第23話 それを罪と捉えるか,遊びと捉えるか

 グレイ達が去った後、部屋に残っていた四人の内、真っ先にシンは隠れ家に設置されていた別室へと移動する。


「さて、何か話があるみたいだし僕は隣の部屋にいるね。ミヅハはどうするの?」


 シンに尋ねられどうするか迷ったミヅハは、ふとデッドマンを見上げる。

 それを見下ろすデッドマンは、さっと目をそらしてぶっきらぼうに言いつけた。


「どっちでもいいわ。あえて言うならそこにいろ。お前も聞いた方がいい」


「…だって、ここにいる」


 先程も一切喋らず空気に徹していた少女は、もぞもぞと動き始めると、ここにいろと命じたデッドマンの隣に鎮座する。

 まるで飼い猫のように懐く少女がマリアはつくづく疑問に思っていた。


 たとえ、隷属契約をしたとしてもここまで懐くだろうか?相手はNPCとはいうもの国民を殺した犯罪者になつき過ぎじゃないだろうか?などとシンは考えていたが現状他に優先することが山のようにある状態。

 そんなことに一秒でも割いている暇があったら自分に出来ることをしなければいけないと思い、できるだけのヘリオス対策を考えることにした。


 そうして、部屋から出ていった者、特に理由なく居座る者、それぞれが動きだし向かい合う二人は、今から話すことだけに集中する。


 何から話すべきか…マリアはここに来る前、ミュケで噂ながらに聞いたデッドマンの話を思い出す。


 彼はそう…犯罪者。PKをしたわけでもないのに言われ続けるのは何故なのか?

 今日ツキヨミが話したことからNPCを殺すことを否定はしていなかった。

 周りの面々も納得しきれてはいないものの受け入れてはいるようであった。


「そんなに俺がNPCを殺したって事実が嫌か?」


 黙りこくってしまったマリアを気遣ってかデッドマンの方から話を切り出す。

 マリアは、これが初めてのVRMMO、初めてのフルダイブVRである。初めてだらけのこの世界で、たとえどんな行動だろうと何かを簡単には否定することはできなかった。


「…すみません。私はこういうオンラインゲームすること自体が初めてなので分かんなくて。別に人間を殺したわけじゃないから犯罪者扱いはできなくて、でも…」


「…でも納得できない。だろ?じゃあ、お前は、この世界のNPCと人間は一緒だと思ってろ。俺を人殺しと捉えていた方が楽だぞ?」


 さらっと自分を殺人鬼扱いしても良いと言い張るデッドマン。

 だが、マリアにとって欲しかった答えはこれではない。彼女は、ただ認めてほしいわけではなく、自分が納得する理由が知りたいのだから。


「貴方は殺したことに後悔は無いんですか?」


 ツキヨミの様子から彼が殺したNPCは一人二人などの人数ではないのだろう。

 彼は、悔やみながらもプレイヤーのためと思い苦渋の決断で大勢殺したのかもしれない。彼の目的自体は、拠点製作というプレイヤーのためのものであった。

 尋ねられたデッドマンは、鼻を鳴らして愚問だと言うように答えた。


「ない。ゲームのジャンルによっては幾らでもNPCを殺せるゲームはある。お前が何か引っかかってるとしたら、これがデスゲームだからだ。自分も殺されたら死ぬって考えるから見知らぬNPCの死でも人間と同じように考えようとする」


 彼にそう言われるが、マリアにとってこの世界は現実とも幻想とも言えないふわふわした所。胸の内に抱いた違和感の正体が本当にそれだけかどうかは、まだなんとも言えない。


 もちろん、その良し悪しもだ。


「それって良いことなんですか?」


 咄嗟に聞いてしまったが、こんな考え方が正しいとも言い切れない。世間一般の意見なら何であろうと命を慈しみ敬う心は大切である。

 しかし、AIを一つの命と明言するには、まだ時期尚早かもしれない。


「知らね。もしかしたら後悔するかもな。例えば、NPCを殺さなきゃいけないところで躊躇して取り返しのつかない事になるとか」


「……」


 マリアが真剣に聞いているのに対して、デッドマンは自分の言葉に責任を持ちたくないのか、曖昧な言葉で誤魔化しを入れる。


「人間どいつもこいつもゲームだと殺人行為に忌避しない。特に喋らないモブキャラだと際限なく殺し続る奴もいる。ストレス発散とか言ってな。だから、俺の行為はロールプレイの一種とも言えちまう」


 ロールプレイ。そう言い換える彼は、ゲームの歴史を語るように、己の行為を個性の一つとする。


「この世界のNPCって妙に人らしすぎるっていうか、AIが優秀なのか、人間に近いNPCがいっぱいいるんだよ。そこに脳接続によるVRフルダイブシステムだ。現実に近い状況で人間っぽい何かがいれば、みんなNPCってことを忘れて友達のように付き合い始める。んでプレイヤーに殺されたって知ると、途端に人殺しって騒ぐ。今までのゲームで不殺を守り続けたわけでもない癖して声だけはデカイ」


 不満をたらたらと垂らす彼は、大きく息を吸い込み深呼吸をする。

 少し余計なことを喋り過ぎたと気づいたのか、息を整えて自論を述べた。


「結局環境が悪いだけなんだよ。一つ世界が変われば見方も変わる。俺の行為を肯定化する所もあるかもな。きっとそれは…」


「もういいです!その…ごめんなさい」


 彼が言おうとしたのは、きっと犯罪系クランやカルト宗教系クランのことだろう。そう言ったところはプレイヤーさえ殺してしまう本物の犯罪者集団だ。現に、マリアは二週間前に戦っている。


「まぁ、今の俺は争奪戦が終わるまでゴルディオンのNPCを一切殺せない平和を愛する一般プレイヤーだ。無害だよ」


 デッドマンは、察したマリアの気を楽にさせようと、自分の無害さをアピールする。

 そんな時、先程から一切話さず、まるで寝ているかのように空気と化していた少女が口を開く。


「…でも、信念はあると思う。私なんかと違って」


 いつまでも居るだけでは飽きたのか、デッドマンの膝の上に頭を置いて寝ていたミヅハが起き上がる。マリアは彼女の言葉に若干の疑問が浮かんでいた。彼女は、デッドマンには信念があると言い、自分にはないと思わせることを言った。

 既に争奪戦に参加する時点でそれはないはず…むしろ、なければNPCの存在意義として間違っている。


「は?何言ってんだ?つか俺にそんなもん…」


「もう寝る。おやすみ」


 彼女は、そのまま頭をデッドマンの太ももに置き膝枕の状態で再び寝てしまう。

 やがて小さな寝息が少女から聞こえてくる。今度は、もう起きるつもりもないらしい。


「ほんとに寝ちゃった…」


「はぁ…お前もそろそろ帰れ。あのババア帰り際に『殺してやる』って眼で睨んでたんだよ」


 先程までの空気がミヅハによって変えられたせいか、今日はもうお開きにしようとしたデッドマンが話を切り上げる。


「あはは、母がすみません」


 そう言って返すマリアは、ちらちらとミヅハの寝顔を見ていた。

 先程急に入ってきた少女は、起き上がる時も一切顔が見えなかった。この少女は出会った時から今までそれを貫いている。

 実際、今日会ったばかりなので、偶々しれないが、それでも不自然なことにマリアは興味を引かれ始めた。

 髪の隙間から顔の一部すら見えない少女。


 幸い寝顔と言っても前髪で隠された少女の顔だ。これだけ無防備だとその中身を自然に意識してしまう。


「ん?もしかして、こいつの素顔が気になんのか?」


 何を見ているのか気づいたデッドマンは、マリアに問いかけるが、彼女は、ミヅハが自分から見せないことには流石に理由があると思い咄嗟に引く。


「いっいえ…隠してますし…勝手に見るのは…」


 デッドマンは、満面の悪どい笑みで、手をミヅハの顔に置き、指先を前髪にかける。


「知ってるか?『好奇心は猫を殺す』と言うが同じ国のことわざに『猫は9つの命を持つ』ってのもある。てことは、8回までは好奇心で行動しても大丈夫って意味だ。つまり一回二回どうということは」


 どこぞの欧州にあることわざだが何か違う。


「それ意味が違いますよ!そんな猫でも好奇心で死んじゃうから好奇心は身を滅ぼすって意味で」


 適当な嘘で自分の行為に正当性を持たせようとしているが、マリアが昔調べた限り、そのことわざにそんな意味はない。


「まぁまぁ、もう見えるから見ちゃえよ。俺も一人じゃバレた時が怖かったけど共犯がいれば全部二分の一で済むんだよな〜」


 マリアは、両手で顔を覆いつつも開いた指の隙間からチラッと見てしまう。

 一体どんな顔なのか。隠すならやはり怪我をした顔なのか?それとも凄く綺麗な顔なのか?


 様々な予想の中、そこに現れたのは衝撃の素顔であった。マリアは、あまりの衝撃に言葉を失う。

 もちろん、実行犯のデッドマンも笑みが引きつっている。



「…おいマジか。何の冗談だクソ運営」


「え……何で……?」



 二人が驚愕した少女の顔は、美少女でも醜くもましてや男の顔でもない。


「顔が……ない……?」


 その顔は、黒い空間で占領されており、目、耳、鼻、口といったパーツは見当たらない。


 なら彼女はどうやって話を聞いてた?どうやって他人を知覚できた?どうやって話した?


 顔のない空洞から今も寝息は聞こえ続けている。すぐさま髪を下ろすデッドマン。ミヅハには気づかれなかったようで一応安心する二人。

 しかし、二人の胸の動悸は以前収まる気配を見せない。


「おい、これは二人だけの秘密だ。できればデータをまだ入れてないっていう運営のポカを信じたいところだが…」


「でもみんなに言わないと…」


 こんな情報は急いで共有しなければと言うマリアに対して、デッドマンはこの情報の危険性と重要性をひたすらに考えていた。

 そして、確定させるために必要なある手段を提案する。


「すまんが聖女…いやマリア。別件で頼みがある。聖女クラスであるお前にしか頼めない」


 焦る様子のデッドマンが指示したのは、一つの教会。そこは、クエスト中含めてあらゆる状況で中立を宣言している『イカロス教団』であった。ミヅハが着ている修道服は、この教団のものである。


「こいつが所属しているイカロス教団に潜入してくれ。この争奪戦にはまだ何かあるぞ」











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