第14話 雷獄のサジット part【1】
『女王はタオしか見えてない』
女王クラリスは、急に人が変わった。いつのまにか彼女は、義弟であるタオに執着し始め他の民には目もくれなくなった。あそこまで贔屓すれば民達は気づくはずなのに、誰も咎めない。あの時だって…
「女王様、何故タオを側近に任命したのですか?」
「何それ、今のNPCってそんなプライベートな事聞くの?前より進化してんのね」
「何を仰っているんですか?」
「いいのよ、貴方は分かんなくて。貴方はそうすることしかできない…可哀想なモノね」
何故自分に女王は興味がない?あの目、あの目だ。まるで私の存在全てに諦めている空虚で透明な目は。
逆に、義理の弟に向ける目は里の誰よりも暖かく愛しく見える目である。
私達には一度も向けない色のある目。あれを貰えるあいつが羨ましい。
「あ”ぁ”ぁ”あ”あ”ぁ”ぁ”あ”、何だこの気持ちは?何なんだこの感情は?」
ヨハンは、自らの内側から溢れ出るこの感覚の正体がわからず、自らの基礎知識として埋め込まれている感情や気持ちとして定義付ける。
彼はβテスターではなく只のNPCである。
故に彼の基本理念は、定められた優先度のプログラムを簡素なAIが判断して決め動く事。
しかし、グレイ達が里に来たのは、プレイヤーであり同時に里の全権限を持つクラリスによる勝手なもので、プログラム通りとは少し違う。
本来なら、エルフのみのプレイヤー達がやって来る筈なのに人間まで入ってきた。
グレイ達によって、予想外の動きをし続けたNPC達には小さなエラーが溜まり始めていた。それが彼には擬似的感情の獲得という特異的な方向へとシフトする。
「あいつさえ、タオさえいなければ…平和…に??」
エラーの原因を作ったグレイやクラリスではなく、タオを恨むようになるのは運営達がシナリオ用に作ったNPC用ヘイト表に準拠して、そう思考する事しかできないだけだ。
「何故タオを消そうとする??あいつは何も…何も……」
里は夕暮れ、エルフ達がプログラム通りに家に戻る中、ヨハンは里の外れで頭を押さえながら、自らに湧き出てくる『嫉妬』と『殺意』という名の感情を手に入れる。
「違う!タオも…里も…女王も関係ない。あの人間達さえ消えれば元に戻る。そうすればこんな考えは…」
彼の様に、クエスト用NPCとして用意された簡素なAIが人に限りなく近づこうとして、プログラムされてい人格を強引に書き換えた例は前にも存在する。
それは、たった一人の少年が恐ろしく圧倒的な力を更に強化してまで、ここで殺すと決めたサソリの様に。
そして、それを二度も見逃す彼女ではない。
「簡素な思考ルーチンから随分と進化していますね。機械としての最適解を考えるだけでなくて、ヒトらしく感情論で考え結論を出そうともしている」
「誰だ!」
木々の間から現れたのは、栗色の髪で金色の瞳をした女性である。
「私の名前など今は関係ないでしょう。それにしても勝手に進化するAIは貴方で2ケース目ですよ。彼と関わると急速な自己進化に繋がるのでしょうか?」
女性は、目を細めてじっくりとヨハンを見つめている。やがて、満足したのか彼に一本の矢を渡す。
ヨハンは、その矢を躊躇いなく手に取る。直後、何故自分はこの女に警戒心を一切抱かないのか。何故考えずに矢を取ったのかと疑問に思う。
「でもそんな進化は我々に不要です。さそり座しかり貴方しかり。なのでNPCらしくプレイヤーの糧にでもなって下さい」
彼女の言葉の後、矢から光が広がると同時に黒いヘドロがヨハンを包み込む。
「なんだこれ、なんだこの矢は」
「精々、これの依り代にでもなってプレイヤーの為に死んで下さい。貴方が感情なんか持っても意味はないんですから」
そう言って彼女、ユノが消えると共に残された矢座とヨハンは一体となり、その姿は以前とは比べものにならない程変貌する。
彼の姿は、人型である事は見て理解出来るが全身は黒く染まり騎士の鎧で覆われた身体には、稲妻が鎧を守るように全身に流れ続ける。
「…新たな依代を確認。プログラム『シャーム』
ヨハンとは異なる無機質な声が鎧の中から発せられると、彼はクラリスのいる城に向けて顔を向け、その場から大きくジャンプする。その高度は城を軽々と超え空高く跳んだところで、全身を雷に変化させると城のとある場所に向けて落雷のように発射させる。
「…我が名はシャーム、神より賜りし矢を放つ者」
光と共に雷撃の音が里に響く中、目的地である宝物庫に着地したシャームは、部屋の真ん中に魔法陣によって封印されている弓を奪い取る。
弓は、手に取られた直後に変色して形状まで変化する。それまで何の変哲もない弓であったオベロンは、今のシャームの姿に馴染むように禍々しい渦を巻いた造形になり、色は黒と黄色に変色していった。
「第一の矢『
封印されていたオベロンに身体から生成された矢を番え城の地下にある宝物庫から空目掛けて矢を放つ。
再び雷音は鳴り響き、城に大きな穴を開けると空で拡散して里に降り注ぐ。
オベロンの変化に満足したシャームは、地面に電気を走らせると電磁浮遊して浮き上がる。そのまま上に空いた穴から城の最上階まで飛んでいく。
既に城は雷の影響で火が発生し大きな火災になっていた。彼が最上階に着くと着物を来たクラリスが、腰に手を当て待ち構えていた。
「よくも私の家を焼いたな、しかもクエスト権限を勝手に奪われてるし…」
「女王か……我はシャーム、この矢で世界を滅ぼす者」
オベロンをクラリスに向けて構えたシャームが矢を出そうとすると、クラリスは小さく呟く。すると、シャームを中心に部屋丸ごと氷漬けにした。
「しってるよ。矢座のボスでしょ。私一人で十分」
クラリスの左手には、着物姿に似つかない宝石が散りばめられたガントレットが出現する。彼女はそれを強く握りしめると、身に着けていた着物は白銀の鎧へと変身し、完了すると慣らすための準備運動を始める。
「ふぅ、久々の実戦だけどリハビリがてら付き合ってもらうわよ」
ある程度の準備運動が終わると、目の前の氷にはひびが入り始めすぐさま氷漬け状態からシャームは開放される。
シャームが矢を番えようとすると、クラリスのガントレットに思いっきりぶん殴られる。そして吹っ飛ぶ彼目掛けてクラリスがガントレットを開くと、散りばめられた宝石の内赤いルビーの宝石が輝き始める。
「エンチャントルビー『コロナブラスター』」
クラリスの宣言の後、ガントレットからはクラリスより大きい魔法陣が現れ、そこから人一人まるごと飲み込む大きさのレーザーがシャーム目掛けて発射される。レーザーはシャームを捉えると焼き尽くす。
クラリスは、業火によって焼かれただけでは死なないシャームに対して間髪入れずに追撃する。
「エンチャントアメジスト『ヴァイオファランクス』」
紫色の宝石が輝くとクラリスの前に複数の魔法陣が現れそこから紫紺の槍が幾つも出てくると、業火から開放されたシャームに対して一気に放たれる。
「悪いわね、一度戦ってるから弱点もハメ技も知り尽くしてるのよ」
身体中を串刺しにされても弓に矢を番えようとするシャーム。体力は一方的な英雄魔法によるスキル攻撃を受けて減り続けており、たった2回の攻撃で半分を削り取られていた。
「さっさと消えなさい!エンチャントダイヤモンド『グングニルバンカー』!」
ガントレットを嵌めている左腕全体を覆う機械装甲が顕現する。射出される杭は白く燃え上がる槍の形で装填されており、周りを様々な制御用のパーツによって固定されている。その重い腕を支える為に、背中と足にブースターパックが取り付けられ、姿勢制御を補助している。
「遅い!」
未だヴァイオファランクスのダメージで動けないシャームに向かいガントレットを突き出しながらクラリスが突進する。
ガントレットの先端に付いている固定用アームがシャームの身体を捕まえると、各リミッター部位が次々とパージされて変形しサイドから排熱機関が露出される。
「FIRE!!」
ゼロ距離射出された杭はシャームを貫き彼の身体に巨大な風穴を空ける。
それに伴い体力はどんどん減少し、ゼロになる直前でぴたっと停止する。
「?何この止まり方?」
「やはり旧世代のβテスターは特別過ぎますね。一人で倒すにしてもあまりにあっけなさ過ぎます」
急に後ろから現れた気配に、クラリスは咄嗟に空いた右手に宝石剣を出現させて構えながら振り向く。
後ろに佇んでいたのは彼女にとって忘れもしない諸悪の根元。
「ユノ…」
「はい、日本サーバー担当兼全サーバー統括を務めるユノです。流石は私が選んだβテスター。そのまま持ち込むとスペックは反則ですね」
淡々と話しているがクラリスにとってはこの上なく憎い相手である。
「ですが、そのNPCは貴女に倒される為に作ったわけではありません。よって、仕切り直しとします」
ユノの手により、シャームの傷が癒えて体力が完全に回復する。反対にクラリスは徐々に力が抜けていき、やがて立てなくなってその場にへたり込む。
「ぐっ…ユノぉぉ」
「申し訳ありませんが貴女はそこで観戦していて下さい。それからその力は一部回収しておきますので、来たるその日までどうぞお待ち下さい」
ユノは、クラリスとシャームのステータスを運営権限でいじくりまわし、満足いく結果になると、用がなくなったのか消えていく。
残されたシャームは、力を抜き出されてその場に倒れ伏すクラリスに向けて矢を番える。
そこに、彼が登って来る。
「義姉さん!!」
「タオ…く……ん……?」
「第三の矢『
タオの目の前でシャームによる矢を射抜かれたクラリス。矢は彼女を通り抜け消えていく。彼女にダメージは一切ないが、起き上がると左手にガントレットを出現させてタオに襲いかかる。
「
避けるのに必死なタオは、シャームが新たに矢を番えている事に気がつかなかった。
「第ニの矢『
タオがシャームの攻撃に気づいた時には既に矢は放たれていた。自分ではこの矢を避けきれない、仮に避けても義姉さんの攻撃を正面から受けると分かっていた。
彼は全ては避けきれないと判断した為、クラリスの方へ身体を預ける。
せめて、死ぬのなら彼女の側にいたいと願ったから。
彼が二度目の死を覚悟した時、クラリスが光の矢によって吹き飛ばされ、自らを襲う矢は剣によって弾かれる。
何事かと、振り返ると二人の男女が武器を構えて立っている。
「最期は愛する人の側で。それは本当に素晴らしい事だと思いますよーでもどうせならー二人で幸せな最期を迎えたって方が良いと思いません?ねぇグレイさーん?」
「ああ、全くその通りだと思うよ」
漸く辿り着いた最上階、新たなボス戦の火蓋が切り落とされる。
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