第3話 それ故の錬金術師

「≪Heroism Utopiaヒロイズム・ユートピア≫にようこそ」


 俺はゲームの案内人である妖精姿のNPCにそう言われながら、ぐるっと周りの景色を見渡す。そこは、白い部屋で目の前の大きな鏡以外何にもない部屋だ。鏡の前まで歩いて行き、手の届く所まで行くと追いかけてきたNPCが、機械的な口調で説明を始める。


『まずは貴方の分身となるアバターの種族を決めてください』


 その言葉の後、目の前の鏡は5枚に分裂して特徴のない男のアバターがそれぞれの鏡に映り込む。まず一枚目には特に身体に特徴はない種族の人間が映る。二枚目には髪の色が金色に変化し、肌もやや白くなり特徴的な尖った耳を持つ種族のエルフが映る。三枚目には一気に身長が小さくなり筋肉質な身体と髭が特徴的な種族のドワーフが映る。四枚目には人間と同じくらいの身長に戻り、頭の上に動物の耳が生えて腰の下辺りからは尻尾の生えた種族の獣人が映る。そして、五枚目には獣人と異なり耳ではなく角が生え背中からは空をも飛べそうな翼を持ちがっしりとした体格である種族の魔族が映されていた。

 

 俺は迷うことなく「人間」の種族を選択し決定ボタンを押した。

 

「やっぱりスタンダードな人間が一番だな」


 真也の要約によれば種族ごとに伸びやすいステータスが存在すると書かれており、その中でも「人間」は一番ステータスバランスがいいらしい。実際バカ真面目なロールプレイをする気がないので人間というのが選択理由だ。獣人なんかは様々な動物から選べて人間と獣の割合を細かく変更できたり、魔族は角のねじれまで調整できるらしいが、そこまで長くプレイするかも分からない。

 俺が人間を選択すると5枚あった鏡は1枚だけになり、妖精のNPCが次の説明を始める。


『次に、アバターのデザインを決めてください』


 鏡には基本パーツの男が現れ、その周りには顔のパーツや髪の色などを変更できる様々なウィンドウが現れる。それらに触れることなく俺はウィンドウの中で右下にある「VRマシンに登録されたアバター」を指で押す。すると、目の前のアバターは髪が灰色な所以外は至って目の引くところもない平凡な顔つきで180cm程の男性アバターへと変化する。


 つまるところ、髪の色を灰色にしただけの俺である。

 髪型は多少変えているが、顔のパーツは限りなく現実に近づけている。


 なるべく顔を現実に似せているのは、以前戦争をモチーフにしたS Gシューティングゲーム『カオス・マーセナリー・サバイバー』をプレイした際、アバターを世界観に合わせ渋いおっさん風にしたら、水面に写った顔を敵と間違えて撃ってしまったからだ。あの時は、真也に爆笑された記憶しかない……

 それ以降アバターの顔は、今の形に固定している。大して有名なゲームはやっていないので身バレ顔バレの危険は低いと思っている。尚、真也曰く「似たような顔がいっぱいありそうな顔だからどこ行っても大丈夫」という褒めてるのかけなしているのか判断しにくいことを言われているので、むしろちょっとは…なんて思っていた時期もあった。


「今はもうどっちでもいいけど」


 作成終了のボタンを押すと、鏡は再び分裂して今度は10枚の鏡となり現れる。今度の鏡には様々な武器をもった俺のアバターが映し出されていた。


『次は、あなたのクラスを決めてください』


 ここで、選べるクラスは、剣士ソードマン魔導士ウィザード神官クレリック盗賊ローグ格闘家モンク鍛冶師スミス錬金術師アルケミスト弓使いアーチャー魔物使いテイマー召喚士サモナーの全十種となっていた。


 ここでも真也の要約を思い出すと、クラスはそれぞれ武器種に対して補正がかかると書かれていた。例えば、剣士なら長剣、魔導士ならロッドといった感じだ。


 この中で俺がスローライフするのに最も適していると思ったのが「錬金術師アルケミスト」だ。このクラスは最初に選べるクラスの中で唯一武器補正がない。しかし、この中で唯一戦闘せずともレベル上げが行うことが可能だ。なんとポーションなどのアイテム作成で経験値を取得することができる。生産職のスローライフを目指すのにこれ以上ピッタリのものはない。


 ちなみに、もう一つの候補であった「鍛冶師」の方は、ハンマーに武器補正がある代わりに、武器作成では経験値は得られないらしい。昨今のVRMMORPGの鍛冶システムは、無駄にリアリティ追求するため色々と面倒くさい仕様となっている。その点、錬金術師のポーションなどは、合成ボタンをワンタッチで済むので楽である。昔、詳しい知人に理由を尋ねると「現実でも果てしない時間をかけて行うつまんない作業なのに仮想世界に行ってまでやりたくない」とクレームがあってからはポーション系はそういう仕様のが増えたという。


「ゲームとはいえ、楽はしたいよなぁ。でもこれ攻撃系スキル一切ないから戦闘はむりだな」


 クラスは一定のレベルになると、特殊な技能である『スキル』を使えるようになる。俺の選んだ錬金術師は、モンスターに攻撃するスキルがほとんどなく一目で戦闘向きではないことがわかる。それでも変更はしないで錬金術師を選択し決定ボタンを押した。すると、鏡は消えて目の前には大きな地図が現れる。


『最後にどのエリアからスタートしますか?』


 地図には巨大な大陸が映し出されており、中央の王国から4つのエリアに分かれていた。東はプロメテウス帝国。西は獣人国家ゴルディオン。南は魔導大国エル・イーリアス。そして北の始原都市ヘロポネソス。その内、選べるのは各エリアの端っこにある四ヶ所の街である。これに関しては、予め真也から北エリアで始めてほしいと書かれていた。ここまでの要約データ分お礼として特に考えずに選んだ。


「アバターの登録を受付ました。改めまして、ようこそ英雄が生まれる世界≪Heroism Utopia≫へ」


 そうして、俺は、北エリア最初の街ミュケに降り立ったのである。


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