第20話 伝説を創る銃職人,楽園を創る犯罪者

 第一王女ヘリオスは、『覇王』と呼ばれる冷徹な紅の獅子王女である。可愛らしく見える猫耳や見た目麗しい姿からは花のような可憐さなど微塵も感じられない。軍事に特化した王女とされるだけあって、威風堂々とした雰囲気に包まれている。彼女にあるのは、絶対的な力は裏切らないという己の強い信念のみ。

その紅い瞳、紅い髪、紅い唇全てが敵の返り血で染まったと恐れられるほどの戦闘狂バーサーカー

 しかし、彼女が継げば確定するであろう覇道は、多くの人々が望むものではない。

 それ故に、彼女の陣営に入る者は少なく、余程の物好きしか味方しないため、争奪戦の優勝候補からは外れていた。事実、現ランキングも下位に位置している。


 だからこそ俺には、彼女に負けそうと言っているデッドマンの言葉が信じられない。

 そもそも、こっちもこのポイントでどうやって勝つんだよって話なのだが。


「負けそうって嘘だろ?そもそも逆転の目があるのか?」


「策はある…いや、あった。さっきも言うように第一王女…特にピジョンが厄介なんだ」


 そこまで警戒しているピジョンというプレイヤーを俺は全く知らない。卒業生と言うのだからどこぞの魔境出身なのだろうが、少なくとも俺は聞いたことがないプレイヤーだ。


「銃作れるって言ってもこのご時世VRMMOだと当たり前だろ?」


 昨今のVRMMOでは、リアリティの追求を売りにするゲームも多く、様々な事を手作業でも行えるようになっている。当然ゲームなのだからオートやスキップも可能だが、専門家達は自分の癖や味を出せると言って、完全手動を好む者も極一部存在している。

 実際は道具や原料の問題で、製作中に挫折する者が多いので、リアル技能がゲームへ影響することは少ないはずなのだが…


「お前ピジョン知らないのかよ!有名人だぞ?手作業でライフリングしてライフル銃作ったバケモンだぞ!?」


 脳に接続してフルダイブを行うVRMMOが普及したのはここ10年の間の技術革新によるものだけど、その歴史とか有名人とかにはいなかったような…


 俺が何とか記憶を探っていると、横にいたアンナ姐さんが椅子に座って語り始める。


「ピジョン。彼の伝説はたった一つの革命。意図的に銃を排除した世界に銃を創り出した。その銃を使ったプレイヤーは半日でそのゲームの世界1位になった」


「姐さんその人のこと知ってんの?」


 アンナ姐さんは、当時の事を見てきたように語り出す。


「本当に懐かしい名前よ。だって彼は10年以上昔に一度だけ話題になったプレイヤーだもの。剣と魔法の世界に鉛の弾丸で革命を起こした。当時は魔法が目で追えるように時速60kmぐらいが暗黙のルールの中、現実と同じ速度で放てる銃は画期的だったの」


「あの時って、チートだ違法だってネットで騒がれてましたよねー。結局ピジョンが新作を世界中に配信しながら作ることになって、その新作を巡って大手同士が争い結果として環境を壊してしてましたよー」


 どうやらリミアも当時の事を知っているらしく、話に加わっていた。ただ、二人の会話からは楽しそうな雰囲気は全くない。俺が感じたのは、憐れむような雰囲気であった。


「随分と色んなプレイヤーから圧力とか罵詈雑言かけられたみたいで直ぐに最初の使い手と共に消えちゃったけどね。まだあのゲームサービスはしてるらしいけど、上位ランカーはみんなピジョンシリーズ使ってるみたい」


「クソゲーですねーそこまで言ったら銃解禁かテコ入れすれば良いのに。ピジョンさん同時期のMBOにも少しだけ居ましたから勿体無かったんですよー」


 昔を懐かしむアンナ姐さんとリミアだったが、そんなこと知らないマリアは話を聞いて湧き出た疑問をぶつける。


「でも不思議なのは、そんな人が戻ってきた事ですよね?今の話だとVRゲームなんて二度とやらないような気がします」


「そこよ!さっすが聖女ちゃん、冴えてるぅ!あたしもおかしいと思うのよ。あの件を経験すれば、いくら10年以上経とうとピジョンは復帰するのに慎重な筈」


「じゃあ今回復帰したのは……そうしなければいけないがあったから?」


 俺達がピジョンが帰ってきた理由を検討し始めるが、追い詰められたデッドマンにとってそこは重要ではないようで早々に話を打ち切ってきた。


「そんなんどーでもいいんだよ。ようは勝ちゃいいんだ、勝てりゃなんでもいい。とりあえず勢いを抑える為に向こうの同盟相手を潰して次は…」


「お前な。そんなんだから犯罪者とか言われんだぞ。正面衝突避ける為とはいえこいつを信じろよ」


 俺はシンの肩に手を置くと、デッドマンに対して注意するように言う。


「うるせぇ、今まではこいつを頼るしか無かったから本格的な襲撃が出来なかったんだよ」


「襲撃って殺す気ですか!?」


 襲撃と聞いて、本当に殺してるのでは?とマリアは誤解してしまう。

 俺もこいつが、ただやられっぱなしでいるのが不思議だ。昔はやられたらやり返し先読みして嵌めて陥れて最後に潰すが基本だった。


「大丈夫だよ、マリアちゃん。僕が来てからは誰も死んでないから」


 あー通りでこの犯罪者が失敗してると思ったけどお目付役がいたからか。


「代わりに僕のせいで国に殺人容疑で指名手配されたんだけどね。あっはっはっは!」


 …バカだ。


「当然だが、俺たち以外は推しとかキャラ愛だけでイベントを楽しんでいる。でもそれじゃあ駄目なんだよ。いずれ来るレイド戦やボス戦に備えてプレイヤーの為の拠点を作らなきゃいけない。ここはその第一歩だ」


「どこの国や街もプレイヤーに得するようになってない?あたしは東の帝国から始めたけどプレイヤーの地位は高いわよ?」


「それはゲームとして当たり前の最低仕様だ。俺が欲しいのはクリアする為の前線拠点。攻略プレイヤーや一流の生産組が集まり、情報も全て集約される最前線。あの敗北者アイシャと被るが、いわば解放戦線の国家バージョンだ」


「で、そこに戦えない子やNPCはいらないと?」


 アンナ姐さんの言いたいのは、おそらく完成後に初期エリアであるゴルディオンに居る低レベルプレイヤーや特に意味のないNPC達の処遇についてだろう。


「戦えない雑魚でもクリアの為には何かしら貢献しようとする。例えば雑用とかな。そういうのはむしろ必要だ。逆にどんなに個が強くても全体に貢献しない奴はいらん。NPCだって同じだ」


「…デスゲームが怖いから動けないって子は沢山いるわよ?東にだって沢山いた。そういう人達は?纏めて追い出すの?」


「空腹値の為以外には何もしない奴らか?あいつらは幽霊なんだから別に追い出す気もねえよ。そこら辺に転がってる石ころみたいなもんじゃん。最初に言ったろ?プレイヤーの為の拠点だと」


 アンナ姐さんは、一応プレイヤーの追い出しが無いことを確認できたのか一旦引く。


「その為の国王争奪戦か?この子は?」


「まぁ権利を自由にするには、都合のいい傀儡をトップに置くのが一番の近道だろ?俺は周りから攻めるのが好きだが先に本丸を落とすのも大好きなんだ」


 ミヅハの前で彼女を傀儡呼ばわりするデッドマンに不快感を覚えたマリアは、彼に反論する。


「いくらなんでも本人の前でそれは…」


「大丈夫…気にしてない。私は彼に従うだけ」


 マリアの言葉は、当事者であるミヅハが途中で遮ることでかき消されてしまう。

 マリアもミヅハとは、今会ったばかりなのでそれ以上踏み込めないようだ。


「プレイヤーによるプレイヤーの為の傀儡国家ですかーまぁ犠牲者が出ずに作れるなら欲しい所ですけどー」


 デッドマンの目的はまぁわかった。なら、シンもその目的に賛同したってことか。ミアは…そういうのどうでもいいんだろうな…


 俺がそう捉えていると、シンが察したのか俺の考えを少し訂正する。


「あ、僕はどちらかというと他の候補者達が勝つと不味いかもしれなかったからこっちについた」


「他?そんなに悪いこと書いてたか?」


「そうだね、例えば…あった。この第二王子」


 シンは、メニュー画面からイベントページを開き一人の政策を見せてくる。

 そこには、彼が国王になるとゴルディオンの全体的な武力ステータスが上がる。と書かれている。


「これが?ただゴルディオンのNPCが強くなるだけだろ?」


「問題は彼はプレイヤーに有効的になるとは一切書いてないこと。あのユノだよ?何もしないわけがない。シナリオクエストに派生させて戦争とか十分ありえる」


「つまり、プレイヤーに敵対的になる可能性がある…それは悲観的過ぎないか?ただ当たり前の事で書いてないだけかもしれないぞ?」


「予告も無しにデスゲームする運営にそれを求める?」


「だったらこの子だってその可能性が…おいまさか」


 まるで、傀儡のように、いや奴隷のように扱われている少女。

 この時俺の頭に浮かんだのはあの勇者と魔王のクエスト時に行われた契約。


「今回は結果として誰もプレイヤーが死なないを前提に進めているんだ。他の候補者にも有効的になるの一文が書かれてないのは論外。その中で彼が契約書で隷属させたさせた候補者がいるなら一番安全とも言える。僕だってあんまり好ましいとは思わないけど、どうにもこの国って背景的に裏切りそうでね」


 アンナ姐さん達は、契約とか誓約があることを知ってはいたかもしれないが実際に見たのは初めてだろう。そもそもプレイヤー同士ではそんな状況になりづらい。


 なので、平然と隷属と言ったシンとそれを行ったデッドマンに説明を求める。


「え、ちょっとまって。あんたこの子と契約してんの?しかも隷属?」


「んーまぁな。別に奴隷契約したわけじゃないぜ?あくまで、国王になった後プレイヤーに対して友好的になる事と権限の一部を譲渡させるのを契約しただけだ」


「それ、他の候補者達にやればいいんじゃ…」


「バカかおばさん。そんなのとっくに姫親衛隊がやったに決まってんだろ。でもガードが硬かったり拒否されたりで、結局こいつになったんだよ。他の所にはある程度姫の下っ端が紛れ込んで引っ掻き回してる。一応姫との共同戦線だしな」


「おばっ!?」

「ふふっ」


 何度も口を出されてイライラしてたのか遂におばさん呼ばわりになったアンナ姐さんに笑いを堪え切れないリミア。

 なお、アンナ姐さんは開いた口が塞がらない。

 そんな彼女を放ってデッドマンは話を続ける。


「下手に雑魚紛れ込ませないで情報も隠し通す為に人手を削ってたんだが…ミアの野郎。シンと戦いたいから他の候補者のとこ行くとか言って消えちまうし…ピジョンが表に出てきたせいで警戒対象増えるし…面倒くせぇ」


 ここまでで彼等の状況を半分までは理解した。問題は最後に言っていた指名手配の理由。


「で、指名手配はなんで?お前らホワイトネームなのに殺人容疑って何が起きたの?」


 一番の問題を突きつけると、デッドマンは溜め息を吐き天井を見上げながらシンを指差す。


「このバカがライバルの候補者庇って冤罪被ったせい。あれ絶対犯人なのになんで庇ったんだよ」


「彼女は本当にやってないと思うよ。僕達以外に嵌めようとした陣営がいるんじゃない?」


「…まぁ可能性ならな。だけど一応姫からの情報だと、あの第二王女はまだボロを出してない。それに相手はAI、一生ボロ出さないことも容易いだろ…つーか人殺しを庇うのは普通おかしいだろ!」


「僕は彼女が殺したと思えなかったから逃走させただけ……ミヅハがやった事になってるのは申し訳ないけど…」


 そう言って、シンは事の次第を話し始める。

 確かに長いので、簡潔にまとめると…


「…つまり、国のお偉いさんの死体近くに居た第二王女を逃した所を衛兵に見られて、その時ちらっと見えた銀髪狐のケモ耳からお前の陣営にいるミヅハが容疑者になったのか」


「まぁそんなとこ」


 バカだった…お人好し過ぎてデッドマンが苛立つのもわかる。


「事件から一日経っても第二王女がコンタクトしてこない時点で確信犯なのは明らかだろ。死んだのは他の陣営を推薦してた奴らしいし」


 デッドマンの言う通りだと、ピジョンどうこうの前に武術大会自体に参加できないんじゃ…


「だから不味いんだよ。詰みかけてんだよ!参加する為に犯人を見つけなきゃいけないし、更にピジョン攻略まである。時間と欲しいコネが絶望的に足りねぇ…」


「でー次の武術大会はいつなんですかー?」


「確か明後日に準決と決勝。それまでに身の潔白とピジョン攻略を終わらせる」


「あ、あのそれってここにいるメンバーで出来るんですか?」


 マリアに言われると、デッドマンは鼻を鳴らして俺を見つめる。


「やり抜くしかねぇ。まずはグレイに地獄を見てもらって…」


 おい、なんで俺が地獄を見ることになってんだ。まさか武術大会出ろとか言わないよな…


「あ?グレイなんかに武術大会出させるわけねぇだろ。そこにうってつけがいるんだから」


 不安になっていた俺に対して、彼はすごい当たり前の言葉で返してくれた。

 そりゃそうだよね…でも、他に何処で地獄を見るんだよ…


「後はやっぱ第二王女にコンタクトをとるしかないな。姫と連携してどうにかシンを送り込むしか…」


「その必要はありませんよ」


 不意に扉の方から聞こえてくる女性の声。

 その場に居た全員が振り返ると、そこには黒いフードを被った女性が立っていた。

 その後ろにはオロオロした表情でどうしようか迷う老婆。


 彼女がフードをとると、そこから見えたのは銀色の長髪に狐の耳。

 俺達が呆気に取られる中、デッドマンは待ってましたとばかりに言い放つ。


「んだよ、やっと来たのか。第二王女ツキヨミ」





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