第20話 鉄壁の獅子座 part【3】

「思うんだが、一回限定の切り札ここで切って良かったのか?」


「あのスキルは、基本は条件発動型でね。自分の体力を一回で消し飛ばされる時に、自動で発動するんだよ。だから、今発動したのは僕の意思というよりシステムの設定」


「使い勝手が悪いな、まあ強力すぎるから任意発動は出来ないのか」


 獅子座の業火を耐えきった俺たちは、再度展開し始める。先程よりも奴の身体は赤く染め上げられており、所々火を噴きだしている。

 前衛が獅子座に近づき始めると奴は、天井に向かって再び業火ブレスを吐く。炎のブレスはやがて天井を溶かしつくし、ダンジョンから空が見え始める。


「ラッキーですね、コーちゃん!」


 ジュノーの掛け声と共に、先の大熊座戦で大活躍した大ワシが彼女の後ろに現れる。彼女は、乗り込むと天空へ舞い上がる。


「おい逃げんなよネカマ!」


 デッドマンは、彼女が逃げたと思い呼び戻そうとする。しかし、シンはそうは思わないらしい。


「いや、本当に逃げるつもりなら獅子座は全力で殺しに行くはず。多分自分の見せ場を作れるとか思ってるんでしょ」


「居てもいなくても変わんなかったし、何か秘策でもあるのを期待しておくわ。それよりも、黒の暴君が赤の暴君になってるんだけど」


 アイシャ達の前で獅子座は形態変化をし、さらに進化していた。燃え始めていた身体は、全体に広がり、銀のたてがみは炎によって赤黒い燃えたたてがみとなる。

 今までは、大して脅威でなかった爪も炎を纏って長く伸び、攻撃範囲は先程よりも大きく広がる事だろう。


「この人数相手の最適化が炎だったってことかな。取り敢えず、遠距離攻撃が通るかの確認からだね」


 アイシャは、さっきまで獅子座を覆っていた障壁が形態変化の影響で、消えているかを確かめる為に、ヴァイオランスを撃つ。放たれた紫の槍は、何の障害にも触れず見事に命中する。


「よし通った。魔法職は、攻撃再開して」


 魔法が通る様になった事で、攻撃ペースが早くなる。獅子座の動きは、前の形態と比べて速度は上がっていない。

 しかし、炎による範囲攻撃の回数が増え、追尾で放たれる火球も数を増していた。それでも前衛のシン達は、ある程度慣れた事で回避より攻めに入る時間の方が長くなっていた。


「やっぱり早いな、もうすぐ終わりそうだ」


「そうね…もう残り4割。やっぱり彼らを連れてきてよかったわ」


 前衛で獅子座を切りつけながら、俺とアイシャは、ここまでのDPSから決着までそう長くはないと踏んでいた。

 何せシンとミルが稼いでいるダメージがずば抜けている。

 後半戦に入って、ミルは炎が纏わり近づきにくくなったのにもかかわらず果敢に攻め込み格闘家スキルをコンボのように繋げていく。


 彼女がMBOで強かった理由は、ぶっ飛んだだ。彼女は、攻撃を受ける事を極端に嫌う。それ以上に、負ける事を嫌っている。

 だから彼女は、チャンスの時や勝負所では、自分への攻撃が例え顔面だろうと半身吹き飛ばされようと自分が死のうと勝利のためであれば、躊躇なく判断し行動する。

 チーム戦では、一対一交換は必ずしていくため、鉢合わせた場合は、死を覚悟して挑まなければならなかった。


「当時は、面倒な奴とか思ってたけど、レイド系だと切り込み隊長としては抜群の適正だよな。基本バケモンスペックだから死なないし」


「あの子、どうして私にはあんな態度なのかしら……」


「そういえば、昨日ルリが絡まれてたぞ。私が割り込むと嫌そうな表情をして帰っていったが」


 アオイからの報告で、アイシャの目は点になる。一通りのラッシュを終えて回復に戻ってきたミルは、清々しい表情で、


「当たり前です。お姉さまに私以外の妹など要りません。断固拒否です!」


 きっぱりと言い切る彼女を見るアイシャの目は既に死んでいた。


「あんた、これが終わったらお説教ね」


「本当ですか!ありがとうございます!」


 アイシャは、死んだ目のまま前衛に戻り、鬱憤を獅子座にぶつけていた。俺も戻ろうととすると、後ろのリミアに羽交い締めされる。


「はーい、グレイさん。まだ最低休憩時間の分休んでませんよねー?ダメですよー」


「いや、アイシャは、もう行ってるし俺も大丈夫だって…」


「あれは、良いんです。でも、グレイさんはダメです。大丈夫、もう倒しきるまで私と一緒にここで見てましょ?もう勝てますよー」


 身体が全く動かせない、まさか…リミアより力がないのか……


 俺は、ショックを受けながら観戦し始める。すると、同じく休憩して座っていたサフランが急に立ち上がり、


「警戒!何か来る!」


 彼女の言葉の後、ちょうどアイシャが居た地点辺りの地面が黒くなる。


「藍那!!」


 彼女の立っていた所に大きな黒柱が突き刺すように生え出してくる。幸い近くに居たアオイがアイシャを突き飛ばし、何とか直撃は免れた。


「安全地帯がなくなる…サフラン、全感知できるか?」


「任せて。次からは、1ミリの誤差もなく伝えられる」


「一気に攻め込むぞ!サフラン感知したら直ぐ知らせろ!」


 獅子座の体力は残り3割を切っている。この条件で形態変化はしていないが攻撃パターンが増えた事が形態変化なのだろう。だが、これだけで終わるほど優しい変化では済まなかった。

 数秒後、地面に見覚えのある鳥が落ちてくる。その大ワシには、羽をもぎ取る様に隕石が命中している。


「目で負えない速度は聞いてねえ……」


 ジュノーは、落ちた時の衝撃で大ダメージを受けたらしく、言葉遣いも変わり瀕死である。急いでルリが回復させる。


「全員、上からも何か落ちてくる!大佐は、右に6歩。JB後ろに3歩。シンは…いいや。他は、そのまま動かないで!」


 サフランの指示の後、空から大量の隕石が降ってくる。どうやらこの形態は、意識外からの波状攻撃がメインらしい。先程天井を溶かしたのも隕石を当てるためだろう。


「くそがっ!これじゃ持久戦するにもこっちがじり貧になるぞ!」


 デッドマンの言う通り、このままではサフランに頼り切って戦い続ける事になる。彼女に正確な判断力が残っている間に、決着をつけなければならない。


「ミル、シン!あんた達は、全力攻撃に集中して!残りで火力出せる人だけ前に出て!サフランの負担が減る」


「了解です、お姉さま」


 ミル、シン、アイシャの全力で攻撃し続けるも空からは隕石、地下からは火柱、攻撃に入っているのは、現状のDPS上位三人とはいえ、流石にそこから短期決着とはならなかった。


「残り1割…『ライトニングレイ』!」


「ダメです、グレイさん!弾かれました!」


 俺やマナロといった遠距離攻撃できるプレイヤーも攻撃に参加していたが、獅子座は巧に地面から影の様なものを妨害用の柱として突き出し直撃を免れようとする。そのためか一向に削りきれる様子はなく、1割になった事による最後の足掻きなのか遠距離無効障壁も復活していた。さらに、ギリギリまで追い詰めたことによる最悪の事態に直面した。


「あ…れ…毒状態じゃなくなってる?」


 見間違いではない。確かに、獅子座の状態欄から毒の文字が消えている。何故だ、大熊座ですら最後まで残っていた。時間はあの時より短いはず。耐性も関係がない。だとすれば……


「あいつ、回復出来るのか…この土壇場で……」


「というよりあれは、にいちゃんの毒を炎で分解したんじゃない?」


「そんなリアル過ぎる解除方法があんのかよ!」


 獅子座を纏う炎は、どんどん多くなり、少しずつシン達は、近づけなくなる。彼らの体力は、少しずつであるが減り始めていた。


「まずい、近づけなくなった。毒も効かない。これ詰むぞ……」


 獅子座は、火球を出すが先程とは比べ物にならないほどの量をだし、撃ちだす。火柱と隕石が入り乱れるフィールドの中、全員散らばって避けるが、既に攻撃する暇が無くなっており、今は回避する時間の方が多い。


 ジリ貧の状態からの状態へと変わり始めていた。偶々近く回避して来たシンが提案をする。


「グレイ、頼みがある」


「なんだ、勝てる策なら何でもいいぞ」


「なら良かった。僕をあそこまで届けてくれない?」


 シンの指さす方向は、獅子座の顔であった。


「いや、お前今近づいたら炎ダメージで死ぬぞ!?」


 獅子座の周りの地面は、高温の熱で溶け始めている。恐らくプレイヤーは、数秒ほどしか持たない。


「それでもだよ。よく獅子座の体力を見て」


 言われて体力を見ると、獅子座の体力は1で止まっている。そう、1になっているのだ。


「これって……」


「もう、一撃だけでいいんだ。それ程にあれは、消耗している。遠距離無効になった理不尽獅子座に唯一の勝ち筋だ」


「だけど………」


「これは、僕が見つけたんだよ?最後の見せ場は僕にくれよ?」


 生き残れる保証はない。あの環境ダメージをさそり座の鎧とはいえ長く耐えられるはずがない。しかし、この作戦で最も成功率が高いのもこの男シンだ。


「…良し、俺もお前に賭けた。必ず道は作る。だから絶対に


 俺は、ここにいる全員の命を彼に託すしかないと決め、最後の切り札を切る。


「いくぞ、ポラリス。突然変異メタモルフォーゼコード『スライム』」


 瞬間、かの聖剣は、その形を失った。

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