第15話 雷獄のサジット part【2】
「はぁはぁ、ぜぇぜぇ、ちょっと息ととのえさせて」
「グレイさん幾ら何でも疲れすぎではー?」
「何で、VRに、疲れが、実装されてるんだろうな…」
俺はそんな事を言いつつも、目先の状況を確認する。
あの後タオに置いていかれ、城に着いた時には最上階から槍の様なものが飛び出る状況。すぐさまアンナ姐さん達に連絡し、近くに居たリミアと共に最上階まで登って来たわけだが…
「クラリスの奴どうなってんだ?明らかにタオを殺しにきてたぞ」
「多分、シャームの固有スキルで洗脳状態になってるんだ。でも助かったよ、ありがとう」
何とか危機を切り抜けたタオが、俺達の下にやって来る。
「あれがクエストボスですかーグレイさんどうしますー?」
「まぁ妥当なのはクラリスを引きつける方とボスを叩く方に別れる作戦だけど」
「グレイ頼みがある。僕が義姉さんと戦うからシャームを引き離してくれ」
「本気か?向こうは全力で殺しに来るぞ?好きなんだろ?」
「だからだよ、今の義姉さんは全盛期の2割くらいしか力を出せない筈。それなら僕一人で時間は稼げる。グレイ達はあれを倒してくれ」
タオの覚悟を決めた目を見て俺は彼を信じることにした。
「俺らじゃやり過ぎちゃうかもしれないし見知ったタオの方が調整が効きそうだ」
「それはない。義姉さん相手だとグレイは死ぬね」
「へぇ、言うじゃん。なら絶対死ぬなよ」
そんな下らない話をしていると、立ち直ったクラリスが襲いかかってくる。
すかさずタオがそれを迎え撃つ。
「
タオの手元に現れたのは水晶のみで象られた剣。彼は、それを握るとクラリスが突き出すガントレット目掛けて全力で振り抜く。
二つの宝石武器がぶつかり合う衝撃は、戦場となった城の床板に亀裂が入る程の規模だった。
何とか押し切ったタオがクラリスと向かい合ったまま俺達に話しかけてくる。
「グレイ!シャームに矢を撃たせるな!あいつは矢が本体で弓術しか出来ない!!」
「なるほどね、なら…」
「はいはい、私が前衛でいいですよーまずは一度落としましょー」
リミアは、二振りの剣を腰から抜くとシャーム目掛けて突っこんでいく。それを見たシャームは狙いをリミアに替えて矢を番える。すかさず俺がアンタレスで奴が矢を引き絞る右腕に向かって毒矢を放ち怯みを狙う。
「落とすって…無茶言うなよ…」
「グレイさんならできるから言ってるんですよー」
やるならあれ一択。序盤で切るのは怖いがここで戦うのも危険過ぎる。
でも
「リミア誘導頼む。起点は作った」
「ナイスでーす。後は構えてて下さーい」
「第ニの矢『
弾丸のように一直線に放たれた炎の矢は、リミアの顔に向かってズレなく進むが、直撃する時には身体をねじったリミアの頬を掠めていく。
拳銃くらいの速度ならウチのランカー共は基本避けられる。中距離戦闘を好む彼女が銃持ち相手に遮蔽物を使わず走って避ける日常風景……やっぱりこいつら色々おかしくね?俺はライフル弾とか避けらんないよ?
「スキル『ダメージチェイン』『ウィークチェイン』『ポイズンチェイン』」
リミアの二次クラスは、神官系には思えない『チェインヒーラー』というクラス。
基本スタイルは神官系のまま回復魔法を覚えるが、追加で誰かが与えた攻撃部分に対してのみ高倍率で上乗せ固定ダメージを入れられるというどっからどう見ても武闘派ヒーラーである。
なんでそんなクラスが用意されてるんだよと聞いたら、「そういえば今回は突撃ヒーラーしてましたね」という始末。
「まずは5連撃から行きましょーそーれ!」
二刀流から鮮やかに繰り出される右腕のみに繰り出された連撃によって、ダメージは大量に与えられているはずだ。しかし、そのくらいで矢の発射が止められる訳がない。
「第一の矢…」
リミアの目的はあくまで引き付けと削り、そして奴との勝負を仕切り直す為に後ろの壁まで後退させること。
「グレイさーん!」
「ポラリス、
獅子座の時と同じように現れるさそり座は、その巨体で天井を突き破りながら象徴である紫紺の尾槍をやや下に居るシャーム目掛けて発射する。もろに直撃したシャームは壁を突き破って外に押し出され、長く長く伸びる尾によって里の地面に叩きつけられる。
「これで第一段階クリア、姐さんと連絡を取って合流するよ」
「それでは一番!リミアいっきまーす!」
リミアが思いっきり最上階から跳んで行くと、俺はまだ戦っているタオ達に向けて一言だけ残す。
「じゃ先に行くから、後から二人で援護してくれよ!」
そう言って空に向かって飛び立つと先に飛び降りているリミアが地面に衝突する前に足場を作る。
「ポラリス、
結構無茶な要求だが、獅子座の時に天井塞いでから俺の指示通りに動いている所を見ると、かなり無謀でも可能ならいう事を聞いてくれるようだった。とてもいい子だこのアイテム。
リミアが地面に衝突するまであと数秒という所で、青いゼリー状の巨大クッションが出現すると、リミアはそれにのめり込む様に落ちていき反動で数メートル浮き上がる。
俺も続けて落ちると何回かバウンドした後、完全に着地の反動を抑え込んだ。
「よし、あの辺に向けて移動するよう姐さんに連絡を…」
俺は連絡の為にフレンドリストを開くと、そこに書いてある表記に一瞬硬直してしまう。
「え、戦闘中…?二人とも……?」
この表記は半径5メートル以内に敵が存在している時のみ出てくる。そして現在この里で敵と呼べるものは操られたクラリスと今突き落としたシャームのみ……
「まずいですよ、グレイさん!アンナさんはともかく聖女ちゃんにあれはまだ危険過ぎます!」
「…リミア、とにかく急ぐぞ。大丈夫姐さんがヘマするわけがない。俺達はただ信じて向かうだけだ」
__________________________________
時は十数分前のシャーム覚醒時に遡る。
里でエルフからサイドクエストを受けられないか確認していたアンナは、偶然歩いていたマリアと出会う。
「聖女ちゃん、今日は何して遊ぶー?」
「お母さん本気で言ってるんですか?いい加減女王に会う機会を獲得して来て下さいよ。もう私とグレイさんの…芝居は完璧ですよ」
「あらあら、芝居って何よ。本気でやらなきゃバレちゃうわよ?」
「どうせ芝居なんですよ。何で提案したんですか?本当によくわかんない人です。私に興味が無いように見えて、こっちだとお節介だし」
マリアにそう言われたアンナは先程までの気楽な調子から一転し真剣な表情になる。
「…やっぱそう見えるの?興味が無いって見えた?」
マリアは、アンナと真っ直ぐに向かい合い見つめる。一方アンナは、気まずくなったのか目を逸らし、かける言葉を慎重に選んでいる。その行為自体がマリアを更に苛立たせる。
「そんなに興味もない癖に勝手にこんな名前を付けて…何ですか聖女って!しかも一度もマリアと呼ばないし」
実際、この名前は色々と不便だった。呼ばれれば周りの人からは何事かとみられるし、学校でも笑いの種にされた。
「今だから聞きます。お母さんの一番大切なものは何ですか?お金?お父さん?ゲーム?私は、何なんですか…?」
「ママは…」
アンナが答える前に、突如として雷鳴が鳴り響き雷がどしゃ降りの雨のように里へと降り注ぐ。咄嗟にマリアを上に被さって庇うが偶然にも雷は彼女達に当たらず、二人は難を逃れる。
「何今の…?」
「お母さん!クエストです!」
マリアの言っているようにいきなりシナリオクエストがクリアされ新たなシナリオクエストが始まっている。状況は全くわからないが、とにかくアンナが出来ることは一つだった。
「聖女ちゃん、この話は後よ。今はママから離れないで」
二人の下にグレイから連絡が来ると、アンナは一旦マリアを安全な場所に置こうとするが、当のマリアは自分だけ逃げるわけにはいかないと言い始めてその場を離れない。
「グレイの話からすると、ちょっとヤバいじゃ済まないかもしれないの。この前のPK戦と違って逃げられるんだから逃げて」
「ボス戦なら数が多い方がいいに決まってます!今だからこそ私も行くべきです!」
二人がお互いを想いそれぞれの言い分を通そうとしていると、何が砕け散る音が響きその後には近くに何かの物体が落下してくる。
「今のは…」
「ちょっと…冗談でしょ…まだこっちは話がついてないってのに…」
崩れた瓦礫の山から宙に浮かび上がり出てきたのは、稲妻が走った黒の鎧に巨大な弓を持つ騎士。右手には矢が一本刺さっており、その付近には鎧の上からにしてはあり得ない肉体を斬った様な痕が残っている。
「…エルフか。関係ない、全て滅ぼす」
「何かヤバい!
「でもっ…」
マリアの声を聞く前にアンナは、マリアとシャームを引き離す為に浮かんでいる彼に向かって走り出す。一方でシャームも迎撃態勢に入っていた。
「第ニの矢、『
「はやっ!?」
アンナは咄嗟に拳を前に向けガードに成功したが、一気に体力を4割程持っていかれてしまう。すぐさま、マリアは回復魔法を詠唱するが、それによってヘイトはマリアに移動してしまう。
「これ流石に二人じゃ無理かもね……聖女ちゃん早く逃げなさい!貴女じゃ受けきれない!」
「でもっ!」
「第一の矢、太陽神の雷撃矢」
シャームは、空目掛けて黄色く光輝く矢を放つと、その矢は空で弾けて雷の雨を再び降らせる。
「今度は流石に私たちに当たる筈…受けきれるか?」
確実に殺しに来てるであろう広範囲攻撃にアンナは焦っていた。次は守り入れないかもしれないと。自分達では詰みと覚悟し始めたところへ援軍がやって来る。
「ライトニングレイ!」
「守れ『プロテクション』!聖女さんも唱えて下さーい!」
「は、はい『プロテクション』!」
一人のプレイヤーが放った光線はシャームを吹き飛ばし、二人の神官系クラスが二重に重ねて作った障壁は、何とか四人を守り切る。
「グレイ、リミア!ちょっと遅いわよ!」
「これでも全力で走ってきたんですよー」
「悪い姐さん、俺がこっちに飛ばした張本人だ。でも生きてて良かったよ」
正直、ポラリスで吹き飛ばす方向はリミアが引き付けやシャームの行動に依存するので、予め決めた方向に完璧に飛ばせるとは思ってなかったが、これは危なかった。
「っ!みんな、散って!」
「第ニの矢、『
急いで走ってきた俺の渾身の一撃は、大してダメージを与えられてなかったようで、吹き飛ばしたはずの方向から声と共に赤く輝く矢が放たれた。
「狙いは俺かよ!」
急速に迫る矢は、確かに俺の方目掛けて放たれており、気づけば既に懐まで届いていた。
「こんのぉ!ポラリス、
やけくそ半分で唱えた変身は、都合のいい事に俺と矢の丁度真ん中で起き作り出されたアロンダイトは直撃から俺を守るように庇ってくれる。
「あぶねえ!間に合った!」
「ちょっとあれ何よ!?いつの間にシナリオボスが出てきたの?」
「アンナさーん今は倒す事に集中してくださーい。あれ四人で倒すしかないんですよー」
リミアに諭されて落ち着きを取り戻したアンナ姐さんは、俺に聞いてくる。
「分かってるわよ…なんか情報ないの?」
「攻撃は矢を撃つことのみ、スキルは広範囲攻撃、直進攻撃、洗脳攻撃の三つが判明してる」
「さっきのが広範囲と直進ならまだ見てないのは洗脳系か……」
そう言っているとシャームは新たに矢を現出させ引き絞る。
「第三の矢、『
俺たち前衛三人がバラバラに散りながら前に飛び出す中、シャームの矢は最も近くにいたアンナでも先程攻撃した俺でもはなく、一番後ろにいたマリア目掛けて発射されていた。
「あたし達を見てない?…そっちか!」
既に走り出していたアンナは、この狙いに気づき何とか庇おうと発射寸前に足を切り替えしてマリアに向かって飛び出して強引に自分にぶつけさせる。
「お母さん!」
マリアの目の前で矢を庇ったアンナは、空中で直撃した勢いで後ろに吹っ飛んで倒れ込む。急いでマリアは回復魔法を使う。
「お願いお願いお願いお願い…」
いくら魔法を使おうが、彼女が一発で即死していたら意味が無い。それだけはマリアが見たくないし認めたくない結末だった。
「…体力が減ってない…?防御に成功したの?」
マリアがアンナの体力ゲージを見るとその数値は一切減っていなかった。ほっとしたマリアだったが目が覚めたアンナの次の行動までは予期していなかった。
「……」
アンナはそばにいたマリアを振り払う。咄嗟の攻撃であり予期してしない不意打ちということもあったアンナはもろにくらってしまい尻餅をついてしまう。
「…なんで…どうしてお母さん…」
「…スキル『パワースマッシュ』」
瞳から光が消えているアンナは容赦なくマリアに向かってスキル発動の宣言をする。それを見上げるマリアは恐怖で一歩も動くことが出来ない。
「あ…ああ……」
そこにリミアが割り込んで鍔迫り合いに持ち込む。
「アンナさん何やってんですか。戻ってきてくださーい」
「くそっ、厄介過ぎるだろあのスキル。このままじゃ本当に全滅する…」
とにかく、ここは一旦耐えるところだ。何とか持ち直す為の時間を稼がないと。
「リミア、マリアを連れて姐さんごと引き離せるか?」
「出来はしますけど…グレイさんは一人であれと戦えますか?」
「無理っ…て言いたい、でもやるしかないんだよ」
リミアは、マリアを片手で抱えるとヘイトを持っているアンナを引き連れながら戦線を離脱する。
「あぁくそっ!あのバグった表示は絶対ユノ絡みだ!このボス簡単には勝てねぇぞ」
俺は、誰も居なくなったお陰で言えた愚痴を存分に吐き出しながら、ポラリスを構える。
「頼むぞタオ、リミア、マリア。三人が失敗したら俺も負けだからな」
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