第19話 獣国の犯罪者、絶体絶命

 獣人国家ゴルディオン。

 そこは、獣人達が暮らす楽園であり、中央エリアに位置するエリシュオン王国と形式状の同盟国家である。

 プレイヤー達は、この国から始める事が可能で様々な獣人達と関わることができる。


 …これが今から向かうゴルディオン、特に首都であるラ・シンバの簡単な紹介となる。


「見えて来ましたよーゴルディオンでーす!」


 国の間を数十分で移動できる高速馬車に乗っていた俺達は、エルフの里からたった1日でゴルディオンに到着できた。それも前回追加されたポータル機能のお陰である。

 街の様子は、王国よりも戦闘力が重要視される国柄故か鍛冶屋、武具屋、ポーション屋といった戦闘に関するアイテムのお店がずらりと並んでいる。

 国民達は、獣人国家というだけあってそこかしこに様々な動物の尻尾や耳を生やした獣人達が歩いている。


 そんな街をぶらりぶらりと鍛冶屋や武具屋に寄り道しながら歩いていると、リミアが誰もが忘れていた話題を口にする。


「そういえばーアンナさんって何目的でここに来ようとしてたんですかー?」


 対して、アンナ姐さんは忘れていたとばかりに口を開き手で塞ぐ。


「……しまった。言ってなかった」


 アンナ姐さんは、こっちに向かって代わりに言ってくれというような目配せをしてくる。


「え?俺が言うの?姐さん言ってよ」


 ここまで来たら自分で言って欲しいと思っていた俺は、初めから味方しないことを決めていた。そんな俺の対応を見て諦めがついたのか、姐さんはマリアの顔を真剣な表情で見つめて話し出す。


「……会いたい人がいるの。前に掲示板で見かけたんだけど一目その姿を見た時からそんなはずない!こんな事有り得ない!って思ってたの。でも見間違いじゃないみたいで…あたし、どうしてもその人に会いたいの!」


 マリアは、母親の産まれて初めて見た真剣な眼差しにただ事ではないと感じてしまう。


「お母さん…分かりました。絶対に会いましょう!」


 ……すげぇ。噓は一言も言ってないのに現実世界で長い間連絡の取ってない友人に会うみたい。全然違うのに。後でマリアに拗ねられても知らないフリしよう。

 二人の親子が互いに協力し合うとする時、リミアは前回のストーリークエスト後にここへ向かった三人を思い出した。


「あとーこの街ってシンさんとかデッドマンさんいますよねー」


 アンナ姐さんは、シンとは知り合いだがデッドマンとは知り合いかどうか俺にはわからない。しかし、彼女の嫌気がさした顔を見てどっちなのかはすぐにわかった。


「うわ、あれも居るんだ。でも、この街随分平和ね。あれいるならもっと世紀末で殺伐とした世界だと思ってたわ」


「流石に今やってるシナリオクエストの所為ではー?前々から告知されてたみたいですが『王位継承争奪戦』なんてやってますからねー」


 実は、ゴルディオンではとあるシナリオクエストが進行していた。今回俺達が来た理由は、そのクエストではないのだが、俺個人としては少し参加したみたいと思っている。


「もう始まってから結構経ってるみたいだけどな。王子四人王女四人の中からポイント制で一番多い奴が国王になるって形式なんだろ?もう随分と候補が絞られているって掲示板に書いてあった」


 因みに、ポイントとは予め陣営を選択した後にゴルディオンで受けたクエスト報酬や専用クエストに付属されるらしく、いかに人手を増やして効率良くポイントを稼ぐかが重要視されているらしい。


「現状最有力候補は第二王女でしたっけ?銀髪狐の獣人で優しい性格だとか。次点が第一王子だと書いてありました。キャラ人気以外にも誰が国王になるかで政策が変わるらしいですねー」


 本来なら今更参加したところでMVPも取れなければ、ボスと戦うわけでもないので、結果しか興味ないはずなのだが…


「でもなぁ……このキャラ人気ランキング最下位にいる第四王女……」


 俺が見ているのは、移動中にも見ていたシナリオクエストページの人気投票ページに書かれた最下位にいる前髪をだらんと垂らして顔を隠している狐耳の少女。人気はないのだが争奪戦ポイントもかなり低い。人気がない理由は、


『単純に他が可愛いのに、これはないだろ』

『地味。てか前髪長くて顔が見えない』

『他の候補者達はプレイヤーに得がある政策なのに、こいつは何も無い』


 といった意見ばかりである。

 しかし、掲示板で偶々見かけたこのコメントは彼女に俺が興味を持った理由であり、このシナリオクエストに関わることを決めた理由。


『シンって最近ストーリークエストの攻略者でよくログに名前載る人?あいつが第四王女の陣営で戦ってたんだけど』


「あいつ、ほんとに何してんだろ…」


「それで、この後はどうするんですかー?」


「一応シンには連絡した。そしたら向こうで落ち合うことになって、今からその場所に行こうと思う」


 そして、たどり着いたのは合流場所であるボロボロの看板を掲げたポーション屋。

 中に入ると、刺激臭のする店内の奥にある受付で老婆が眉一つ動かさず人形のように座っていた。

 そんは彼女に向けて事前にシンから知らされていた合言葉をいうと、彼女は動き出し奥の部屋へと通される。


 危ない雰囲気に心配になってきたアンナ姐さんが俺に尋ねる。


「グレイ、なにここ?シンの奴なんでこんな所にいるの?」


「会えばわかるよ、そして姐さんの会いたい人も多分いる」


 シンからのメッセージを読んだのはつい先程だが、一緒に居る人も書いてくれていたので助かった。

 老婆は更に奥の部屋の鍵を開けると扉を開く。


「どうぞ。ミヅハ様の騎士の方々ですね。ミヅハ様は奥にいらっしゃいます」


 通された部屋は、外の古びた店内とは打って変わって煌びやかに装飾された内装の部屋であった。

 俺達が入ると、こちらに気づき手を振るシンがおり、他にもとても長いブロンドの前髪で顔を隠し修道服を着て頭をフードで隠した少女と、何故か机に突っ伏したデッドマンが居た。


「やあグレイ!待ってたよ。それとマリアちゃんにリミアも。あと久しぶりアンナ姐さん!」


「よっシン。それとこっちが第四王女の…」


 俺の目線の先には全く顔の見えない修道服の少女がいた。少女というのも声が高いからそう捉えているだけだが。


「ミヅハと……いいます」


 彼女はそれだけ言うとデッドマンの後ろに張り付いてこちらの様子慎重に伺う。

 警戒されているようなので声をかけづらいと思っていると、隣に居たこの国に来た元凶の挙動が変わる。


「……見つけた。マイスイートエンジェル」


「あ、姐さん。ステイ」


 数週間前、どこから行くか決めようとした時の姐さんのメッセージ。ゴルディオンでこの少女に会いたい。可愛い。このパターンは絶対可愛い。と書かれた内容を見て俺が思ったのはたった一つ。

 先に娘との関係をどうにかしろ。

 なので、希望通り最後にしたわけだが…


「無駄よ。あたしはこの子に会うために、会うためだけにここまで来たの。邪魔をするというなら…」


「はぁ…そんなことだろうと思いましたよ-だから保険が必要だったんでーす」


 長い付き合いから何となく姐さんの狙いがわかっていたのかリミアは、姐さんの前にマリアを引っ張っていき立たせる。

 無言のマリアは、姐さんをじーっと見つめていた。


「…………」


「はっ!違うの、決してあなたが嫌いとかじゃないの。でもこの子をよく見て!ケモミミシスターよ!しかもあたしが大好きな狐少女、もうこの子を見た時から運命感じたの!もうこれウチの子にしたいの!お願い聖女ちゃーん!この子養子にしていい?ちゃんと面倒見るから」


「パーティー登録とフレンド登録を消しました。次は通報っと」


「待ってよ!おかしいよ!!お母さん一人ぐらい増えても良いと思ってるんだよね!」


 だんだんと表情が消えていくマリアの前で姐さんは更に地雷を踏んでいく。


「私一人面倒見れなかった癖にワガママ言うのはおかしいですよ?」


「……すみません。反省してます」


「…すまないんだけどもうちょっとだけ姐さんに付き合ってくれない?俺も最初メッセージで見ててあの時は言えなかったんだけど」


 マリアは目を瞑って、ため息を吐くと諦めたような表情に戻る。


「……まぁ修道女好きなのは昔からですし、この前庇ってもらったお礼で今回くらいは…」


 エルフの里を経て少し関係は変わったのか、多少は姐さんに対して寛容になったマリア。

 そういえば…里から出た後とかずっと二人で話してたな…


「あのー三人とも平然と話進めてますけどー当事者を入れてあげて下さーい」


 当の本人であるミヅハを放ってヒートアップしてしまった俺達をリミアが諌める。


「別に…いい。人間はみんな頭のネジが飛んだ生き物だって学んだ」


 そう言って、デッドマンとシンを交互に見るミヅハ。

 そんな考え当たり前になったの絶対こいつらのせいだよ。何やってたんだろ…


「でも養子にはいけない…ごめんなさい。私には誰かの娘になれる権利は有りません」


 姐さんの言葉を本気にしていたミヅハは、丁寧に謝る。何か引っかかる言い方をしていたミヅハだが、姐さんの方は冗談のつもりだったらしく慌てて訂正する。


「う…嘘だからね!?」


「はいはい、話を進めますよーそれでシンさーん。わざわざここに呼んだ理由は何ですかー?」


「ああ、それはそこで突っ伏してる……ほら起きなって」


 シンが目配せした方向には先程から一切会話に入らず突っ伏したままのデッドマンが居た。彼はシンに揺すり起されると、ぐったりとしながらも起き上がる。隈や頬こけなどは出ない世界なのに、彼は一目見ただけで明らかに疲れたような表情をしていた。


「その顔…グレイか…」


「どうした?死にそうな顔して。遂に取り返しのつかない事をやっちまったか?」


「あ〜うん………ってグレイか!?」


 先程まで死んだような様子をしていたデッドマンは再度俺の名前を確認すると、顔をベタベタと触り始め本物かどうか必死に確認する。


「本物…本物か!」


「なんだお前!?いつの間にこんな気持ち悪くなった?」


 動悸が激しくなったデッドマンを隣に居るシンが宥める。

 こんな弱りきったデッドマンは見たことがない。


「これで…まだ捲れる…」


 なんだかやばい時に首を突っ込んでしまった気がしてきたのだが…


「いやーグレイ達がこっち来るって聞いて良かったよ。何せ僕らは今、国中を敵にまわしちゃったからね」


「……はい?」


 この二人が組んで、そこまで事態が悪くなってるのか?

 なら今関わるのは…絶対面倒くさい。


「うっわ、関わりたくないんだけど」


「そう言うなよ、グレイ。俺とお前の仲だろ?俺達ずっと友達だよな?」


 いつもと違うデッドマンは、馴れ馴れしく肩に手を回してくる。


「ほんとに気持ち悪っ!お前そんなに媚び売るタイプだった?」


 俺が振り払うと、彼は溜め込んでいた苛立ちを爆発させた。


「それだけ追い込まれてんだよ!相手がヤベェんだよ!」


 目をいっぱいに見開き俺に訴えるデッドマン。彼からは事態がよほど深刻な状況というのが伝わってくる。


「モブが動けないようにあらゆるプレイヤー向けショップを全て賄賂と脅迫で抑えた。ポーションは前にミアに供給しているキャラバンを潰してもらった。バカどもは姫の情報操作でポイント非効率クエストを回させてる。武術大会はシンがいる。なのに…あんの第一王女がぁぁぁぁ!」


「何が起きたんだよ?」


「イチから話せば長くなるから結論から言うぞ」


 辺りの雰囲気が急にどんと重くなる。 


「…卒業生と敵対した。しかも『伝説の銃職人レジェンド・ガンスミス』ピジョン。かつてVRゲームの歴史上で初めてイチから銃を作り上げた鬼才がとんでもないモノを作って王女に振り回させてる。お陰で一発逆転の要だった武術大会負けそう。そして、現在殺人容疑で指名手配中」


 やばい、途中まででも意味わかんねーのに最後にとんでもない事ぶちまけやがった。



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