第12話 皆の為になると思っていた
俺がタオに弓を教えることが決まってから数日、今日も特訓の為に森へ向かおうとすると、起きてきたマリアと鉢合わせる。
「あ、グレイさん今日も朝からですか?」
「ああ、あいつがこっちの味方になれば確実なクリアが約束されるし、これは出来るだけ早目に終わらせたいからな」
因みに、昨日までの進展はほとんどない。基本姿勢と弓の特徴を教えたくらいでは彼の矢はまるで世界が当たらないように調整しているかの様に狙った的に当たらないのだ。
「あいつの方が上手くいけばリミアの目的だった秘宝まで一気に行けるかもしれないし」
「偶には私に付き合ってくださいね?そんな簡単に女王が騙せるとは思いませんから…」
「あ、ああ…そうする…」
少し膨れた顔の彼女が言う通りで一発勝負で何とかなるとは思っていない。俺がタオに弓を教えれば、
わかってはいるのだが、いざ目の前に座られると緊張してロクに会話が進まないので、こちらも進行は遅いと思う……
誰だよ、直ぐに終わるとか思った奴…
「夕暮れまでには戻るよ」
そう言って、俺はマリアと別れてタオとの集合場所である里外れの森へ向かう。この森はグラフォラス大森林とは別エリアになっており、恒常出現モンスター無しと設定されている。なので、特訓にはうってつけの場所だ。
森へ向かう途中、見知ったエルフと遭遇する。その顔には見覚えがあった。里の入口で俺に矢を撃ったヨハンである。
「お前、タオと何かやり始めたそうだな。女王様が憂いていたぞ」
もう感づかれている…タオは恥ずかしいから女王に内緒にするって言ってたし、こっちから女王に謁見はしていないから彼女が勝手に知った事になる。
「ただの交流ですよ、エルフに教わるなら森の中でしょう?」
「あれはエルフの恥晒しだ。何故女王は側近にしたのか理解しかねる」
確かにエルフの癖に弓使えないって、設定的にどうなの?って思ったけどゲームならそれを何か重要な鍵にしている可能性が高い。
「女王の考えなんて平民が考えても無駄ですよ。それじゃ」
「ふん、貴様が無能なだけだろう?」
興味がなくなったのか彼は、俺が行こうとしている森とは別方向に歩いて行く。今は関わる必要もないので深く考えないようにする。ああいう人間とは適当に合わせておくのが付き合い方の定石だ。
やがてタオと合流した俺は、彼に弓矢の使い方を教えている時に今日の出会いも含めて事情を話し聞いてみた。
「そんなわけでタオ、あの態度悪いヨハンはどんな奴?」
「彼は別に態度が悪いわけではないですよ、むしろ…やっぱやめときます。ヨハン様は、この里で最も優れた
いくら優れた射手と言われても性格は面倒な為、あれじゃあ味方にはついてくれないだろう。
「女王…クラリスがお前を傍に置いているのになんか納得した」
「僕は特別にこの立場でいさせてもらえているだけで、本来はこのようにっ!」
彼は、喋りつつも番えた矢を的目掛けて発射する。矢は見事に明後日の方向へと飛んでいく。何故か彼はその光景に安心している。
「エルフが得意なはずの弓が全くできないんです。ヨハン様の言う通りエルフの恥晒しですよ」
「基本姿勢は出来てるし弓の特徴も俺が分かる範囲で教えたからそれでも出来ないのはもはや呪われてるとしか…今までどうやって戦うつもりだったんだ?」
「ああ、でも僕は単純に弓が下手なだけですよ。他の武器なら心得があります」
「他?剣とかって事?」
「ええ、長剣、短剣、槍、鎌など他にも十数種類は使えます。ただ弓だけは出来ません」
どう考えても運営がそうなる様に仕組んだとしか考えられない。弓だけ使えないエルフは分かりやすいにも程がある……もしかしてこいつも…いや証拠はないし深読みはダメだな。
俺がそんな事を考えている間タオは、50メートル程離れた所にある赤い的に向けて矢を引き絞る。
集中している彼にちょっとしたイタズラをしようと思った俺は、何かないかと考え始める。そういえば、リミアが聞いた話でタオは女王と、とても仲が良いと聞いた。
「ねぇタオ。お前ってクラリスの事好き?」
タオは、矢を放つ瞬間に言われた為か狙いがいつにも増して酷くぶれたのか矢は的を外れて何処かへ飛んで行ってしまう。
「いきなり口を出すのはやめて下さい。狙いがぶれるでしょう」
「いや、戦闘中は当たり前に起こり得る事だろ。てかお前相当動揺してたよ」
「偶々です」
いや何か顔も赤く見えるし絶対何かあるって…もしかして、これもクエストの一部か?女王に恋するエルフの従者を人間が手助けする。これって立派な友好関係じゃない?
思いがけない所でチャンスに巡り会えたと思った俺は、詳しく聞こうと思い質問する。
「ずっと側近なの?」
「そうですね。それと女王には好意を抱く事すら許されません」
「なんで?やっぱり女王だから許婚でもいるの?」
「僕、弟なんです…」
「え!?似てなっ!」
彼は黒髪で瞳の色もクラリスと異なり茶色である。顔付きだって似ている所が見つからない。
「血の繋がりは有りませんが…」
ああ義姉弟か。道理で見た目が違うわけだ。俺が納得している中、タオは気持ちを切り替えて再度弓を構えている。
「でも好きでしょ?なんもないなら動揺はしないし」
顔は動揺していないフリを隠しているつもりなのかポーカーフェイスを貫いているが耳は赤いし、なんなら矢を持つ手は小刻みにプルプルと震えている。因みに、これはあくまでクエストクリアの為の情報収集であって、決して個人的な好奇心ではない。
でもまぁ、弓だけ出来ないエルフの恥晒し、それに女王と血の繋がらない姉弟設定。おまけに恋心まである。正に、彼を里の英雄に仕立て上げるのがこのクエストの目的のように思えてきた。
「よし、告ろう。今すぐ告白しよう」
「何言ってるんですか!?流れが唐突過ぎますよ!?」
今度は矢を引き絞る途中に言ったので、矢はロクに飛ばず地面に落下する。
「馬鹿野郎、こんな世界だ。想いは胸に秘めとくだけじゃ後で後悔するぞ」
数日前にこの世界の先輩から言われた言葉をまんま受け売りでタオに伝える。
「そ、そういうものなんでしょうか…?」
意外と上手くいったよ。すげぇルキフェル先輩。あんた流石だよ。
「そういうもの!ちゃんと告白する時はど直球に好きですって言えよ!?あれ遠回しに言うと聞かなかった事にされるから」
「経験あるんですか…?」
「………ちゃんと言おう。好きならそう言おう。早く言わないとあのスカしたエルフに取られるぞ?」
俺達に敵意を向けていたあのエルフは、女王に噛み付く事も多いそうだ。アンナ姐さんが調べた限りだと、野心家でプライドも高いらしい。そんな彼が地位に固執する可能性は十分あり得る。それがクエストクリアの邪魔になるかもしれない。
「スカしたって…ヨハン様の事ですか?彼は…あまり女王様が好んでないから大丈夫かと…」
「今慢心した?そんなんじゃ横取りされるぞ」
「と、とにかく大丈夫ですよ。その内言いますから」
まだ行かないか…よしここは…
「え?今行かないなら俺が行っていい?正直あの女王様タイプで…「ダメ!!」」
いやもう行けよ…取られたくないんじゃん…
「わかった、こうしよう。タオが弓を使いこなしたら告白する。これで行こう。それなら心配もないだろう?」
「ええ…なんだか特訓が終わって欲しいような終わって欲しくないような……」
タオの顔は、今までで一番困った顔になっていた。
「…という事が今日あって…」
家に帰った俺は、三人に今日起きた出来事を説明する。アンナ姐さんは、恋バナとあってかノリノリで聞いていた。
「いいわね~許されざる禁断の愛。あんた面白そうなネタ見つけてきたじゃないの。ただ……」
俺は、アンナ姐さんにアイアンクローで頭をがっしり掴まれ思いっ切り潰される。
「あ・ん・た今は聖女ちゃんと友好関係を結ぶ筈よね?ど~して別プランが出来てるのか・し・ら?」
片手で、持ち上げられた俺は宙に浮かびつつ姐さんの攻撃扱いとなったアイアンクローで死にかけていた。
「あたしの娘をほったらかすにも程があるんじゃない?」
「あのーアンナさーん、グレイさんが凄いやばそうなんですけどー」
アンナは、グレイを掴んでいない左手を胸に置き、修道女っぽい事をし始める。
「おお、主よ。この者に安らかな眠りを……」
「今更、そのキャラやる意味ないですよねー?グレイさん残り体力3割ですよー」
「フウロ~回復魔法~MPなくなったならポーション使って~」
「人使い荒いですよねー、よっと」
リミアが俺を適度に回復させる中、マリアは落ち着いた様子でお茶をすすり掴まれている俺の事を見ていた。
「今日はそのまま三セットくらい絞られて下さい。今回は助け舟を出しません」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、もうこれ以上ややこしくしません。だから許してぇ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます