第22話 逆転に必要なのは得てして予想外である

「なんてことだ…よりによって最下位の第四王女を指名手配させてしまうとは…」


 男は、部屋の中で椅子に座りやや古ぼけた机に向かって己の恥ずべき失敗を悔やんでいた。彼は第三王女の陣営に属しており、その中でも皆をまとめ指示を送る司令塔の役割を果たしていた。


「必ず成功すると思ったのだが…何故あんな地味王女などに…」


 彼は、ツキヨミの行動パターンを観察し、毎晩歩く通りの脇道に誘い込んで眠らせ、起こすと同時に用意していたNPCを殺して凶器を持たせる。衛兵を誘導して発見者を作れば確実にターゲットに罪を被せられる。

 そうなれば彼女を捕まえるだけで、プレイヤー向けのサブクエスト報酬として相手のポイントが全て手に入る。

 男がそれを知ったのは数日前、偶々暴力をふるっていたNPCを捕まえた時のことである。

 なんと、相手は指名手配の獣人だったらしく、サブクエスト報酬としてNPCの持ち分である固定争奪戦ポイントが自分のポイントにされたのだ。


「これをもし…候補者本人でやれば…」


 男は直ぐに、作戦を考えてターゲットをポイントを最も多く持つツキヨミに絞り、調査を始めた。


 しかし、問題がある。


 この作戦は自分一人では成功しないことだ。人手はまだしも情報が足りない。大体なんの罪を被せるのか、男は悩みに悩み抜き結論を出す。


「これは使わないでおこう。リスクが大きすぎる」


 そう心に決めたはずの思いが砕け散ったのは、翌日のことであった。第三王女の所に秘密裏に第一王子が直接訪れ、ツキヨミを陥れないか?と提案してきたのだ。話を聞くと、彼女を辞退させる為に可愛がっている第四王女の誘拐と人質を行うというもの。


 ここで第三王女が断れば男がこんなことを起こさずに済んだものだが、王位が絶望的と知っていた彼女はやけになったのかあっさり手を組んでしまう。


 こうなれば、向こうにトカゲの尻尾となって切られるのがオチ。それならばこっちが切ってやると、男はツキヨミの辞退よりも罪をなすりつけてることを提案し、向こうに満足させるふりをして第一王子のポイントもかすめ取ることにした。


 そういって同盟が結ばれた後、男が第三王女ウェルミナに勝手に口を出したことについて謝罪すると。


「ああでもしないと、折角の逆転案を有耶無耶うやむやにしちゃうでしょ?私勝ちたいのよ。たとえどんな手を使ってもね」


 どうやら男の声は部屋の外に漏れていたようで、偶然彼女は知ってしまったのだという。そこで、第一王子と組めばあるいは…と男が悩むのを聞いて、こちらから同盟を結ぶ手配をしたのだと言う。


「ここまでしてもらったからには、最後までやらなければ…そう決めてたのになぁ……なんであんな外れくじ引いちゃうんだよ」


 そう言いつつも男は天井を仰ぎ、くるくると回る羽根つきの電灯を見ながら、決意を固め直す。


 もう一度やればいいじゃないか。


 今度は、第一王子を切り捨てる。


 ___________________


「してやられた…てかお前ら誰も止めなかっただろ!」


 ツキヨミは、デッドマンに一方的な誓約を結ばせた後、長居はできないと言い拠点へと戻っていった。


「いや、ほんとにヤバいヤツなら宣言中に首を切り落としてたよ。でも聞いてた感じ普通の事だったから」


 シンは、対応できたとぬかしているが、俺は当たり前の疑問しか思い浮かばない。


 え、何こいつ…とっさのあれを冷静に対処できんの?ほんとにあいつと俺らの体感時間同じ?向こうシンは何万倍ものスピードの世界を生きてるとかそんなオカルトない?


「すみませーん私は死んでもいいかなーって思ってて」


「あたしもー」


 リミアとアンナ姐さんもシンと同意見のようである。

 え、あんたらも瞬発力で出来んの?無理なのは俺だけなの?


「あ、あの私わけが分かんなくて何も出来なくて…でも無事で良かったです」


 マリアの言うことが一般論過ぎて今の俺には何よりも嬉しい味方であることを再認識させてくれる。


 普通、咄嗟にやられたことに対応のんてできないよねーははは。


「でも、次からは止められるようになってみせます!」


 …姐さんの子だから普通にできそうなのおかしくない?


 俺達の冗談混じり?な会話を聞いて、己の人望のなさを改めて認識したデッドマンが深く反省することなど、地球には重力があるといった不変の真理が覆ることがないのと同じように、ありえない。

 既に彼は、どうしたらこの状況を覆し好転させられるか、ツキヨミとの共同戦線およびもたらされた情報と考察から考え抜いた可能性。

 そして、己に科せられた誓いを含めてどう捲るかを整理し始める。


「整理するぞ。狙うならもうツキヨミではない。おそらく警戒していない第一王子だろう。遅くても明日には動くぞ」


 シンは、適当にその辺の椅子を持ってきて逆向きに座り、一つの案を提案する。


「ここは、四人に働いてもらうしかないんじゃない?」


 それは俺も考えていた。この戦いは、一個人のプレイヤーが損得を考えて動くのではなく、大局的に見て全プレイヤーが得をする陣営を勝たせる。

 つまりは、誰に属しようが最終的にミヅハを勝たせられればそれで万事解決。


「まだ陣営を決めてない俺達四人を上手く使うなら、姫ともある程度情報を共有して、候補者とのパイプラインを引いてもらいたい。向かう候補は3つだな」


 デッドマンも同じように考えていたのかそれぞれの陣営を指示する。


「まずは聖女が、第一王子に取り入ることから…」


「おい、あたしの娘に何やらせるつもりだ」


 デッドマンは、アンナ姐さんの鬼の眼光に負け体を引きながら手を挙げて降参する。


「冗談だ。けど第一王子に見張りは必要なんだよ。最初の目的は武術大会の延期だ。ベスト4の内、過半数が延期を宣言すればシステムも無視はしないだろう」


「それって既に潜入している仲間の人達にやってもらえないんですか?」


 マリアが言うように、姫親衛隊ならばあれが一言言うだけで完璧に任務を遂行しようとしてみせるだろう。成功するとは言ってないが。


「確かにその通りだ。けど、あいつらは戦闘力は良くて中の上。だから姫は情報戦に強いだけなんだよ」


 姫親衛隊は数を活かした戦術が多く、一騎当千の強者は居ない。


「姫親衛隊は、情報収集特化の精鋭部隊。そこに戦闘技能は必要ない。どうせ、今回のゲーム用にアバターも潜入用にしている筈だ」


 親衛隊は、お願いなら命を捨てることも構わない危なさを持つが、プレイヤースキルは平均の集まり。そこまで戦闘力特化した人員はごく僅かで居ても自分の警護に使っているだろう。


 リミアは、今回の作戦に思い当たる節があるのかどこか嫌そうな顔で確認する。


「スパイ作戦ですかー?…大丈夫なんですかー?昔同じ作戦やって公安にバレませんでした?」


「おいおい、こんなイベントやってる奴の大半は一般的なプレイヤーだぜ?あの時みたいに目が覚めたら特殊部隊に銃突きつけられて囲まれるなんてことはもうねぇよ」


 その話めっちゃ気になるんだけど、空気読むと聞けない…


「リミアは第三王女ウェルミナ、オバさんと聖女は第一王子、最後にグレイはピジョンがいる第一王女ヘリオスの所に行って来い」


 慣れてそうなリミアが一番重要な所に向かうのはわかる。マリアが第一王子なのはおそらく神官クラスだからであろう。なのに、俺がヘリオスの所なのは意味がわからない。


「何で俺がヘリオスの所?ピジョンを説得もしくは倒すのなら姐さんやリミアの方がいいんじゃ?」


 俺の疑問は、向こうに行ったとしてもピジョンを知っているのは姐さんとリミアの二人であって俺は顔すらわからない。探せば写真か何かが掲示板に転がってるかもしれないが、二人に行かせた方がずっと効率がいいはずだったからだ。


「顔は親衛隊の人がわかるから大丈夫ですよーそれに、私達じゃダメな理由があるんですよねー?」


 リミアは、この采配に納得しているようだった。話を振られたデッドマンは、にやけた面だが眼だけは真っ直ぐに俺を見て理由を話す。


「ああ、今回の目的はピジョンもあるが、まずはヘリオスを争奪戦から退かせてくれ。手段は問わない」


 何でもありになったところで俺のやり方に変わりはない。会って話して親友を生贄に捧げる。それで終わりだ。


「わかったよ。報酬はを含めれば確定勝利なんだろ?」


 それは、ツキヨミが隠れ家を出て行く際に言った取引の報酬についての事。


「私の持つ情報は全て提供しました。報酬は黒幕を私の下に連れてきてくれれば、その場で争奪戦の辞退を宣言します。それでは」


 そう言ってツキヨミは、隠れ家から去って行った。

 彼女が消えると同時に流れ出したメッセージは、これをクエストとして扱うと決定づけた。


「サブクエスト『暗夜の共同戦線』を開始します」


 おおかた候補者同士の共同戦線は、運営の方でも予測していたことなのだろう。そして、これがクエストとして成立するとこちらにはメリットが確定する。


「…つまり、これはクエスト扱いであってクリアすれば更にポイントも盛れるのか」


「ありがたいね。といっても僕らは動けないけど」


「はぁ?俺らはここで出来る事をやるぞ。安楽椅子に座れると思うなよ?」


 動けないことを休む理由と考えていたシンにすぐさま掲示板に張り付くよう指示するデッドマン。

 彼らは彼らなりに情報収集をするらしい。


「じゃあ、姫に連絡取って行動開始だ。明日中に延期までは持ってくぞ。向こうに着けば協力者と合流できる手はずにしておく」


 そうして、解散になった後、マリアは少し気になることがあるのか先に行っててほしいと頼まれる。


「えぇっ!無理よ!無理無理。だってミヅハちゃんいるとは言っても野郎だらけじゃない!そんな不純行為お母さん許しません」


「いや、貴女が言うんですかー?ほら行きますよーでは後で宿の場所を送っておきます。ほらグレイさんも行きますよー」


 リミアに連れて行かれる姐さんを尻目にマリアの方を振り向くと、彼女は笑顔で送ってくれた。


 『大丈夫、安心して』


 俺には言葉を発していない彼女の眼からそんな風に感じられた。


 この時、二人を止めていたら…もしくはシンに見張るように言っておけば…あいつがあんなに可哀想な目に会うことはなかっただろう。













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