第21話 逆境からの好転
黒いローブで正体を隠すかのように現れた銀狼の麗人。デッドマンにツキヨミと呼ばれた彼女の髪は街の噂に違わぬ雪のような白銀であり、頭のてっぺんからは狼をモチーフにしたであろう耳が二つ生えていた。
彼女は、真っ先にミヅハの姿を確認すると、次にシンの顔を見てほっとしたかのように胸を撫で下ろす。
そして、他の面々をぐるりと見回すとシンに向かって話を切り出す。
「こうして貴方と会うのは初めてですね。他にも何人か初顔合わせの人が居ますので一応自己紹介を。私は第二王女ツキヨミ・ゴルディオンと言います。よろしくお願いします」
あ、ゴルディオンって苗字なんだ…
「そんなん知ってるよ。で?ここに来たってことは例の事件か?」
王族である彼女に対して雑に返したデッドマンのことを気にもせずツキヨミはシンの所へ向かうと、その手を握りしめる。
「えっ?」
「貴方には深く感謝します。お陰で彼等に嵌められず済みました」
シンに感謝を述べるツキヨミに、さらっと無視されたデッドマンは、少し苛ついたのか口調を強める。
「てめーの所為でこっちは冤罪ふっかけられてんだぞ?詫びる気持ちがあるなら無実を証明しろよ」
またしてもツキヨミはデッドマンの声を無視し、今度はミヅハに話しかける。
「ミヅハもごめんなさい…こんな事に巻き込んでしまって。彼のお陰で助かったのに、その所為で貴女に罪を…」
「おい、聞けよ!」
いい加減腹立たしくなっていたデッドマンがツキヨミの肩を叩くと、彼女は即座にはたき落とす。
ツキヨミの眼は、ミヅハやシンと全く異なりデッドマンに対して不快な物を見るような冷たい視線であった。
それは、クエスト用掲示板などで『全候補者の中で最も優しく愛に溢れている』と記された評価からは想像もつかない変貌ぶりであった。
「触らないで下さい、これが密談でなければ犯罪者である貴方を番兵に突き出して処刑してもらいたいぐらいなのですから」
「え……姉様…どうしたの?」
ミヅハも誰かに対して冷たいツキヨミの態度は初めて見たらしく、震える声で理由を確認する。
すると、ツキヨミはミヅハに向かい直した瞬間、先程のデッドマンとは打って変わり笑顔になると、最初の暖かい言葉使いで優しく語る。
「ミヅハ…知らなかったんですか?このデッドマンという男、既にこの国で大量の殺人を犯している犯罪者ですよ!?」
普通デッドマンはこんな感じで嫌われる人間なんだよな…最近のあいつは周りがネジ飛んでる所為で、わりと馴染んでたのが奇跡なんだよ。
一応俺は、本当に殺したのかデッドマンに確認する。
「名前が白いままってことは、いつも通りNPCを殺してたの?この世界でもするかもしれないとは思ってたけどさ」
「まぁな。色々と必要だったし。あれだよコラテラルなんちゃら。でも驚いた、指名手配の罪状はあんたの冤罪事件だろ?どこから俺が殺人犯って分かったんだ?」
顔色一つ変えずに、自らの殺人を認めるデッドマン。
「…ある冒険者の方が教えてくれました。以前、貴方の所に真実を問いただしに行ったら冒険者ではなく無垢な民を殺したと」
「ん〜〜どいつだ…あ!あの時のヒーロー志望か。ちゃんと話し合いしたけど、まだ根にもってんのか。あいつも暇人だなぁ」
「このっ!」
罪悪感を感じさせないデッドマンに怒りが膨れ上がったツキヨミが掴みかかる。
「どうした?ツキヨミ?俺はお前の国にいるお偉いさんに頼まれたから殺しただけだぞ?」
話を聞いているシンの様子は、何それ知らないといったもので、デッドマンがこっそりやっていたことのようである。
「そんなクエストあるのかよ」
「これが報酬が上手いわ、簡単だわで一石二鳥でな。そういう奴らと裏で取引して今の争奪戦もポイント荒稼ぎしたんだよ」
それを聞いた俺は、今のポイントに疑問を持つ。
「お前らポイントランキング最下位とかじゃなかったっけ?」
「ありゃ全部のっけてるわけじゃないからな。知ってるか?この争奪戦にはサブクエストとして、賄賂や裏取引がわんさか存在する。情報は姫に抑えてもらっているから俺の所しかやってないが、そういうのでも争奪戦ポイントは隠しポイントとして最後に加算される」
「では貴方はミヅハの為に仕方なく殺したと?」
「んなわけないじゃん、話聞いてた?私利私欲の為だよ」
へらへらしているデッドマンにツキヨミの怒りが爆発しそうになる寸前、シンが二人の間に入り話を中断する。
「うん!もうそこまで!僕は続けてもいいけどミヅハちゃんや折角来てくれたグレイ達がいい加減可愛そうなんだ。そろそろ本題に入らない?貴女もここに来たって事は彼の力が必要なんでしょ?」
「……失礼しました。我を忘れてしまい…しかし…この男は…」
「こっちもピジョン対策で忙しいんだ。さっさと情報を寄越せ」
「とりあえず、君は黙ろうか。今の君だと墓穴掘りそうで僕も怖い」
デッドマンは、シンに言われて落ち着きを取り戻す為に深呼吸した。
「…もういいぜ。話を始めよう」
それを見たシンが、ツキヨミの方に顔を向け首を振って合図を送ると、彼女は本題の話を切り出す。
「わかりました。提案は共同戦線…いえ、取引です。貴方達が黒幕の証拠を掴む代わりに私がこの争奪戦を辞退します」
「え、いいのそれ?君の所にだって沢山の支援者がいるんでしょ?」
シンの言う支援者とはプレイヤーのことだろう。こんな簡単に辞退されてはプレイヤー達も折角の労力が水泡に帰す。
「彼等の許可は一応取りました。といっても沢山の貢献をしてもらった方達だけですが」
おそらく、姫親衛隊の面々が口裏合わせてそうなるように仕込んだに違いない。
「…提案はわかった。で、証拠って何だ?正体はわかってんのか?」
ツキヨミは、そう聞かれるとわかっていたのか頷きながら答える。
「はい、私を嵌めようとしたのは第一王子と第三王女の勢力です」
なんと最初の情報はいきなり黒幕の正体という有益なすぎる情報がきてしまった。
しかし、デッドマンの顔は浮かれていない。
「嵌めた相手が分かってんのに俺の所に来たってことは余程面倒くさい状況なんだろうな?今疑われてないあんたなら堂々と糾弾できる立場のはずだ」
「それなのに隠れてここに来た……なら人質か?」
真っ先に思い浮かんだ俺の考えにリミアが待ったをかける。
「違いますねー人質なら直接辞退させれば良いんですよー逆転の要である武術大会は準決勝。残っているのはここにいる二人,後ピジョンさんの第一王女,そして第三王子の全四つ。嵌めたとされる勢力は既に負けていて逆転はほぼ不可なので、彼ら…特に現在二位の第一王子が逆転するにはツキヨミさんの辞退が必要なんですよーなのに争奪戦辞退の強要ではなく、罪人にさせるとかいう失敗のリスクが大きい方法を取りました」
「彼らはそうする方が都合がよかった、もしくはそうする
どちらにせよ、犯人が分かれば乗り込む準備は整う。
実行犯と計画した人物が、不明瞭なだけで勢力は判明しているのだ。
ツキヨミの言葉が真実という前提がある話だが。
「だから、第三王女が関わってくるんじゃないの?彼女ってもう勝つのは不可能なんでしょ?」
「それって第三王女は王子に協力しているんじゃなくて漁夫の利を得ようとしてるってことですか?」
「いや無理ですよーそもそも彼女は圏外ですよー?上位二人を消せばピジョンさんとウチの決戦になって終わりでしたし…」
「おいお前ら。勝手に話を広げんな!まだ本人がなんも言ってねぇだろ!!」
わいわいと相手の思惑を推測している俺たちを黙らせたデッドマンは話の主導権をツキヨミに戻す。
「第三王女…ウィルミナは、そんな簡単に王座を諦める子じゃないと思う。四姉妹の中で一番国王になりたがってたし。それと糾弾は難しいと思う。実行犯は未だ見つかってないし、何より証拠がない。私がわかったのも偶然だし」
「てことは、実行犯の炙り出しから始めて証拠をつかむまでが取引か。にしても向こうは勝算ありきでこんなことしてるのか」
「ウィルミナが何を考えてるかは私にもわからない。今は全王族が王位継承式が終わるまで理由なしに干渉することを禁止されてるから…」
「なんであんたここに来てんの?それって自分の判断?」
「ここには、
…ミアだな。多分抜けた分のお詫びなのだろう。
「武術大会やクエストでの獲得ポイントよりも候補者を陥れることで自分が勝てる道筋…どう思うシン?」
俺は隣に居たシンの考えが気になり、とりあえず聞いてみる。
「本当に勝てる何かがあるなら、それはプレイヤーが見つけた裏道だ。少なくとも候補者の中に一人でもそんな方法を知っている人がいたらクエストが成り立たない」
「そうなるとー姫ちゃんでも知らなそうですねーあの子が情報戦で使えないと結構痛手になるんですがー」
俺達が推測に行き詰まり始めると、マリアが何とか力になろうとして声を出す。
「もしかしたら、報酬が…あるの…か…も?」
「報酬って誰から何を…いや目的は
一人心当たりが見つかったらしいデッドマンは、確認の為にツキヨミに質問する。
「おい第二王女、確認だが犯罪者をお前らが捕まえたらどうなる?」
「それは…ただちに牢獄へと…」
「ちげぇよ!捕まえたお前らには何もないのか?」
食い気味に聞いてくるデッドマンに押されつつもツキヨミは答える。
「犯罪者を捕まえれば報酬は出ますよ。相手によっては大金の可能性もあります」
「なら今は…仮にプレイヤーだとすれば…」
ブツブツと考え込むデッドマンは、数分後に考えがまとまったようで話を始める。
「なぁお前ら。辞退した奴のポイントは
「辞退したら失効して終わりだろ。そんなの考える必要なんて…」
「なら、犯罪を犯した候補者を仮にプレイヤーが捕まえたら?報酬は?特に全てのクエストにポイントが付くこの時期に候補者を捕まえたら?」
察しのついたシンは、デッドマンにいち早くつっこむ。
「…いや、それってアリなの?確かに狭く考えてた節はあるけど今君が考えてることって相当ぶっとんでるよ。有り得ないでしょ」
「クエストページはポイントランキングだ。でも最終発表時に加算されるサブクエストの隠しポイントは存在する。今指名手配中のミヅハを捕まえれば隠しポイントとしてミヅハの全持ち分が手に入る…かもな」
アンナ姐さんは、デッドマンの考えが飛躍し過ぎていると感じたみたいで、他の可能性を指摘した。
「証拠も検証もなければ妄想よ?あんたが気づいてないだけであっちも賄賂だったりで隠しポイントを稼いでいるとか…」
「それはねぇよ。言ってなかったがNPC一人味方に引き入れる労力と資産に対してポイントが見合わねぇ。今回は将来的な展望を見据えての大盤振る舞いだ」
「それなら第一王子に高い地位を約束されて同盟を結んだとかは?」
「さっき言ってたが、
「前提が前提だけど、それだと第三王女が入ってきたことに説明をつけられるのか。ポイント強奪ね…」
「それが分かると状況は好転するな。それが狙いなら…」
「俺達の公開ポイントじゃ安心できない。またやるぞあいつらは」
俺達が相手方の狙いに大体の当たりをつけたところで、ツキヨミが待っていたかのように話を引き戻す。
「話は済みましたか?それで、返答は?」
「脱線し過ぎたな。いいぜ、あんたも協力してくれんだろ」
「ええ、まぁ。武術大会の先延ばしくらいなら…ただし争奪戦最終日である4日後までが限界です」
「上等!労働力も確保できたし時間も増えた。ならいける!捲れる」
「では最後に一つ保険を」
眼に光を灯したデッドマンを見たツキヨミは、右手で彼の手を握ると反対の手で懐から一枚の紙を取り出して、その上に置いた。
「汝、此度の戦が終わるまで殺生を禁ず」
彼女の宣言後、淡い光とともにデッドマンに白い鎖が巻きつく。それは意思を持つかのように身体中を駆け巡ると、泡沫のようにすぐに消えていった。
これが一種の演出であるとわかっているならば驚きもしないが、そんな筈はない。何も関係ないはずがないだろう。現に、デッドマンも初見で起きた現象に少し戸惑っている。
実行したツキヨミは、澄ました表情のまま翡翠の瞳でジッとデッドマンを見つめる。
そして、紡いだ言葉は彼の
「今より貴方は王位継承式を終えるまで一切の殺しを行えません。いいですね?」
「はい…?」
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