第24話 その陽は鳩を輝かせる
第一目的である武術大会の延期をさせる為に、異なる陣営に行くことを決めた俺達。
そのため、俺はクエストページ欄から第一王女『ヘリオス』を選び陣営に参加した。
参加したことが認められる通知が来た後、次にやることは既に決まっていた。それは、あるプレイヤーとの合流。その人はヘリオス陣営に予め所属していた姫親衛隊のプレイヤーだ。
デッドマン曰く、『姫』の親衛隊の中でも優秀で温厚な人物だと聞いている。
そこを気にするのはどうなんだという話だが、MBOというよりも色々とアレなオンラインゲームをやっていると、姫との戦いは日常茶飯事なため、あの辺の人たちから嫌われることも少なくはない。
そのため、俺としては彼女のファンにあまり会いたくないのだ。
そんなことを考えつつも俺は、ヘリオス陣営のプレイヤーが集まる拠点に足を運ぶと事前に送られてきたメッセージの部屋に向かう。
拠点内には、ちらほらとプレイヤーがいたがこの時期に新しく加入するプレイヤーも少しはいるようで、俺のことを不審に思うような人はいなかった。
俺が部屋をノックしてから中に入るとそこにいたのは…
「初めまして、グレイくん。アルテシアファンクラブ会員番号40952番だ。作戦中は『フェイス』と呼んでくれ」
ピンク一色といった部屋の中で待っていたのは、爽やかなルックスから浮かばせる甘いマスクで、その辺の女性を虜にしてそうな…現在進行形で女性を侍らせている奇妙な男であった。
彼のステータスを見ると、ソウイチと書かれた名前と、盗賊と書かれたクラス欄が見える。
事前情報通りなら彼が『姫』ことアルテシアが遣わせた協力者となる。
「あの、
「フェイスだ」
彼は、フェイスと呼んで欲しいようだが、このゲーム相手を画面上でタップすれば普通に名前を見れるので意味がない。
本当は常時見れるようにしてほしいところだが、何故か実装されてないのだ。
「いや、名前出て…」
「フェイスだ!」
「もう、ソウくんたら〜」
侍らせていた女性の内一人がからかうように笑いかけると、訂正する度に強気な口調だった彼の声が優しくなる。
「ははは、愛しのプリンセス達よ。すまない」
俺は、目の前で沢山の女性達とイチャイチャし始める男をデッドマンと姫が遣わせた親衛隊の一人と思いたくはなかった。
もう、帰っていい…?
俺が呆れて帰ろうとすると、フェイスは背中を向けた俺に向かい、俺の足を引き止めるに十分な言葉を口にする。
「ヘリオスは
急に歩いていた足が止まる。心臓がドクンと跳ね上がり、その言葉の真意が分かると同時に脳からつま先まで走った衝撃。メトロイア、エルフの里、それらでの経験から弾き出された結論を俺は自然と口にしていた。
「βテスター…」
「βテスター?なるほど
そう言ってフェイスは、両腕を挙げると手を数回叩く。それが合図なのか周りに侍らせていた女性達は、ぞろぞろと部屋から出て行った。
「さて、プリンセス達は出て行った。何から話してくれる?協力者のグレイくん?」
「……」
「どうした?おおっと!すまない。録音装置のことだね。ははは全く…抜けていたよ。ハイこれだ、ウチで作られた特別製のレコーダーでまだ市場には出回ってない」
別にレコーダーとかどうでもいいのだが、単純に俺は彼に聞きたいことがある。
「いや、フェイスさんってさ、どこまで知ってんの?」
「どこまで?もう少し具体的に聞いて欲しいな。それは争奪戦のことかい?ピジョンのことかい?それともヘリオスが人間だと見抜いたことかい?」
鋭く切り返してくる彼の言葉に、俺は落ち着いて答える。
「全部だね。全て知らなきゃ何も言えない」
彼は、少し考えつつもそうしなければ俺から引き出せないと悟ったのか経緯を語り始める。
「…時間はないから、今は掻い摘んで話そう。最初に争奪戦だが、ウチの隠しポイントは無いに等しい。武術大会優勝しか勝ち目はない」
これは、予想していたことだ。そうでなければピジョンの武器にデッドマンが頭を抱えることもなかった。
「次に、ピジョンについて。これは単純。彼の工房もわかっているし、君と二人きりで話させることもできる。最近は、よくここに来るからその時に会えばいい。説得するのも自由だ」
これに関しては意外だ。リミア達の話からピジョンは他のプレイヤーと関係を絶っていると予想していたので、そう簡単に会えないと思っていた。
「最後に、ヘリオスのことだが君の知識がいる。彼女は『銃』というNPCには使い方どころか概念すらインストールされてないであろう武器を完璧に使いこなしていた。その時点で疑うのが筋だろう」
確かにただのNPCが銃を振り回していたら俺だって驚く。それも運営によってわざと知識が排除されたかのようなこの世界でだ。
「ピジョンと仲良いんだろう?彼が教えたってのが普通思い浮かばないか?」
「グレイくんは、未知の武器を会ったばかりの人間に手渡されて直ぐに使おうと思えるのかい?何が起こるかわからないのに?彼女は軍事に強いと設定されていた。そんなAIに有用性を説けば、最初は部下に試させるはずだ」
だが、これではフェイスがヘリオスを疑うには浅すぎる。確信できる何かが無ければそれは言い切れない。
彼は確信できる何かを知った。それを聞くまでは信用できる相手かもわからない。
「…オーケイ、降参だ。流石に言いくるめはダメか。ちゃんとした証拠を見せよう」
黙りこむ俺に対し、手を挙げて降参した彼は、机の上に置いていたレコーダーを弄りとある会話を再生する。
それは、今から二日ほど前のこと。準々決勝に勝利したヘリオスの下にピジョンがやってきた時の盗聴記録だった。
会話の始まりは、勝利したヘリオスがピジョンに向かって武器を褒め称えるところからであった。
「見事な武器だ。鉄の鎧をも貫通する威力。これで私の勝利は確実なものになる」
「…ええ、そうですね」
ピジョンの声は、淡々としている。
対してヘリオスのは、嬉々としており、声からもその様子がうかがえる。
その後もヘリオスが銃を褒める度に、特に抑揚もない声で機械的にピジョンは返していた。これだけだと、上司に散々自慢されていて対応に困る部下の関係を聞かされているだけになる。
二人の会話は、やがて武器の名前の話になる。
「全く…いい出来だな。確か…」
「九十九式短小銃鳩型」
珍しく、話に相槌を打つだけであったピジョンがこの話題の時は食い気味に答えていた。
ヘリオスは、それを咎めることもなく、名前を聞いて思い出せたことに安堵していた。
そして、呼びづらい名前に少々不満があるようで、武器の塗装や形状から他の名前をつけようとする。
「そうそれだ!言いづらいな…もっとこう…赤い塗装だから…」
「「アイビー…」」
ヘリオスが考えた名前を言うと同時に、ピジョンからも同じ名前が被されて発せられる。
そのことに、ヘリオスは驚き動揺していることが声から推測できる。
「え…」
「それの名前ですよ。正式名称はモデルをリスペクトしてさっきの通りですが、僕は自作の物にニックネームを付ける主義でね。ヘリオス様も同じ名前が思い浮かぶとは恐悦至極に…」
「先に言え!何故だか貴様と同じ発想になったことが気に食わん!」
「…やっぱり同じだ…銃に花の名前を付けるなんて。それも紅い色見てバラじゃなくアイビーを選ぶところなんて…」
「何だ?文句か?」
「いいえ、何も。それではヘリオス様」
そう言うと、ピジョンは部屋から歩き出したのかレコーダーからは足音が出始める。
どうも、レコーダーはピジョンに持たされているようである。
「因みに、ピジョンくんには遠隔操作式小型レコーダーを持たせていた。おそらく今も存在には気づいていないだろう。なかなかの手際だろ?」
フェイスが自慢げに解説する中、ピジョンの足音が止まる。おそらく部屋の外に出る為に扉を開けるのだろう。そこにヘリオスの声が割り込む。
「待て!」
「何か御用でも?ヘリオス様」
呼び止めたヘリオスはそれを口にするまでに、時間をかけていた。そして、暫くの間だんまりした後に王女としては珍しいことを言い出す。
「その…銃のことばかり褒めてお前のことを何も言わなかった…許せ…」
本来ならば珍しい王族側からの謝罪に対して、ピジョンは分かっていたかのように素早く返す。
「いいえ、自分の作った武器が褒められるなんて職人冥利に尽きますよ」
「しかしだな」
ヘリオスがなかなか引き去がらない中、ピジョンは彼女に謝らないで欲しかったのか自らを卑下し始めてしまう。
「僕なんか銃を作らなければ何の役にも立たないゴミ同然の…」
自分のことをやけに低く見るピジョンのことが少し気に食わなかったようで、口調を強めたヘリオスの声が混ざる。
「
「えっ……」
不意に出てきた
ピジョンもそう感じたのか驚きの声を一度上げたきり、何も言わずにその場に立っているようだった。
やがて、ヘリオスは自らの言った言葉に理解が出来なかったのかカツカツといった早歩きの足音と共に、ピジョンを押し出しながら部屋を出るように言う。
「何でもない、さっさと行け」
無理矢理部屋から追い出されるピジョンの足音と強引に扉を閉められる音がレコーダーから鳴り響く。
二つの音が止むと、不規則な呼吸の音と何かをこらえるような声が新たに聞こえ始める。
おそらくピジョンが泣いているのだろう。
「待ってろよ苒。必ず、記憶を取り戻す。だから…その時は…君をこんな地獄に送り出し僕を許してくれ…」
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部屋での違和感あるピジョンの言葉とこの呟き。確かにこれを聞けば二人の関係性に疑問を持ち、あの結論を出すに決まっている。
フェイスは、したり顔でこっちに向かいながら尋ねる。
「だそうだ。これならどう見る?グレイくん」
盗聴によって聞こえてきた内容から推察するに、ヘリオスはおそらくあいつらと同類なのは確定だ。
そして、ピジョンはそれを知っているプレイヤー。予想だが、彼の願いは叶うだろう。何せこういったことの前例は既に三つもある。
「俺がここでやらなきゃいけないことがわかったよ…」
だがこれで、ピジョンはヘリオスを裏切らず最後まで味方でいることも分かった。
俺の中では、ピジョンのみをこちらに引き込むことを考えていたが、少なくともこの争奪戦中は実現できない。
やはり、当初の目的通りヘリオスには大会の延期を認めてもらうしかない。
「フェイスさん、ヘリオスと2人きりで話せる時間って作れない?」
「いきなりだね。それで?何か策はあるのかい?」
できないと言わないあたり、この人は相当優秀なのだろう。
「まぁ、一応。ダメなら感情論でゴリ押す」
「絶望的な賭けにでるんだね…いいさ!これはゲームだ。楽しまなきゃね!」
そう言って彼は、フレンド数人に連絡を取り始める。結果から言うと、すぐにでも会ってくれるそうだ。これにはフェイスに感謝するしかない。
「大丈夫、成功させるよ。そうしなきゃ誰も救われない」
俺の予想は、最後はあいつが何とかしてくれて解決!と思っているけど、安心はしきれない。
それに、ここが現実でないからこそ、ピジョンシリーズがただの銃で片付けられるスペックとも思えない。
そうでなければ、あの二人が警戒することはないのだから。
俺とフェイスは、ヘリオスが居ると言われた部屋に着く。部屋の前にはフェイスと同じ親衛隊のプレイヤーが何人か待っていた。
「グレイくん、この中にはヘリオスしかいない。僕らは外に居て誰も入れさせないことに徹するから後は任せたよ。それと…」
「大丈夫、さっき言ってた注意は覚えてる」
俺はフェイスに礼を言うと、部屋をノックして中に入る。
部屋の中には、紅いドレスを身を包んだ女性が広い部屋の中央にポツンとある高級な椅子に座していた。
俺は彼女の顔を見ないように下を向きながら、前に行きひざまづいてから見上げるようにして顔を見る。
「身の程知らず…ではないようだな。待っていたぞ下民。貴様だな?私に用があるというのは」
ゲームだからだろうか、身体を押しつぶされる程のプレッシャーが重くのしかかる。
「はい…実は…お願いがあって伺いました」
そこから始まったのは、いうに事足りぬ程の話。
「その首、綺麗にしておけ。その時が来た時、刃が赤以外に色付くのは嫌であるからな」
最後に嬉々とした表情でそう言った彼女は、全身が身の毛もよだつほど恐ろしかった。
そして、この方法を使うのも何度目だろうか、毎度毎度これしかないのは、俺一人ではどうにもできないからなのだが、せめて人を巻き込まないで取引をしたいものだ。
今回は事前に許可を取ったとはいえ、またも親友を雑な使いっ走りにしてしまう。
ピジョンの言葉を借りるなら、こんな地獄に又もや巻き込んだ俺を許してくれ…シン…
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