第30話 王位継承争奪戦 終幕part【4】_罪と罰

 子狐座と成り代わってしまったミヅハは完全に意識を失ったようで、俺達からは見上げる位置に宙吊りの形で祭壇座と連結されていた。

 彼女は、俺達を背後にいる祭壇座から守る為の防衛機構になっているのか地中張り巡らされたコードを遠隔操作で操り、自らの脇に浮上させたかと思いきや、雷魔法で俺達を分散させにくる。


「初撃来るぞ!回避!その後は各自バフ撒いて対象へのデバフ耐性チェック!」


 デッドマンの指示の直後、コードからは雷系統の上級魔法がこれでもかと言うほどに俺達が立っていた場所目掛けて放たれた。


「…うん、これぐらいなら、多分ねじ込める」


 各々がバフやデバフで戦闘への準備を進める中、子狐座の攻撃に何かを確信したミアは、一人前に出ると地中で蠢くコードを踏み変えて、子狐座の所まで高くジャンプする。

 対する子狐座もコードを鞭のようにしならせて撃ち落とそうとするも、ミアはそれらのコードを空中で器用に身体を捻り手持ちの短剣で巧みに弾きつつ、再びコードを足場にして近づいていく。


「スキル『空蝉』、連結入力『唐竹割り』『満月斬』」


 瞬く間にミアの姿が消えたかと思うと、その直後には子狐座の真後ろにミアは出現し、右手の短剣を強く握り振り上げる。

 すると、スキル発動の宣言をしないままの右手の短剣からは、スキル発動の証である淡い光が放たれ、子狐座がミアに気づき振り向く前に彼女へと連結されていたエネルギーラインのコードを縦に横にと切り裂く。


「?…手応えが、なかった?」


「ッ!ミア、避けろ!」


 咄嗟に声に出していた俺には、ミアが切り裂いた何本かのコードの向きが不自然にも中の液体を垂らさず、統率のとれた動きで彼女の方へと向いたのが見えていた。


「…ぐっ……」


 素早く短剣を構えて防御態勢をとったミアだが、謎の液体を撒き散らしながら槍のように彼女を突き飛ばす。

 やがて、地面からは斬られた部分に再び接合し、何事も無かったかのように子狐座はこちらを見下ろす。


「連結コードは任意で取り外し可能…しかも武器にもできる」


「あの狐とやりあうのは分が悪いですねーやっぱり本体を狙うかそれともー」


 俺がポラリスを使って強引に道をこじ開けようとすると、デッドマンがそれを制する。


「待ったグレイ、俺からのオーダーだ。ここではポラリスを決して使うな」


「は!?相手はシナリオボスだぞ?」


「それも違う、たかがシナリオボスだ。その武器の使い所は今じゃない」


 そう言い切るデッドマンの目は、嘘偽りのない真っ直ぐな視線だった。あんまりこいつの言葉を信用したくない時期もあったが、今はデスゲームである以上、あんな理想を語った男がつまらない嘘を吐くとも思えない。


「わかったよ!そのかわりお前が前に出ろよ!」


「あぁそのつもりだ!」


 デッドマンは、前線に出るとバインド系スキル『アーティバインド』で子狐座を拘束しつつ姫のバフ撒きや味方の立て直すまで時間を稼ぐ。

 そうして、俺とリミアが相手の特徴を集めていると、アイドル活動の延長で付与術師エンチャンター系クラスに就いている姫がバフとデバフを全体に撒き終える。となると戦闘前にやらなければならない問題はあと一つだ。


「バフデバフ撒きは終わったが、肝心の毒を使うべきか…それとも…」


 俺は手にかけた弓矢を引き絞ることが出来ずにいた。そんな時、アンナ姐さんはマリアが奪われたことで怒りに身を任せて一人飛び出していた。狙いは祭壇座の奥に囚われていたマリアのカプセルであろう。コードの山を軽々と飛び越えて向かう彼女だったが、祭壇座の近くに来た時彼女の前に子狐座が回り込んでくる。


「邪魔よ!どかないなら押し通す!」


 アンナ姐さんが拳を握りしめてスキルを宣言し、それを子狐座に向けて思いっきり振りぬく。


「……!!」


 今度はコード狙いでなく本体に目掛けての攻撃だったためか子狐座は直撃を受けて、後ろに大きく退く。その勢いでアンナ姐さんがマリアの所まで駆け抜けようとすると、子狐座は地面に山積みにされたコードの内幾つかを鮮やかな桃色に光らせると同時に自信と連結されているコードを赤から桃色に変化させる。そして、再びアンナ姐さんの前に飛び出してくる。


「性懲りもなく…」


 アンナ姐さんがもう一度突き飛ばそうと拳を振りぬくと、その拳が子狐座の顔面を捉える瞬間、長い髪で覆われていたはずの顔がどこからか吹いた風によってあらわになる。そして、ないはずの顔はそこにいる人物達、特に今拳を振りぬいている女性にはこれ以上ないほど良く知る顔になっていた。


『ありえない』、そんな驚愕の表情をするアンナ姐さんを見ながら彼女は口を開いた。


「やめて、お母さん」


「え…せ…いじょ…ちゃん…」


「姐さん右!!」


 完全に硬直していたアンナ姐さんを狙い撃つかのように鞭のようにしならせた桃色のコードがアンナ姐さんを地面へとはたきおとす。直ぐ援護に向かおうにも新たに光始めたコードの先から魔法陣が展開され、そこから出た魔術師系クラススキル『フレイム・ランス』は、俺達とアンナ姐さんを合流させまいと走る俺達目掛けて放たれる。


「顔…だけじゃない。声まで同じだったぞ…でもあのスキルは」


「ああ『無貌』と『貌与』ってそういう…」


 姫は納得していたが、今のを受け入れるならこの二体の特徴とは、つまり。


「祭壇が取り込んだコピーしたプレイヤーを子狐に貼り付けるペーストする。取り込むのはプレイヤーとしてのデータといったところか。でも、丸々コピーするんじゃなくて一部のみしかできないといったところか。この様子じゃ残り99人も何らかの形でペーストされてるな」


「てことは何?あたしの娘は『顔』だけ使われてんの?それだけのためにあんな目に遭ってるの?」


 回復ポーションをがぶ飲みしながら戻ってきたのはつい先ほどはたき落とされたアンナ姐さんである。


「あの司祭の感じからしてマリアはよほど重要なんじゃないか?」


 俺は考えている推測を挙げて、今までの話から相手の弱点に繋がる何かを探していた。そんな中でそれらの考えを全て否定する言葉が放たれる。


「そんなことはどうでもいいんだよ。グレイあれに毒矢を放て」


 その言葉を言ったデッドマンが指さすのはミヅハであった子狐座である。


「な、何言ってんだよ?一度毒にしたらもうあいつは助からないぞ?」


 俺は冗談じゃないと思い、デッドマンの顔を見る。しかし、彼の目はふざけているようには見えず、本気で子狐座を討伐しようとしていた。


「そうか!カプセルの中にミヅハが居るんだもんな。あれは俺達が会っていたミズハじゃないんだよな…そうだよな」


「…いえ、多分この国で私達が話していたのは今目の前で敵対している方だと思いますよーあそこで寝ているのはきっとゲーム開始からの個体で私達との記憶なんてないと思います」


 リミアが口にした言葉を理解してしまうことが怖かった。エルフの里で戦ったシャームも元は矢座がエルフに憑りついたモノだったことは後から聞いたことだが、あれは助かっていた。少なくとも殺したわけではなかったのだ。しかし、このまま子狐座を倒せば十中八九俺の知っているミヅハは死ぬ。例えそれがNPCとわかっていても俺には彼女を確実に殺すことになる毒矢をおいそれと使うことは出来なかった。


「グレイ!何をグズグスしてる、使え!」


 右隣からデッドマンの声が聞こえるも、やはり俺には毒を塗った弓矢を手にかけることに躊躇を感じる。


 いや待てよ…?ここは現実でなくあくまでゲームだ。ならば、最初からクリアできない設定かもしれないが、逆に最初からクリアできる攻略法を残していれてくれるかもしれない。


「前はとにかくッ!後ろのアレなら!」


 俺は毒矢を子狐座ではなく、背後にどんと構えている祭壇座に向けて発射する。

 その時、異変が起きたのはすぐであった。全く別の場所にてアンナやリミアの攻撃を受け流していたはずの子狐座は、自分の体をバネのように弾き流星のごとく飛ばして毒矢を祭壇座から庇う。矢を受けたことで毒状態になったのは子狐座であるが、そうなればいずれ彼女は時間とともに死に至る。それは、矢を放った俺が望むところではない。


「しまった、あれだとミヅハが死ぬ可能性が…」


「いや、あれでいい」


 ミスをした俺を励ましたのは、ほかでもないデッドマンであった。彼はミヅハがいずれ死に至る毒を浴びたというのに、至って普通の声で俺に声をかけていた。

 彼の表情は驚くほどに代わり映えなく、まるでミヅハが子狐座となってしまい自らがそれを討伐することが分かっていたかのようである。

 俺はその表情を見て、段々とこいつが何を考えていたのかが分かり始める。それにつれて自分の体の奥から冷たいモノがあふれ、感情の昂ぶりや熱が覚めていく。


「まさか…こうなるって知ってたのか?ミヅハがボスとして立ちはだかるって…」


 既に、声は低くなりデッドマンに問いただす形になっている。彼は、リミアやアンナ姐さんが戦っているのを見ながら答える。


「…そうだ」


「止める気は?」


「なかった。むしろ仮説に現実味が出てきた時点で利用することに決めていた」


 あの時から、誰よりも彼女を勝たせようとしていたはずの男の目にはミヅハを助けようなどといった優しさは微塵も感じられず、目前の子狐座を葬る為の敵としか認識していないように見えた。

 デッドマンは、ため息を吐きつつこちらを振り向く。


「グレイ、最初からおかしいんだよこいつは。お前これの欠陥に気づいたか?」


「欠陥?」


「普通にゲームする時のキャラ投票イベントを想像しろ。こんなキャラはまずありえない」


 (ありえないとはどういう意味だ?そもそもゲームの投票の場合はキャラごとに必ずファンはいるものだし。そういった人達は彼らの…)


そこまで考えて漸く彼が言いたいことを理解する。


「あぁ、そうか…投票で決めるためのキャラなら投票されるために何かしらの個性を持たせる」


「そうだ。ミヅハの場合はそれが明らかに乏しい。だから…この状況は想定内ではある」


 デッドマンは、会話しながらも子狐座の行動を縛ろうとバインド系スキル『アーティバインド』を放つ。彼の左手から幾多もの縄が現れると、ミヅハを行動させまいとしてがんじがらめに縛り付けた。


「想定内って…なら、解決法はあるんだろ?」


 動けなくなって隙が出来たミヅハは無視し祭壇座目掛けて俺はアンタレスのスキル『ライトニングレイ』を放ちながら、この先の作戦をデッドマンに尋ねた。


「そうですよーそこまで考えての作戦ってものでしょー?まぁ私はグレイさんが良ければ何でもいいんですけどー」


 続けてチェインスキルを繰り出したリミアが着実にダメージを稼ぎつつ、適当な事を言う。


「ない。むしろ要らない。あれが偽物でボスなら倒してアイテムを貰いつつ、本体を傀儡の神輿にあげればそれで解決する。多少の記憶が消える程度どうってことない」


「お前、ミヅハを殺す気か!?」


「…違う…死ぬのは子狐座だ…ミヅハのデータを奪ってなりすましていた子狐座だ」


 言いよどみつつもデッドマンは、そう言い切る。


「いいか、俺達の目的はクリア拠点を作るためにこの争奪戦に勝つことだ。NPC一人のどうこうとかじゃないんだよ。ほら、俺はモブ狩り趣味だぜ?一人ぐらいNPCが死んだってそんなの関係ないだろ」


 少し早口でまくしたてるような言い方をする彼からはこの状況を早く終わらせたいことがにじみ出ている。


「犠牲なくして勝利得ずって言うだろ。別にミヅハが死ぬわけじゃないんだよ。今までだって友好的なNPCを殺したことだって何度もある。あれは俺達を欺いてた敵対NPCだ、殺したところで誰も損はない。むしろ得だらけだ。それにマリアが捕まっているのもあるからそっちの救出が最優先であってNPC助けることなんて二の次……」


「あなたまさか…助けたいって思ってないでしょうね?」


 呆れたような口ぶりで聞いてきたのは姫である。


「あれだけNPCなんて人間以下の作り物って言っておきながら、たった数週間の付き合い程度で大切になったとか言わないわよね?」


 姫に言われて言葉を返す時ののデッドマンは少し辛そうであった。


「…ねぇよ。とっくに覚悟は決めたんだ…ボスを見逃すプレイヤーがどこにいる」


『覚悟』。デスゲームを生き抜くならば絶対に必要なモノだ。例え人を殺すことになったとしてもそれがなければ、人ではなく人形と認めざるを得ない。

 そういえばピジョンもそうだった。ヘリオスのためなら全てのプレイヤーを敵にまわしても戦うと言っていたのは、それが実現してもやり抜く覚悟があったからだろう。


「なら…俺はあの時何も言えなかったのは…」


 他の仲間が戦う中、アンタレスを持つ力も緩み俺はそのことを考えてしまう。デスゲームというものは人をおかしくしてしまう。皆が協力するだけなのに、どこかで狂った人間を生み出してしまい、判断を惑わしてしまう。


「もしかしたら…」


 ピジョンの考えもデッドマンが本当は何がしたいかもそして今、俺が考えていることもデスゲームの影響を受けて歪んだものかもしれない。

 それでも、歪んでいても、それさえわかんなくなれば人間ですらなくなってしまう気がした。


「いつか間違っていると気づいたとしても今までの自分を簡単には否定できない」


 覚悟にはほど遠いが、一つ自分の道を決めた俺は戦線に復帰し、子狐座と戦うデッドマンの下に向かう。彼が子狐座を攻撃する中俺は、祭壇座に向かってポラリスを解放する。


「ポラリス、突然変異メタモルフォーゼコード『The deadly scorpion』」


 デッドマン達によって引きつけられていた子狐座がさそり座の尾槍に飛びかかろうとするが、この時にはデッドマンに縛られていて動けなかった。弾丸より早く発射される尾槍は祭壇座のミヅハが眠るカプセルを狙っており、それは見事にカプセルを砕き割る。内部からは色づいた液体が流れ出し、中にいたミヅハと思しき人物があらわになる。


「おい、グレイ!お前ミヅハの本体を殺す気か!?それにポラリスを使うなってさっき…」


 その光景に驚いたデッドマンが俺を問いただすが、本体に関しては問題ない。そんな曖昧な攻撃をするほどポラリスはゴミではない。それに…


「お前もピジョンも…絶対におかしい。犠牲を冒してでも勝たなきゃいけない時はある…けど、それは絶対に今じゃない」


 もう決まった。あのさそり座からシャームとの戦いまでで俺が何を気にして何をしたかったのかがようやく形になった。あのPK戦からもう答えは出てたんだ。


「さっきお前は、『たかがシナリオボス程度に』と言ったな。あれをそのまま返すぞ、たかがシナリオボス程度にNPCを死なせてたまるか。それぐらいならポラリスをここで使う。俺は、絶対にあいつも死なせないぞ。生きてみんなで帰るんだ」


「NPCまでって…意味わかんねぇよ…俺は元々NPCを殺す質って知ってるだろ…」


「お前が嬉々としてやるなら止めやしねぇんだよ!なのに……そんな辛そうな顔でやろうとするなよ…」


 あの犯罪者なら…過去に一度他の仮想世界で全てのNPCを一夜で同時に屠った犯罪者なら、たった一人を消すのにそんな表情するわけないだろうが…

 俺だって…お前とはそこそこ付き合いがあるからわかるんだよ。

 そう言われてうつむくデッドマンを他のみんなも見ていた。


「はぁ…いいわよ。何かしら策があるなら付き合ってあげる」


「聖女ちゃんが助かるなら…まぁあたしもいいわよ」


「ふっふー私はーもちろ…」


 姫とアンナ姐さんがデッドマンに許可をだす。リミアは…まぁ聞くまでもないだろう。


「グレイ、皆。無茶を一つ聞いてもらっていいか?」


 顔を上げた男は、何か吹っ切れたような表情になり笑顔でこちらを向く。


「悪いがあのクソガキ…子狐座…いやミヅハを助けるのに力を貸せ」


「もちろんだ。俺の面倒事は人に押し付けたからな。その分誰かの面倒事ぐらい背負わないとあいつにバカにされる!」


「いくぞ、策はある。その代わり薄氷の道で綱渡りするからな」


「上等だ。なんでもかかってこい」


 この戦い、両方のミヅハを救って勝つ。


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