第33話 VSうみへび座_part【1】覚醒の勇者

 俺は、録画された王位継承争奪戦の結果発表を見ながら、デッドマンから今までに起きた出来事を聞いていた。


「なるほど…結果はミヅハのギリ勝利で終わったけど、直ぐ後にユノが出てきて告知がきたから、皆そっちに向けて慌てて用意している…と」


 リアルタイムで優勝の感動を味わえなかったことは残念だが、ミヅハが勝利するのは分かっていたので大した後悔はない。それよりもまだ一週間程あるはずのレイドボスの日程で急に明日行うと言ってきたユノには文句しか出てこない。

 他のプレイヤー達が大慌てで別エリアのプレイヤーと連絡を取ったり、移動手段の確保に急ぐ中、デッドマンはジッとマップとレイドイベントの詳細ページを眺めている。


「あぁ、場所はここだ。南エリア寄りの沼地『レーネ沼』。日程を細かく言わなかったあれが悪いが、一ヶ月後って何だったんだよ…まだ27日後だぞ」


 俺達の周りを様々な人々が忙しなく動く中、俺は今回の同行者を確認する。デッドマンによると欠席者は暫定ミアらしい。


「ミアはいい加減モンスターと戦うのに飽きたから残るってさ。ミヅハに頼んで闘技場をオープンしてもらうって張り切ってた。後はまぁ…いつもの面子はくるだろ。公開レイドだから色んな奴が来ると思うし」


 そうなると、数の問題は何とかなりそうだ。それなら多少は遅刻しても構わないはず、今までも途中参加は可能だったし。実は、レイド戦前に一人会いに行きたい人物がいた。こういう時の彼なら何かヒントをくれるかもしれないからだ。


「…よし、ちょっと中央エリア寄ってから行く。ヴォルフのおっさん。付き合ってもらっていい?」


 ポーションの買い出しから丁度帰ってきたヴォルフを見つけると、俺はすぐさま声をかける。


「私?…まぁいいぞ」


「シン!アイシャ達に伝えてくれ。『多分開始までには着く』って」


 向かい側に座っていたシンはそれを聞くと、怪訝そうな顔になる。


「ん?グレイがそれ言った時たいてい遅刻しない?」


「多分だ、絶対じゃなからしょうがない。多分ってことは間に合わないかもしれないってだけ」


「う~ん…まぁいっか。じゃあ伝えとく」


「よし!おっさん、中央エリアのメトロイアって行ったことある?」


「あの王都か?ここに来る前によって来たぞ」


「ならポータルで一気に飛ぶぞ」


 そうして俺とヴォルフは、中央エリアのメトロイアにポータルで飛ぶことになった。


 ________


 ≪中央エリア エリシュオン王国≫-王都メトロイア


 メトロイアに着いた俺達はさっそくルキフェルが居る可能性が高い宿を目指す。前回は、大熊座と戦う前だったのでかれこれ一ヶ月近く経っている。まだいればいいのだが……


 歩きがてら、ヴォルフにはルキフェルがどのような人物なのか説明をしておく。流石にいきなりだとヘリオスの件があるとはいえ混乱する可能性があった。そんな心配をしながら目的の宿に着くと不安な気持ちで扉を開く。すると。扉の先に見える宿のロビーには知っている顔ぶれが見える。その内の魔族ルキフェルは、俺達に気づくと、座っていたソファーから立ち上がり歩いてくる。


「なんだ、久しぶりだな。もう一人は…初対面だな」


「少年、彼がルキフェルか?」


 二人にゆっくり事情を説明したいところだが、生憎と時間は限られている。最速で話を進めなければならない。


「ルキフェル、上の部屋借りれるか?三人で話すことがある。これはβだ」


 その言葉を聞いた瞬間、ルキフェルの顔は真剣になる。直ぐルキフェルに上の部屋へと案内してもらい、俺はヒュドラとの戦いが迫っていることとアドバイスを求める。ルキフェルならば対抗策を知っている可能性が高いと思ったからだ。


「獅子座の後でヒュドラの話は聞いていたけど…アドバイスか…」


「何かないか?」


 ルキフェルは、どうもどの言葉を使うか悩んでいるらしい。この世界のβテスター達は、プレイヤーに対してネタバレになる言葉が運営側によって規制されてしまう。


「倒すのは絶対だが、◼️◼️◼️◼️が割り込むのは確定だし、あれはそもそも◼️◼️◼️◼️してはいけないからな」


「やっぱり穴抜けだらけでわからない…」


「どうせそんなことだろうと思った…まぁそれの対策はしてみたんだ」


 そう言うと、ルキフェルは部屋にある机の引き出しから二枚の文書を取り出して見せてくれた。


「これは…象形文字?」


 そこに描かれていたのは動物や花の姿を一筆書きで書いた謎の文書だった。俺が不思議に思っていると、ルキフェルはもう一枚の文書を渡してくる。そこには、五十音に対応するように象形文字が描かれていた。


「暗号だよ。それから向こうに筒抜けにならない」


 なるほど、それなら…………あ、全部◼️になっちゃった。


「すまん、全部◼️にしか見えない…」


「うそだろオイ!?意味のない言葉まで気にするはずが…まさか…直接見てるのか!?もうただのストーカーじゃねぇか」


 直後、目の前の文書がボッと火がつき瞬く間に燃やされる。これ以上はネタバレするなというユノからのメッセージだろう。


「…うん、俺も行くか。本気で怒らせたらマズいし」


「本当か?助かるよ……てかおっさん全然喋んないけど大丈夫?」


「いや…すまんな。私がなぜ連れてこられたのか未だに分からなくてな。この話し合いはお前さんだけで十分だろう?」


「これはね。おっさんは何が何でもルキフェル…それにあの二人に会わせたかったんだ。おっさんは鍛冶師だろ?テスターの知識でβ時代の最強武器作れないかなって」


「「ッ!!」」


「本当はピジョンとかにも声をかけたいんだけど…ヘリオスと一緒に行方不明って聞いてるし。ルキフェルも武器を取り出せてたからアイテムボックスっていう概念はあると思ったんだ。なら、もあるんじゃないかなって」


「ある…特にチート級のがあるぞ。でも俺一人のじゃ足りないのも…待った、他の二人ってエル達じゃないのか?」


 それは無理だと言いたげなルキフェルだったが、まだ彼に言っていないことが俺にはあった。クラリス達のことである。


「朗報だ、別のテスターも見つけた。彼らはルキフェル達とは別のβテスターみたいなんだ」


「それなら確かにいけるかもしれない…三人ならかなり手広く作れるほどの素材が集まるぞ」


「…しかし、お前さんこの会話は運営にとってはネタバレに近いんじゃないか?」


「いや、それはないよ。何故ならユノはさっき情報だけを止めた。本当にマズいならルキフェルに干渉してくるはずだ。彼女にとっては攻略法が最優先で阻止したいワードなんだよ」


「少々楽観的過ぎる気もするが……そもそもそんなに嫌ならβテスターという存在自体が矛盾になるか」


 そうなのである。βテスターが記憶保持した状態で存在させている限り、彼女は彼らがプレイヤーに力を貸すことは前提条件にしているはずなのだ。そうしなければ何のために用意しているのかがわからない。

 彼らから情報が貰えないにしても戦闘自体は許可している。それなら次は武器は?彼らから武器や素材を譲り受けることは可能なのか?これはヒュドラと戦うにあたっての最大の武器になりえる。


「とりあえず、下の奴らにもそれとなく出かける話をするか」


 そう言っていると、下の階から爆音が響き部屋が揺れ始める。

 慌てて俺たちが下へ降りるとそこでは、幾多のスキルによって穴だらけになったラウンジで、武器を構えている少女達が居た。


「エルミネ?ティナ?」


「…ルキくん?…ルキくん!!」


 ティナはその場で武器を放り投げてルキフェルに飛びつく。対するルキフェルは、彼女の言葉に何かを察したのか微動だにせず受け止める。


「ティ…ナ…」


 震えた声の彼は、ティナを受け止めた際に下ろしていた首を上げて、エルミネを見つめる。彼女は、手に持っていた剣を床に刺すと、不機嫌そうに腕を組んだ。


「…久しぶり。ルキ」


「エル…なのか…」


「…何その顔?幽霊でも見たみたいよ?…あながち間違いでもないけど」


「何で…記憶が…」


「さっき急に戻ったの。何が原因かしら?」


 確証はない、でも心当たりはある。さっきの話がユノに聞かれていたなら、ルキフェルの他愛無い悪口で記憶を無理矢理戻された可能性がある。いや、もしかしたら俺が話していたことを聞いてか?尚更向こうメリットがあるようには……まさか…


「ルキフェルに対しての罰か…」


 これ自体は、俺や彼女達からすれば記憶が戻ったことは嬉しく思える。しかし、もうデスゲームに巻き込みたくないと言っていたあいつからすれば、これは褒美でも祝福でもなく呪いだ。ルキフェルの顔を見ると、嬉しい半分悔しい半分といった表情に見える。


「ごめん…俺は……」


 ルキフェルが謝ろうとすると、それをティナが遮る。


「そうそう、ルキくん助けて!あの人がさっきから襲ってきてて…自称勇者は役に立たないし…」


「はぁ!?あんたがちょこちょこ邪魔すんのが原因でしょうが!てか自称じゃないわよ!」


 そう言われてティナが指差す方を見ると、何発もスキルを打ち込んだせいで天井ごと崩れて瓦礫の山になっている場所があった。どうやら誰かと戦闘中らしい。様子を見ていると、瓦礫の中から急に男の声がし始める。


「ケホッケホッ…困りました…シンを探しに来たはずがどうしてこんなことに……」


 その声を聞いた俺は、脳裏に一人のプレイヤーが思い浮かんできた。この澄んだような声色の癖してシンに執着した戦闘狂は一人しかいない。


「ん?んん??」


 やがて崩れた瓦礫を吹き飛ばして出てきた男は、こちらから見える位置まで歩いてくる。珍しい武器である刀を引っさげ、砂ぼこりで汚れた服を手で払う男の顔に俺は見覚えがあった。


「もしかして…ヒューガ?」


 ヒューガは、俺の声を聞くと顔を上げて目を見開く。


「…やぁ、グレイ。君がいるのにシンが居ないのはどうして?別行動なんて珍しいですね」


 ヒューガは、汚れを払い落とすと腰から刀を抜く。


「でも邪魔しないで下さいね。先程僕はこの少女を斬ると決めてしまったので」


「何で!?」


 こいつってデッドマンとは対極の人間でNPCには微塵も興味がないPvP狂のはずなんだけど。


「勇者と聞きました。ということはこの世界で一番強いんでしょう?少し話しただけでもそこらの獣とやるより有意義な時間になりそうです」


「いやダメだって!殺しはダメだって」


 選ぶ相手がβテスターって…無駄に直感がいい時がある奴だからなぁ…


「…止める気ですか?」


 このまま続ければルキフェルまで参戦する勢いな一触即発の状況。本当にヤバい…

 しかし、ヒューガは俺に刀向けている内に何か思うところでもあったのか刀をしまう。


「あ、そういえば……君についていくだけでシンに会えますね。第一希望は彼なのでこちらは後回しにしましょう」


「はぁ!?いきなり切りつけといて何言ってんのこいつは!」


 当たり前だが、エルミネからすればたまったもんじゃないよな。


「そのままエルミネ斬ってほしかったのに…ちッ」


 今、ティナが軽く舌打ちしたのは気のせいだよな…この子って本当はこんな性格なのかよ。


「収集つかないな。ルキフェル、今回は見逃してもらえないかな…ってルキフェル?」


 ルキフェルは俺の話を聞いていないのか自分に抱きついていたティナをギュッと抱きしめる。ティナは顔を真っ赤にしてなすがままになっている。


「ごめん…あの時…助けられなくて」


 ルキフェルの懺悔を聞いたティナは、ルキフェルを突き放す。ルキフェルはそんな彼女に戸惑っていたが、奥にいたエルミネもティナの気持ちがわかるのか彼女の隣まで行く。


「はぁ…ルキ、それはない。それだけはないわよ。このカマトトはね、あんたに謝られたくてあの時犠牲になったわけじゃないの」


「でも、あの時俺が別の方法に気付ければティナは死なずに…」


「くどい!あの後もずっと引きずっていたせいで私がどんだけ心配したか…あぁ!思い出したら腹が立つ!グレイ、その泣き虫抑えてなさい!今からもう一度矯正してやる!」


 なんか過去のごたごたでもめてたのに俺にまで被害が来るのかよ。この男は過去にいったい何やらかしたんだ。

 俺がどうしようか悩んでいるとヴォルフが助け舟を出してくれる。


「すまんが、イチャつくのは明日のヒュドラが終わってからにしてもらっていいか?後がつっかえてるんだ」


 その言葉でエルミネは、肩をぐるんぐるん回すのをやめてこちらの話に興味を持つ。


「む……グレイ、そこのおっさんが言ったヒュドラってマジ?」


「あ、あぁ…ユノがどうも監視しているみたいだから、情報は規制されるんだけどな」


「ヒュドラ?あんなの物理ぶっぱで勝てるわよ?むしろそれしか意味がないし、ついでに燃やすと勝ちよ」


 な、なんて雑なアドバイスだ……脳筋ってそういうことかよ…


 俺は落胆してルキフェルの方を向くと、彼の眼は驚きで見開いていた。今のどこにそんな要素があったんだと思っていた俺がひっくり返るほどの衝撃を受けたのは、このすぐ後のことである。



「なんで規制されないんだ…今のそれ自体が、俺がグレイに伝えたいことだったのに…」






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