第29話 王位継承争奪戦 終幕part【3】_狐と祭壇

 ことは、武術大会決勝の開始の二時間ほど前に遡る。

 イカロス教団の深部へと向かうことが決まったグレイ達は、最も向こうの戦力が少ないであろうこのタイミングに突入することに決め、それまではミヅハの拠点で待機していた。

 それぞれが他愛もない話で時間を潰していた時、彼等のところに最後の合流者がやって来た。最後の合流者は、汚れたマントで全身を隠しているが、認識阻害魔法が発見されてないこの世界では、調べれば直ぐに分かる。彼女は、無言のまま席に着くと、マントを外して、不満を垂らす。


「おかしい…なんで誰も私を雇わない…」


「いや、普通に考えてミアさんが抜けた時期ってミズハちゃんが指名手配中だから誰も雇えないですよ?」


 少女ミアは、マリアにそう言われるとはっとした顔で自らの失敗の原因に気づく。


「ッ!……そうだった」


 震える様子のミアを見てアンナは、呆れたように言う。


「この子、抜けてない?」


「抜けてはいない……当たり前過ぎて逆に気づけなかっただけ。灯台元ぐらしとはこのことか…」


 最後の助っ人として合流したのは、数日前にミヅハの陣営から出奔したミアであった。彼女は、フレンドから探知されないように、居場所を見えないように設定していたが、人の口と目はごまかせない。姫の情報網にあっさりと捕まり、ここに連れてこられた。


「あらーミアさん。そういえばずっと行方不明でしたねー姫ちゃん、この子どこに居ました?」


「街の路地裏で空腹値の限界迎えてたのを拾ったの。指名手配中だからクエストでお金すら稼げないまま過ごしてたみたいよ」


 姫が見つけた時には、お腹の減り過ぎで死にかけていたらしい。彼女の持ち金も争奪戦に使われており、手持ちの金もないまま出奔したので、ろくに食事も取れなかったとか。

 ミアを姫が拾った後、彼女が支配している地域の一角で食事と寝床を用意して、姫個人が雇う形でここへきた。


「これで揃ったわね。イカロス教団に居るはずの行方不明プレイヤー救出にはここにいるメンバーで臨むわよ」


「シンさんは仕方ないとしてーあの人は数に入らないんですかー?」


「あぁ、あれは主人の護衛が忙しいんですって。後、闘技場で胴元をやってたわね」


 そう言った姫は、ミヅハの拠点にいるメンバーを見渡す。この場には、俺の他にアンナ姐さん、リミア、マリア、ミア、姫の6人。丁度良く1パーティが組める人数である。


「それじゃグレイ、頑張んなさいよ。こっちの男手はあんただけなんだから」


「………」


「聞いてんの?」


「…ッ!あ、あぁ。ごめんごめん」


 未だに、俺の頭の中にはピジョンとの会話が焼き付いていた。彼の言葉を否定できないのは何故なのか?何万人ものプレイヤーの命がかかっているかもしれないのに、何の躊躇もなく全の命を切り捨てて一の願いを取ることができるのか。そんな考えが俺の頭を覆い尽くす。


「…ダメだな…今は忘れよう」


「何か言った?」


「何でもないよ。さぁ行こうか」


 出発前にこんなことで、みんなに心配されるわけにもいかない。俺は考え事をやめ、これから始まる俺達の勝負に集中することにした。

 イカロス教団の前に着くと、姫はマリアを引っ張って堂々と教会の正面扉を開けて入っていく。


「どうせ正面から入るならいつでも良かったんじゃないか?」


 俺の疑問に対して、中を歩いていた姫は足を止めずに背を向けたまま答えた。


「何言ってんの。ここまで来てようやく五分よ。幾ら数揃えたって底の見えない場所なら、最後以外は最低限の労力で進まないと割に合わないでしょ?それに……」


 何か言いたげだった姫だが、中に居た司祭のNPCが、聖女クラスであるマリアの影響によって現れたのを確認すると、話を取りやめて彼の所へと今度はミアを連れて歩いて行く。その先が気になった俺の顔を見たリミアが後を続ける。


「それにグレイさん。さっきこの話しましたよー?聞いてなかったんですかー?」


「え…それはごめん。ちょっと考え事してて、所々聞いてない所があったかも…」


 リミアは、俺の顔を両手で押さえて自分の前まで引き寄せる。彼女のえんじ色の瞳は俺の瞳を真っ直ぐ見ており、こっちが何を考えているかを探っているようであった。そして、そのまま顔を近づけて…


 そして、近づけていたリミアは、アンナ姐さんに思いっきりげんこつを落とされた。


「痛ッ!何するんですかー」


「それはこっちのセリフよ!何やってんのよ!」


「ちょっと緊張をほぐしてただけですよーあ、姫ちゃ~ん。終わりましたー?」


 そう言ってリミアは、俺の前から離れて姫の所へと走っていく。やがて、姫が左手に何かの鍵を持ちながら戻ってきた。そして、何故かミアは自分の武器である短剣を腰の鞘に戻していた。そういえばこの二人、司祭と共に教会の中からどこかへ行っていた。


 何となく予想はつくが、それも込みで勝率は五分五分なのだろう。こっちもプレイヤーの命がかかっている。それぐらい…。待て、いま俺は、NPCが俺達の理由で死ぬことに納得していたのか?PKでも生かそうとしたはずなのに…何で…


「準備はいい?この先にはまだ生きてるプレイヤーがいるかもしれない。もし見つけても直ぐには近づかないで。私達が死ぬわけにはいかないんだから」


 とっさの姫の確認に気づいて俺は考えるのを一旦止めた。これは終わってから考えればいいはずなんだ。今は行方不明のプレイヤーのことと、イカロス教団のことを考えないといけない。ピジョンとヘリオスはシンが受け持ってくれたんだ。俺は俺の出来ることをしなければならない。

 俺達が返事すると、姫は教会の祭壇をどかす。そして、下に隠されていた木製の鍵付き扉の鍵を慎重に開けた。彼女が上に開くと扉の下にはレンガ造りの階段が先の見えない所まで続いていた。いかにもな階段を前に、姫は臆することなく入っていく。


「それじゃ、イカロス教団に潜入開始よ。目的は行方不明のプレイヤー達の救出と裏に居る何者かを見つけ出す事。私のファン達もまだ生きてるはずよ…こんな所で死なせるわけにはいかないんだから」


 ≪イカロス教団≫-地下6階


 ナビゲーションマップにはそう記されているが、実際ここまで来るのにもっと多くの階層を降りた気がするのは気のせいだろうか。ここまで二時間程はただひたすら松明片手に、天井から水滴が垂れ、鼠ような生き物が走り回るだけの部屋を通り、下への階段を降り続けていただけで、モンスターとのエンカウントもなければ、教団の者との接触も起きなかった。随分と拍子抜けに思えるが、何もないことが逆に辛い人間もいる。


「あの子達はどこにいるのよ…どうしてここまで何もないのよ…」


「姫ちゃん、まだ最深部じゃありませんよーきっといますってーまだ死亡通知は出ていないんですよねー?」


「えぇ、それは事実よ。ただし、ここに居ない可能性は捨てきれないわ」


「それはないでしょう。だってほら…」


 リミアが指差す方向には、俺達と同じように松明を持った誰かが部屋の中で一人立っていた。すぐさま俺はアンタレスを取り出して、腰にかけた矢筒から矢を抜き番える。

 部屋に居た人物は、上に居た司祭と同じように祭服を着ており、その手には松明の他に赤い杖を持っていた。彼は、俺達特にマリアを見ると、目を見開き弾んだ声で呼びかけてきた。


「これはこれは、聖女様。よくぞ我が教会にお越し下さいました」


 突然の邂逅に何を言うべきかわからないマリア。そんな彼女の肩に姫がゆっくりと手を置くと、緊張から解放されたようで司祭の目を見て彼等のことを問う。


「あの、ここに沢山の人達が来てその後の行方がわからないんです。ご存知ありませんか?」


 問われた司祭は、マリアに向けて優しい微笑みを見せるが、今この状況で見せる笑顔ほど恐ろしいものはない。


「えぇ、えぇ知っていますとも。どうぞこちらへ。我々も長い間この時が来るのを待っていました」


 そう言って、彼は後ろにある階段を降りていく。ここで司祭が出てきたと言うことは、あの先にある7階が最深部にあたる所だろう。そして、多くのプレイヤー達を行方不明にした黒幕が居るであろう教会の本拠地ともいえる。


「静かだな…あの司祭だけか?」


「だといいけどね。でも、この先に何がいてもおかしくないのは忘れないで」


 警戒態勢のまま俺達が下へと降りて行くと、そこには今までとは一風異なる光景が広がっていた。

 部屋の内壁は変わらないが、足場がやけに悪い。床には黒く太い管が至る所に引かれており、凹凸の激しい地形になっていた。

 また、あからさまに今までの部屋と違うのは、部屋の真ん中に建てられている装置の存在であった。俺がそれを教会にあるもので例えば、装置と言い切れたのは簡単な理由だ。その装置には冬眠カプセルのようなものが取り付けられ、周りには太いコードのようなものが散りばめられていたからである。

 そして、部屋を明るく照らすような装置から溢れる赤い光が、俺達にこの部屋の異常さを際立たせていた。


「ようこそ、我らが貌与の祭壇へ」


「祭壇?これって祭壇なのか?」


「いや…どう見ても人工冬眠カプセルでしょ」


 俺とアンナ姐さんが、その装置を祭壇と呼ぶことに疑問を持つ中、姫はそんなことはどうでも良く、彼等の行方を問いただした。


「ねぇ、そんなことよりもプレイヤーは?ここには居ないわよ?」


「あぁ、それでしたら」


 司祭が杖を掲げると、カプセルの後ろ側にある壁に光が当てられて、彼等の姿があらわになる。


「そう…そういうこと。死んでもないのに音信不通なのはそうなのね。あの犯罪者が読んだ通りなのが癪に触る」


 部屋の後方に広がっていたのは、大量のカプセルに入った人間達。そして、そこから祭壇と呼ばれる中央のカプセルへとエネルギー輸送用のラインとして赤く光るコードが引かれている光景だった。


「『解析』終わりましたーあのカプセルに入っているのはこの都市にいる市民とプレイヤー達です。そしてあのカプセルはー」


「中にいるのが本物のミヅハね」


「あらーそれは知ってたんですかー?」


「あの犯罪者の誇大妄想だと思ってたけど、これ見たら信じるしかないわ」


「じゃあ…あの顔の無いミヅハちゃんは…」


 顔の無いミヅハ。この話は、先日の情報交換の時に聞いていた。どうやらミヅハにはNPCなら本来備わっているはずの顔パーツが無いのだという。ただ、それが何故なのかは分からない、というのがその時の結論だった。


「それとあのカプセル、いえ祭壇と呼ばれるものはただのオブジェクトじゃないみたいですよー」


「えぇ、漸く、漸く最後のピースが揃いました。この計画のために10の歳月を費やし、あの王女が生まれた時からすり替える準備をし続けた。全ては悲願成就の為に」


 手を横に大きく広げ躍動する彼の目からは大粒の涙が滝のように止めどなく溢れていた。かの司祭がどこまで考えているのかこの時点ではわからないが、少なくとも俺達にとって一つもメリットがないことだけは確かだ。


「ミアッ!」


「了解」


 司祭の行動から何かを察した姫の合図と共にミアは、司祭の懐に向かって勢いよく飛び出すと、その首を素早く一振りで切り落とす。

 切り落とされた司祭の首は、胴体と離れる瞬間、ニタリと口端が上がり、怪しげな笑みを浮かべていた。


 まるで、『もう遅い』とでも言いたげな表情であった。


 司祭の首が地面に落ちた直後に、俺の後ろから悲鳴が聞こえて来る。不穏な空気から繋がるように響く悲鳴に対し、まさかと振り返ると、そこに映っていたのは、いつの間にか床の大量の黒いコードがマリアに絡みつき、そのまま地面の奥へと引き摺り込む瞬間であった。


「聖女ちゃん!」


 アンナ姐さんが穴の中を追いかけようとするのをリミアが引き止める。


「危険ですって、アンナさん!」


「フウロ邪魔しないで!追いかけないとあの子が…」


「大丈夫よ、二人とも。ほら、あそこ」


 先程よりも冷静になっている姫が指差す先には、新たにカプセルが地面から現れたのと、その中にマリアが入れられている姿であった。


「フレンド欄を見なさい。まだ生きてるでしょ?」


 姫の言う通り、マリアの名前は消えていない。ということはまだ生きていることになる。


「…あの祭壇、ぶち壊す」


「それ、仮にもシスターが言っていい台詞ですかー?」


「知らないのフウロ?仮想世界に本物の神なんて居ないのよ」


 アンナ姐さんが、本気で祭壇を壊そうとスキル発動の構えをとると、祭壇は赤く怪しく光輝き始めた。それと同時に、俺達の目の前に魔法陣が展開されて、誰かが転移してくる。それは、今ここに居らず闘技場でシンの戦いを見ているはずのプレイヤーだった。


「デッドマンか!?何でここに」


「ったく…巻き込まれないように闘技場に居たんだけどな…強制転移による強引な介入とはクソ運営め」


 デッドマンは、身体を起こすと辺りを確認した後に、いるはずの人物がいないことに気づいた。


「おい、あのガキどこ行った?あいつ狙いの転移に俺は巻き込まれただけなんだが…」


「それもそこにいるわよ、犯罪者」


 姫の言葉で、デッドマンが祭壇の方を見ると、赤く光るコードが一人の少女の背中や後頭部に突き刺さり、まるで彼女と祭壇が同期しているかのような状況が目に映っていた。

 その突き刺さっている少女は、確かにミヅハであり、俺達が昨日見た彼女であることに間違いはない。


「くそっ、やられたか!それにこのカプセルの軍団…予想通りかよ」


 デッドマンが嘆く中、ミヅハには赤く光るコードから何かのエネルギーが供給されているらしく、徐々に姿形が獣の狐に近づいていく。相変わらず顔は髪で隠れているが、耳や大きくなり、尻尾の数は増え始める。更にその変化に連なって体毛が全身を覆っていく。


 一人の少女が囚われ、もう一人の少女が化け物へと変化していく。

 この最悪の状況を説明してくれる言葉が俺達に神から届けられた。


「これより、シナリオクエストミズハ編『無貌の傾国』を開始します」


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