第2話 天にまします我らの…

 サビークとの再会から一晩明けて、朝から昼まで歩くとようやく見えてくる高い高い塔のようなものが見える街の景色。

 以前寄った時は、不思議な少女エレネとの再会があり、彼女から様々な事を教えてもらった場所でもある。


「見えたよ、あれがケイトスだ」


「私…初めてミュケ以外の街に来ました…」


 マリアは、今までミュケの街で解放戦線の一人として、活動して来た。

 あのクランは主に、ゲームクリアを目的として活動していたが、先日の大熊座戦での手痛い被害により、今は拠点復興に全力を注いでいる。ミュケの街の捨てるという案もあったのだろうが、最終的にはライオットの判断で決まったらしい。

 俺としてもあの街を守ろうと動いた為、完全に滅ばずに済んで良かったと思っている。


「さあ、早く街に入りますよー。向こうはとっくにケイトスについてます」


「そうだな。街の何処を集合場所にしたんだ?」


「もちろん、ギルドですよー。今さっき街の近くに来た事を伝えたのでー、待っていると思いますよー」


 ケイトスの中に入ると、前来た時と同じように活気にあふれていたが、更に、プレイヤーの数がちらほら見かけられるようになっている。

 彼らは皆、この街の名物とも言える中央にそびえ立つダンジョン攻略を目的をしているのだろう。

 数人単位のパーティーで固まって行動していた。中には、鍛冶屋を開いているプレイヤーもおり、この街に移住して来た人達もいるようだ。

 そんな彼らを見ていると、リミアが俺に話しかけてくる。


「中央エリアにいたプレイヤー達が、こぞってダンジョンを攻略しに来たんでしょうねー。掲示板も大盛り上がりでしたー。まあ、知り合いの誰かがその内完全攻略してそうですねー」


「あー、そういえばダンジョン好きの馬鹿が一人いたな。あいつもこのゲームやってるのかなぁ、っとここがギルドだ」


 魔境ゲーの一つにダンジョンを進めるゲームも存在していた。

 まあ、卒業生達の所為で、人口数十人の過疎ゲーに近い状態になっていたが、階層だけは、日々更新される為、一定数は残っていた。


 話しているとようやく、ケイトスの冒険者ギルドに到着する。待ち合わせの人物に心当たりはあるが、実際会ってみないと分からない為か緊張もしていた。

 中に入ると、沢山のプレイヤー達がパーティーごとに集まって雑談をしたり、攻略に向けての作戦会議をしたり、受付でクエストを受注したりしていた。


 しかし、俺たちの姿を見ると視線が一気に集まり、数秒後にはどっと押し寄せてくる。

 当然、彼らはダンジョン攻略の為に、人手がほしいと考えている。なので、見慣れないプレイヤーが入ってくれば真っ先に飛びついてくる。

 そこに、何度もログに記録された『グレイ』という名前を見れば、現状強力な戦力になれると判断したのだろう。


「君、あのグレイだろ!?ケイトスに来たって事はダンジョン目的かい?ならウチに入ってくれよ!」

「いいえ、そっちよりもこっちのパーティーの方が安定攻略できるわよ!ぜひこっちに!」

「そこの連れの二人も一緒にウチで冒険しないかい!」


 一斉に押しかけて来たプレイヤーによって三人とも揉みくちゃにされてしまう。


「ちょっと、俺はそんなつもりじゃ…二人とも無事か!?」


 ごった返す人の群れに巻き込まれた二人からの返事はない。

 ギルド内での出来事とはいえ、数十人が一斉に集まるとその人口密度は通勤電車の満員状態と同じで、動く事もままならない。


「ちょっと、ストップストーップ!!…邪魔だ!お前ら!!」


 もはや俺の声など聞こえないらしく、苛立ちから吐いた暴言すらも聞き流される。

 俺の腕力では多くのプレイヤーを無理やり退かす事もできない……

 既に流されるままに身を委ねて時間が過ぎるのを待とうと思った時、探していた彼女がやって来る。


「……何よこれ。フウロがよーやく来たと思えばこの騒動……おお神よ…」


 彼女は、群がっていたプレイヤーの一人を掴み上げると、思いっきり壁に向かって片手で投げ飛ばす。

 その勢いで、どんどんプレイヤー達を床にたたきつけたり、殴り飛ばしたり、回し蹴りで蹴り飛ばしていく。

 数が減り始めた事で、群がっていたプレイヤー達も徐々に、その女性の攻撃に気づき始める。


 俺も彼女が容赦なく投げ飛ばす光景を見ていた。

 その修道服を着こなす金髪エルフの女性は、細い見た目にそぐわず平然とプレイヤーに暴力をふるって、こちらに向かってきていた。

 やがてプレイヤー達は、彼女を恐れて道を開ける。人混みから解放されたリミアは、彼女に礼を言った。


「あー、死ぬかと思いました。助かりましたよ『シスターアンナ』。でもシスターが暴力をふるっていたらマズイんじゃないですか?」


 シスターアンナと呼ばれた修道服姿の女性は、手に持った十字架を握りしめて答える。


「大丈夫です。神は全てを見ています、今の私の行いをきっと赦して下さるでしょう。そう、私は『悪魔を祓った』だけで、人に攻撃した罪はありません」


 悪魔を祓った、と言われてダンジョン攻略にきていたプレイヤー達全員がシスターアンナに怒りを覚える。


 この人、自覚ありきでこういう事いうからなあ……


「な、俺たちを悪魔扱いだと!俺たちの勧誘をしていたんだ!邪魔したあんたの方が悪魔だよ!」


「ああ、神よ。自覚症状のない罪深き彼らをどうかお許し下さい。彼らはいい歳して、ろくに勉強もせずにこんな遊戯をしている私と同じ愚か者なのです」


「馬鹿にしてんのか!あんたは!」


 集団の一人がシスターアンナに向かい走り出した。この世界では街中で決闘モードを使わなくても一応戦闘行為は出来る。

 どうも度を超えた暴力でなければ見逃されるらしい。

 シスターアンナは、残念そうな表情で祈りを捧げる。


「神よ、今祈ります。天にまします我らの……………………アーメン」


 途中で祈りの言葉を忘れたのか、シスターアンナは向かってきた剣士を勢いを殺さずにギルドのドアに向けて投げつける。

 走ってきた勢いと彼女に投げ飛ばされた事で、その剣士はギルドの反対側に構えられていたお店まで吹っ飛んでいく。

 それを見た他のプレイヤー達は、逃げ出すようにギルドから出ていく。

 一方投げた張本人のシスターアンナは、先程から祈りの言葉を一生懸命思い出そうとしている。


「天にまします……天にまします我らの……なんだっけ?」


「我らの父よ、でーす。いい加減そのにわか修道女キャラ辞めたらどうですかー?本物の人達に失礼すぎますよー」


 リミアが言う通り、このアンナは、修道服を着こなす敬虔な信徒に見えるが、その実ミサ経験なし、聖書を読んだことがなく、知識はネットで浅く調べた程度のにわかっぷり。

 これが、最後に会った二年前から一切変わってないのだから余程修道服を着る事以外には興味がない事がわかる。


「………いいじゃない、最後にアーメンって言えば大抵赦してくれるのが神ってもんよ」


 アンナが、口をへの字に曲げて素の状態に戻る。この雑な性格が彼女のいつもだ。


「アンナ姐さん久しぶり。卒業したからこっちには居ないと思ってたよ」


 彼女は、人混みに押しつぶされていた俺に気づくと、俺を子供のように抱き上げる。

 正直言って恥ずかしいからやめてほしいのだが、自分の腕力じゃこの拘束から逃れる事も出来ないのでなすがままになっていた。


「グレイじゃない!久しぶりねぇ、こんなに大きくなって…お姉さん嬉しいわぁ…」


「姐さん…身長は変わってないよ。てか二年前でも18だからね?」


 アンナは、昔の俺を知っているからかどうも接し方が子供相手に近い。初対面の時は、俺もまだ小学生とかだったが、彼女が引退するまで長い間色んなゲームで一緒に遊んでいた。

 それ故に、俺も彼女には頭が上がらない。リミアとは現実でも付き合いが長いらしく、ハンドルネームを現実で言うシンとは真逆で、ゲーム内で本名をぶちまける人だ。

なので、彼女がリミアを呼ぶときはフウロと呼ぶ。


「姐さん今も修道服にハマっているの?」


「もちよ!修道服っていいわよねぇ、清楚に見えるし、何より美しいし……」


「修道女の真逆を突っ走っているくせに、よくそんな事が言えますねー」


「フ・ウ・ロー?私、今日お喋りになっちゃうかもぉ」


「シスターって素晴らしいご趣味ですよね!私憧れます!」


 このように、リミアが全く敵わないという意味で彼女は凄い。いや、これ以外にも沢山あるのだが、この点だけ彼女は他の卒業生や馬鹿達を超えている。

 本当に、いい人なのだが……


「そうだ、姉さん。この子知り合いなんでしょ?遂に教会デビューしたの?」


 俺に言われた事が何の事なのかとアンナが、マリアの方を見ると、急に俺を持ち上げていた手に力が入らなくなる。それによって俺はまた床に落とされる。


「え……アンナ姐さん?どうしたの?」


「どーですかー、アンナさーん。ちゃーんと私は見つけて保護したんですよー」


 あくどい笑みでそう話すリミアと呆気にとられた様子のアンナ。

 どうもマリアの存在は、ただの知り合いだけでは済まないらしい。

 マリアを見つめる瞳は、信じられないものを見る目だ。同じように、マリアがアンナを見つめる瞳も動揺しているのか震えて見えた。


 そういえば、二人は少し似ている様な…………


「うそ、聖女せいじょちゃん?」


「お母…さん?」



わーお、まーじか




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