第9話 樹海の秘境 part【2】


 俺がルキフェルを追いかけて、宿の中に入ると既に食事中のみんなが待っていた。


「やっと帰ってきた。遅いわよグレイ。あたしお腹空いちゃって空いちゃって。先食べてるから」


「グレイさーん、ここ座って下さーい」


 リミアとアンナ姐さんは、二人で楽しそうにお酒を飲みながら俺を呼んでいた。

 マリアはというと、ちびちびとジュースを飲みながら、双子を母親の魔の手から守りつつ、エルミネと話をしていた。

 俺達に気づいたエルミネは、声をかける。


「あら、防具の新調にしては遅かったわね。ティナはもう寝ちゃったわよ」


 あ、忘れてた。それを口実に抜け出したんだった。


「グレイさんの方で少々手間取りまして。私は寝かせてもらいます」


 ルキフェルはそれだけ言うと、部屋に行ってしまう。


「では私も。勇者様をお早目に休息をお取り下さい」


 続いてマーロックも部屋に戻り、残った面子は、食事を続けていた。

 空腹値回復の為、食事を取らないといけない俺は、取り敢えずリミアの横に座り、手当たり次第、口に突っ込んで食べ始める。

 そんな中で、マリアはエルフの里について、フリンに聞こうと思ったのか、軽く話を振っていた。


「ねぇ、フリンちゃん。『エルフの里』って何処にあるか知ってる?」


「っ!………」


 フリンは、黙り込み下を向いてしまう。

 なんか答えにくい事だったのだろうか。彼女の代わりに寝ていた筈のコリンが、目を覚まし答える。


「…知らない。私達の親は里を出て行ったきり、戻ってないから」


 やや不機嫌そうな声で、コリンが答える。

 ルキフェルの奴が、聞くなと言っていたのは、おそらく聞いても意味がないのと、彼女達を不快にさせるだけだと知っていたからだろう。


 魔王様、それも言って欲しかったよ。


「あの…ごめんなさい」


「……別に。もう寝る」


 コリンは、気まずそうなフリンを連れて部屋に戻ってしまった。

 事の次第について、干し肉を噛んで見ていたエルミネが、ニヤニヤしている。


「やっちゃったわね。また二人を怒らせて大丈夫?」


「明日謝るよ。今日は余計怒らせるだけだ」


「そうしなさい。そうだ、あんたにはルキフェルの件で世話になったし、二人の代わりに私が里の場所を教えてあげる」


 エルミネは、まだお酒の入っているグラスを持ち、先を俺の方に傾けていた。

 随分とお酒を飲んだのだろう。その顔は真っ赤になっている。


「エルフの里は、ここから北西に行ったグラフォラス大森林にあるわよ。向こうからは見えて、こっちからは見えない。エルフが居ないとたどり着けない秘境。精々頑張りなさい」


「シナリオクエストエルフ編E『樹海の秘境』を開始します」


 エルミネの情報提供と共に、見慣れたメッセージが視界に現れる。

 そして、俺達四人に向けて同時に鳴り響くクエスト開始のアナウンス。


「ほー、勇者から始まると、ただのシナリオクエストにならないんですねー。これはグレイさんのお陰です〜」


「何?場所わかったの?やったじゃん〜」


 楽観的なリミアや情報が手に入って嬉しそうなアンナ姐さんと対称的に俺やマリアは、苦い顔となる。


「グレイさん、ここって…」


「また厄介な所にあるもんだ。存在する事の情報が聞けても、ここに行ったプレイヤーの話を聞かないのはそういう事か」


 グラフォラス大森林。かつて、シン、アイシャと共に潜り込み、遭難の末にさそり座を戦う事になった超高難度エリアである。


 翌日、エルミネはお酒の飲みすぎでダウンし、部屋から出れなくなっていた。


「ほんと、何やってんだあいつ…」


「プレイヤーの時もデータのお酒で酔い潰れるタイプだったからな。今は顕著に出てるんだろ」


 ルキフェルは、コーヒーを飲みながら、冷静に答える。

 今は、食堂にも俺とルキフェルしか居ない為か彼も口調を素に戻していた。


「それにしてもフリンに里の話を振るなって言っただろ?今朝は不貞腐れたコリンの機嫌を直すのが大変だったんだぜ?エルは馬鹿だから役に立たないし」


「それに関しては、そっちの方でフォロー頼むよ。今度何かお礼するからさ」


「…じゃあ、エルフの里を開放的にしてきてくれ。俺の時は出来なかったからな」


「お前、結構出来なかった事多いんだな」


「うるせぇ。今思えば、沢山選択を間違えたと後悔してるよ。お前達にはそうなってほしくないだけだ」


 元プレイヤーとはいえ、ここまで良くしてくれるのだから、彼はβテストの時も相当お人好しのお節介だったに違いない。


「そんなに世話焼いてくれれのに、昨日のあれは本当に何なんだよ?恋とか告白とか」


「あーあれか。俺はもう死んでるから気楽だけど、お前達は生き残る事が常に頭にあるから、そういう事に時間を割かないだろ?」


「それってタイミングが重要なんじゃ…」


「絶対に後悔するぞ。何も言えずに目の前で死なれるのと、死なれる時に思いを伝えられるのは、自分が死ぬより辛い」


 苦しそうな表情で話す彼からは、当時の悲しみが伝わってくる。

 恋か…思えば、現実がVR漬けの生活だった所為で、そんな事していないような…

 あれ?俺の青春もう終わってない?


「と、言うわけでグレイ。好きな人いないの?あの神官二人はどうなんだ?」


「片方ストーカーで困ってる、もう片方は特には…」


「…じゃあ、アイシャは?」


「んー友達?悪友?親友?そもそもあいつが好きなのは…」


「……あれは?一緒に戦ってたプレイヤー集団」


「悪友以上の昇格はありません。てかゲーム内の関わりだし」


「あり得ない。あれだけ女性が居て恋の一つもないのは嘘を付いてる以外にあり得ない。自覚してる筈だ!居るだろ一人くらい」


 そう言われても、MBO関連の知人は基本ライバルの為、そんな感情を抱く前に、出し抜く事を考えてしまう。

 こんな下らない話をしていると、アンナ姐さん達が降りてきた。


「グレイ〜そろそろ行くわよ。って今もしかしてコイバナしてた!?」


 階段から音すらを置き去りにする速度で、近づいてきた姐さんに、若干俺もルキフェルも引いていた。


「ええ、グレイさんが好きな人を聞いてまして」


「それは勿論私ですよー」


「先程否定されました」


 ルキフェルの被せるような即答に、胸を張って答えていたリミアは、固まっている。

 謝罪は済んだのかマリア達と降りてきた双子も話に混ざろうと、椅子に座る。


「…昨日の件をチャラにする代わりに聞かせて…」


「ちょっ!コリン姉!そういうのは卑怯だよ!」


 コリンは面白がり、被害者であるフリンは姉を止めようとする。

 昨晩の件もあるから、お詫びの気持ちもあるのだが、答えようにも…


 そんな中、アンナ姐さんが爆弾をぶち込んで来た。


「え?グレイの彼女って救世主サーシャでしょ?」


 …………

 即座に入るリミアの否定。


「違いまーす!ぜーったいに違いまーす!あんなダブルチーター、彼女なんかじゃありませーん!」


 …………

 ルキフェルは、深く頷きながら納得している。


「なんだ、彼女持ちだったんですか。それならあの環境でも恋をしないのには納得ですね。その方は今どちらに?」


 …………


「あの子はアメリ…じゃなかった。遠い所よ、遠距離恋愛ってやつね」


 …………

 アンナ姐さんは続ける。


「よく、あの子がSNSでグレイとデートするって言って炎上してたわね。懐かしい」


「姐さん…俺のライフがゼロなんだけど。ゼロ超えて負の値突入してんだけど」


「でも、年に数回はデートしてたじゃない。今も続けてるんでしょ?あんた、ミステリアスな子に惹かれる傾向があるから」


 快活な方より秘密がありそうな神秘的な子の方が、好みだけども!

 …何で俺は自分の好みを暴露されてるんだろ…馬鹿らしい……


「あれは友人として会うだけで…恋人では…」


「そうです!ぜーったいにあり得ません!私のコネをフルに使って調べ尽くした結果、彼女ではないと結論が出たんです!」


 こいつが言うと、冗談とか単なる尾行程度じゃ済まないレベルな気がするのは気のせいだろうか。


「あんた達その辺にしときなさい…グレイをいじめるにしてもとっくに頃合いでしょ」


 まだ二日酔いが治らず、頭を押さえて辛そうな表情のエルミネが助け舟を出してくれる。


「…そうですね。彼らはこれから大変厄介な場所に赴くわけですし」


 ルキフェルが賛同してくれたお陰で俺のいじめはようやく終わる。


 …元凶のあいつが何か澄ました顔してるの腹立つな。今度仕返ししよっと。


 その後、勇者パーティーと別れた俺達は、北エリア最難関の場所『グラフォラス大森林』に到着する。


 ここからの問題は、深部に行く必要があるのかどうか。

 あるならまた雄鹿探しから始まり、あの地獄に戻らなければいけないし、ないなら適当に歩いていれば見つかる筈。


 幸いこの問題には直ぐに答えが出た。


「グレイさーん、今向こうでピカッて何か光りましたー」


「最悪の報告ありがとう。マリアは絶対俺から離れるなよ。姐さん前方警戒、リミアは左見て何か動いたら即報告」


 前と同じく大森林の深部に入り込んだ俺達は、エルフの里に早く着く事を祈り、最低レベル90の魔界に挑むことになる。


 _____________________________________


 ≪エルフの里≫―女王の座


 その場所は、エルフの里にしては場違いな和風の建造物であり、座は畳の床と障子で区切られていた。中にはこれといった置物もなく、彼女一人が柔らかい椅子に座っているだけである。

 また。女王の座というのに護衛なしなのは、本人の強い希望によるものだが、それによって少し寂しい雰囲気になっていた。

 そんな場所で、草の冠を被り派手な着物を着崩しながら身に纏う銀髪碧眼エルフの女性は、森の中を歩く四人のプレイヤー達を自身の魔法から作られた鏡で眺めていた。

 彼女は、ここからあの戦いも見ていたのだ。自分もよく知るさそり座と三人のプレイヤー達の戦いを。

 当時は、NPCとしての記憶データを追加したに過ぎなかったが、あのアップデートで記憶データを復元されると話は変わってくる。


 彼女は、森の中を慎重に進む彼らを死なせない為にも女王権限スキルを発動して、彼ら四人を里に入れる誘導を始める。


「初めまして後輩達。ようこそ、私の里へ」


 彼らの進む先に里が見える様に配置した女王は、はだけた服を着直して使いを出そうと部屋を出ていく。

 ここは樹海の秘境エルフの里。そして女王は過去に戦った敗者の一人。



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