第5話 それは何よりも悲惨な壁

 二日後の東エリアと北エリアの境界


「はああっ!!!」


 白い修道服に身を包む、か細く白い腕から繰り出された正拳突きは、レベル50越えのモンスターをいとも簡単に倒していた。

 俺たちが来ているのは、現在ヒロイズムユートピア内の有志が集めた情報の中で、最も経験値効率がいいとされている場所である。

 現状の最優先事項をレベリングとしたからには、その場所にも一切の手抜きは出来ない。

 レベリング場所に関しては、あの情弱死すべしがモットーの『姫』からリミアが買ってきてくれた。


「姫ちゃん曰くー、まだ広まってなく且つ50手前の人向けの場所と言ってましたー」


「確かに、周りに他のプレイヤーはいないな。それにしても姐さんブランクないじゃん。昔と同じくらい動けてるよ」


 一人前衛で、モンスターを引き付けつつ、多彩な技で倒していくアンナ姐さんは、自慢げに鼻を鳴らす。


「ふふん、当然よ。これでも元GB7ランカーは伊達じゃないってね。それに…」


 アンナ姐さんは、吞気にしゃべりながら、新たに湧いた猪型モンスターの懐に入り込み、その腹を蹴り飛ばして、宙に浮かせる。


「聖女ちゃんにいいとこ見せないと!」


 彼女は、落ちてくる猪型モンスターを空中胴回し回転蹴りで地面に叩きつける。


「どう!?今のカッコ良かった?」


 アンナ姐さんがマリアの方に顔を向けるが、当の本人はポーチからアイテムを捻り出している最中だった。


「聖女ちゃん…そんなに?」


「さっさと次倒して下さい。もう少しで三人とも50到達ですよ」


 素っ気無い態度で娘に対応されると、母というものは大きなショックを受けるものらしい。

 アンナ姐さんの口からなんか魂出ている気がしてきたよ…。


 そんなこんなで、レベリングして2時間程経った頃だろうか、湧いたモンスターに変化が現れる。


「あ、レアモンスターじゃん。良いアイテムドロップするかもよ」


 新たに湧いた猪型のモンスターは真っ白なアルビノのモンスターで、名前にレアマークが付いていた。


「よっと、後はよろしく姐さん」


 俺がアンタレスから毒矢を放つと、それに合わせて走り込んだアンナ姐さんが、猪型の頭を掴み持ち上げる。


「ナイスでーす。アンナさん」


 空かさずリミアが、横からワンドで殴りダメージを蓄積させる。


「姐さんそのまま抑えといて。マリアはアンナ姐さんにヒール。DPSは俺とリミア」


 中々の体力を持っているモンスターであったが、毒効果と攻撃手段である突進を持ち上げられた事で封じられている為、サンドバッグ状態になっていた。


「そろそろ倒せるかな。一気にスキルで倒す」


 俺がライトニングレイを撃つ為に構えると、急に森の中から一人のプレイヤーが、飛び出してくる。


「それウチの獲物!て事でラスアタ貰うよ!」


 胸に大玉サイズのスイカを二つ付けた少女は、身軽な動きで、リミアとモンスターの間に飛び込こもうとする。そして…


「ぬぁっ!ぶつけたぁ!これだから巨乳は辛いのよ!」


 重力と落下速度が加わった二つのスイカ爆弾は、不幸にもモンスターの頭に命中し、それがラスアタとなり倒される。


 不幸な激突により着地を失敗して尻もちをついた彼女を俺はよーく知っていた。

 同じ魔境出身で悪質プレイヤーの一人。

 いや、悪質といっても俺やシンよりもアイシャやリミアにとっての悪質極まりない人間だ。


 プレイヤーネーム『絶壁になりたい』。

 その名前に対しアバターは、あり得んくらいの巨乳である。


 彼女は、リアルの体型をそのまま投影していると常日頃から言っている。

 だが絶壁になりたいと言うのは嘘である。

 そんなに嫌ならアバターを弄ればいいのだが、あの姿を彼女はずっと通している。


 理由は単純明解。その方が『勝てるから』。


 今も割り込まれ、意味不明な倒し方でラスアタを取られたリミアが、絶壁に向け殺気を撒き散らしながら、鈍器を振り上げているように、人によっては最高の煽りとなる。


「あはは、リミアちゃんじゃん!相変わらず幸せな胸のサイズだね〜ウチももう少し小さく出来ればなぁ〜まぁお陰でラスアタ取れたんだけど。あはは!!」


「ちょっ!リミアストップ!おい、絶壁。少しはその口閉じろ。ここで殺されたら本当に死ぬぞ!」


 俺が、リミアを羽交い締めしようとすると、軽く振りほどかれ、鈍器と化したワンドを振るう。

 絶壁は、軽々しく避けると更に煽り始めた。


「そう怒んないでよ、前にグレイとあんたが話してる時に、ウチが割り込んで通ったら、グレイの目線がウチのおっぱいに行っちゃっただけじゃん。リミアちゃんのその慎ましいおっぱいのせいじゃないよ!ウチの罪作りなおっぱいのせい!きゃはは」


 お願いだからその口閉じてくれ。俺にも普通に被害だ。あれはいきなりの割り込みに驚いただけで見る気なんてなかったから。


 彼女はいつも自分より小さい女性を見つけては、目の前で煽っていく。

 当然、うぜぇから始まる苛立ちは、つもりにつもり、やがて殺気に変わる。

 MBOでは、殺されても生き返るから良かったのだがここは流石にマズイ。


 俺が止めようとすると、アンナ姐さんが素早く動き逃げ回っていた絶壁の首根っこを捕まえる。


「二人ともやめなさい。こんな事してる場合じゃないでしょう!」


「おおう、中々のおっぱいだ。ウチよりは小さいけど、男は簡単に釣れるサイズ…Fだね!そこのまな板と違って芸術品だ…」


 絶壁は、アンナ姐さんの胸をじっくり見た後、それだけ言う。


「何この子…グレイ達の知り合い?」


「知りませーん。人型モンスターでーす。それ絶対に離さないでくださいよー」


 目からハイライトが消えたリミアが、ワンドを頭上から縦に振り抜くと、絶壁の身体を包むように、黄色いバリアが形成される。


「あはは、レアスキル『AWアンチウーマンフィールド』。女性からの攻撃は、ウチに一切効かないよ!」


 アンチ・ウーマンフィールドって、そんな都合良いスキルどこで手に入れたんだよ。


「グレイもしかして気になる?これはとあるシナリオクエストで…」


「その話はいいから!とりあえず場を収めるためにお前は黙ってろ!」


 ケラケラ笑う絶壁だが、こんな事をしている彼女にも一応理由はある。


 昔、こっそり教えてくれた話だが、このワガママボディで、あんな名前を使って、こんな言動をしていると、対戦時に苛立ちや怒りで相手の判断力が僅かに鈍るらしい。それが勝ち筋に繋がる戦略的行動だと自負していた。


 いや、他にないのかよって当時突っ込んだものだが、今でもこの通り一つも変わらない。彼女は、至って冷静で常に勝つための手段として動いている。


「そもそもなんで絶壁がここに居るんだよ?姫もお前の事嫌ってんのに、よく情報が買えたな」


「あ、それで今思い出した。ウチ逃亡中だったわ」


 彼女の言葉の意味を理解する前に、俺達は10人近くのプレイヤー達に、四方八方を囲まれる。

 彼等は、全員武器をこちらに構えて、にやけた顔を見せている。


「誰この人たち?お前が怒らせたの?」


「PKだよ。プレイヤーキラー。ウチ今この人達から逃げてる途中でした。きゃはは」



 この日、俺はようやくデスゲームにおいて、本物の悪質プレイヤー達と邂逅する。



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