第10話 樹海の秘境 part【3】
「そこで、止まれ。何者だお前達」
深部に入ってから僅か数分で里の入り口らしき所に着いたのは良いが、現在俺達の足下には大量に矢が放たれており、正面にはエルフの少年が矢を番えた状態でここに来た理由を尋ねてくる。
「俺とこいつは人間、こっちの二人はエルフ。取り敢えず里に入れてくれない?」
番えていた彼の指は離され、矢が飛んでくる。直撃すると流石に不味かったが、幸いにも俺がポラリスの能力を使う前に、アンナ姐さんが矢を掴んでくれたお陰で無事で済んだ。
「あんた何するのよ、あたしじゃなかったら死んでるわよ」
「そこのエルフ達は通れ。だが人間は通さん。余所者を入れる理由はない」
そんな情報はルキフェルからも聞いてない。
ということは…
「まさかのエルフ限定クエスト!?あいつそんな事言ってないぞ?」
「それはおかしいですよー王都にだってエルフは居ますしー彼等はそんな事おっしゃってませんでしたー」
「なら、その彼等とやらに今の事を伝えろ。とにかく通すわけにはいかない」
向こうは、新たに矢を番えて臨戦態勢を取っている。正直言って適当に言い包めたいが、相手は人間じゃないから、適切な言葉以外効き目がない可能性が高い。
焦る俺達にも救いの手は差し伸べられた。
「ヨハン様、今すぐに武器を納めて下さい。女王様からの命令です、その方たちを通せと」
ヨハンと呼ばれたエルフの青年の後ろから若い少年エルフが出てくる。
彼の言葉に納得がいかないにしても反抗出来ないのか、悔しそうにしながら弓から矢を外す。
「それでは皆様、どうぞこちらへ。女王クラリス様がお待ちです」
少年エルフによって里の中に入ると、そこは誰もが思い描く典型的なエルフの里の様に、木々に囲まれ、木材の民家が立ち並ぶのどかな場所であった。
ただ一つ、奥に聳える場違いな和風の城を除けばの話だが…
「あちらの城に住まうのが女王クラリス様です」
少年の紹介を聞いてもなんでエルフの里に城を築いたのか運営の感性を疑う所だが、デスゲームなんかやってる運営にそんなもの期待するのも時間の無駄だ。
城の中に入ると、広い応接間に案内され、ヨハンともう一人の少年エルフは、女王に伝えて来ると言って、襖を開けて奥の部屋に行ってしまう。
数分後、戻ってきた少年エルフに案内されて、俺達が更に上の階に登ると障子の先に誰かが座って待っていた。
やがて、障子が開けられると中には場違いな着物を着こなした一人のエルフが微笑みながらこちらを見ていた。
「初めまして、人の子達。妾はクラリス、この里の女王だ。して何用かな?」
「あーその…「秘宝下さーい」おいリミア!」
ほぼアドリブ任せのクエスト故に、何から話そうか迷っていた俺の横でストレートに用件を言うリミア。
当然だが、ヨハンはふざけるなと言った顔に、少年の方は呆気に取られた顔に、肝心の女王はと言うと…
「それ欲望に忠実過ぎ…ゴホ!それは難しいな。何せこの里の秘宝を人間相手に簡単に渡すわけにはいかない。その為には…」
「やはり、人間は殺すべきです!女王今すぐご命令を!」
「いやそれはちょっと…そうだ…お主達先にやらねばゴホッ!(チラッ)あるのでは?ゴホッ!(チラッ)例えばそう……封鎖とか」
何か言いたそうな目線で女王が必死に訴えてくる。意味わからん女王だな…
「なら里を開放して下さい。秘宝は諦めます」
「よしよし…成る程そう来るか!しかし、妾の一存では決めかねる案件だ!」
凄いこの女王ウキウキしてるんだけど、
「なので、里を開放する為に一つ試練を出そう」
「女王!!」
俺達を敵対視しているヨハンを手で制し、彼女は条件を告げる。
「妾は、人とエルフの友好を見たい。それが里を開放する条件だ」
女王クラリスから条件を突きつけられた後、部屋から出て城の応接間に戻った俺達は、クエストクリアの方法を考えていた。
問題は、クラリスにとっての友好とはどの程度の事を指すのか。また、友好を認めさせる手段をどうするかだ。それぞれが沈黙している中、最初に提案したのはアンナ姐さんだった。
「んー、人間代表をグレイとするならエルフ代表を聖女ちゃんにして、なんかやりましょ」
「なんかって?」
具体的な方法を言わない為、首を傾げる俺とマリア。
「とりあえず二人とも恋人になりなさい。期限はゲームクリアまで」
…この人割と勢いで言うよな。
「な、な、な、何を言ってるんですか!グレイさんに迷惑でしょ!そんな事もわからないんですか!」
マリアが顔を真っ赤にしながらアンナ姐さんをボコボコに殴り始める。
実の母親に対して全く遠慮のない娘の殴りはもはや敵に向けて行われる威力であり、姐さんの体力は少しずつ減り始める。
そういえばあの人、感覚鈍るからとか言ってVRなのに痛覚システム付けてる人だから本当に痛いんじゃ…
「でもね、いっそ広めちゃえば聖女ちゃんに変な男が寄り付かなくなるし、クエストクリアへの近道だとも思うし、ママ的には良い案だと思うんだけどなぁ」
「だからってグレイさんの事も考えて下さい!そんな…そんな……うぅ」
アンナ姐さんの言葉に一理あると理解したのか殴るのをやめてへたり込むマリア。
俺は、他の案がないかリミアに聞こうと彼女の方を見る。
「どーして私、エルフにしなかったんでしょーあの時エルフにしておけば…」
リミアの眼からは、ハイライトが消え感情のない人形のようになっていた。
このままだと勢いで全て決まりそうなので、一旦話を切り替える。
「そもそも女王の言う『友好』ってどの程度の事を言うんだろうな。この里にいるエルフと親密になる事が条件かもしれないし」
「そーですよ。だからわざわざグレイさんとー聖女ちゃんが恋人なんかにならなくてもー」
「何言ってるのよ。どの程度か分からないからまずは最大値を目指すんでしょ?」
…確かに。
「でもさ、姐さん。今の俺達も十分友好関係だと思うんだよ。これで認められないんだから、里のエルフじゃないと意味ないかもよ?」
「でもプレイヤー間の最大値を試してないじゃない。結婚は無理でも一歩手前なら何とかなるでしょ?」
「アンナさん。これは一応
「そっち方面はあんたがやるのよ。プレイヤー間の最大値はグレイと聖女ちゃん。NPC間との最大値はフウロ。これなら両方から攻略出来て効率的でしょ?」
姐さんは何すんだ…ってこの人エルフだったわ。
「あたしはあたしで里のエルフから情報を引き出してみるわ」
何となくの方針は定まったが、リミアは色々と不満だらけのようで頭を抱えている。
「何でこんな面倒なクエストにー、秘宝をちゃっちゃと手に入れて終わりにする筈だったのにー」
そういえばまだ聞いていなかった。リミアがエルフの里に来ようとした理由。今言った秘宝という言葉がここに来た理由のように思える。
「リミアは何が欲しくてここまで来たんだよ?」
「この里にある秘宝『オベロン』が欲しくて…NPCから得られる噂話の中では、どうも私向きっぽいんですよー」
「あんたって本来は回復メイン系クラスで弓と剣で
「流石にシンは、今までと変わらずにやってるよ。俺はあっちのスタイルがこの世界じゃ再現不可能だし、ステータス補正の問題でそこまで近距離に拘る必要もないからね」
「故知の鍛治師にでも頼めばいい感じにそれっぽいの作れるんじゃない?」
「技術が存在しないものは無理だよ。それこそゼロから作れる人が居ないと…まぁ心当たりはいるから…このゲームやってればもしかしたらだね」
「鍛冶師系の上位クラスで作れたりしないかしら、ゲームだし何でもありでしょ」
「あの、グレイさんのスタイルって…」
「ああ、それはね…「コンコン」あら?」
話の中、誰かが扉をノックする音が聴こえてくる。
やがて扉を開けて入ってきたのは、ヨハンに敵意を向けられた際に女王の伝言を伝えに来てくれたエルフ少年だった。
「改めましてご挨拶を。自分はタオと言います。里に滞在されている間、皆さまの身の回りのお世話をさせていただきます」
タオは、深々とお辞儀すると、話を続ける。
「早速ですが、皆さまの為に用意した仮住居へ案内させていただきます。どうぞこちらへ」
とりあえず細かい相談などは、宿でする事にして俺達は、女王の部屋から出て行く。
タオに連れられた所は、里の端にある小さな古民家だった。
「申し訳ありません。なにぶん閉鎖的な里ですので」
それだけ言うと、タオは里に戻って行く。
閉鎖的って…設定したの運営だろこれ…
________________
グレイ達を宿という名の古民家に押し込んだタオが報告の為に、女王の座に行くとクラリスは、先程の威厳などはどっかに捨てて部屋の中で服をはだけさせ、寝転がっていた。
彼女は、戻って来たタオに気づくと、甘い声で呼びかける。
「あ、タオくーん。お仕事終わったー?」
「女王様、その姿はみっともないので服をちゃんと着てください。それと、その振る舞いは人間達や他のエルフの前、特にヨハン様の前ではしないで下さいね?」
クラリスは、はだけた部分を手で覆い隠し頰を赤く染めて答える。
「やだなぁ、こんな姿タオ君にしか見せないよ?……もっと見る?」
「そうですか、では今後は私の前でも見せないで下さいね」
そう言うと、タオは部屋から出て行く。
残されたクラリスは、はだけた服を着直すと起き上がり頭を掻きながら、小さくため息を吐く。
「全く…人に告白しといて死んだら記憶を持ち越さないのはずるいよ…記憶が残っちゃったこっちの身になってほしいわ」
数年前、彼と一緒に閉じ込められたデスゲーム。とある戦いの前に告白されて、クリア後に返事をするなんて言ってたら二人とも死亡。彼女からすれば、せめて返事をしておけば良かったと後悔しか残らない。
「それにしても…簡単にクリアさせるつもりであんなお題にしたのに、なーんか面白い方向に進んでるだよねぇ、ちょこっーとだけ様子見するかな。これもβテスターの特権特権♪」
この女王はなんと応接間に戻った四人の会話をこっそり障子越しに聞いていたのだった。
嬉しそうに笑うクラリスは、部屋の窓から里を眺めここにやって来た四人のプレイヤー達の先行きをこれからの楽しみにしてしまう。
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