第22話 必殺のさそり座 part【1】 

≪北エリア 始源都市ヘネロポリス≫-グラフィラス森林地帯 奥地

 遭難2日目 19:00


 月明かりは木々で遮られ、視界はままならない夜の森。風が吹いて木の葉が揺らめく音は風情を感じさせるが今は楽しむ余裕がなかった。

 夜の森を進む間、何処からか月夜への咆哮が耳に届くと、息を殺して身を潜める。


(これで、木の上に何か隠れていたら逃げようがないな)


 夜に目が慣れ始めても、昼間と同じようには動けない。先制されれば圧倒的なレベル差によるステータスの暴力が待ち構える。


(シンには感謝だな。この策に必要な天運と直感を持ち合わせてる)


 光るモンスターという曖昧で僅かな可能性に賭けて、魔物蔓延る森を進むには、ここぞという時に発揮される絶対的強運と電磁砲すら感知する第六感が成功の鍵である。


(アイシャの様子は‥まだ、大丈夫そうか)


 こうしている間にも、アイシャのタイムリミットは迫ってきている。残りの空腹値から推定して、後5時間しか彼女は動くことが出来ない。故に、事は慎重に慎重を重ねて進めなければならない。


 ◇◇◇◇


 日没までに考えた探し方は最もシンプルで古典的な方法に落ち着いた。


「やり方はシンプルに行く。シンを先頭に一列縦隊」


 俺が提案したのは3人縦に並び前の人の肩に片手を置き、一番前のシンが前方、二番目のアイシャが右方向、一番後ろの俺が左方向だけを見ながら進むやり方である。

 メリットは視線を3分割することによる索敵の効率化。

 2人に意見を求めると、早速シンが口を出す。


「背水の陣だし、いっそ散開するのは?芋虫縦隊だと速度が落ちて移動距離は少なくなるよ?」

「散開したら合流まで時間がかかる。通信機能無いし」


 今回は誰か一人だけ助かれば良いわけではない。そもそも散開は敵との遭遇率も高くなる。


「視線を固定するのは頭が邪魔だから?」

「それもあるけど、首回してたら無駄に疲れるだろ。これは横隊でもあんまり変わらないし、今はこれ以上が思いつかない」


 結局、固まって動くことは確定で、後はどれだけ音を出さずに暗闇の中、連絡を素早くできるかという一点のみ重視した方法だ。


「私は特に思いつかないわね。通信手段の制限がある以上3人同時の移動方法はこれくらいでしょ」


 彼女の考えが決めてとなり、作戦はこの案が採用された。


 ◇◇◇◇


 作戦開始から2時間程たった頃だろうか。首を固定したといえ、歩き続けて脚に疲れが溜まり始めていたころ、俺は左方向に黄色く小さな点が右往左往するのを見つけた。


(来た!見つけた!)


 すぐさま、前のアイシャの肩を叩く。すると、アイシャも黄色い点が見えたようで、シンに伝える。


「見えたな?行くぞ」


 3人とも確認出来たことで、黄色い点に向かって進み始める。

 その点に、近づけば近づく程点から光が見えて、点の大きさも段々と大きくなり、すぐ近くにいるということが分かる。


(お婆さんの言ってた光ってのも納得だよ‥後光が凄まじいや‥)


 そして、川のせせらぎが聞こえてくると、その光を放つ者の正体が露わになる。


(これが‥光の正体‥)


 様子を伺うために、3人で木の裏に隠れて覗き込むと、黄金に輝く勇猛な角と、青々しい蹄をした一頭の鹿らしき生物がそこに居た。

 その鹿は、近くを流れる小川で水を飲んでいて、こちらには気づいているようには見えない。

 とても煌びやかで神々しく、ただのモンスターでないのは理解できた。


 アイシャはそれを見て思わず一言呟いた。


「綺麗‥‥」


 隣で見ていた俺も同感だった。

 すると、彼女の声に気づいた鹿が、気配を察してこちらを向く。運悪く目が合ってしまったので、隠れるのを辞めて前に出ると、鹿は俺の所まで歩み寄り、鼻で何かを嗅ぎ始める。


「なになに‥どうした。鹿煎餅は無いからな?」


 言葉が通じるか分からないが、鹿は俺が持つ何かに惹かれていた。

 咄嗟にお婆さんから受け取った御守りを思い出して、アイテムボックスから取り出すと、鹿は俺の手ごとばっくりと咥え込んだ。


「ひぇっ!嘘でしょ!」

「グレイ!」


 俺が攻撃されたと勘違いしたアイシャが出てくると、鹿は踵を返して逃げ出した。


「シン、アイシャ。あの鹿が俺たちの最後の希望だ。絶対見失うなよ!」

「わかってるよ脇目も振らずに走って!」


 駆け出した鹿を追うと決めたからには、もう隠密など気にしている余裕はない。例え、見つかったとしても、鹿を見失えばそれで俺達は詰みとなる。

 追いかけていると、途中で見覚えのあるカマキリ達に出会した。


「グラ・マンティス!しかも群れだ」

「構わず駆け抜けて!私達なら躱して追える!」


 敵意を持ったカマキリ達の振り下ろす鎌を飛んで、走って躱して進む。

 ここまでの動きが出来るのも、あの鹿を見つけられたから湧き出てくる勇気と希望のお陰であった。


(くそっ‥速すぎる‥光が遠くなっていく)


 森を駆け抜ける鹿のスピードは流星のように凄まじく、一瞬で夜の闇に消え去ってしまった。

 ついに、3人とも見失ってしまい脚を止める。完全に黄金の鹿を見失ってしまった。


(もうこれで万策尽きたか………)


 天を仰ぎ俺が諦めようと思った時、シンが歓喜の声を上げた。


「グレイ!成功だよ、現在地が森林地帯になってる!」


 シンの言葉に驚き急いで俺も現在地を確認する。そこには待ち望んだ単語が記されていた。


 ≪北エリア 始源都市ヘネロポリス≫-グラフィラス森林地帯


「やったぞ、やったんだ。俺たちは帰ってこれたんだ!」


 アイシャを見ると、嬉しすぎたのか涙を流している。


「また、泣くのかよ」

「うるさい!泣いてないわよ!バカ!」


 マップも回復して現在地が示されている。

 森林地帯も奥地を出れば木々が少なくなり、月明かりで視界もある程度は把握できる。

 このまま東に進めば一時間足らずで森を抜けれるだろう。

 一度平原に出れれば雑魚モンスターはシン一人で対処できる。

 今日中に街に辿り着ける。


 (これで、俺たちは生きて帰れ‥‥‥‥)


「グレイ!上だ!避けろぉぉぉ!!」


 シンに、言われたことを俺は瞬時に理解出来なかった。一瞬時が経ち、何が起きたか理解する。俺は上から何かが来る事だけが感じ取れた。上を見上げると巨大な棍棒が振り下ろされている。棍棒が振り下ろされるまでは、ほんのわずかな時間であったが、体感はとても長く感じていた。


 (‥‥なんだよ‥‥‥これ‥ここまで来て‥‥‥俺は‥死ぬのか‥‥)


 アイシャは、何か叫んでいる。もう棍棒は俺の真上だ、シンがこちらに走り出しているのがスローモーションで見える。それが間に合わない事も頭より先に本能で理解した。このままでは、俺は確実に棍棒が直撃して殺されるだろう。

 もう俺にはどうすることもできない。


 (嫌だ‥‥俺は‥‥‥死にたくない‥)


 だが、棍棒は俺の頭の上で何故か止まった。

 そして、スローモーションだった世界が一気に動き出す。シンが走って来て俺を抱え、そこから離脱する。何で俺は生きているのか不思議でシンに問いかける。


「シン、今、何が起きた?何で俺は、無事なんだ?」

「いきなりの事で‥僕も‥‥グレイの上から何かくる事しかわかんなかったから」

「グレイ、シン!あれ!」


 アイシャが指差した所には、棍棒を持った巨人が胸を大きな何かで刺し貫かれた姿であった。その槍のような物が抜かれると、巨人はポリゴンの欠片となって粒子となり消えていった。

 何かがいる方へ自然と目線が移動する。

 月明かりによって照らされたのは、深紅の眼を光らせ、こちらにハサミを向ける紫色の巨大なサソリだった。


「Grrruuuuuuuu!!!!!!!」


 鼓膜が破れそうな寄声でサソリが咆哮する。それにより周りの木々が衝撃で揺れて騒めく。その深紅の瞳は俺たち3人をしっかりと捉えている。


「この大気が震える感じ‥と同じだ!」


 シンが述べた直後、アラーム音と共にアナウンスが発せられる。


「これより、ストーリークエスト『英雄穿つ、紫紺の槍』を開始します」


 希望をつかんだ先で最悪の絶望に追いつかれる。

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