第7話 人斬り独奏曲
たった五人、その内唯一の男は青臭い奴。そんなのと戦えば簡単に殺せるに決まっている。
そう考えていたのは数で圧倒的有利を見せていたPK達。
そして僅か数秒で、前に出ていた11人の武器が全て破壊された。
彼らは大きな勘違いしていた、あの甘い事を言っているプレイヤーよりも最初に武器を構えた2人にもっと気を配るべきだった。
「先手必勝、必要なのは初撃のみ」
彼女達は、俺のワガママ宣言後すぐさま動き出して、手首のみを正確に切りつけ、腕をねじ切る。PK達は、痛みは無くとも一瞬の出来事に怯み武器を落としてしまう。
それを見逃さず、武器が地面に落ちる前に遥か遠くに弾き飛ばし、淡々と膝蹴りや正拳突きで、戦闘不能にしていく。
向こうは今の形成を覆そうとして、後ろに隠れていたヒーラーのマリアを狙おうと魔法と弓矢を多数放ってくる。
「言ったからには必ず責任を持つ。マリアには指一本触れさせない」
生憎、剣で光線を逸らす作業には慣れている。弾丸より遅ければ全ての攻撃到着地点に剣は必ず間に合う。
「よし、絶壁!狙い通りに頼む!」
全弾弾いた直後、側にいた絶壁が弓矢で鼻歌混じりに放つ。矢はアーチの様な弾道を描いて隠れていたPK仲間を狙撃していく。
「やっぱウチの方が弓は上手いね。グレイは何でも使えるけど極めないからな~」
「この状況で見えない敵の武器だけを正確に狙える技術とか努力じゃ手に入る気がしねぇよ‥」
ほんの一分二分で全員を戦闘不能にすると、俺達は逃げ切れると判断して素早くその場から立ち去っていく。別れ際、俺は倒れているPK達に向けて言い残す。
「お前らのプレイヤーネーム、武器、スキル等は掲示板に乗っけておくから安心して隠れてくれ。そしてもう二度と会わない事を祈るよ」
◇◇◇◇
「はぁはぁ、くそっ舐めやがってあいつら‥」
「この人数で足りないならクランの奴らや上の人達も呼んでやるしかねぇぞ?」
「上等だ。こけにしやがって‥もう効率もくそもねぇ、絶対にぶっ殺してやる」
復讐に燃える彼らの前に、7歳ぐらいの男の子だろうか、そこら辺のNPCと見分けがつかないようなカジュアルな服装で装備もまともに付けていない少年が、森の中を歩いていた。
少年は、手に持った花を眺めて歩いており、前を見ていない。なので、PKの一人と衝突してしまう。
ぶつかった衝撃で尻もちをついてしまう少年に対し、怯む程度で済んだPKの方は彼を見下す。
「あ、ごめんなさい‥」
「っ!うっぜぇな!死ねよ、クソガキが!!」
少年を蹴り飛ばすと苛立ちの発散になると考えたのか、うずくまる少年をひたすらに蹴り続ける。周りもつられて、彼を蹴り始めた。
「おらっ!おらっ!」
「さっさと死ねよ、ゴミが。俺は今苛ついてるんだよ!」
何も言わずただ蹴られ続ける少年。そんな無力な人間をねじ伏せられる高揚感に酔うPK達。
そこに、木陰からいきなり声をかけられる。
「ねえねえ君達。それって楽しいですか?」
声に気づいたPKの一人が、木陰の方を向くと、腰に刀を差した着物姿の青年が立っていた。
「見世物じゃねぇよ、さっさと消えろ、カス」
通りがかりのプレイヤーだろうか。しかし、こちらは敗戦帰りでPKする気も無いのであしらうことにする。
しかし、青年は立ち去らずに聞く相手を変えた。
「では、蹴られた方に聞きます。どうだった?」
ずっと、蹴られていた幼い少年は彼の声で立ち上がり、満悦の表情で感想を述べた。
「
それを聞いた青年は溜息を吐いて、腰の刀に手を掛ける。
「一匹目‥」
ほんの一瞬の出来事だった。
ただ一瞬、青年の手がぶれた様に見えた瞬間に、彼と喋ったPKの頭は、身体から切り離される。
「あ"?何だこれ?」
斬られた頭が放物線を描いて宙を舞い、青年が振り抜いた刀の峰に落ちてくる。
芸術的とも言える太刀筋から放たれた狂気の一閃は、見る者全てに彼の異常さを植え付ける。
始めに喋り出したのは、男に蹴られていた幼い少年。
彼は刀の峰に
「流石です!お見事!」
他のPK達は幼い少年のように笑顔で拍手は送れない。
刀の峰に乗った男の顔は驚愕の表情で満ちている。
「そこ、獣狩りに拍手は要らない。大して価値のない頭だ」
「了解であります!」
彼に斬られたPKの体力は0になっており、頭も胴体もポリゴンの欠片になって崩れ去り粒子となって消えていく。
ゾッとする程の光景に唖然としていたPK達も仲間が消えたことで現実へと引き戻される。
「て、テメェ‥俺達の仲間を」
武器はグレイ達に壊されたが、かつて殺した相手から奪った戦利品は幾つもあった。
それらを武器として彼らは取り出し、青年に向けて構える。
数は圧倒的に不利な筈なのに、青年の落ち着きは変わらない。
「さて、小学生すら平等に蹴れる君達に提案があります」
「答えると思うか?死ねぇ!」
青年の提案も聞かずにPKの一人は斬りかかる。
「僕は
次いで彼は、口を開いた男の懐に踏み込み、抜刀斬りで一太刀浴びせる。このゲーム世界であり得ない筈の音を置き去りにした一撃。
無論先のPKのように、斬られた彼もポリゴンに変わり砂のように消えていく。
「デスゲームって普段のゲームと違うのは死んだら終わりな事でしょう?なら、一度はやってみたくありません?皆さんもそう思ってPKしてるんですよね?」
流石のPK達も彼の言動と行動の矛盾に戦慄する。
「2人も殺しておいて‥‥何がやってみたいだイカレ野郎!」
3人目の突撃も鮮やかにいなして魚を捌くように斬り刻む。
「‥残念だ。またも同士の皮を被った獣に出会ってしまった」
3人目が粒子となって消えていくのを見送ると、彼は再び口を開く。
「信じたくない‥僕がおかしいだけであって欲しい‥だって、人を殺すのは間違いなく罪なのに、こんなにも心に響かない」
「うるせぇよ、クソ野郎!」
手慣れていない武器でPK達が彼に挑むのは、数の有利ではなく彼の言動に触発されたものだろう。
「この野郎‥俺は、かつて実家で剣術を学んだ人間だ。対人戦なら慣れてんだよ」
一人のPKが、戦利品の刀を取り出して構える。
そんな彼を見た青年は、飽き飽きとした表情が一転し、後ろに大きく跳んで間合いを取ると、目をキラキラと光らせる。
「まさか、こんな所で剣の同士に会えるとは‥捨てたもんじゃないですね」
「黙れ、我が次元一刀流は日の本一の殺人剣なり」
「あれ?どっかで聞いた事ある‥?」
余裕の表情を崩さない青年に向けてPKは声高に叫ぶ。
「次元一刀流奥義『雪月花』!」
鬼神の如き気迫から放たれる太刀筋が青年を襲う。
側にいたPK達は浴衣の青年が先の3人に放った剣速より更に速いその一撃を見て勝利を確信した。
しかし、青年にその刃が届く前に刀が折れる音が鳴り、PKが振った刀の刀身は真っ二つにへし折られる。
「な、に‥」
「そうだ、そうだ。次元一刀流、覚えてました。2年前に
PKの男は青年の説明など耳に入らず、震える手と技を打ち砕かれたことに恐怖する他なかった。
「まぁ、良い余興でした。獣狩りで脳のトレーニングも出来ました」
男が顔を上げるとそこには青年が先ほどの自分と同じ構えで立っていた。
「我流剣術九ノ型、次元一刀流奥義
男と同様の構えから放たれた大地を斬り裂く威力を見せる円月形の斬撃に、PK達の大半は飲み込まれて白い波の衝撃と共に消えていく。
偶然にも残った一人は彼に技を見せた男である。
既に興が冷めたとも言いたげな感情の抜け落ちた顔の彼に男は問う。
「何だ、何なんだよ、その強さ、武器か?スキルか?それとも…」
「語った所で君に真似は出来ない。時間の無駄です」
青年が放った突きはPKの喉元を貫通して息の根を止める。
刺された方は、自分の体力が徐々に消えていく恐怖に泣きながら怯え、やがて他のPK達と同様に粒子と化して消えていった。
「さて、試し斬りもそろそろ飽きてきました」
その場にいたPK達を殺しきった青年は、木の裏に隠れていた少年を呼び出す。
「終わりました。行きますよ」
のっそりと出てきた少年は刀を鞘に収めている青年に飛びつく。
「うぅ、助かりましたぁ〜」
「一々泣かないでください、勝手に走って何でPKに蹴られてるんですか‥流石に呆れましたよ‥」
泣きつく少年を蹴り飛ばし、刀を鞘に納める青年。
この少年はとあるクエストにより、普通のプレイヤーから一切傷つけられないレアスキルを手に入れていた。
青年が蹴り飛ばすのもこれを知っていたからである。
「綺麗なお花が咲いてて‥つい」
「可愛いことで‥次はもう放っておきますよ?」
「そんな!PKには僕も殺されちゃうんですよ!」
そう言って涙目になる少年に対して彼は優しさなど一切ない。
「満悦しといて良く言える‥それと貴方が一緒にいると何故だかPKにしか会えなくて困っているんですが‥‥」
「いいじゃないですか。PKという犯罪者達に裁きの鉄槌を下さるんですよ!」
「‥僕は人間を殺したいのであって、獣を殺したいわけじゃないんです‥‥」
そう言いつつも、現在彼は約160人のPKを殺している。確かに殺人ではあるが、それによって救われる人もいるだろう。
「でも、集団PKを見つけるとすぐに斬ってくれるじゃないですか」
「何度も言うように、僕は集団PKは嫌いなんです。数に頼る弱さで殺しとか正気とは思えない」
幼い少年は、この青年が頑なに正義の味方になりたがらない理由がわからない。
「さっきから文句ばっか言って誰なら満足するんですか
青年の名はヒューガ。シンが会うのを面倒くさがり、月下の知人でもある彼は、頭を掻きながら指を折り始め自ら考え出した面々を言う。
「‥そうですね、パッと思いつくなかだと‥シン君かな。あとはロシアの
ヒューガは獅子座討伐のログを見直して彼に会うことに決める。
「シン君が居るとしたらやはり北エリアでしょうか」
「じゃあ今から直行しましょう!急がないとどっかに行っちゃいますよ」
少年の言葉に一理あると判断したヒューガは、PK相手を求めて歩き出す。
彼のネームカラーは未だにPK数ゼロを示すホワイトネーム。
PKKがカウントされないこの世界では、彼は未だに殺害数ゼロの一般人である。
「ああ早く死合いがしたいものです‥今回の旅は史上最高の経験が得られそうですから」
これから起こる事に歓喜し、恍惚とした満々の笑みをする。
「ボクもお供しますよー」
「要りません、えーと‥誰だっけ?」
「
ヒューガが鬱陶しく付き纏うこの少年ユウは、あるクエストにより、普通のプレイヤーには絶対に傷つけられない身体になっていた。
わざわざ斬ると言ったのだから怯えてどっかに消えてほしいものだが、彼とこのやり取りも既に何度かやったような気がしてきたヒューガは、ユウリの説得を諦めて北エリアに向かう。
シンが西エリアに移動した事を彼が知るのはこれから一週間後の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます