第21話 押し寄せる不安の闇
≪北エリア 始原都市ヘロポネソス≫-始まりの街ミュケ 冒険者ギルド内
グレイらの遭難後3日目 10:00
「どうして救助に向かわないんですか!」
ギルドの中ではマリアがライオットに対して抗議していた。
「もう決めたことだ‥この決断は変えない」
今から3日前の事。
その日、夜になってもアイシャ達はギルドに顔を出さなかった。
当然、ライオット達も安否は気になったものの一日来ないだけでは彼らが遭難しているなど夢にも思わない。
「リーダー達‥随分と遅いですねぇ‥‥」
「確か彼女達は外に出ていたな‥疲れているのだろう。明日来たら聞けばいいさ」
ユノによるデスゲーム宣言以降、主な通信手段となるチャット機能はフレンド機能ともどもサービス停止している状態であった。
そのため、現在のヒロイズムユートピアでは、一日連絡つかないことはザラにあり、その日も問題が起きたことなど話題にならず解散となった。
しかし、マリアはシンとアイシャの強さから考えて並みの相手で疲れることが不自然に思っていた。
「あれだけ強い人達がこの付近のモンスターで苦労するのかな‥‥」
しかし、翌日の夜になっても3人はギルドに顔を出さず、アイシャ、シン、グレイを街で見かけた者すら居ない。
流石に緊急事態だとライオットも捉えて3人の前日の動向を洗い直す。
「ライオットさん、リーダー達を昨日見たって人が!」
「本当か!?どこで?」
「西門だそうです。そのまま外に出ていったらしいです」
「西側‥まさか‥‥」
ライオットは北エリア西部の森林エリアの存在へとすぐに辿り着く。
「もしかして、リーダー達は森林地帯の奥地に行ったのか‥‥?」
この仮設は、プレイヤー達の間を川の流れのように止まることなく広がっていく。
一日、西側を探索して何も得られなかったこともあってライオット達はこれを最終的な結論とした。
「何でそんな所に‥あそこは誰も帰ってこない魔境なのに‥」
「‥おそらく、
しかし、3人が森林の奥へ行っていたら救助は困難である。何せ生還者0の未開拓地域だ、情報が無い為、獅子座と戦うより危険かもしれない。
ギルド内は、救助するか見捨てるかの2つで大きく意見が割れた。
「ここで、3人を見殺しに出来ない。パーティを組んで救助するべきだ」
「いや、あそこに行ったら皆死ぬかもしれない。もしかしたら3人は既に死んでいるかも‥」
かつてない長丁場の議論は、その夜遅くまで続いた。
そんな中でライオットは頭を抱えて悩み続けていた。
彼には解放戦線のサブリーダーとしての責任がある。今ここにいる200人以上のプレイヤー達の未来を決めなければならない。だからといって、救出に行かずにみすみす3人を見殺しにはできない。
(肝心の決断が出来ない。人の上に立つ重圧に耐えられない。だらか、リーダーをやる事が出来なかった)
そんな時、ライオットは議論中からこんな声を拾う。
「リーダーがいなくなったら俺たちはどうするんだ!これから何をしていけばいい!」
その声を聞いて、ライオットはこのデスゲームが始まってからアイシャと交わした約束を思い出す。
◇◇◇◇
解放戦線が設立されてから2週間が経ったある日の夜。ライオットはアイシャに彼女の行きつけのカフェへと呼び出される。
「リーダー、今日話があるって言ってましたが何の用ですか?」
「ああ、ちょうど良かった。解放戦線の今後についての話よ」
ライオットが椅子に座るとアイシャが注文した珈琲を飲みながら要件を話し始めた。
「実は、お願いがあってね。今後、別エリアに自由に行き来できるようになったら貴方に解放戦線のリーダーをやってほしいの。私は、自由に動き回りたいし」
その内容にライオットは頭を殴られたような衝撃を受けた。
「本気ですか!?今のメンバーはあなたに付いて行ってるんですよ。俺に交代したら皆出てってしまいます」
「ま、でしょうね」
自分では分かっているつもりだったが、あっさり肯定されると辛いものがある。
だんまりしてしまったライオットに珈琲を飲み干したアイシャはカップをテーブルに置く。
「でも、それは今の貴方ならって話、これから少しづつ皆を引っ張っていければ良いの」
「しかし‥俺がやらなくても他に人はいるでしょう?俺は貴方ほど強くはありません。それこそもっと強いシンとかなら‥‥」
絶対的な強さを持つシンになら彼女が消えても多くの人がついて行く。
だが、ライオットの描く理想はアイシャによっていとも簡単に棄却された。
「あ、彼は絶対無理。多分エリア解禁と同時にここから真っ先に出ていくわよ」
きっぱりと否定されたが、彼以外にも人を率いて行けそうなプレイヤーは居る。
(戦闘に行くにはまだ早いが交流や人望から言えば錬金術師の彼だって‥‥)
「今、誰かにやらせようとしたでしょ、それが貴方の悪い癖よ。無理だと思ったら直ぐに諦める。まず、そこを直しなさい。それに、貴方が思い浮かべた人達は、皆この街を出て行ていくわよ」
「何故です、何故断言できるんですか?」
アイシャは追加で注文したパンケーキを美味しそうにつまみながら言い切った。
「そういう人達は自分で考えられるから。意外とこれが出来る人があんまりいなくてね。大半は私の指示に文句も言わず動くから、操作しなくなったら機械と同じで停止する」
彼女の言い方は的を得ているようで、癇にも障る。
まるで、自分以外のプレイヤーは使い物にならないと見下しているようである。
ライオットは自分が優れているとは思っていない。だが、自分以外が簡単に見下されるのも納得がいかなかった。
「何もできない人達をむやみに死なせないために、貴方が皆を引っ張って行くの」
「‥‥わかりました。でも、一つ確認があります」
話の中でどうしても気になっていたことをライオットは尋ねる。
「貴方にとって解放戦線のプレイヤーは何ですか?」
「どうして、そんなことが気になるの?」
「別に‥一度聞いてみたかった‥ただ、それだけです」
ライオットの質問に彼女は思うところがあるのか、少し考える素振りを見せる。
「‥‥う~ん。そうね‥私にとって彼らは大事な
「そうですか‥なら、お受けします‥ただし、直ぐにでも引き継がせて貰います。仲間を駒なんて思っている人に任せられません!」
そう言い放ったライオットはアイシャを置いてカフェから出ていった。
残されたアイシャは一人、夜の月を眺めて笑う。
「ふふふ、あはは。やっぱりやる気になった。私の見立て通り、彼はこういうのが苦手か‥あれなら大丈夫でしょ。流石、私が一番嫌いなキャラだわ」
アイシャは思想を真似たかつての知人に心の中で感謝しながら追加の珈琲を頼む。
それからのライオットは、少しでも早くアイシャから引き継ぐために努力を惜しまくなった。
唯一、アイシャの失敗と言えば、ライオットにやる気を出させ過ぎて危なさを増長させたことである。
◇◇◇◇
「落ち着け!!俺の話を聞け!!」
ライオットの大声にプレイヤー達は、黙り込み声の方向に向く。
彼が普段ここまで声を荒げることは無い為、何が始まるのか期待を不安の入り混じる心境で見守る。
当のライオットは彼女と話したあの夜はこの時の為だったと腹をくくる。
「リーダー不在の今!サブリーダーの俺が方針を決める!異論はないな!!」
それは、今後の事が心配になって議論をしていたプレイヤー達にとって、議論の終結に等しいものであった。プレイヤー達は、ライオットの次の言葉を待つ。
ライオットは、心の中で3人に謝罪し、覚悟を決めた。
「3人が行ったと予想される森林地帯の奥地は、クラン内で侵入禁止になっている場所だ。勝手にパーティを組んで行った奴らを俺は仲間として認められない!クラン内のルールを破った奴らを俺たちが命をかけて助けに行く道理はない!!」
その言葉に対してプレイヤー達は、あまりにも残酷な決断だと言葉を失う。
だが、助けに行くとなれば自らが恐ろしい所に踏み入れると想像すると、脚が竦んでいた。
「そうだ‥‥勝手にあいつらがルールを破ったんだ」
「俺たちが命をかけるのは筋違い‥‥だよな」
「仕方ないわよね‥‥ルールだし」
微かな呟きから始まったライオットを支持する声は波紋のように広がり、最後にはクランの総意となる。既に3人は死んだことにされ、解放戦線のリーダーはその時点で入れ替わりライオットとなった。
マリア達の救助意見は少数派となり、誰も取り合うことはしなかった。議論が終結し解散した後、プレイヤーが誰もいないギルドの中でライオットは風にかき消される程小さな声で呟いた。
「もし、生きていたらあの人達に殺されても文句は言えないな‥‥」
◇◇◇◇
そして、結論が決まった翌日。決定に納得のいかないマリアは再びライオットに直談判しているわけだが、考えが変わることはない。
「そうは言ってもね。うちのクランメンバーを無惨に死なせる指示は出来ない」
相手にせずに他のプレイヤー達に解散の指示を出して席を立つ。
マリアは自らのパーティに相談したが反応は芳しくない。
「今の彼は考えを変えるつもりはないみたい。悔しいけど諦めなさい」
我慢しろ、3人の事は忘れろ、西の方には近づくな。
それが今の解放戦線の暗黙の了解となっていた。
「こんなの理不尽ですよ‥‥お願い、神様。グレイさんを守って‥‥」
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