幕間 とある三姉妹の優劣

 これは、私、アイシャこと結道ゆいどう藍那あいなの物語だ。


 2047年11月


 2つ上の『あおい』姉さんは、美人だ。モデルの仕事もしているし、何より明るい。スポーツは、幼い頃から薙刀や弓道をやり、高校で入ったテニス部では、全国大会に出場し、優勝していた。勉強だって頑張って、国内の有名な国立大学に現役で合格した。でも姉さんと街に出ると、いつも姉さんの素性がばれて人が集まる。私は、それが自分との差を見せつけられているようで、嫌いだった。


 2つ下の妹の『瑠璃るり』は、とても可愛い。中学3年生で、礼儀正しく人当たりがいい、成績もこの前全国模試で2桁だったらしい。趣味でやっているピアノは、先月コンクールで金賞を取っていた。瑠璃と街に出ると、必ず妹の方にだけスカウトの声がかかる。そこでも、差を見せられている気がして、瑠璃が苦手だった。


 私には、そんな才能なんてなかった。姉の様に必死に勉強した。でも姉と同じ大学には、入れず狙う大学は、1つ下のランクに落とした。スポーツも姉の様に全国大会には、行けず都大会出場で終わっていた。私は、姉の様になる事は出来なかった。受験が終わってから父と母が私を見る目が冷たく感じた。周りの大人は、直ぐに姉さんと比較する。私の価値は、もうないようなものであった。


 でも、私がダメなら瑠璃も同じはずだ、姉さんのようには、きっとなれない。そんな考えを抱いて、瑠璃と接していたのは、私の数ある間違いの一つだ。予想を裏切り瑠璃は、私や姉さんとは、違った分野で才能を見せた。父や母は、その事を大いに喜んだ。私は、姉さんと同じ事をしようとする余り、瑠璃のような生き方を選ぶことはなかった。


 だから、地方の大学の合格通知が届くと、一人暮らしを始め、必死に私だけの何かを探した。姉さんと瑠璃がやっていない事は、全て手を付けた。そうして、一年生の秋に見つけたのがVRゲームであった。VRゲームの対戦では、私は負けなかった。ここには、姉さんと瑠璃はいない、私はこの世界なら。そう思うようになってから、既に大学に行く気力は無くなった。親からの膨大な仕送りのみが毎月届く。きっと、何もない私へのせめてもの情けであろう。私は、家から出ずに、どんどんVR漬けの生活に没頭した。2年生の夏に発売したMBOなんて発売当初、徹夜でやり続けていた。


 しかし、MBO発売から三ヶ月後に彼らに出会った。私は、当時ランキング1位で最強の肩書きを持っていた。シンは、まだランキング50位で上がってきたばかりの新参者、MBOのシステムで、50位以内とならフリーマッチングで対戦出来るため、私と当たる順位だった。私は、当時ランキングマッチング無敗で天狗になっていた時期だったので、余裕で勝てると思い込んでいた。


 結果は、完敗で、私は、彼にほとんど攻撃を当てられず勝てなかった。その二日後、彼がランキングマッチングで私と当たった。ランキングマッチングは、映像がプレイヤー全員に見られるようになっている。私は、その時見ていた全プレイヤーの前で2度目の負けを喫した。その瞬間、私のランキングは2位となり、また価値が無くなってしまった。また、ダメだった、これでも私に価値がない。そのまま引退を考えていた時、彼らが来た。


「いた!グレイ、あの人だよ。僕が君以外で初めて苦戦した人!」


「へー、珍しいな。お前が苦戦するなんて。てことは、めっちゃ強いな。まあ、あの人ならみたいな事には、ならないだろう」


 彼らは、私の前に来ると、


「ねえ、アイシャさん。僕らとパーティー組んで次のチーム戦に出てみない?」


 彼らは、次回開催の3人チーム大会のメンバーに私を誘いに来たのであった。生憎今、引退を決意した所なのにだ。


「申し訳ないけど、私はもう引退するつもりなの。他を当たって」


 このゲームを続けていても、いずれ彼と比較される。それが私は昔を思い出して嫌であった。しかし、彼は、


「そんな勿体無い!そんなに強いのに辞めちゃうの!?辞めないでよ」


「一位じゃないと意味がないのよ。私は、別の事を始めるわ」


「なら、僕たちとチームで一位を取ろうよ!それなら辞めなくて済むでしょ?お願い勝つには、アイシャさんの力が必要なんだよ」


 この時、私は初めて、誰かに必要とされた気がした。だから、その時限りの付き合いで、一度だけ、そう一度だけなら、自分より優れた人間の横で比較されてもいいか、とその誘いを受けた。



 これが、私の始まり。結道ゆいどう藍那あいなの始まり。



 初めてのチーム戦のルールは、単純なバトルロイヤル。そのため、作戦会議の場では、


「やっぱり突撃して、全員倒すのがいいよね!この3人なら全部倒せるでしょ」


「2人が勝っても、俺は殺されるじゃねえか。やっぱり引きこもって潰し合いを狙った方が確実だろ」


「それ、つまんないよ。現実的過ぎ。ゲームなんだからもっとはっちゃけないと。アイシャさんは、何かやりたい事ある?」


「わ、私!?私は、2人が決めた作戦でいいわよ。後から入ったし、そういうの向いてないと思うから」


 彼は、それを聞くと納得いかなそうな表情で悩む。


「うーん、でもなー……そうだ!アイシャさんが今回作戦決めてよ。僕らは、それに従って動くからさ」


「今の話聞いてたの!?そういうの向いてないんだって!」


「大丈夫だろ、シンの案よりは、絶対いいのができる。頼む、俺が死なない作戦を作ってくれ。俺の案だと絶対こいつが反対するんだよ」


 2人にそう言われ、どうせ今回限りのチーム、引退試合のようなものだしと、イベントマップを見ながら作戦を考える。地形は、森林地帯。今のプレイアブルキャラたちだと、個人戦で強いのは、あれとあれ。でも、チームで動くなら……


「……じゃあ、私とシン君が前衛で、グレイ君が後衛。グレイ君に使って欲しいのは、一昨日のアップデートで追加された弓矢のキャラなんだけど使える?」


「大会まで、一週間はあったよな、練習しておく。一応聞くけどこのキャラって、何か強みがあるのか?初期からいる銃のキャラの方が強そうじゃないか?」


「今回は、見通しの悪い森林地帯だから、発射音の少ない弓の方がこっちの位置を悟られずにチーム全体に被害が与えられるかなって。それに、この新キャラは、攻撃力は低いけど毒矢や麻痺矢が使えるから私達が攻撃しやすいし、苦手な暗殺者系は、皆連携の為に単独行動しにくいキャラを選ぶと思うから」


 グレイは、黙って聞いていた。流石に、ずっと支援職をしてくれって言っているようなもんだし、嫌かな?


「うん、わかった。弓矢を見通しが悪い所で、狙った所に当てられればいいんだな。大会までに仕上げとく」


 あっさり、許可してくれた。嫌ではないのだろうか?


「いいの?結構地味な役割だし、暗殺者に近づかれたら何も出来ないよ?」


「んー、でも、近接戦闘やるよりは、優勝出来そうだし。後、暗殺者に殺されたら運が悪かったで済むところはいいな。それで死んでも俺のせいじゃないしな。まあ、最後に勝てばいいんだよ。チーム戦ならより勝率の高くなる方法の為に1人地味とか当たり前だしな」


 役割と作戦が決まった所で、シンが、


「じゃあ、早速明日から練習開始だね!アイシャさんも時間があったら連携の練習したいんだけど、時間ある?」


 初めてかもしれない、他人からの誘い。ちょっと、嬉しかった。


「あるわ、何なら毎日でもやるわよ」


「よし!絶対優勝しようね!」


 そこから一週間、私は、彼らとずっと一緒に連携の練習をしていた。ハンドサインや、細かな合図まで、決めていた。全て優勝のためとはいえ、誰かとこんな風に強くなろうとするのは初めてだった。姉さんに追いつくためや、瑠璃のように、自分だけの何かの探して焦っていたのがばからしくなるくらい。


 そして、大会当日、圧倒的強さを見せつけ優勝を飾った。その日の夜、解散の時に、


「アイシャさん、今日はありがとう!お陰で優勝できたよ!」


「作戦勝ちだったな。暗殺者も少なかったお陰で、弓矢の通りも良かったし」


「それでね……2人に話があって……」


 それを聞き、彼らに緊張が走っていた。勇気を出せ、私。


「私……もう少し……続けてみようとおもうの。だから……その……また、チーム組んでください!」


 言った。引退すると言った手前虫のいい話だが、いいと言ってくれるだろうか?


「なんだ、そんな事か。答えは決まってるよな?シン」


「そうだね。僕らも前々から考えてたことだし」


 2人の中では、既に決まっていたことらしい。やはり、引退すると言ったから他のメンバーを見つけているかもしれない。


「「もちろん」」


「……ほんと?」


「ああ、こんなに強いチーム解散するとか勿体無いだろ」


「そうそう、だからこれからもよろしくね。アイシャ」


 初めてだろう、自分に居場所を見つけたのは。なんでかな、涙が出てきた。


「うん!よろしくね、シン、グレイ!」


 こうして、私、結道藍那の素晴らしい人生が始まる……はずだったんだけど。実家に大学に行ってない事が翌日にばれてしまった。そのため、東京の実家に連れ戻され今は、部屋で軟禁状態である。大学は、休学扱いになったが、もう行く気すら失せている。こうして、部屋でこもっていると家にいるのはやはり辛い。2人に会えなくなったのは、もっと辛かった。次の大会は、何時からかなんて、毎日調べていた。


 ある日、部屋をノックする音が聞こえてきた。この時間だと姉さんでも瑠璃でもない。誰だ?


「失礼します-。藍那お嬢様。本日付でー、配属された家政婦の恋条風空れんじょうふうろと申しますー。挨拶に参りましたー」


 ああ、家の新しい家政婦さんか。追い返すのも可哀想だし、入れてあげよう。


「どうぞ―、鍵は開いてるわよー」


 中に入って来たのは、何故かポニーテールをした綺麗な女性であった。彼女は、私をジッと見つめているとふんふんと何か納得したようであった。


「何よ、ジッと見つめて。何かついてた?」


「いえ、話に聞いていたよりは綺麗じゃないなーと思いましてー」


 何だこいつ、何て言った?いや、綺麗じゃないなって思っても口に出すか普通、そもそも家政婦が家の人間に対しての態度ではない。


「あなた、何のようなの?馬鹿にしに来たならさっさと帰って」


「おっとー、いいんですかー。私、こんな物を持って来たんですがー」


 彼女はそう言って、私が取り上げられたVRマシンを取り出した。


「あなた、それを何処で!?そもそも何で!?」


「貴方に戻られるのも癪ですがー、これを機にさんがー、私の事を許してくれるかもしれないのでー、大変だったんですよー、貴方の事を調べてー、足がつかない偽の身分証用意してー、ここに忍び込むの」


 今、グレイって……


「あなた……何者なの?」


 彼女は、含み笑いで答えた。


「私は、ただの恋焦がれる乙女ですよ。それ使ってー、ちゃんとグレイさんにー、私の功績を伝えて下さいね。暫くはー、ここで厄介になるのでー、仲良くしましょうね」


 彼女はそう言って、帰って行った。目的が言っていた通りかは分からないが、これは、私にとっての唯一の希望だ。また、あの2人に会えるなら悪魔だろうと何であろうと力を借りよう。私は、VRマシンを被り、MBOの世界へとダイブしていった。あの2人にまた会うために。



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