第23話 エピローグ② 舞い戻る彼らと旅立つ彼ら
「ほほう、それで死ぬかもしれないと分かってて突っ込んだと」
「えーと、ほら!グレイがいたから大丈夫かなあって…」
「それを俺の所為にするなよ!俺はあくまで露払いのつもりでだな」
「露払い…つまり、突っ込んだ後の事は考えて無かったと」
獅子座決着の翌日、俺とシンは、アイシャから正座させられながら獅子座決着時のシンの行動について咎められている。
まあ、目の前で自殺特攻する奴と、それを平然と援護している奴がいたら、普通は止めるはずである。
「違うんだって、ほら…ねえ、グレイ……」
「そうそう、というか勝ったんだしさ!もう過去の事は忘れようぜ!」
「………………」
さて、どうしよう。目の前のアイシャの目からどんどん光が消えているように見える。
このままでは説教は明日の朝まで続くだろう。そうなると、このミュケの街のど真ん中で延々と大衆の前に晒される事になってしまう。
そんな俺の下に救いの手が差し伸べられる。
「お嬢様ー、グレイさんをお借りしますねー」
颯爽と現れたリミアが、俺の手を引っ張って連れ出してくれた。
その姿を見ていたシンの顔は、この後の未来が見えたのか絶望の色に染まる。
「ちょっと、まだ終わってないわよ!」
「しばらくしたら返しますよー、でーはー」
「グレイ、この裏切り者お!」
じゃあな、シン。『昨日の友は今日の敵』だぜ。
リミアに連れてこられた場所は、ギルド跡地だった。
そこには、解放戦線のプレイヤーや生き残ったNPC達が復興支援の為に、必死に活動している。
壊れかけのテーブルの周りには、昨日の戦いを生き抜いた戦友達が全員集まっていた。
「お、リミアの奴ちゃんと連れてきたか。こっち来いグレイ。もうすぐ始まるぞ」
デッドマンが俺に気づくと、他の面々もこちらを向く。
「シンさんは、まだお姉様とデートしてるんですか!?ぐぬぬ…羨ましい」
「……あれはデートじゃないと思うけどなあ。そうだにいちゃん、あいつ目を覚ましたぜ」
サーカスの言うあいつとは、獅子座戦直後、何者かによって狙撃されたプレイヤーの事だ。
当時は死亡したもんだと思っていたが、意識を失っているだけとわかり、暫く安静にさせていたのだ。
彼は、集団の中から申し訳なさそうな顔で前に出てくる。
「色々と皆に迷惑をかけてたみたいだな。すまん、グレイ」
「まあお前が死んだわけじゃなくて良かったよ、JB」
ユノが意識を乗っ取っていたのは、彼だった。
経緯を聞いたところ、中央エリアに着いたこいつは、綺麗な女性を見かけたから、つい声をかけてナンパ紛いの事をしたらしい。
それが、この地に降りていたユノ本人のアバターらしく、まんまとアカウントを乗っ取られたということだ。
「これに懲りて暫くは、女性に手を出さないようにしてくださいね」
「くそっ、一番言われたくないない奴に言われた……」
ジュノーがからかって楽しんでいると、アナウンスが鳴り響く。
「来たな、アップデート情報!」
「予想では、移動手段の改善が一番候補に挙がっていましたね?」
「………なんだ、PvPじゃないんだ………」
「まだわからないぞ、あきらめんな」
それぞれが、アップデート情報に期待を寄せていると、青空教室となっているギルドからも見えるように、巨大なホログラム映像が現れる。
デスゲーム宣言時と変わらない、『ユノ』の姿だ。
「皆様、ヒロイズムユートピアを楽しんでいただけてますか?今回は、第二次大型アップデートについて、私自らが情報提供をさせていただきます。」
「楽しんでる奴って……あいつ何言ってんのよ!!」
マナロがユノの言葉が反感を買うものに聞こえていた。
対して、彼らはというと。
「誰だろう、楽しんでいそうな奴……ラプラスとか?」
「そういえば今回のゲームには、卒業生も結構いるらしいですよ。あの人達は楽しいかもしれませんね」
大佐のその発言で、彼らの空気が凍る。
卒業生は、本当にマズイ。彼らは、MBOを含めた世界5大魔境ゲーを引退した人たちだが、どいつもこいつもまともな人間ではない。
むしろ関わりたくない。以前、卒業生の一人を煽ってしまった愚かなプレイヤーがいたのだが、彼は個人情報から家族構成と何から何までを卒業生によってネットにぶちまけられた。
彼らの中には、気に入らない相手がいれば持ち前のスキルを使い相手が全力で嫌がる事して精神的に追い詰めたりする輩もいる。
共通しているのは、異常なほど執念深かったり、執着心が強い事。
また、普段はグレーからブラックな範囲の危ない事ばっかりしているくせに、何故か強い事。
「卒業生でまとも人…ほんと数人しか出てこないな。何十何百って卒業してるのに…」
「無理でしょ、にいちゃん。俺もごく僅かしか知らないよ」
特に、運営がまともに機能していない魔境ゲーでは、通報しても意味がない。故に新規は減り続けていき過疎化が進んでいく。そうして残った化け物たちにより濃密な魔境が形成されていくのだ。
卒業したのも大半は長期間ログインしなくなるからで、本当は現実で捕まったんじゃないか?と言われるのが通説だ。
そして、俺たちが問題視しているのは、居場所が簡単にばれていることだ。
デッドマンは頭を抱えて嘆く。
「マジで!?てことは今回の獅子座の一件で名前がログに記録されたから、あいつら直ぐに来るぞ」
「既に私は、アルテシア君と同盟を結びました。流石に上司とここでやりあう覚悟はありません。おそらくシベリア送りにした件を恨まれているでしょうし」
「そうか、あの人もいるかもしれないのか。ほんと卒業生の人たちって危険に愛されてるからなあ……」
まだ、諦めない。この世界は移動手段が乏しい事が欠点であり、現状の命綱だ。これさえあれば………
そんな俺の最後の希望をユノは開幕ぶち壊していく。
「また、ご要望にお応えして『ポータル』システムを追加します。こちらは、一度行った街に直ぐ行けるようになる機能です。また、フレンドシステムを一部改善しました」
はい、死んだあああ。未だにばれてないマップに逃げないといけなくなった。
「次に、マップ拡張と新たな街を既存マップに追加します。これによって、今まで進行出来なかったシナリオクエストが進められるようになりました」
このアップデートには、疑問が残る。
「そんなのNPCとかは、いきなりの追加に対応できるのか?」
「何言ってんの、NPCだからアップデートするだけでいいんでしょ。どうせ昔からあった事に設定され直しているわよ」
俺の疑問には、生気が抜けたシンを引っ張ってきたアイシャが答える。
おおシンよ……南無阿弥陀仏。
「そして、最後の告知です。一ヶ月後に、超大型レイドクエストをイベント開催します。今回のターゲットは、『ヒュドラ』。詳しい情報は追って告知しますが、一つだけ報酬をお教えします。今回のMVP報酬は『ヒュドラの毒壺』。毒使用者に相応しいアイテムとなっております」
まるで、俺の為に用意されたような商品である。
「それでは皆様奮ってご参加ください。今後ともヒロイズムユートピアをよろしくお願いいたします」
そう言って、ユノのホログラム映像は消えていった。
「どう思う?レイドの件」
「ただの大人数レイドじゃないでしょう。今度は期間を開けるみたいだし、前の獅子座より強いかもよ」
一ヶ月という期間をどう使うかで、次のレイド戦は難易度が大きく変わるようだ。
「…………私はいいや。もうモンスターは飽きた」
「俺もだな、暫くは贖罪の旅に出るつもりだし」
ミアとJBは不参加のようだった。まあ二人を止めるような人間、ここにはいないのだが。
「つーか、折角の準備期間だ。俺たちはもう西に帰るぜ」
デッドマンがミアを連れて、出ていこうとする。それに、アイシャががっくりと項垂れたシンを押し付ける。
「この馬鹿を持っていきなさい、使い道がきっとあるわよ」
「サンキュー、さあ一位さん向こう行っても逃げんなよ?」
そうして三人がギルドから出ていく。
「あばよ、一ヶ月後に会おうぜ!」
デッドマンはどうやらレイド戦に参加する気だったらしい。
次に、ヴァルキュリアの面々がぞろぞろと移動し始める。
「では、私達は南に戻るよ。色々とここで学べて良かった」
「グレイさん、一ヶ月後に会いましょう」
アオイとマナロが挨拶すると、ギルドから出ていく。
ちなみに俺はシオンから何の一言ももらってない。あいつ、シンとかサーカスには挨拶してたんだけどなあ……
ふと視線を横にずらすとアイシャが、未練がましい感じで見ていた。
「行きたいなら行けよ、妹の事心配なんだろ?」
「いや、私は別にそういうつもりじゃ…………」
「なら私はヴァルキュリアの方達と親交を深めるために南に行きますね…6人もいれば半年は楽しめますから」
ジュノーがそう言うと、ギルドを出ていく。
「ま、待ちなさい!それはダメぇぇ!!」
「成る程!次は南ですね!?お姉様が行くところミル有りです!」
アイシャが彼女を追いかけていき、更に、ミルもその後を追うように出ていく。
「私は追加されたエリアにでも行きます。上司が真っ先に来ないであろうエリアですから」
「じゃあ、俺は東に行こうっと、番長達がいるっぽいんだよね~」
「私は、しばらく静かに暮らしたいから、適当にその辺ぶらついてるね」
「俺は、このまま色んな国や街を見て回ろうと思う。そして、可愛い子にはそっと手を差し伸べたい」
こいつ、ダメだ。全く反省していない。
そうして大佐、サーカス、サフラン、JBもそれぞれギルドから出て行ってしまう。
残ったのは………
「グーレーイーさん!私と一緒に冒険しーまーしょ!」
俺は、後ろから思いっきりリミアに抱きつかれる。
そういえば、こいつはまだ出て行っていなかったんだ。
「リミアは南に行かなくていいのか?アイシャの家に仕えてるんだろ?」
「あーお嬢様達は、ほっといても大丈夫でしょう。むしろ鬱陶しいと思われそうなのでー」
自覚してたんだ…………
「それでですねー、グレイさん。とりあえずここに行ってみません?」
リミアから見せられたのは、俺も知っているの街『ケイトス』だった。
「ケイトス?ダンジョンでも潜るのか?」
「いやー、卒業生の一人がここで待ち合わせしようって言ってきましてー、一緒に冒険する事になったんですよー」
え?あの人達の誰と冒険するの?やだよ、一緒に国を滅ぼそうとか言われそうだよ。
「大丈夫ですよー、来るのは結構常識人ですよー。それに、保険も連れて行く予定ですから」
常識人?あの人達の中で?それに保険?誰だよ?
俺が混乱して、頭を抱えていると、リミアがそっと耳元で囁く。
「大丈夫、貴方は必ず守ってあげますから」
リミアは、誘惑のように俺を誘うと、外に手を引いて連れ出す。
外は、快晴の青空で、雲一つない素晴らしい景色。
「はあ、仕方ない。一緒に行ってやるよ」
「何だかんだで私の事を助けてくれるグレイさんは、本当大好きですよ」
いつも言われる言葉なので全く嬉しくもない。
しかし、放って置けなくなるのもいつもの事なのだ。
「さてと、次に会うのは誰かなぁ…」
青空の下、俺はリミアと共に次の出会いを楽しみにしながら歩き始めた。
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