第5話 さらばスローライフ、クリアを夢見て

 数分前の俺に問いたい。なんでこいつに任せようとしたのか。突然、合ったばかりのシンから誘われたエルフの子は、明らかに動揺しこちらを警戒してしまっている。

 慌てて俺はエルフの女の子に聞こえないようにシンを連れ彼女から距離をとり耳元で小さく声を出す。


「何言ってんの、お前」


 対するシンは、自信満々の表情でそんな誘い方をした理由を答える。


「実は、さっき他のプレイヤーが噂しててさ。午後8:00に運営がこのゲーム最初のイベントを開催するって言ってたんだよね」

「それが、急に歳下の女の子を男二人のパーティに誘う理由になるのか?絶対怯えるだろ」


 俺が言うようにエルフの子は少し引き気味になっていた。横で見ていた俺からすれば、シンが女の子の質問に答えたのは誘うための手段に見える。

 そんな心配もつゆ知らず、シンは誘った理由を話続ける。


「もしそれが、戦闘系イベントだったらヒーラー1人いると心強いし助かるんだよ。名案でしょ」


 彼の言うようにイベントがそうなればエルフの子はパーティの要にもなりえる。

 しかし、その案には致命的な弱点が存在した。


「いや、俺イベントは基本参加しないぞ?」


 それを聞いたシンは、それまでの笑顔が一瞬で消える。


「え、グレイ何しに来たの?雰囲気で楽しむの?」

「戦いから離れたスローライフだ。このクラス戦闘向きじゃないし」


 確かにシンにはどんなプレイスタイルを取るか言っていなかった。そこに関しては確かに俺が悪い。


(でも、MMORPGくらい好きに遊びたかったんだ)


 心の中で彼に黙っていたことを謝りながら、俺は固まっているシンを放置し、エルフの子に話しかける。


「と、いうわけでギルドに行くのがオススメだ。メニュー画面からギルドの場所は探すことができる。今なら皆固定パーティ組んでないだろうし早く行った方がいい」


 神官の子は、戸惑いながらも俺の話は何となく理解できたようで首を縦に振り頷く。


「そ、その冒険者ギルドに行けば、ゲームを進められるんですよね。とりあえず行ってみます」


 そう言ったエルフの子は、俺達に向け礼をすると走ってギルドの方へと去っていった。

 隣で固まっていたシンが口を開いたのはエルフの子が見えなくなってからである。


「いや、おかしいでしょ!?いくら生産職とは言えイベントぐらい参加しない?」

「元々MBOのサブゲーのつもりだったし、プレイスタイル正反対でちょうどいいくらいなんだよ」

「え〜そんなもんなのかなぁ‥」


 ぼやいているシンはまだ俺のプレイスタイルに納得していない感じであった。

 そもそも今日発表のイベントが本当に戦闘系かもわからない。

 リリース記念のログインボーナスだったらどうするつもりなのか。


「俺以外から知り合い見つけてやったら?MBOとかさ」

「グレイ‥居たとして、もし本当に居たとしてだよ?‥‥と一緒にやりたい?」

「ごめん。今のは俺が全面的に悪かった」


 まともじゃない人間が集まる世界のまともじゃない人間と一緒にファンタジーライフとか頭のネジ全部外さないとついていける気がしない。


 (やっぱり最初ぐらいは付き合おうかな‥)


 そんな事を考えつつシンと今後の話をしていると、街の中心に見上げる程の大きなホログラムで綺麗な女性が現れる。

 彼女は視点をプレイヤー達の居る下側に向けると機械的な感情なく抑揚のない声で喋る。


「皆様、≪Heroism Utopia≫にようこそ。私は管理AIのユノです。皆様はこれから私が創り出したこの世界を精一杯生き抜いてもらいます」


 周りのプレイヤー達が叫んだりして盛り上がっていたが、俺は彼女の言葉に変な引っかかりを感じた。


「なぁ、シンこの管理者AI独特な表現を使うんだな。なんてゲームらしくない」


 そう言われたシンもその言葉について深く考えることなく答える。


「確かにね。でもAIから見たら仮想世界も現実世界と変わらないんじゃない?」

「それも‥そうか?」


 俺は違和感からずっと抜け出せないままでいたが、そんな考えが吹き飛ぶ程の言葉が管理者の口から出てくる。


「それでは、これから皆様をこの世界に閉じ込め、『デスゲーム』を始めさせていただきます。この世界で私が設けた全ての試練に命をかけて挑み、乗り越えて英雄へと至って下さい」


 その言葉を最後に管理AIユノは姿を消した。俺はユノの言葉を現実とは思えず、隣のシンの肩を叩くと、彼も同じことを聞いたのか問いかける。


「なぁ‥今あいつ、閉じ込めたとかデスゲームとか言わなかったか?」

「‥‥言ってたね。グレイはVRでの意図的な幻聴だと思う?それとも運営のプログラミング?」


 馬鹿を言わないでほしい。悪趣味だが予めここだけはプログラミングすれば可能かもしれないのだ。


「俺はプログラミング説を推すね。絶対に訴えてやるけど」


 そんな希望的観測も虚しく周りからは、本当にログアウト出来ない!や、誰とも連絡できない!等が聞こえてくる。


 この日、俺たちは『』に巻き込まれた。



 ___________________

 同刻某所


 廃棄寸前のパソコンが積み重ねされた部屋でデスゲームアナウンスを聞いていた男は、彼女の帰りを待っていた。アナウンスが終わるとすぐに金髪の女性管理者ユノが画面上に現れた。


 ユノに気づいた男は、優しい声色で話しかける。


「プランBがようやく始まったな。これで、私の役目はもう終わりだ」


 それに対してユノは抑揚のない声で男の労をねぎらう。


「お疲れ様でした。後の計画進行はお任せください」


 それを聞いた男は、安心したかのようにため息を吐くと、机の引き出しから拳銃を取り出して自分の頭に銃を突き付ける。


「私が生きていると、この計画の弱点になってしまうからな。悪いがこの実験は空の上で見ているよ」

「いってらっしゃい。他の神にもよろしくお伝えください」


 ユノの言葉が意外だったのがクロノスは少し笑うと彼女に向かって微笑む。


「最期に一つ‥君も少しは人間らしくなったな」


 クロノスは既に死ぬ覚悟が決まっていたのか一切の躊躇なく引き金を引いた。銃弾は彼の脳を撃ち抜き、血飛沫を床に撒き散らす。彼が死に絶えた後、部屋に取り付けられていた監視カメラは独りでに動き出すと、角度をクロノスの位置に合わせる。

 クロノスが見ていたPCの画面には監視カメラの映像が映り、それを画面内で覗き込むユノは今までの抑揚のない声ではなく、女性らしい透き通る声で小さく呟いた。



「さようならクロノス、いいえお父さん」

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