第31話 王位継承争奪戦 終幕part【FINAL】_最善と最高

 デッドマンは、全てを解決することができる僅かな勝ち筋を説明する。


「攻撃するのは子狐座だけで、祭壇座は攻撃をしない。つまり、アレはタンクの役割をしてると考えていい」


「ミヅハの救出には、捕らえられてるプレイヤー全員の救出が必要ってこと?それは当たり前じゃないの?」


「順番が変わるから少し厄介だ。さっきまでは二体倒して安全確保してから解放するはずだった。けどあの子狐座を助けるというなら、今攻撃している子狐座を捌きつつ、この戦闘中に眠っているプレイヤーを全員助けて、祭壇座のみを倒す」


 デッドマンが言いたいのは、救出したプレイヤー達の安全面も考慮しなければならないということだ。


「それに、これだけじゃ助かる可能性は低い。それを上げるためにはミヅハが祭壇座と分離したタイミングで祭壇座を倒して連結を阻止する必要もある」


 ミヅハは、コードが連結したことで子狐座として起動し始めた。それならば供給を切断した状態を維持し続けれることで子狐座としての機能も停止する可能性がある。


「要は、誰かがミヅハの相手をして、その間に全員救出と祭壇座の削りをして、最後にタイミングを合わせて討伐ってことだ」


 作戦の概要が説明し終わり、次は誰がどの役割をこなすか、という所になる。


「時間稼ぎは俺がやるよ。言い出しっぺだし」


「妥当な所だな。リミア達に救出させて、切り離しはミア。削りは…俺がやっておく」


 それぞれが己の役割を把握し、再び子狐座達と向かい合う。不思議と作戦の説明中には、子狐座からは手出しがなく、そこには彼女の意思が介在したのではないかと思ってしまう。


「それじゃ、作戦開始」


 作戦時間は、子狐座が毒で倒れるまでだが、子狐座の体力ならば暫くはある。問題は、プレイヤー達の救出を義務付けさせられた祭壇座の特性であった。


「体力は取り込んだプレイヤー全員の加算値となる……だからか。めちゃくちゃ多いなとは思ったが…」


「獅子座とかに比べれば可愛いもんだ。そっちは任せたぞ」


「任せろ、必ず勝つ」


 それからの戦いには自然と集中することごできた。子狐座から放たれる幾多のプレイヤーから奪ったスキルも結局は、プレイヤーのスキル。さそり座や獅子座のような理不尽さもなければ、おおぐま座や矢座のような独自性もない中途半端な攻撃がそう簡単に当たるはずもなく、威力もたかが知れている。


「プレイヤーの範囲を逸脱しない攻撃なら簡単に対処できる」


 俺は降り注ぐ矢の雨を駆け抜け、自分目掛けて放たれた様々な種類の魔法を時に撃ち落とし、時に変形させてポラリスで弾いていった。


「唯一の懸念は俺に挑発スキルがないことだな…実際誰も持ってないから代わりはいないんだけど…急なヘイト移動が怖い」


 そう言いつつも俺が常に微量でもダメージを蓄積させていることで、プレイヤー救出に動いている彼女達は次々とカプセルを割っていく。祭壇座がそれを阻止しようとするのは当たり前だが、そちらにはあいつが対応していた。


「悪いが向こうを気にする状態は一生こないぞ。これでも遅延、拘束はお手の物だ」


 これまで得てきた全てのスキルを使い、祭壇座の行動を封じ続けるデッドマン。彼のクラスは、盗賊系列でも攻撃ではなく拘束や麻痺などの状態異常に特化した『狩猟者ハンター』のため、理不尽なほどの耐性を持つストーリーボスには強みがないが、それに比べて耐性の低いシナリオボス系統には強みが出てくる。俺は毒しかないが、あいつはそれを含めて全ての状態異常を押し付けることも可能らしい。


 そんな俺たち二人の努力は直ぐに身を結び、カプセルに囚われていたプレイヤー達は続々と解放されていく。始めに解放されたのは勿論あの子であった。


「起きて…起きて…聖女ちゃん…」


「う……ん……お母さん…?」


「意識はあるみたいね。この分なら他も同じようなものか。問題はどこに置いておくかだけど…」


 そう言いつつ辺りを見渡す姫だったが、いつ流れ弾が飛んでくるかもわからない状況のため、出来る限り助け出したプレイヤーに支援魔法をかけていく。


「無いよりはマシ程度だけど…」


「姫ちゃーん、こっちもお願ーい」


「あぁ…これ私も結構面倒くさい立場だわ…リミアはいいわよねぇ…ヒーラーのくせして聖女がいるから回復役としては使い道ないし」


「バカにしてるんですか?さっさとバフ撒いて下さい。貴女はそれしか脳がないんですからー」


 幸い、拘束時間が短かったため意識を取り戻すのも早かったマリアは、目の前で行われている無意味な論争に苦笑いする。


「あはは…皆さんを纏めてもらえれば私が防御結界を貼れます。それで何回かは持ち堪えられますよ」


「…大丈夫?」


 アンナは、気丈に振る舞おうとする自分の娘を心配そうに見ていた。マリアからすれば母親がこんなに心配しているのを見るのは生まれて初めてというぐらいの珍しさだったが、この旅が始まった頃とは違いアンナのことも少しずつ理解し始めていた。


「嫌いってわけじゃないことが分かっただけでも少しは…嬉しいな…」


「何か言った?」


「ううん、なんでもないよ。さぁ、グレイさん達を助けよう」


 マリアが発した言葉らアンナに聞こえることはなかったが、いずれ自分の口からもう一度言う機会が来るだろう。それまでに、もっと彼女はどういう人物なのかを知らなければいけないとマリアは心に決めていた。


 _____________


 動かない祭壇に向けて攻撃しつつ、拘束と状態異常で動きを止めているデッドマンであったが、予想以上に祭壇座が動かないことが気がかりであった。


「不気味な祭壇だ…回収するたびに体力は減ってく癖に、こっちの攻撃だとダメージが入っているように見えない」


 デッドマンが幾ら攻撃全振りのキャラではないとは言え、ろくにダメージすら入っているように見えないのは疑問になっていた。


「何か、まだあるのか?こいつだけ動きはないしな…」


 全くその場を動かない。

 ミヅハが入ったカプセルは一向に修復されない。

 攻撃している自分に対して防衛行動もとらない。


「さっさと本体を取りたい所だが、ほかの奴が残っている状態でミヅハを回収した時に、祭壇座のトレース対象が移動してパターンが変わると面倒だ。グレイにはあのままでもなんとかなっているし、あっちが終わるまではここまで行こう」


 現時点でミヅハを助けることは出来るが、その場合の先は予想できていない。再びコードが動き出し、グレイやリミアが取り込まれれば意味がなかった。


「あと5人といったところか。頼むぞグレイ」


 デッドマンが何かを待つようにそう呟いていたことなどつゆ知らず、俺は倒さず倒されずという難しい指示をこなしていた。子狐座に変化が訪れたのは、作戦開始から数分後のことであった。急に顔にノイズのようなものが入り始めると一瞬でマリアの顔は消え、真っ黒な空洞となってしまった。

 その後、連結コードの色が変わると共に別の顔に成り代わっていったが、その度に攻撃手段は数が乏しくなり、威力も減衰したように見えていた。

 やがて、コードを鎖のように扱った攻撃にも雑さのような乱れが出てくるのが見て分かるとこの戦いにも終わりが見えてくる。子狐座の残り体力は、毒の影響で5割を切り始めたところだろう。先ほどちらりと見えた様子だと、ほとんどのプレイヤーを救出し終えており、ミヅハ本体の救出ももうすこしという状況だ。


「割と時間稼ぎには慣れてきたつもりだが、倒せないのは辛い…」


 少しのミスも許されない状況は徐々に疲れていった。もう少し、あと少しとわかっていても肝心の所で「この攻撃は威力が高すぎる」という気持ちが生まれてしまってスキルが使えないことが起きていた。


 そして、その時は不意に訪れた。回避と牽制しかできない戦闘のためいつも以上に神経を張り巡らせた戦いからか、子狐座が放った炎魔法を避けずに一秒ほど放心したまま見てしまう。


「ッ!やば、間に合うか!?」


 想像以上に疲れていたためか脳からの回避命令が手や足の先に伝わるまで若干の遅延タイムラグを感じる。明らかに回避には間に合わない、それがわかっているのに手を防御するために前にあげるのにも腕が重くて遅く感じる。


「ぐッ…」


 魔法が直撃した俺は、吹き飛ばされてうつ伏せになって地面に這いつくばる形になっていた。子狐座は、既にほとんどのプレイヤーが解放されたことでミヅハだった頃のように髪で顔を隠し、追撃の為に魔法陣を展開する。すぐさま起きようとするが、力が何故か入らない。ここまで目立ったミスもなくため継続していた緊張の糸が今の一撃で一気に切れた。そのせいか身体は鉄のように重く自由に動かない。


「あと少しなのに…くそッ!」


 時間稼ぎもこれまでか……そう思った時、ようやく待ちに待った瞬間が訪れる。


「スキル『空蝉』連結入力トリプルチェイン背後からの一撃二倍ダメージ・付与』『ソニックスラッシュ』」


 突然子狐座の背後に現れたのは、スキル使用して一気に近づいたミアであった。彼女は、この一撃のために気配をずっと殺して息をひそめていた。あれだけ、空気にしてあげたのだ。その分今回の奇襲には子狐座も反応できずに、虚を取られる。先程よりも早く正確に振られた一閃は、確実に連結コードを切り捨てる。それと同時に祭壇座から誰かが引き上げられ、その場所には復活した多くのプレイヤーの攻撃が同時に放たれていく瞬間が見えた。


「ッ!」


 既に顔がなくなり、空っぽの器となった少女が何かを訴えようとするが、それは声にならず振り向く前にコードを斬られ、その身体はミアが引き離すために俺の方目掛けて蹴とばされた。


「ふぇ?」


 そう、俺に向かってだ。当然避けられるはずもなく、俺は気を失った子狐座に押しつぶされる。


「ふぎゃ!!」


 幸い俺まで気を失うことはなかったが、ミアのせいで死にかけることになったわ。上に乗っていた子狐座を払いのけてデッドマン達の方を見ると、大爆発が祭壇から起こり、それによる爆風に思わず目を瞑る。数秒後、目を開けるとそこには光を失った祭壇とお互いの生存を喜び合うプレイヤー達が見えた。未だに重たい身体を起こして、子狐座を担ぐとデッドマンが歩いてくる。


「それは俺が担ぐ。それよりもここから早く出るぞ」


「え?どうしたんだ?」


「いいから急げ!」


 急かすデッドマンは、他のプレイヤー達も呼ぶと同じ事を言って帰らせた。俺も無理矢理に押されながら階段を上り、教会まで歩かされる。そうして、教会から出た瞬間のことである。突然地震が起きて不自然にも教会だけが崩れ去った。


「何だ…これ…」


「……」


 その時、俺はようやく違和感に気付く。


「おい…どうして未だにクエスト達成のアナウンスが来ないんだ…」


「……」


「それにミズハの本体は?どうして担がれてるこいつだけなんだよ?」


 デッドマンは、確かにカプセルの中から人を回収していた。なのに、今いるのはあいつの背中にいる子狐座の他にはプレイヤーしか存在していない。ミヅハ本体がいないのだ。


「あの時担ぎ上げたのは……」


 辛そうな表情でデッドマンが語ったのは、俺の視点からでは見えなかったあの回収時の出来事であった。


 ________


「これで、最後だ。姫!そっちの準備はいいな!?」


「いつでもいいわよ、早くしないとグレイが死ぬ…ってホントに死にそう!」


「それマジか!?くそッ、今やるぞ。全員合わせろ!」


 デッドマンは祭壇座まで駆け抜けて、グレイのポラリスによって砕かれたカプセルを覗き込む。そこには、髪で顔を隠された金色の狐少女が色づいた液体に半分ほど浸かっていた。


「こいつだな…よいしょ、と」


 デッドマンが、液体から少女を引き抜くと同時に、祭壇座の四方から意識が回復したプレイヤー達の総攻撃と、ミアによる切り離しが始まる。

 それらに巻き込まれまいとその場から離脱した瞬間、デッドマンは背負っていた少女から細々と聞こえる呟きを聞き逃さなかった。


「…ふふ、次はオレが国を堕とすぞ…人間…」


 その呟きと共に背中から重みが忽然と消える。


「な…に…」


 何事かと振り返ると、後ろには誰もおらず、地下には場違いな桜の花びらが宙を舞うだけであった。


 ________


「つまり…あれで終わりじゃないのか?」


「かもな。だがお前と俺が願った二人の救出は達成された。その後の事まではうまくいかなかったが」


 俺は、脱力感からかその場に座り込む。


「何だよ…偉そうなこと言って、俺は何にもできなかったじゃないか…」


「気にするな、一番大事なのは誰も死ななかった。これが最高の結果ではないが最善は尽くした。少なくとも汚点を探すほどの結果じゃない」


 デッドマンは、座っている俺と目線が合う位置まで腰を下ろす。


「今日俺達は最善を尽くした。クエストクリアにはなってないが、100人死なせず、ミヅハもあのガキも生かして終わったなら結果は出たってことだ。もう前に進め」


「………そうする。はぁ~終わったのか…これで全部…」


 ぐたりと俺は仰向けになる。あたりは夕暮れ時で冷える風が吹き込んでくる。

 隣では、座り込んだデッドマンが誰かからのメッセージを読み込んでいる。やがて、読み終わると彼も仰向けになって寝転んだ。


「まだ終わらない…と予想していたが、どうやら当てが外れたらしい」


「それだ、何でポラリスを使わせないようにしてたんだ?あれが最後じゃないのか?」


「予想ではもう一死合、最高難易度のバケモンが来ると思ってたんだが…勝手に消えてくれたらしい」


「消えた?誰が?」


 気になった俺が起き上がると、寝転んだままのデッドマンが空を見上げながら語る。


「ヘリオス。それも城に武者修行だのなんだの書いた置き手紙を置いて出て行ったらしい。ピジョンも消えたみたいだな」


「シンは勝っただけじゃ終わらなかったのか?」


「それを見て運営はどう思うんだろうな。勝手にこの世界に干渉する奴らがあれで終わりにするつもりだったのか…」


「ユノか……分からないがここで何かを仕掛けては来ないな」


 俺はそう言い切れる自信があった。俺の顔を見たデッドマンは、身体を起こし興味深そうに聞いてくる。


「へぇ、どうしてそう言い切れる?」


「だって、もうすぐ始まるだろ?いくらでも弄れていくらでも殺すイベントが」


 それを聞いてデッドマンも思い出したかのように相槌を打つ。


「あぁ、そういやそうだった。そろそろかレイドイベント」


「どんなアクシデントもどんな理不尽もどんな初見殺しも押し付けられる絶好のイベントだ。どうせならそっちで仕掛けるだろ」


 _________


 ≪???≫-運営用管理モニタールーム


 いつものモニタールームで、ユノはグレイ達を眺めていた。ここ最近は、グレイの動向しか見ていない。他のサーバー…厳密は隔離された一サーバーを分割したものだが、それらの他国サーバーには興味を示さず、このJPNサーバーにおける一人しか見ていない。彼の行く先々で何か仕掛けていたのは、多くの実験データが取れるかもと期待してしまったからだ。そんなAIは、彼の言葉を聞き手元にあったヘリオスの狂化パッチを削除する。


「本当は、改造したヘリオスを最後に使うつもりでしたが、そう言われてしまうと、ここで戦争させるのは無粋ですね」


 代わりに開いたのは、次回使用予定だったヒュドラのステータスファイル。それを開くとすぐさまステータスやクエストフラグを弄り始める。筋力は2倍に敏速も3倍に…そうやって弄りつつ、決してクリア不可能にならないように、現プレイヤーの仮装データとシミュレーションを行い、プレイヤー側が負ける度にヒュドラのステータスを変更して、勝てる可能性を作り続ける。

 やがて、出来上がったのはシミュレーション上でプレイヤー側の勝率1%のヒュドラ。まだ序盤から抜け出せていない彼らにはこのぐらいで良いだろうと結論づける。


「では、お望み通り『最高難易度』で行きましょう。歴代最高難易度のヒュドラ…さて、消えるか楽しみですね…」


 ユノは、画面に映るグレイを見てほくそ笑む。そのAIには、始まりの頃とは違い何かが少しずつ芽生え始めていた。










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