第16話 雷獄のサジット part【3】

 燃え盛る城の最上階。残されたタオとクラリスは互いの魔法、スキルを惜しみなく使いぶつかっていた。とはいえ、タオはクラリスを救う為、クラリスはタオを殺す為と両者全く別の目的で戦っていた。


「エンチャントルビー、英雄魔法『コロナブラスター』」


「ルビーロッド、英雄魔法『コロナブラスター』!」


 互いに同じ魔法を放てば勝つのはステータスが上の方。それが鉄則だが英雄魔法は少し他の魔法とは特性が異なる。

 この世界の勝者の為に作られた魔法は普段見れるステータス以外の隠しステータスが威力に反映されているのではないか?とタオ達の代は考えていた。


「うおおおおお!!」


 タオはクラリスの動きから弱体化してるまでは分かっていたがどこまで弱くなっているかは分かっていなかった。


「何とか相殺までは持ってけたけど…うわっ!」


 タオは燃え盛る城の倒壊によって、バランスを崩してしまう。前を見るとクラリスも同じようにふらついているのが見えていた。


「義姉さん!正気に戻って!」


「……」


 完全に洗脳されているクラリスにはタオの声も全く届かない。


「グレイにあんな啖呵切ったけど解決法は今ないし…どうする…」


「エンチャントトパーズ…」


「義姉さん!それは城が本当に崩れる!」


「『ゼウスの威光』」


 クラリスの手につけられたガントレットは光輝くと、装飾されたトパーズの宝石中心に部屋一面に放電し始める。


「義姉さん、弱くてこれだから凄いんだよなぁ…やっぱり憧れるよ」


 タオは、絶対絶命の状況になっていてもクラリスへの憧憬と好意はますます溢れていた。


「でも、僕は今度こそ義姉さんと生きるって決めてるんだ。だからその願いを果たす為に戻ってきてもらうよ!」


 タオは改めてクリスタルカリバーを取り出すと崩れゆく城の部屋を走り出し、穴の空いた畳の床を飛び越え、放電された雷撃は水晶の剣で受け流す。


「義姉さん、昔の約束覚えてる?人殺しの僕を助けてくれた時の約束。『一緒にやり直そう』って言葉。こんな状態だからこそ今こそその約束を果たすよ」


 聞こえていないとタオは分かっていたが、言わずにはいられなかった。彼女の最近の行動を思い返すと記憶が戻っているかもしれないとは思っている。

 今の自分と話しているわけではないので確証はない。しかし、こんな自分に手を差し伸べるのは彼女くらいなのも知っている。


「宝石収束、『晶覇斬』」


「エンチャント…ッ!」


「もう足場すらまともに残ってない…賭けだけどやるしか…」


 倒壊はどんどん進んでいき、もう二人が戦うのは困難な状況になっていた。タオは意を決してクラリスの懐に入り込む。


「このままだと二人とも倒壊に巻き込まれるから…ごめん義姉さん!」


 タオはクラリスに飛びつくとそのまま押し込んで壁の穴から外へ飛び出す。城の最上階から地面までは、ほんの数秒で激突するだろう。いくらクラリスとはいえ死ぬ可能性もある。


「『宝石獣の武器庫』エメラルドワンド。スキル『プチトルネイド』」


 翡翠の宝石が埋め込まれた杖を取り出すと、小型の竜巻を出したタオはそれをクッション代わりに使って何とか二人のダメージを無くすことに成功する。


「よし、成功だ…今のは初めて使うから威力調整が不安だったんだよね…」


 しかし、クラリスの洗脳が解けたわけではない。


「『全能の籠手』エンチャントアメジスト、エンチャントエメラルド『アストール』」


「ああ、もうっ!重ね撃ちは反則だよ!」


 紫紺の槍雨や辺り一帯を吹き飛ばす暴風といったクラリスから撃ち出される多種多様な英雄魔法の連続をタオは避け続けていた。


「昔は後ろから義姉さんを見てることが多かったからか、攻撃範囲はわかるんだよね…こんな事の為に見ていたわけじゃないんだけどなぁ」


 タオが少し後悔しながら里の民家や施設を盾代わりにして逃げていると、どうにかクラリスの視界から逃げ切ることに成功する。


「逃げたはいいけど、元に戻す方法を考えないと…ん?あれって…」


 前方から走ってくる人影が見えてくる。その女性は左手で少女を抱えながらチラチラと後ろを確認している。


「君たちって確かグレイの…ってまさかそっちもか!」


「あれタオさん?降りてきてたんですか?まずいですねー城から離れる様に動いていたつもりなんですけどーそっちから来るとはー」


「リミアさん、降ろしてください!お母さんが!」


「はいはい、落ち着いたくださーい。それじゃ何とかできるものもできなくなります」


 リミアは、がっしりマリアの身体を掴むとタオに向かって問いかける。


「タオさん、貴方この状況の解決策知ってるんじゃありません?」


 リミアはタオが一人でクラリスを相手すると聞いた時からなんとなくそう思っていた。


「方法はなくはないけど…現実味がない。前は奇跡がいくつも重なったから勝てたようなものだし」


「前?まあいいです。策があるなら勝機はあります。それってどんな奇跡ですか?」


「まずシャームの洗脳は一種の状態異常で通常の回復手段では効かない特別製なんだよ。前回は『聖女』クラスの人が完全回復魔法で治してくれたから勝てたようなものだし」


「『聖女』クラス?もしかして聖女って名前が付いているクラスなら何でも良いんですか?」


「何でもって…『聖女』クラスは一つだけだろう?」


「それが一つじゃないんですよーねぇー聖女ちゃーん?」


 落ち着きを取り戻したマリアは、ステータス画面で自分のクラスを再び確認する。

 あの日、何故か自分には選択できるクラスがこれしかなかった為、渋々選ぶことになったユニーククラス。


「確かに私は『聖女見習い』ってクラスですけど…」


「なっ!?そんなクラス無かったはず!?」


「でも見習いですよ…完全回復魔法なんて使えません」


「逆に何か珍しい魔法ありませんかー?」


「私はゲームしたことないので全部珍しいんですけど…使えるのはこんなのです」


 マリアはリミアにも自分のステータス画面を共有する。リミアは、真剣に見始めると僅か数秒で一つのスキルに注目する。


「この『補助術式・祝詞』ってスキル、状態異常を完全回復できるって書いてあるじゃないですかー!」


「それは…戦闘中に使うには不可能ですよ。発動には主への祈りを捧げないといけません。移動中だと効果ないんですよ」


「成る程、彼女を守ればいいんだね。分かった二人を引きつけて同時に始めよう」


「そうですねー聖女ちゃんは、後ろで祝詞を唱えてくださーい。私達が引きつけまーす」


「えっえっ、今の話聞いてました?私動けないんですよ?こんなの直ぐに気づかれて失敗するに決まってるじゃないですか!」


 マリアには、二人が今の説明ですぐさま行動に移ろうとするのが理解出来なかった。


「よく考えましょーここでやらなきゃグレイさん、死にますよ」


「え…」


「グレイどころかみんな死ぬよ。現状唯一のシャーム対抗策なんだから。ここでやらなきゃダメなんだ」


「でも、もし失敗したら…」


 リミアは、マリアの胸ぐらを掴み上げると震える彼女の額に向かい頭突きする。


「腹くくりなさい!お前が死のうが私には構いませんが、あの二人を死なせるわけにはいかないんです!私のたった一人の親友とたった一人の想い人ですよ!」


「ッ!」


「それをできるできないで考える暇があったら行動しなさい!方法があるのに理屈を並べられる程この世界に余裕はないですよ!」


 リミアが掴んでいた手を離すとマリアは地面に尻もちをつく。直ぐに立ち上がろうとしない。


「…グレイさんが心配です。これは置いていってあっちに合流しましょう。シャームを倒せば回復するかもしれません」


「あ、ああ…」


 二人がマリアを放置して歩き出そうとする中、へたり込んだ少女は自問自答を繰り返していた。

 何故、母はあんなに好かれるのか?私を放置する人間が何故?


 そんなマリアを見かねて、タオは戻り放心状態の彼女に言う。


「僕にとっての義姉さんは家族であって初めて愛した人なんだ。君は自分の家族を愛してないの?」


「あんな…あんな人を愛せるわけ…」


 涙ながらにそう話すマリア。タオは人間の頃の記憶を思い出す。


「君の家で何があったか僕は知らないから一方的に言うけど、子供も愛さない親はいるよ。僕の生みの親はそうだし。でも君は今までお母さんからそんな事言われた?『産まなければ良かった』って」


 マリアにとってのアンナは、自分を避けているように見えたが、決してそんな事を真正面から言う人間ではなかった。どうしようもなく身勝手に見えても母親であり、目の前で自分を庇ったせいで傀儡になった恩人なのだ。まだあの時の返事を聞いていないのに死なれたらこの先一生後悔するだろう。


「違う…嫌いなわけない…だってお母さんだもん…」


 タオにとってのクラリスは、ネグレクトしていたからと生みの親を火災の中わざと見殺しにした自分を許し、矯正した恩人であり、この世で初めて愛した女性なのだ。あの告白の返事を聞くまでは死ねないし、死なれたらこの先一生後悔するだろう。


「僕や彼女にとって二人は助けなきゃならない大切な存在だ。君は?」


 涙を拭いたマリアは、深く息を吸って答える。


「この世でたった一人の母です!」


「腹くくりましたー?なら丁度いいです。ほらご登場ですよー」


 リミアが指さす方向からは、アンナとクラリスが二人並んで歩いてくる。


「さぁ正念場だ。準備はいい?聖女見習いさん?」


「大丈夫です、だって私は……」


 顔を上げる少女にもう恐れは見えない。


「北の聖女ですから!必ず二人を救います!」

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