第5話 『シークレットミーティング』
魔王宅に入ったものの未だ勇者エルミネの仲間と俺たちの仲はギクシャクしている。というか俺は、フリンから避けられている。一応目を覚ました時に謝罪はしたのだが、よく考えてみてほしい。いきなり跳び蹴りかまして縄で縛りつけてきた男が「君のためを思って」とか「本気で蹴ったつもりはないんだ」とか言い出したら普通嫌いになる。これはもはや不変の心理だ、一生元に戻ることはないだろう。沈黙の空気を破るようにアイシャが切り出す。
「それで?彼の誤解は解けたの?」
それに対して、全身鎧を身に纏ったままの騎士マーロックが答える。
「それに関しては、微妙なところだ。確かにこの村の人間には、何らかの魔法がかかっている様子もない。この魔王が今現在では無害であるかもしれない。しかし、ルキフェルという名前と魔王クラスが真実である以上このまま放置もできない。例え勇者様が国王に進言したとしても、彼らがそれを認めるとは思えない。」
「面倒くさいわね~。そもそも勇者なりたての子が魔王に勝てるわけないのに、ここに来たのも謎だし」
それに対して、エルミネが反論する。
「別におかしくはない!かつての勇者も普通の少女が勇者になった日に魔王を打ち取ったと言い伝えられている。なら私にでもできるはずだ」
大昔の少女はどんだけ強かったんだよ。勇者認定されたらその日に魔王討伐って普通の定義がわからん。でも、ゲームの設定だろうからちょっと強引なんだろうな。
「とはいえ、困りましたね。私の目的は今後勇者に狙われず、穏やかに過ごすことだったんですが」
会議はそこで行き詰り始めていた。すると、退屈そうにしていたシンがある提案をした。
「もうさ、ルキフェルが勇者パーティーで冒険してればいいんじゃない?魔王は適当にどっかに逃げたってことにして」
その提案にエルミネはまたも反論する。
「そんなことは不可能だ!なぜ魔王と共に行動しなければならない。仮に一緒にいても直ぐにクラスと名前で魔王とばれるだろう」
名前は、なんとか誤魔化せそうだがクラスは無理そうだよな、見られたらおしまいだし。でもクラスさえ誤魔化せれば……あ、そうだ。
「なあ、ルキフェルを王都に連れていってクラスアップさせないか?」
アイシャは、それを聞いて面白がり始め、
「アハハ、いいんじゃない?魔王の上とか見てみたいわ。というかクラス自体剣士とかに代えさせられたら一番よさそうね、それってできないの?」
エルミネとマーロックは黙っていたが、今まで口をとじていたというか寝ていたコリンが、
「できるよー、わたしもそれで錬金術師から魔導士に転職したし」
「おい、コリン!なぜ言ってしまう!」
エルミネとしては、この情報は知られたくなかったようだ。転職機能は発売前情報にはなかったはず、中央エリア限定のシステムか。もしくは、隠していたのか。
「だって、それが一番早いじゃないですか。わたしはそれで構いませんし、もう眠いんですぅZzz…」
凄いな、話し途中に眠れるとは。しかも立ったまま。
「コリン姉、言うだけ言って寝ちゃわないでよ!ああ…すみません勇者様…」
謝るフリンを尻目に、アイシャは質問を続ける。
「ふーん、できるんだ。何でさっきは不可能なんて言ったの?そんなに知られたら不味い情報なの?」
エルミネは答えづらそうにしていた。それを見たマーロックがため息をつき、話し始める。
「王都にある転職の神殿は、表向きには存在していないからだ。この世界において神から贈られた才能自体を自分勝手に変えることは許されていない…というのが王国民の一般常識となっている。しかし、それは一定のクラスに人々が偏らないようにするための方便だ。実際、王族や貴族の家系はこれを使って才能を望みの方向に偏らせている。好きなクラスは選べないが、ある程度の候補からクラスチェンジできるため利用する上流階級は多い。不可能だと言ったのは、この方法は教会が独占しており、勇者の権限でも勝手に使用できないからだ。まして、魔王のクラスチェンジなど向こうも許可はするまい」
「なんでだ?魔王が消えるかもしれない方法だろ?……おいまさか教会の支援が大きすぎるとかいうくだんない理由じゃないよな?」
幾らゲームとはいえファンタジーにありがちな設定はやめてくれ。そうなると教会と戦争とかいう長い戦いが始まりそうになる。
「そうではない。我々は魔王のクラスが恐ろしいわけではなく、魔王ルキフェルが暴れだすことが恐ろしいのだ。特に勇者クラスは魔王クラスに対して強い特攻の加護を得ている。魔王のクラスチェンジによってこの優位性が消える事は教会側も理解しているだろう。そこが許可の下りない理由だ。この男の気が変わらないという保証はどこにもない、この男の危険性がないと保証されるまでは使用許可は出ないだろう」
結構まともなんだな、この世界の教会って。くだらない考えをしていた自分が恥ずかしい。
しかし、話を聞いていたルキフェルがとんでもない提案をし始めた。
「そうです、私を勇者の奴隷にすればいい。それなら、危害を加える心配なくクラスチェンジを行えるかもしれません」
ルキフェルは名案を言ったつもりか自慢気な顔をしているが、エルミネは、
「王都に奴隷制度など存在しない、そんなことが出来るのは帝国領土の中だけだ」
「なら、私と君の間で誓約書を使えばいいでしょう。そのような物は確かあったはずです」
「魔王を縛れる誓約書などあるはずがないだろう!大抵の物は拘束しきれず燃え尽きてしまう」
「いいえ、可能であるはずです。現に俺は昔あいつに…………すみません、変な記憶が混ざり始めて……なんだったんでしょう今の記憶は」
まただ、魔王には何か秘密がある。失った記憶はクエストやゲームとは、別の部分で重要な気がする。先程の戦闘中にもこの世界のキャラクターが知らないはずの言葉を知っていた。彼は、本当にクエスト上のNPCに過ぎないのか?これら全てが運営の用意したシナリオなのか?だとしたら、何のために…………ダメだまだわからん。考えている間に、どうやら勇者側の手持ちにある誓約書で試すことになったようだ。既に机の上に誓約書は広げられている。それを対角になるようにエルミネとルキフェルが立ち残りの者たちは少し離れてその様子を見守っている。俺も離れると、2人は誓約書の上に手をかざし、誓約内容を唱え始めた。
「「我ら2人の間に絶対の誓いを創り出す。かの者ルキフェルは、人々を守るためのみ力を使うことを誓い、かの者エルミネは、ルキフェルに刃を向けないことを誓う。この誓いを破りし時、その者に死が訪れることをここに刻む」」
すると、誓約書が強く光輝く。光が収まると誓約書には、誓いの内容が刻まれていた。
「成功だ…………本当に、誓約がなされているぞ……」
マーロックは驚いているが、一部始終を見ていたアイシャが、
「ごめん、私はこういうの見るのは始めてなんだけどこれって成功なの?これ破いたら意味なくなるとかない?というかエルミネ以外から攻撃したら誓約はどうなるの?」
正直俺もそんな感じの感想だ。特殊イベントシーンを見ている気分になれたが、体感としては、何も変わったように見えない。すると、エルミネは、
「誓約書に刻まれた事が成功のしるしだ。誓約書は互いに同意がなければ成立しない。まして、魔王の死を代価にした誓約だ。確かにこの魔王は今現在では無害のようだ。他の者が攻撃すれば魔王は無抵抗になるがそのぐらいでないとクラスチェンジなど申請が通らない、これは魔王がクラスチェンジできる可能性のスタート地点なだけだ」
「ですから私は最初からそう言っているはずです。それでは早速王都に向かいましょう。私のクラスチェンジのために!」
エルミネは、マーロック達と顔を見合わせる。勇者パーティーに反論はないようで、
「わかった、では明日の明け方出発だ。私達がケイトスからここまで来るのに使った高速馬車があるから2日で王都まで行けるだろう」
そうして、話がまとまった時にアナウンスとメッセージが出てくる。
「シナリオクエスト魔王編E『シークレットミーティング』をクリアしました」
「クエスト参加者全員に称号が配布されます」
「クエストMVP:アイシャ」
「シナリオクエスト魔王編E『ラストピリオド』を開始します」
そんな勇者やグレイ達を見る影があった。その黒いローブに包まれた少女の眼は、黄色に輝いており、その目線は小屋から出てきた勇者と魔王そして魔王に近づくティナの3人に向けられていた。
「ルッキーとルミっちはともかくティナちゃんまで……それにしてもあの三人のやり取りは変わんないなあ。それにこれは、ヘラが動いてる証拠かな。なら、あっちは今この世界に降りる準備をしているはず…うん、分かってる。かならず今回で決着をつけるよ、皆」
彼女の眼は、また青く染まりどこかへ転移していった。
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