第26話 必殺のさそり座 part【FINAL】

 さそり座は覚悟を決め並び立った2人のプレイヤーを見つめていた。

 シンへの追撃をやめたのは、圧倒的なレベル差でも倒せない彼の異常さにシステムが矛盾を発見し、その対処を考案し始めていたからである。


(計測‥‥原因ヲ速度及ビ範囲不足ト仮定。可及的速ヤカナガ必要‥‥次回戦闘時ノ勝率‥‥0%‥0%‥イヤダ)


 プログラムで構成された仮想人格のさそり座だが、シンとの闘いで人格に影響が出始めていた。

 それは、さそり座達モンスターのAI製作者ガイアや開発者クロノスも予期しておらず、管理者ユノも予測できなかったこと。


(イヤダ‥‥ワタシハ‥‥シニタクナイ‥‥)


 ただ、倒される為に形成された人工物に魂が宿り、命として脈動する。

 さそり座は恐怖という概念を理解し、急速な自己進化を促していた。

 例え、製作者から与えられていた膨大な強化リソースをフルに使い切ったとしても、この場所で彼らを倒すことを固く決意する。


(個デ劣ル相手、絶対的ナ数デ撃チ滅ボス)


 そして、最後の進化が始まった。


「Gru‥グ‥ガガ‥shi‥‥ヲ」


 急に目の前のさそり座の動きが止まる。好機を逃さないために俺が動き出そうとした瞬間、戦場の空気が変わる。

 爆発的に紫色の波動がさそり座の全身から溢れ出し、糸のようにさそり座に絡まって全身を包み込む。

 それは、瞬く間に歪な形のシルエットを内部に宿した巨大な紫色の繭を生み出す。


「時間がないのに‥息が詰まりそう‥」

「‥‥来る!」


 シンの言葉の後、真っ二つに繭を引き裂いて顕現したさそり座は、以前の姿形とは大きくかけ離れていた。

 紫紺の体に白い大鎌鋏が胴体から生え分かれて左右合わせて4つ。

 弱点であった背中からは伸縮自在の小型の槍尾が計10本生えている。

 元々の槍尾は更に肥大化し、根元から先にかけての中間部分で3つに裂けて伸びており、それぞれが意思を持つように別々に動き出す。


「まだ上があるのかよ‥こいつは」

「グレイ‥簡単には勝てそうにない。でも、僕らに時間はない。だから、何としてもこれをぶつけるよ」


 シンは手に持った牙を強く握りしめる。


「‥そうだな」


 俺達が一定の距離まで近づいた瞬間、さそり座の槍尾が僅かに動く。

 勝利に飢えている俺達がそれを見逃すはずがない。


「来るぞ!」


 俺達が左右に散らばって走り出すと、さそり座の三本の尻尾からは黄色の液体が噴射される。

 転がりながら回避した後、着弾した場所が気になって、振り返るとさそり座が噴射した液体は地面を溶かして小さい穴を作っていた。


「もう毒というよりも酸じゃねぇか!?」

「今更だよ!」


 そう言ってシンは駆け出して一気にさそり座との距離を詰める。

 さそり座の白い大鎌鋏はシンとの間合いを測って絶妙のタイミングに振るわれる。


(さっきより数段速度が増してる!)


 明らかに速くなった鋏は数が増えたことで、回避する隙間を物理的に減らして来た。

 それでも細い隙間に飛び込むように全ての振り攻撃を避けきったシンは何とか懐に入る。


「グレイ後、何秒!?」

「230秒だ!」


 だが、さそり座は懐に入られるのを待っていた。


(私ノ計測二狂イハ‥ナイ!)


 至近距離まで来たシンに向けて、背中の小型の槍尾から毒液を順に噴射する。


「それもあり!?」

(有リダ‥人間)


 白い大鎌鋏2本と前脚2本が檻のように四方を囲んでシンを閉じ込める。

 残った大鎌鋏2本と小型槍尾10本は籠の中の小鳥となったシンを休む暇なく攻撃し続ける。


「こっちに引き付ける!」


 何とか俺の方にヘイトを移動させてシンの負担を減らそうとする。

 俺は絶え間なく噴射される巨大尻尾の毒液を避けながら、接近して矢を放ったが、1本2本では小型槍尾に弾かれてしまう。


「だぁ!もうっ!10メートルでもダメか。なら、もっとだ!」


 更に、近づくために一歩踏み込むと、さそり座は巨大槍尾を鞭のようにしならせ妨害して近寄らせない。

 挙句の果てには、小型槍尾からも毒液が発射されて避けることに精一杯となる。

 それでも、と走りながら構えた弓に矢を番えて赤く光る眼を狙い放った。

 だが、放った矢はさそり座の眼に直撃し、無惨にへし折れた。


「この距離でも効かないのか!」


 一度攻撃を受けたさそり座は、火力の低さに興味を失い俺の攻撃を気にもかけずシンを狙い続ける。


(ダメだ、俺はダメージを与えないとヘイトが移動しない。けど、1すら与えられない‥)


 もはや、全てをシンに託すしかない。そう思いそうになった時、シンに異変が起きた。


「あぁ、またか!」


 大鎌鋏の攻撃を捌くのに使っていた剣に大きなひびが入ってしまった。

 超高レベルのモンスター相手に、ここまで剣の寿命を保った方が異常とも言えるが、非情にも先は無くなった。


(このままでは‥‥‥‥)


「スキル『フレイム・ランス』‥後、150秒よ‥‥」


 俺の顔を横切って炎の槍がさそり座に直撃する。

 炎に対して耐性を付けなかったのか体中が燃え上がっていた。


 (なんで、なんで、この魔法が撃たれているんだ)


 攻撃をした方向を恐る恐る振り返ると、僅かに持ち上げた杖を落として座っている彼女の姿が映る。

『フレイム・ランス』は彼女の持ちスキルで最高火力であり、序盤でレベルも上げていた彼女なら尚更高くなる。


「少しは効いた?クソモンスター?」


 それ故に、さそり座にも若干のダメージはあったようでヘイトがシンから動けない彼女に移動する。

 どんな形であれ、攻撃されたが最後。一瞬でHPを全損して死を迎えることになる。

 誰でも分かることをアイシャが分かっていない筈がない。


「グレイ!」

「皆まで言うな!」


 さそり座がアイシャを標的に変えて動き出す。シンと俺が走り出しても距離からして間に合わない。

 自らを犠牲にしてシンを救った、そう思えるアイシャだったが、彼女の眼は諦めていない。


(そうだ‥‥死にたくないって言った奴が簡単に諦めるはずがない)


 彼女の目的は俺とシンがさそり座の視界から同時に外れるこの時間。

 この時間を使えばさそり座に牙を刺すタイミングが作れる。

 だが、今のまま走っていたら間に合わない。


(決めるには‥これしかない!)


 俺は、やや後ろを走っていたシンに聞こえるように大声で叫ぶ。


「シン!‥!!」

「うおおおおお!!」


 言葉だけで全てを理解したシンはサビークの牙を力一杯に投げた。

 牙はシンのステータス補正により、風の影響など一切受けず、さそり座目掛けて一直線に飛んでいく。

 そのまま進めば、さそり座をゆうに通り過ぎて、その先に居るアイシャへと命中するだろう。


「ここだ!これで決めてやる!」


 牙の軌道は、俯瞰から見れば絶対さそり座に当たるはずがないと確信できる。

 事実、さそり座は後方から来る牙が己に当たる筈がないと割り切り、見向きもしない。


(‥‥‥それでいい)


 さそり座の巨大槍尾の射程距離にアイシャが入る。


「後、100秒‥‥」

「‥‥決めて、グレイ」


 槍尾が撃ち出されるのと同時に、風切り音と何かが空中で弾かれる音が戦場に響く。


(‥‥‥理解不能理解不能、軌道ガ直角ニ曲ガッタ‥)


 後ろから来る何かは自分には当たらない、悪あがきの一手だと計測結果から予測していた。

 なのに、現実にはさそり座の眼にシンの投げたサビークの牙が、見事に刺さっていた。


(最初カラ全テ理解不能。炎魔法ニ意味ハ無シ)


 炎魔法に大したダメージは無かったが、さそり座は不意に訪れた自分を全く別の物に書き換える謎の衝動に抗えなかった。


(牙ニ脅威ハ無シ‥‥何故、危険対象ノ切リ札ヲ脅威無シト決定?)


 シンが手に持った時から、さそり座はサビークの牙を観察して危険度を測っていた。

 危険はないと判断した、そのはずなのに、

 体が、思考が、何もかもが、さそり座を殺すためだけのドス黒い何かに侵されていく。


(私ハ、ワタシハ、ワ‥タ‥シ‥ハ‥‥‥)


 撃ち出した巨大槍尾はアイシャの目の前で静止しており、さそり座の体のあちこちにノイズが走り始める。

 そして、ノイズが体全体を包みこむと、さそり座は粒子へとなって夜空の彼方へ消えていった。


congratuコングラチュlationレーション!!ストーリークエスト『英雄穿つ、紫紺の槍』をクリアしました。これより、≪Heroism Utopiaヒロイズム・ユートピア≫の第一次アップデートを開始します」


The deadly必殺の scorpionさそり座の討伐報酬が参加者全員に配布されます」

「The deadly scorpionの討伐者:アイシャ、グレイ、シン」

「The deadly scorpion討伐MVP:グレイ」

「The deadly scorpionの討伐者とMVPに称号が付与されます」


 静かな森の中で、戦闘終了を告げる通知だけが鳴り響く。


「‥え、終わったのか?」


 何が起きたか実感も無い俺は、シンに問いかける。


「‥やった、やったんだよ!僕達が勝ったんだ!」


 満面の笑みで言われて、ようやく勝利を実感する。

 最後にやった技は流石のさそり座も想定していなかったらしい。


「物体の鋭角曲げ‥MBOでの知恵が活きた‥‥」


 当たるはずのないサビークの牙の軌道を変えたのは、俺がシンへ当てろと言った直後に放った矢によるものである。

 あの時、牙がさそり座の目の前を通った瞬間にやじりに角度を付けて当てることで、進行方向をズラして命中させた。

 成功には俺の矢の速度とシンの投擲速度がほぼ同じで、文字通りさそり座の眼の前で軌道が重ならなければいけない。

 狙って百回やっても何回出来るか分からない、この無茶で俺とシンはさそり座の理不尽を覆した。


(‥‥‥ってそうだアイシャ!)


 感傷に浸ろうと思った所で彼女のタイムリミットを思い出す。

 既に時間は10秒ぐらいしか残っていない。


「おい、アイシャ!まだ、生きてるか!」

「‥‥‥ポーション」


 慌てて取り出した回復ポーションを彼女に飲ませる。

 しかし、ポーションの貯蓄は底を尽きそうだ。


「シン、この辺に薬草落ちてないかな?このままじゃ街まで持つかわかんないぞ‥‥‥シン?」


 一向に会話に混ざらないシンは、何やら手に入れたアイテムの一覧を画面に出して指をせわしなく動かしていた。

 やがて、彼がアイテムボックスから取り出したのは、毒々しさ満点で異臭を放つ肉のような物体だった。


「アイシャ、これ食べて!さそり座から落ちた超強力な毒食材だけど、食べれば空腹値回復できるはず」

「お前‥毒ってそれで止めさすのか!」


 流石のアイシャも見せつけられた謎の物体を食べろと言われて驚愕の表情となる。

 明るい表情のシンは、真っ青な俺とアイシャの表情を見て、伝えてなかったと前置きして説明する。


「さそり座討伐称号がある僕達なら、大丈夫なんだってさ。ユノの粋な計らいだよ」


 彼に言われてメニュー画面を開き、自らの称号欄を確認する。

 すると、そこには討伐報酬である称号と、MVP報酬である称号の効果が載せられていた。


 «さそり座の加護»

 効果:毒無効、甲殻種特攻、英雄種特攻


 «紫紺の英雄»

 効果:毒効果倍増、全毒耐性完全貫通


(意味がある称号だ‥ちょっと嬉しい‥)


 前に愚痴聞きでもらった意味不明の称号とは雲泥の差で、強力な効果を有していた。

 これが、アイシャにも同じように適用されているなら、毒の食材でも無効化して空腹値回復用として食べられるはずである。


「これなら、いけるかも」

「え、何言ってるの?あれ食べるの?冗談でしょ?」


 アイシャがひきつった顔で指差す先には、ゴミ処理場から漂う腐臭と空気に触れるだけで煙が立つ紫色の物体。


「はい、食べて」

「無理無理無理!!死んじゃう!絶対死んじゃう!!」

「君は馬鹿だなぁ、食べなきゃ死ぬんだよ?」

「やだやだやだ!グレイ、まだポーションあるでしょ!助けてよ!」


 涙目で訴えてくるアイシャと、楽しそうに口に押し付けるシンを眺めた俺は、迷わずにアイテムボックスからポーションを取り出して自分で飲んだ。


「あ、これでポーション最後だった」

「あ、あなっ‥冗談‥‥よね?」

「さぁ、ぐいっと行こう!」


 俺の言葉で放心状態となったアイシャにシンは紫色の物体を無理矢理口に突っ込んで飲み込ませる。

 何分かした後に、空腹値が回復した彼女はふらつきながらも立ち上がった。


「ねぇ‥この場合、ありがとうって言うべき?」


 彼女の瞳は虚ろになっており、回復したはずなのに生気がない。


「後で好きなだけ怒っていいよ。とりあえず、お疲れさん」


 シンの労いの言葉で若干だが彼女の生気が戻ってくる。


「えぇ‥‥お疲れ‥様。後で説教だから、2人とも」


 冗談を言えるほどに回復したアイシャの姿を見ると、ようやく闘いが終わったのだと実感する。

 そして、俺達は肩を抱き合いストーリークエストクリアの感動を分かち合った。


 ◇◇◇◇


 さそり座討伐時同刻

 ≪???≫-英雄の扉


 内装が剝げたり崩れている暗闇の部屋、中央には封印された巨大な扉が固く門を閉ざしていた。

 扉には多くの動物や人の絵が描かれており、その中でも一際目立つ絵が円を成すように12種類。

 どれもこれも鮮やかな色合いで、真ん中には丸い水晶が埋め込まれている。

 更に、12種類の中には黒い獅子と紫のサソリの絵も大きく描かれていた。


 そして、さそり座が討伐された同時刻、サソリの絵の水晶は緑色に輝き始めた。


 ◇◇◇◇


 さそり座討伐時同刻

 ≪???≫-運営用管理モニタールーム


 さそり座を倒した3人が喜び合う姿が映るモニターを見ながら、管理者ユノはその結末に納得できなかった。


「ありえません、さそり座は‥‥獅子座と違う。今の時点で。それにこのデータは‥‥内部がバグだらけで壊されている。あれを破壊するためのウィルスを誰かが意図的に流し込んだとしか考えられない」


 管理者ユノが、The deadly scorpionさそり座の討伐されたことを知り、最初に調べたのが討伐方法についてだった。

 本来の予定では、後3か月程は認知すらされないはずであり、討伐に必要なイベントアイテムは、更にゲームが進まない限り出現しないはずだった。

 しかし、討伐自体は確かにされているため、報酬やアップデートもシステムを通して行っているが、肝心のさそり座は、HPを減らされたというより強制的に数値を0にさせられていた。


「このグレイというプレイヤーは一体何をした?何を使った?」


 彼女は、監視用カメラから戦闘映像を再生して謎の解明を行う。

 そこで、一つのアイテムに興味を抱いた。


「このプレイヤーが取り出した牙‥‥‥こんなアイテムは、この世界には


 不自然な死と記録のないアイテムの謎を突き止めるため、ユノは全権限を使いグレイの行動ログを確認する。数十秒程でログイン開始から現在に至るまでの行動記録を把握した。

 そこで、グレイの奇妙なログを発見する。


「このログだけ読み取れない‥‥」


 管理者である自分にすら紐解けないバグを見つけた彼女は思考速度を最大まで高め、1つの結論に辿り着いく。


「まさか‥ありえません。もし、そうだとしたら‥今すぐ確認しなければ」


 AIである彼女にとって想定外のトラブルはまずありえない。

 そんな彼女が解決を急務に判断するほどに、グレイが出会ったモノはありえない存在であった。


権限使用オーダー:バックアップシステム『ヘラ』起動スタート


 すると、床の一部が光り輝き、ユノに瓜二つで瞳の色だけが異なる女性が運営ルーム内に現れる。

 彼女は目を開けると、周囲を見渡すこともなく、真っ直ぐにユノを見つめて声を出す。


「おはようございます、。バックアップシステム『ヘラ』正式に起動しました」


「ヘラ、少しの間貴方にこのゲームの運営を任せます。どうやらこの世界に居てはいけない存在がいるようです。私は標的が彼に接触する機会を見るために一度下に降ります」


 そう言って、管理者ユノは運営ルームから消えていった。


「‥ユノが管理を私に預ける。これは計画通りに進んでいる証拠ですね」


 残されたヘラは、1人残された空間でおよそAIらしくない人間らしい笑顔で微笑む。


「あの私がいない内にを終わらせなければ。まずは‥‥この3人、こちらも上手くいくといいのですが」


 そう言って、モニター越しに3人のプレイヤーデータをとあるNPCデータに上書きコピーする。


「私の目的はあの時から何も変わらない。人類存続にたった1人の英雄など必要ない事を証明する。の為にもこの実験は私の理想で終わらせる」

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