第3話 母親失敗のシスター

「聖女ちゃん!何でこの世界に!?それよりも始めてくれたんだ!サイコー!ぎゅってしよ!!」


 再会を喜んでいるアンナは、マリアに抱きつこうとする。

 しかし、マリアは逃げる様にギルドから出て行ってしまう。


「あーららー。やっぱり嫌われてますねー」


「うぅ…ついテンション上がってやってしまった…思えば今デスゲームだった」


 アンナは、崩れ落ちる様にへたり込むと、悲痛な顔で嘆く。


「とりあえず、俺が追ってくるよ。姐さんは待ってて」


「うぅ…そうする…」


 俺は、泣きそうな姐さんをリミアに任せ、ギルドを出ると、何処かへ行ってしまったマリアを探し始める。

 フレンドリストの現在地情報を見た所、まだこの街からは出ていないはず。

 俺は、街中を走り、他のプレイヤーなどにも彼女を見てないか尋ねる。


「…居ないな。後居そうな所は…」


 そんな折、いつかエレネと出会った店の路地に俺は来ていた。


「まさか…な」


 俺はあの店の前まで行ったが案の定、そこには店などない。

 店はなかったが、路地裏の真ん中にある空白の土地に場違いな高級感溢れるテーブルとその上に一枚の紙切れ。

 書いてあるのは、とある喫茶店の場所と意味ありげに押されているヘビのスタンプ。


 俺は走ってその喫茶店に向かう。するとそこには、探しても見つからなかったマリアの姿が店の奥に見えた。

 急いで入ると、彼女の向かいの席に座る。


「やっと、見つけた。ちょっと話さない?」


「…はい」


 そこで、マリアは何故逃げ出したのかを語り始めた。


 ……正直に言おう。これは姐さんが悪い。


 マリアは、幼少期から全寮制の学校に放り込まれており、長期休暇しか家に帰れなかった。

 そして、家に帰るとずっと見続ける光景は、アンナがゲームをしている所のみ。


「あの人、全然ゲームをやめないんですよ。口癖は『あと5分、あと5分だから…』で、そのまま家事しないで寝ちゃうし」


 そして、溜まっていく家事は長期休暇で帰省したマリアがやっていく羽目に。

 父親は海外に単身赴任している為、普段は手伝えない。

 ほっとけば誰もやらない状況だったので必然的にマリアがやることに。

 

「ほっといたら次の休暇には、今度こそ死んじゃうんじゃないか心配で心配で。それで高校はエスカレーターで上がらないで外部受験して自宅から通うようにしたんです」


 最初その話をした時のアンナの表情は、絶望の色に染まっていたと言う。


「あれどう見ても、自由にゲーム出来なくなるからですよ。本当に信じられない」


 以降、マリアが毎日家にいる事で自制するようになったのか、アンナがゲームする事は自然消滅したと言う。

 当然の事だが家ではお互い何も話す事がなく、無言で過ごす日が多かったそうだ。


「ああ、丁度姐さんがGB7を引退した頃だ…」


 そんな生活を始めて早2年、母とのギクシャク関係が治りかけてきた所で、海外出張中の父から誕生日プレゼントに、とマシンとヒロイズムユートピアを貰う。


「最初は捨てようと思ったですけど、折角買ってくれた父に悪いと少しだけやって終わるつもりだったんです」


 母に知られないように、こっそりとログインした後、直ぐに出会ったのがグレイだった。

 そうしてデスゲームに巻き込まれた彼女は、先程母と再会してしまった。

 思えば父が誕生日プレゼント選びで、母に何の連絡もしていない筈がない。恐らくは、アンナが手引きして父名義で送らせたのだろう。


 再会した事がその証拠だ。アンナは全て知っていて、自分自身がゲームをやる最もな理由付けにマリアを使った。


「私は、家庭よりも趣味を大事にする理由が今でもわかりません。結局、自分もゲームがしたいだけなんですよね?私はあんな人と一緒に居たくありません」


 彼女の言い分を聞いた俺は、腕を組みながら真剣に考える。


 どうしよう…これ10:0でアンナ姐さんが悪いやつだよ。

 え、これ何言えば納得してくれるの?無理でしょ、擁護できねぇよ。何やってんだよあの人ぉぉぉ!!


 崩れそうなポーカーフェイスを何とか維持しつつ、冷静に対応する。


「えーっと、姐さんはマリアに、VR世界を一緒に楽しもうとログインしただけで、決して自分がゲームをしたかっただけでは…ない……と思う」


 ここで、マリアに賛同し切れないのは、俺が見てきた姐さんの人柄から、そう自分が思いたいだけだ。

 俺や他のプレイヤーに優しかった彼女は、ただゲーム内での上っ面だと信じたくないだけだ。


「グレイさんも、母の味方なんですか?」


 悲痛な声で言う彼女の顔をまともに見れな……いや、見ろ。ここでバラバラになってはいけない。

 どっちかに付けばもう戻らないかもしれない。


 今聞いたのは俺の知らないアンナの話だ。

 まだ、マリアの知らないアンナの話はしていない。

 そこしか活路はないんだ。


「違う。俺はどっちの味方にもなれないよ」


「そう、ですか」


 それを聞いた彼女が立ち上がろうとする前に、その腕を掴み引き止める。

 驚き振り向く彼女に向き、その眼を見てしっかりと伝える。


「だから、今度は俺が知ってる姐さんの話をする。それを聞いてもう一度考えて欲しい。彼女と行くかどうかを」


 __________________


 思えば彼女は太陽のような人であった。

 何時も笑顔で、笑っている。怒る事はほとんどなく、あっても大抵リミアとの喧嘩くらいと大らかで寛容な人だった。


「実際、娘が居るって話は昔一度だけ聞いた事があったんだよ。あれ以降自分からは一切話してないけど」


「そうなんですか?母は何と…?」


「トンビが鷹を産むって言葉は本当にあるって言ってた」


 アンナ自体は、重度のゲーム中毒者な事は俺も知っており、俺がログインする時間には何時もいた。

 曰く、寝ながら出来るVRは旧世代機と違いどれだけやっても身体に異常が出にくく、いつまでもやってられる、だそうだ。


「俺の事は弟みたいに可愛がってくれたよ。時々お節介レベルの時もあったけど…」


「あの自分優先の母が…」


 それこそ手取り足取りで教えてくれた人だ。俺が別のゲームに移ってもあの世界に偶に戻ったりしたのは彼女がいつもいるから。

 彼女と話す為だけに、ログインしている時もあった。


 そこで、ふと2年前の引退時の事を思い出す。


「姐さんさ、引退する時『遅かった』『もっと早く辞めるべきだった』って言ってたんだよ。みんなが見送る為に、集まってる中でだぜ?」


 多分アンナ姐さんは、引退が遅くなった事に後悔をしていた。

 引退する事よりも先延ばしした事が、彼女にとって何よりの失敗だったのだろう。

 彼女自身、マリアに向き合うつもりではあったのだと思う。

 どうして、ゲームで出来て現実で出来ないのか俺は何となくしかわからない。


「俺には姐さんが現実でマリアに向き合わなかった理由はわからない。けど、こっちならちゃんと向き合ってはくれると思うんだ。だから、せめて今回だけは、つき合ってあげてくれないか?一度でいいからこっちの姐さんも見てあげてほしい」


 物凄く傲慢で身勝手なお願いだ。現実逃避しかけた人間を仮想世界で判断しろだなんて、普通なら首を横に振ってお終いの話。


 でも、まだ親子なら…彼女が縁を切ってないなら…チャンスをくれるかもしれない。


「どう…だろうか?」


「……今回だけですよ。グレイさんへのお礼としてです。自分勝手な人のままなら、こっちでは会うつもりはありません」

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