第32話 夜明けの王国

 結論から言えば、ミヅハの身に起きたことは他所へは言わないということでまとまった。ユノには筒抜けだろうし、向こうが言ってこない限りはこっちにとって都合のいい形で終わらせるのが最善だろうと決まった。

 そして、俺達が教会から拠点に戻ろうとすると、タイミング良くシンから連絡が入ってくる。内容は、優勝と冤罪払拭のお詫びとして、豪邸を仮拠点として与えられたから間違えないように、とのこと。

 当人もその拠点でのんびり待っているらしいので、あいつは全く俺達のことを心配してないのだろう。それが無関心ではなく信頼からなのは分かっているが。


「やぁ、お疲れーそっちはどうだった?」


 まるでこちらの出来事が楽しかった前提で聞いてくるところが非常にこいつらしい。嫌味も皮肉も一切ないところがまた……


「全体で言えば90点でとこだな」


「へぇ…その割には嬉しそうに見えないけど?」


「そう見えるなら、今度はこっちにも来てくれるよな?まだ、終わってないぞ」


「ッ!それはそれは…次は両方参加したいね」


 何とも楽しそうなシンを見てると、自分が気に過ぎなのかと考え込んでしまう。


「とりあえず今日は解散だ!皆ゆっくり休んでくれ!」


 デッドマンの号令でその場に居たプレイヤー達はそれぞれ休息のために、宿へ戻ったり豪邸にあると言われる風呂に行ったりする。

 そんな中、俺はテラスに出て夜のゴルディオンを眺めていた。


「勝ったはずなのに…微妙な気分だ…ミヅハが助かったとはいっても本物が行方不明じゃ彼女を認めてくれないかもしれないし、そしたらシンやデッドマンがあれだけ頑張ったことが全部無駄に…」


「グレイ、何でこんなところで黄昏てるの?カッコつけ?それとも感傷に浸ってた?」


「………訂正だ、シン以外があれだけ頑張ったのに、このままだと水の泡になりそうなのどうしよ」


「??もしかして怒ってる?」


「怒ってないから、それで?感傷に浸ってる俺に対して何の用?」


「絶対怒ってるよね?」


 いつにも増して楽しそうなのはヘリオスと戦ったからか、今日はやけにシンの機嫌がいい。


「まぁそう言うならそうなのかな?そうそう用事はグレイに今回の立役者を紹介しようと思ってね」


「立役者?」


 シンが横にどき彼の後ろから現れたのは、魔族特有のツノを隠すように服を着込んだ壮年の男であった。


「初めまして、少年。しがない鍛治師のヴォルフだ……中々に今の口上はいいな…」


 また変なの来たなおい……


「ヴォルフさん、絶対渋いキャラ似合うと思うんだよね!」


「髭、生やしてみようかの」


 勝手に盛り上がられても初対面のこっちは困るんだけど…


「えーと、ヴォルフさん?鍛治師って言うとヘリオス戦でシンに力を貸してくれたってこと?」


「まーのう!」


 親指をビシッと立てて笑顔になったヴォルフは、俗に言うゲームのロールプレイを楽しむプレイヤーに見える。


「それはありがとうございました。グレイと言います。ウチのシンがお世話になりました」


 こんな世界で助けてくれたなら命の恩人に変わりない。俺が深々と頭を下げると、ヴォルフの返答より先にあいつが声を上げる。


「やっぱり…グレイ大丈夫?そんなに気負ってるの珍しいよ?」


「そうか?ライオットさんの時もこうだったけど?歳上には敬語が当たり前だろ?」


「あれは外面気にした営業スマイルみたいなものでしょ!?今はあの時と違うじゃん!」


 こいつ…俺を何だと思ってるんだ?普通に歳上には敬語を使うだろ?そんなに生意気な性格に見えていたのか?


 俺が不満そうな顔になると、何かマズいと察したのか踵を返してその場から立ち去っていく。


「とりあえず僕はここまでが役目だから。それじゃ後はよろしくね」


 そう言ってシンは部屋へと戻っていった。


 初対面で気まずい雰囲気から始まってしまったのに、あいつが消えたら話題すらないじゃねぇか……どうしよ。


 そんなことを考えていると、ヴォルフの方から笑い声が聞こえてくる。


「はっはっは、いやすまん。彼はお前の事が相当気に入ってるんだなと。ここに来る前は吞気にしていたが、途中から心配そうにし始めてな」


 たかが数分歩いている内にあいつの中ではいったい何の変化が起きたんだよ?


「そもそも、お前は他の連中に心配され過ぎだ。驚いたぞ、ここに来るまでに何人からお前の事を頼まれたことか…中には頭を下げられるわ…特に女性陣……何をしたらあぁなる?」


 してません何にもしてません!!


 俺は、身の潔白を証明しようと首を激しく横に振る。それを見たヴォルフは納得いかない表情をしつつも話を先に進める。


「まぁいい。私は元々お前に謝らなければいけないことがあったからな」


 そう言うと、ヴォルフはこちらに深く頭を下げる。


「ピジョンの件、要らぬ気苦労をかけてしまった。申し訳ない。あの男が一番苦しかったろうに、私は家族しか見てやれなかった。それがあいつを歪ませた一端なのかもしれない」


「あんた…もしかしてヘリオスの…」


 ヴォルフは顔を上げると、照れくさそうに首元を掻く。この反応からして…もしや父親か?


「さて、辛気臭い話はここまでだ。本題に入ろう。お前は懇意にしている鍛治師はいるか?」


「居ないけど…鍛治師の知り合いにはまだ会ってないし」


「なら、お試しで私を専任にしてみないか?主な経歴はピジョンの師匠だ」


 それ充分すぎない?こっちもある程度融通が利く鍛治師は欲しかったので絶好の機会である。


「是非!お願い!」


 その後すぐにフレンド登録をし合うと、満足した表情のヴォルフは部屋に戻っていった。

 今更、前の事をくよくよしても仕方ないか、もう切り替えて次行かないと身体が持たないな。


 そう考え、明日の結果発表まで寝ることにした俺は用意された部屋へ向かおうとする。テラスから移動する際にデッドマンの姿がチラッと見えた気がするが、今日は声をかける力も残っていない。あいつも今回の件で疲れたからボーっとしたい気分なのだろう。デッドマンは、教団の地下で最後に聞いた言葉が耳から離れなかった。


(イカロスって名前も関係ないとは思えねぇ…アレとはまたどこかで会うんだろうな……)


 声をかけてきたのは未だに寝ているはずのミヅハであった。一瞬本物かどうか疑うも気弱な様子からあのカプセル内にいたミヅハとは思えない。恐らく子狐座として動かされ自分達が接していたミヅハだろう。

 彼女は、相変わらず顔を隠していたが、震える声でデッドマンに質問してくる。


「…何で…私を助けたの…」


「知らねえよ……何でだろうな」


「貴方達を襲う記憶は残ってた…それでも助けようとしたのは何で?あのヒトグレイより先に貴方は私を助けようとはしていた。何で?」


 そんな素振りを見せていたつもりはなかったが、向こうにはそう思われていたらしい。プレイヤーの心の中を読める装置が存在する。そんな不可思議なことがこの世界にあってもあの運営だとあってもおかしくはない。既にグレイからβテスター、死んだ人間の意識データ再現を聞かされた時点でどこまで『ありえない』が起きても受け入れられる気がして来ていた。


「…AIらしい質問だな。礼より理由が一番か」


(NPC相手に何を言っているんだ俺は…)


「何で…何で…」


「来週までには答えを出せよ。俺はちょっと用事を片付けて戻るから、戴冠式はそれまで引き伸ばしで。後、ほかの連中にはお前がミヅハってことで通せたんだから、それも忘れんなよ?」


(面倒くせぇ…ヒュドラ終わってから全部やるとするか…流石にアレが始まるまでには間に合わねぇしな)

 デッドマンは、ミヅハとの会話を取りやめ用意された自分の部屋に戻ろうとする。すると、ミヅハに服の袖をギュッと捕まれてしまう。まだ何か用があるのかとデッドマンが振り返る。


「改めて、貴公に礼を。私を救ってくれてありがとう」


「…………」


 先程までとは異なり、堂々とした口調と言葉遣い。それによって雰囲気は少し大人びて見えてくるが、何より驚いたのはなかったはずのモノがそこにはあった。


「……お前、その……」


 そこには、彼女になかったはずの顔が夜空に浮かぶ満月の光によって照らされていた。


「ふふ…驚きました?これでも……ってあれ?何で」


「今日は眠いからもう寝るわ。じゃあまた来週な、少しは政務もこなせるようになっとけよ」


 そのまま話を切り上げて部屋へと戻るデッドマンは、彼女に声が届かないであろう位置まで歩くとボソッと呟く。


「…中身だけじゃなくて顔まで似てたな…あいつ」


 ________


 そして、武術大会とイカロス教団襲撃の翌日。


 結構疲れていたのか俺はぐっすりと寝てしまい、眼が覚めると時計は既に昼過ぎの時間を指していた。あくびをしながら用意された拠点のロビーに行くと、既に何名かが座って雑談をしていた。その誰も彼もが真剣に地図を広げたり、机の上にアイテムを並べている。俺は、近くにシン達がいるのを見つけるとそこまで歩いて行く。


「おはよ、何相談してるの?」


「あ、グレイ!お前まだ寝てたのか!さっさと支度しろ。直ぐに移動するぞ」


「何が?王位継承争奪戦の結果発表?」


「ちげーよ!そんなのとっくに終わったわ!レイドだ、ヒュドラだよ!ユノの奴、正午にいきなり出てきたと思ったら明日の夜明けにもう開始とか言いやがった!」


 ……はい?









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