第25話 必殺のさそり座 part【4】
木に寄りかかるアイシャは、へたり込み顔を伏せる。
「やばい、時間切れだ!飢餓状態に入ってる」
「グレイ!ポーションで延命!さそり座は僕が引き付ける!」
ついにやって来た彼女の飢餓状態により、さそり座と正面切って戦えるのはシンだけになる。
しかも、アイシャは側で誰かが回復させ続けない限り、HPが減り続けて死亡する。
「‥任せたぞ、シン」
「行きなよ‥僕なら心配ない」
貴重な攻撃役の欠如により、絶望から巻き返していた現状が反対へと転がっていく。
今の俺が出せるダメージは雀の涙みたいな威力で毒矢が無ければ、幽霊のような存在である。
無力さに打ち拉がれたくても倒れた彼女の前ではそうもいかない。
無我夢中で駆け寄ると、頭の上からポーションをぶちまける。
「ほらっ!これで生き延びろ!」
「ゲホッゴホッ‥贅沢は‥言わないけど‥せめて飲ませて」
慌ててポーションを彼女にぶちまけたが、普通に飲むくらいは出来るらしい。
彼女に手渡すと、ゆっくりと自分のペースで飲み始める。
「脚に力が入んないわ‥歩くのは無理ね」
「大丈夫だ。まだ、ポーションは充分あるぞ。レベル上げの為に薬草も取っておいて良かった」
「そういえばシンは‥彼、大丈夫なの!?」
アイシャに言われ、戦闘状況を把握するために振り返ると、開けた森ではシンとさそり座が真っ向から激突していた。
「さぁさぁ、もっと加速できるだろ!」
「Gruuuuuu!!」
森の中にさそり座を引き連れて、遮蔽物を増やすと2つの大鎌鋏と伸縮する槍尾を1人で見事に避けきっている。
「そらっ!足下がお留守だよ。スキル『ハイジャンプ』からの『アクセルスラッシュ』」
更に、足元付近まで飛び込むとレベル上げしたステータスによって可能になるハイジャンプを用いてサソリの背中に飛び乗りスキル攻撃をする。
「うおりやぁぁぁ!!」
さっきまでに比べて圧倒的に回避速度と攻撃頻度が上がっている。
おそらく、普段以上に無理をしてさそり座との安全マージンを捨てて斬り込んでいるのだろう。
尋常ではない集中力の使用にシンの表情から苦しさが垣間見える。
(1人で戦えるお前がいて、本当に良かった)
動けない彼女を置いて逃げる選択肢は、端から存在していない。
ならば、今すぐに倒せる可能性を見つけなければいけない。
さそり座には致命的な弱点があるのか、もしくは特殊な勝ち方が存在する敵なのか、それを延々と考える。
「弱点部位は今の所見せてない‥特殊な勝ち方を要求するには攻撃が通り過ぎる‥‥」
脳味噌をフルに回転させて、出した結論は勝ち目無し。理不尽を覆す技術もステータスも人も足りていない。
「ダメだ‥どれか一つでもあれば可能性があったのに‥」
もはや、都合良くさそり座を一撃で倒せるモンスターが現れない限り、勝つのは不可能だ。
だがしかし、そんな事が起こりえるはずがない。
(特殊NPCも居ないし‥特殊アイテムだって‥‥)
その時、出立した日の朝、アイテムボックスに入った謎のアイテムの存在が頭をよぎる。
(いや‥博打過ぎる‥やっても効果がない可能性が高い)
しかし、俺の頭にはあの不思議な少女との約束が何度も何度も呼び起こされる。
(‥‥そうだよな、また会おうって約束されたんだよな‥‥‥)
彼女のことはヘビを連れた謎の召喚士エレネとしか分からない。
彼女から貰った物にどれだけの効果や価値があるかも分からない。
「君が勝利の女神であることを祈るよ‥エレネ」
あらゆる手を使わず、約束を破るのはごめんだった。だから、一欠片でも可能性があるならやってみよう。
(その結果として、死んだら‥すまん、紫音)
エレネの贈り物に賭けた俺は、地獄へ相乗り出来るか彼女へ確認を取ることにする。
そして、木に寄りかかっているアイシャに俺は躊躇いなく告げる。
「アイシャ、今から俺はシンの所に戻る。ポーションはHPの最大まで使うけど、多分それっきりだ。減少速度からして350秒がリミットになる」
項垂れた状態の彼女は眉一つ動かさず、最後の力を振り絞り答えた。
「‥‥良いのよ。元々私が‥」
顔を覗き込むと、全てを悟ったかのような焦点の合わない虚の眼が目に入る。
見るも無残な姿にこみ上げる感情をぐっと堪えて、最後の説得を始める。
「だから!残りの命は俺にくれ!残り350秒の余命を俺に預けてくれ」
彼女の瞼が微かに動く。瞳には僅かに光が戻ってきた。
「勝算が‥あるの‥‥?」
「ある。最後で最強の切り札が」
成功する確信はない。だが、今は彼女にエレネの話も失敗の可能性が高いことも伝える暇は無い。
ただ、俺を信じてくれ、と全ての想いを込めた瞳で目を合わせる。
時と場合によれば詐欺とも言える説得だったが、彼女は俺の瞳をジッと見つめて深く頷く。
「そう‥なら、そのプロポーズは受けたわ」
そして、彼女は安心したように優しく笑う。
「ありがと‥‥でも、何でプロポーズ?」
「さっさと‥行け!」
了承を受けた俺は手持ちこポーションで彼女を回復させて、一番効果の高い物を一つ瓶のフタを開けて彼女に持たせる。
「数値が危険域になる手前で傾けろ。それで最大値まで回復して、そこから350秒は目を離すなよ?」
「えぇ、わかったわ。観客として楽しみにしてる」
笑顔に満ちた彼女を置いてシンの元に戻る。
俺の足音に気付いた彼は一旦さそり座と距離を取る。
対して、さそり座はこちらが2人になったことで警戒を強めて距離を保つ。
「グレイ!アイシャは大丈夫なの?」
「350秒でケリをつける。切り札行くぞ!」
ここまで、長く厳しい状況が続き、流石に疲れた表情をしていたシンが切り札と聞いて笑顔になる。
「もしかして、一発逆転の作戦でも思いついた?」
「ああ!1%の賭けに乗る俺を信じて戦えるか?」
「当たり前。君となら地獄の果てまで付き合える」
シンという男はほんの僅かでも勝率が残っていれば、無理難題にも喜んで手を伸ばす。
そんな彼だから過去の付き合いの中で何度も助けられた。
(今度もかなりの無茶を押し付けるな‥)
そう思いながら、俺はアイテムボックスの中から彼女に貰ったアイテム“サビークの牙”を取り出す。
シンは見たことのないアイテムに目を輝かせた。
「いつの間にそんなアイテム手に入れてたの?それが切り札?」
彼女から貰ったこの牙には何かがある、という確信はない。
1人の少女がお礼で渡した物が全てを変えられるとは到底思いつかない。
でも、あの日、彼女の神秘的な雰囲気に俺は何かを感じた。
「ああ、刺せばもしかしたら倒せる。でもダメなら手詰まり。俺とアイシャはリタイヤだ」
「2人だけじゃないよ、僕もそろそろ武器が限界でね。あれと一生は戦っていられない」
そう言って、ヒビの入った剣を俺に見せてくれる。
「なら、負けたら全滅か。シンプルでいいな」
「で、どっちが刺すの?グレイ?」
本当はそうしたい所であるが、絶対に成功させるなら、ここは俺ではない。
「シンが刺してくれ。余裕で背中に行けるだろ」
「グレイがヘイト稼いでくれるから、さっきよりやりやすいね。任せて」
(あぁ、任したぜ‥天才)
サビークの牙をシンに渡した俺はさそり座に向けて弓を構える。
その時、背後から大きな声援が送られた。
「飲んだ、後350秒!冥土の土産に祭を見せなさい!」
「そこで見てろ。理不尽すら覆す無茶を!」
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