第23話 必殺のさそり座 part【2】
「2人とも走れ!あれは常識外の化け物だ!」
俺達は森の中を東に走りぬける。その様子が視界に映ったさそり座は小さな目から炎のように赤いオーラを溢れ出し、周囲の木々を大きな鋏で紙を切るように斬り裂いて追いかけてくる。
(こんな化け物がどうしてこんなところに‥)
そう思いつつ、さそり座が移動に邪魔な木を伐採する間に、少し離れた大木の後ろへ3人で身を隠す。
こっそりと顔を出して様子を伺うと、さそり座は今も木を斬り倒しながら俺達を探していた。
アイシャは解析をかけ得られたステータスを俺達に送ってくる。
名前:
レベル:閲覧不可
HP:閲覧不可
MP:閲覧不可
予想はしていたが、あまりの常識外れに呆れてくる。想定外のイベントで遭難して死にかけたと思ったら、今度は獅子座と同格のモンスターを倒せというのか。
(あの管理者はこれにどうやって勝たせるつもりだったんだよ。レベルおかしいだろ)
「おい、アイシャ。なんか戦略はないか?」
「今考えてるわよ!でも時間がどう頑張っても足りない。最善策は撤退なんだけど、ダンジョン内の獅子座みたいに逃げようとしたら、加速するかもしれない。平原で追いつかれたら隠れる場所も無い。ねぇ、正面からぶつかって勝てると思う?」
どこをどう見ればあのさそり座に勝てるのか、むしろ勝算があるなら聞きたい程である。
すると、アイシャの話を聞いていたシンが提案をしてきた。
「グレイ、2人であのさそり座相手に時間稼げないかな?」
「2人って俺とお前か?避けるだけなら何とか‥?」
言葉の尻が疑問形になるのは試したことが無い故の希望的観測であるからだ。
正直、今の速度なら何とかなるが、アイシャが逃げ出して加速したら正味厳しいと言った所である。
「できれば5時間くらい粘りたい。その間にアイシャに解放戦線のメンバーを連れてくる。僕の中では今の所全員生存してサソリに勝てる唯一の可能性なんだけど」
普通ならあり得ないと言って即断る提案だが、アイシャを生かしてこの場を切り抜ける案が他に思いつかない。
「うん。5時間あれと戦うのは絶対おかしいと思うけど‥‥お前とならいけそうな気がする」
「ちょっと待ってよ、本気?私に逃げろって言うの!?」
自分一人では逃げられないと言うアイシャ。
「そんなわけねぇだろ馬鹿。今は23時、飢餓状態まで後僅かだ。大体、2人でさそり座を倒しきれるとは思ってねぇ」
「そうなの、グレイ?僕はアイシャが戻るまでに倒してドロップアイテム独占しようと思ってたけど」
何の迷いもなく述べた彼の瞳には虚栄心というものが一切感じられない。
この男は、幻想を抱くわけでも夢を見ているわけでもなく、本気の本気で実現しようとしている。
正直、手札も猶予もあれば、こんな事は提案しなかっただろう。
それだけ、今は切羽詰まっていた。
「冗談キツい。お前、やっぱりおかしいぞ‥ふふふ」
「ははは‥」
「「あっはっは!!最高だ!!」」
死が近くに感じておかくしなったわけではない。
だが、こんな状況でも彼を信じれば勝算足りえると思えてしまう。
2人で笑いながら話していると、急にアイシャが叫ぶ。
「ふざけないで!だったら私だってやってやるわよ。MBO2位を舐めないで!」
「だからお前は時間が‥‥」
「残り一時間もなきゃ平原で力尽きるわよ。大体、彼を死なせない為に私達だけで来たんでしょうが!」
何を言っても、もう彼女はテコでも動かないだろう。
彼女に死なれたら光を探した意味が無くなるが、ここで犠牲に逃げて、援軍を連れてきても、彼らが死んだら元の木阿弥であった。
(あぁ、こいつらやっぱりおかしい。片や自分の状況を無視、片や勝率0%に限りなく近い相手に挑むと言う)
それでも、この3人で戦うなら勝てるかもしれない。絶望への挑戦を信頼できる仲間と挑める高揚感で打ち消して身体に力を入れ直す。
「で、作戦は?」
今までの策が水の泡になろうと言うこの状況で、まだ俺は全員が助かる道を諦めきれない。
「そんなの決まってるわよ!グレイが毒を入れて、あとは全部避けて死ぬまで攻撃あるのみ!一瞬でもDPS下げるんじゃないわよ!」
あれだけ策を弄してここまで来たのに最後の最後が一番馬鹿らしい作戦だ。もはや作戦ですらない。
でも、きっとこいつらは意識がある限り全部を避けきるだろう。
「いいねいいね!理不尽相手に時間は無い。それなら無茶を貫いて可能性を生み出そう」
「1%の勝算は俺が作ってやる。後は野となれ山となれ」
光を探す時から、俺達は何があっても帰ると覚悟を決めている。
あの廃人チーター変態人外だらけの魔境MBOのトップランカー2人がやると決めたのだ。
ならば、無茶は必ず貫けるし、絶対に勝てる。
「行くぞ、2人とも。後でMVP取れなくても恨むなよ」
「アタッカーの僕がMVPに決まってるでしょ。毒のグレイはいいとこ準MVPだね」
「なに言ってんの。近接攻撃絡めれば魔導士の方がDPS出るでしょ。私がMVP確定よ」
大木から野原に出た俺達をさそり座が見つけて互いに向かい合う。
「さぁ、理不尽を捻り潰すぞ」
動き回るさそり座の眼を狙い、俺は遠くから『VENOM』を付与した毒矢を弓に番えて構える。
それを見たシンがさそり座の視線を引き付ける為に走り出す。
臨戦態勢になっていたさそり座は、迫ってくるシンに向け右の鋏を振り下ろす。
「その速度ならちょろいね」
ギリギリの回避で避けたシンは振り下ろされた鋏に乗り込み関節に剣を刺す。
「やっぱり甲殻類とやり合うなら関節だね」
「ナイス!この隙に‥そこだ!」
俺は怯んださそり座の目を『VENOM』を付与した毒矢で射抜いて、毒状態にさせる。
「入った!もう一種入れる!」
「了解‥やばっ暴れる!」
さそり座はシンを振り落とそうと彼ごと鋏を高く振り上げ空中であっちこっちに振り回す。
「こっのぉ‥‥うわっ!」
突き刺した剣にしがみ付き耐えていたシンだが、剣が抜けてしまい、空中へと放り出される。
「Gruuu!!」
宙へ浮いたシンに追い討ちで大型巨人を貫いた槍のような尾が撃ち出される。
だが、突き刺す動作が見えた瞬間を待っていたアイシャが魔法を尾に向けてさそり座の左方向から打ち出す。
「そこっ、スキル『ファイアーボール』」
「俺も追加の毒だ、Lv5を持っていけ!」
少し遅らせて俺はさそり座の目より、やや上方向に向けて弓を構える。
さそり座の槍尾はシンに当たる直前でアイシャの魔法と衝突し、軌道が逸れる。
「シン、左に浮かせろ!」
「おっけ〜」
空中で待ち構えていたシンは、僅かに右にずれた槍尾すれ違うように避ける
そして、槍尾に剣を擦らせて落下方向を未だ振り上げてない左の鋏に変えると関節部に剣を突き刺した。
空からの降ってきた重い一撃で堪らずさそり座の身体は傾いて右側が浮き上がる。
「注文通りに、これで良い?」
「完璧だよ」
シンと槍尾のすれ違いと同時に俺は毒矢をさそり座の眼に向けて放つ。
「アイシャ、右鋏よろしく」
「スキル『フレイム・ランス』」
防御に使う予定の右鋏に向けて炎の槍が直撃する。
これにより、左鋏と尾をシンへの対処に、右鋏をアイシャの対処に使ったさそり座は、上に回避しようと残された脚を曲げて跳躍態勢を取る。
「そこから跳躍するか‥予想が当たって良かった」
上に飛び上がった瞬間、さそり座の目には予め跳ぶことを想定してやや上に向け放った毒矢が突き刺さる。
「Griii??」
回避したと思ったさそり座は両目に毒矢が刺さった事で、2種の毒が身体を回り、もがき苦しみ始める。
「命中、シンに当てるより簡単だ」
「重ね毒状態になった!このまま殺しきるわよ!」
「了解!MVPは僕がもらうよ!」
さそり座の攻撃は基本的に鋏の振り回しであった。高威力だと予想出来る槍尾は空中にシンが浮いた一度きりしか使ってこない。
「恐らく槍みたいな尾は取り回しづらいんだろう」
「なら、ダメージを稼ぐのはここだね」
シンとアイシャはひたすらさそり座の足下を駆け回り、方向を変えながら絶えず振り下ろされる鋏を避け続けていた。
さそり座は硬い殻で覆われているが、反対に懐の腹部は柔らかくなっており、シンは足下を滑って抜けるついでに斬り続けている。
「腹なら稼げる‥スキル『アクセルスラッシュ』」
アイシャは時計回りに走りながら炎魔法を飛ばし、さそり座を引き付けていた。
彼女も当然のように左右の鋏を全て避けきっている。
「スキル『ファイアーボール』」
そんな2人を一気に潰そうと、さそり座が僅かに足に力を入れる瞬間を俺は見逃さない。
「跳ばせるかよ!」
放った矢はさそり座の部位で最も柔らかい目に直撃する。
攻撃を阻止された所為かさそり座は怯み、動きが止まる。
「今だ!畳みかけろ!」
「右目は僕がやる、スキル『クロスブレイド』!」
「なら左は私が。スキル『フレイム・ランス』!」
2人のスキルが同時にさそり座へ直撃する。
その後、さそり座は力尽きたかのか、腹を地面につけて動かなくなる。
「よしっ!決まった!」
(これは倒したんじゃないか?)
俺はそう思って、2人に声をかけようと近づいた。
しかし、2人に気を抜いている様子はない。
むしろ、緊張の面持ちで身構えている。
不審に思い声をかけようとして、俺は当たり前のことを思い出す。
(これはクエストだ、倒せば通知がくる筈)
だが、今その通知は来ていない。
それなのに、さそり座が動かなくなった原因は何故なのか。
不自然な状況に考えを巡らせると、過去に現実のテレビでさそりの特集を見た事を思い出す。
(確か‥‥サソリはヘビと同じで脱皮するって‥‥)
思い至った可能性に背筋が凍る程の恐怖が舞い戻る。
「おい、まさか!」
「グレイ、まだ終わってないよ!これから本番みたいだ」
ブチっといった何かが破れる音が聞こえてくる。
さそり座の方を見ると体の真ん中から先程よりも数段鋭さを増した鋏が飛び出し、残された身体はゴソゴソと動き出す。
「脱皮とは‥本格的過ぎない?」
「ゲームで言うならこれは‥あれだ」
二本の鋏が出てくると厚みのある皮は破かれて、中から真っ白な新しいさそり座が姿を表す。
「でも、体力は減っているってことよ。あれだとするなら尚更ね」
「あれだとするなら、ここからは更に厄介だ」
やがて、殻から出てくると真っ白な体は徐々に紫紺の色に染まっていく。
そのさそり座は前より一回り大きくなっただけではない。
特徴として、鋏の形状が前と変わり平たく薄く伸びており、グラ・マンティスの鎌のような鋏になっていた。
この変貌は、正にあの言葉で表せる。
「おいおい、第二形態があるのは聞いて無いんだけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます