていた。その先には黄金を身に纏った男が立っていた。

 ヘリオスが先程よりも晴れた視界でもう一度シンを確認すると、何故か彼の立っていた部分には炎がなかった。そして、彼の鎧も周りの業火に焼かれる舞台を違い、一切の火の粉が振り払われていた。


「何故…お前は炎に焼かれていない!」


「互いに炎によるスリップダメージが鎧を痛めつけるから長くはない。既にダメージを多く受けてる僕が決着を急ごうとするのも当たり前。そう考えたでしょ?」


 シンは、ヘリオスが考えていたことを手に取るように分かっていた。


「でも悪いね。僕は、この戦い勝たなきゃいけないんだ。それに巻き込んだ親友が無策で僕を行かせると思うかい?」


 シンは何かの液体が入っていたであろう空瓶を空に向かって放り投げる。


「鎧の耐久回復手段は通用しない、けど状態解除は通用する。例えばさ…火消しとか」


 シンはグレイから1つのポーションを渡されていた。それは、彼がこの旅でヘビから貰い、誰が作ったのかよくも分からず、今の今まで保存していたポーション。


「グレイがこんなもの持ってて良かったよ。製作者が誰かよくわかんないのは怪しさしかないけどね」


「じゃあ互いに業火に焼かれて平等に戦ってわけではなく…」


「僕は速攻で火消しして勝負したよ?フィールド全体を燃やしておけば視界の悪い兜越しにはわかんないかなって」


 子供でもわかる単純なからくり。いや、からくりとも言えない何たる幕引き。これは勝負であるはずだった。そこに、どんな陰謀が関わっていようがいまいが、彼女にとっては一つの勝負だった。


「僕は別に対等とか平等とかは好きじゃない。だってこの勝負、命かかってるんでしょ?」


 燃えていたフィールドは、魔法の効果時間が過ぎて元に戻っていく。それに呼応するかのように、観客達の歓声は一段、また一段と強くなっていった。

 対して、ヘリオスは膝を付き崩れていた。彼女にとってこれは、予想外の敗北であって真っ向から力勝負で負けたわけではないのだから納得できないところもあるのだろう。しかし、どんなに人間のデータを入れようと記憶の戻らないNPCだろうと、敗北の二文字からは逃げられない。


 決着のついた闘技場の真ん中で、シンは空を見上げながら、もう一つの決戦場へ向かった親友を気にかける。


「僕は勝ったよ。グレイ、君はどうだい?」


 _______________________________


 ≪イカロス教団≫-地下7階深部『祭壇の間』


 その部屋は天井から地下水が染み渡る薄暗いレンガ造りになっており、一際目を引くであろう中央に、この国には似つかわしくない近代的な形の赤く光る装置が置かれていた。そして、その装置から伸びている赤いパイプラインを後頭部と背中に接続した金色の狐の獣が一人装置を守るように、空中で魔法陣を展開して牽制の構えをとっていた。


「あと少しなのに…くそッ!」


 地面に拳を叩きつけた俺は、顔を上げて装置と獣人だった者を食い入るように見ていた。俺の目に映っていたのは装置と顔が長い体毛で狐の名前。そこには確かにこう記載されている。


『貌与の祭壇座』。そして『無貌の子狐座』と。

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