第7話 デート
「ええー!?
「え、まじ? なら、さっきのUFOキャッチャーまじで悪かった!」
驚きのあまり硬直状態になっている
ただいまここはとあるベンチ。二人にだけ話がある、と言ってこっそり呼び出したのだ
「ちょ、お前ら声でけえ。あと、竜胆は後でボッコボコにしてやる!」
竜胆に怒りの視線を向けながら、俺は警戒心を上げて小声で二人を注意した。
だが、怒っていたのは俺だけでもないそうで、桜も頬を膨らませ、怒りの面持ちをしていた。
「なんで、私たちにずっと黙ってたの? もっと早く言ってくれたなら色々と手伝うことが出来てたのに」
確かに、そうかもしれない。俺がもう少し早くこの二人に恋愛相談とかしていれば
「まあ、別にいいんじゃね? 今日から俺らがお前の恋愛を手助けしてやるからさ!」
親指で自分を差して、片目ウインクを決める竜胆。くっ、これがイケメンのシャイニングウインクってやつか。少しまぶしいぜ。ちくしょう。
「と、なれば未来が一人で寂しそうに待っているから早く戻ってやりなさい!」
俺の背中を押し、にこにこと笑みを浮かべる桜。
竜胆も同様、桜の隣で俺に微笑んでいる。
「あのさ、もしかして俺一人で戻るの?」
「当たり前でしょ! 私たちは邪魔だもん」
いや、まじかよ……。
竜胆もどうやら桜の意見に賛成のようで、首を上下に二回ほど振っている。
まあ、ここで男見せなきゃいけねえよな……。竜胆と桜も応援してくれていることだし、進め、俺!
勇気の一歩を踏み出した。隣に竜胆と桜はいない。俺、一人で進むのだ。
集合したときみたいに沈黙が流れませんように! と、ひたすら願い、人がいる中、スムーズに足を進めていく。
そして、数歩進んだ所にはキラキラ輝く、天使のような人物が一人、寂しそうに立っていた。誰かは言うまでもない――坂宮だ。
頬に汗が伝うのを感じながら坂宮との距離を段々と縮めていく。
一歩、二歩、三歩、進むことに徐々に心臓の鼓動は速くなっていく。
落ち着け! 俺。いける、坂宮にまたあんたと二人~? みたいな視線を向けられても絶対怯むな。ショックを受けてもいいが、会話は繋いで続けろ!
心の中で自分に言い聞かしている内に俺は誰かから声を掛けられた。
「あれ、華上。竜胆と
声を掛けてきたのは、坂宮だった。
いつの間にか、俺は坂宮の目の前にいる。
緊張しすぎて、距離感も掴めなかったのか。しかも、坂宮から話し掛けてきたし。
早速失敗した。勇気を限界以上に振り絞って、俺から坂宮に話し掛けようと思っていた。
くっそ。俺ってまじ、不甲斐ない。
「えっと、あの二人はちょっと気になるところがある、とか言ってどっか行っちゃった」
後悔と自己嫌悪に浸りながらも、俺はちょっとした嘘を坂宮に吐いた。
「そ、そうなんだ」
そしたら、坂宮は俺から目を逸らし、背を向けた。
あれ、これもしかして俺を置いて、一人で行動するってことなの。なんで俺に背を向けたんだ。
そして、坂宮はそのまま俺に背を向けたまま歩き始めてしまった。
そんな、光景にショックを受け、俺は一人立ち尽くしていた。
途中で坂宮は何か異変を感じたのか振り返った。
「あれ、華上なんで来ないの?」
そして、そんなことを坂宮は言ってきた。
怪しげな眼差しを俺に向けてくる坂宮。
あれ、俺付いていっていいの。坂宮と一緒にショッピングモール内歩いていいの!?
思わぬ坂宮の言葉に俺はただ喜んだ。
「ごめんごめん。今から行くわ!」
雲が懸かっていた表情からは一転し、晴れ晴れしい笑顔を浮かべた。
こんな笑顔をすることが出来たのはあの二人のおかげなので、心中で竜胆と桜に感謝しておいた。
そして、にこにこ笑顔を浮かべながらも俺は坂宮の方へ駆け足で向かっていく。
二人並んで歩けるなんて、俺は今、夢を見ているのではないだろうか。あまりの喜びに俺はそう錯覚したが頬を何度も引っ張っても現実へと引き戻させられることはない。ならば、今のこれ自体が現実だ。
それを確認した後で俺は坂宮の横顔を見る。
そんな俺の視線を感じたのか坂宮は俺の方を向いた。必然、目は合う。
「なに、そんなじろじろ見て」
「い、いや別に。ただどこに向かっているのかなーって思って」
「えっと、特に目的地なんてないわよ?」
驚いた。
目的地もないのに人ごみの中を悠々と歩いていくなんて。
目的地がないのなら、その目的地を作ればいい。故にここは坂宮の行きたい場所ランキング二位のお買いものに行くべきだろう。
「じゃあ、服とか買いに行くか?」
尋ねると、怪しげな視線で坂宮が俺のことを見てきた。
「服? なに華上ってオシャレ系男子だっけ?」
にまり、と笑いながらも進む足は止めない。
俺はオシャレ系男子なんかではない。どちらかというと中学三年生まで母親に服を選ばせていたオシャレ出来ない系男子だ。
「いや、俺はそんなんじゃないよ。今日の私服見て分かるでしょ?」
苦笑を浮かべながら坂宮に聞くと、坂宮は俺の身体の上から下隅々まで見てきた。
そんなに見られると照れちゃうんですけど。俺、段々と体温上がっていっているんですけど。
ちなみに、俺らは足を止めることなく歩いているので、この状況で坂宮が俺のことばかり見ていると、結構危ない。ほら、歩くときは前を向いて歩きましょう、とか言うじゃない。それだ。
俺自身、こんなじとじとと見られるとさすがに噴火しそうなので「前を向いて歩かないと危ないよ」と、注意をすることにした。
「前を向いて歩か――ぐはっ」
言い掛けたところで、俺は足を止めた否、壁へと衝突した。
いってー。しまった、坂宮にダサいところを見られてしまった! ここは「あー、今の壁への衝突具合気持ちよかったな」とか、言ってごまかさなければ……って俺、ドMかよ。
頭から衝突したので、痛そうに頭を抱えていると誰かの笑い声が聞こえてきた。
音源の正体は意外にも坂宮だった。
「ふふ、あははは、華、華上、何壁にぶつかってんの? 前を見る方はそっち。あははは、華上面白いな~」
俺は坂宮の言葉を反芻する。
「華上面白いなー」「華上面白いな~」「華上面白いな~」この思いがけない一言で俺の頭の痛みが自然と引いていく。
うれしかったのだ。
坂宮が俺に向けてこんな輝かしい笑顔を浮かべるだなんて、初めてだ。
いつも冷酷で軽蔑すら感じさせられるような目で俺のことを見ていた坂宮がこんなにも純粋で無垢な笑顔を浮かべるだなんて……思わず、感動しそうになった。
俺がそんな輝かしい笑顔を浮かべている坂宮に見惚れていると、坂宮も頬を少し朱に染めた。
「な、なによ? またそんなにじろじろ見て」
「いや、坂宮の笑顔にちょっと見惚れてた」
そう言うと、坂宮の顔が真っ赤に染まりそして蒸発した。
俺って今、なんか坂宮が恥ずかしがるようなこと言ったか?
そう、頭の中で疑問を浮かべると、坂宮は俺に背を向けた。
「ば、馬鹿なこと言ってないで早くふ、服屋さんに行きましょ!」
いつもなら、「きも」とか、言ってくる坂宮だが、そうは言わず、一人で足を進めていった。
「ちょ、ちょっと待って!」
焦りながらも笑顔で坂宮の方へと駆け足で向かう俺。
人ごみの中、少し人とぶつかりながらも再び坂宮の隣について歩いていく。
こんな時間がずっと続けばどれほど幸せなことか。
そんなことを考えながら坂宮と共にショッピングモール内を歩くことおよそ五分、とある服屋へと到着した。
「この服可愛い! あ、これも! だけどこれもいいな!」
興味津々の様子で、様々な服を手に取る坂宮。
俺よりも圧倒的にファッションに拘っているんだなと思う。実際、今日の坂宮の服装超可愛いし。すごく可愛いし、めちゃくちゃ可愛いし。
そんな感じで心中で坂宮を激励していると、坂宮は輝かしい視線を俺の方へ向けてきた。
「華上~これどう?」
坂宮は着ているブラウスの上から気に入った服を重ねた。
花柄のワンピースだ。
これもまた白が主で、坂宮の心の純粋さを表しているのではないか、と思ってしまう。
俺は坂宮がその花柄のワンピースを着ながら、花畑の上で「華上こっちだよ~」と、ほんわかとしたやわらかい声で俺に呼び掛ける場面を想像した。
あかん、あかん。こんなこと実際に言われたら俺めっちゃ照れちまう。死んじゃうよ~。
そんな感じで馬鹿なことを想像しながら俺は頬杖をつきながら答えた。
「ま、まあ、か、可愛いんじゃないか」
こんなこと言っちまうと坂宮のことを直視出来なくなるし、なんか照れくさいな。
ゆっくりと照れて俯いていた顔を上げていくとそこには俺に背を向けている坂宮がいる。
あれ、待って。これって俺きもがられちゃった? 「見惚れてた」って言ったときも確かこんな反応だったよな。
ならこれってもしや照れ隠しってやつなのか? いや、坂宮に限ってそんなことないか。
ありもしない理想を抱いていると、坂宮は言った。
「……じゃ、じゃあこれ買おっかな」
そして、俺と目を合わせることなくレジへと向かっていった。
本当に、俺一人だけの感想で買う服決めちゃっていいのか? というのは俺の心に妙に蟠っている憂いの気持ちだ。
坂宮はレジでの会計を済ませると、大きめの袋を手に持って俺の方へと笑顔で向かってきた。
「俺一人の感想でその服買っちゃって良かったのか?」
さっきの憂いの気持ちを実際口に出して聞いてみた。
そしたら、坂宮は口に手を遣り、少し考えた。
「確かに、ファッションセンス皆無の華上の感想だもんな~」
いや、そこ肯定するんかい。それと、ファッションセンス皆無って酷くありませんか? 一ミリぐらいは俺にもファッションセンスありますよ?
そんなこんなで俺の心中が騒がしくなっていく中、坂宮が「でも」と、前置きをした。そして、その続きの言葉を並べていく。
「華上が気に入ってくれたんだし、まあいいや!」
ここでエンジェルスマイル。
突如、俺の前にキューピットが顕現され、持っているキューピットの矢で俺のことを射抜いてきた。
今日、俺は照れてばかりだ。
少しは抑えようとしているのに、朱というものは自然と顔に浮かび上がってしまう。
「あ、そういえばもうすぐ昼だ。竜胆たちと再会して、昼飯食いに行くか」
照れ隠しに腕時計を見ながら俺はそう言った。
だが、ここで怪しげなピコンっていう音が俺のポケットの中で鳴った。
ポケットに入れているスマホを取り出し誰から送られてきたメールか確認する。
差出人は桜だ。
俺は一度画面をタップしてメールの内容を確認する。
『ごめ~ん。私たちは二人で遊ぶわ! そっちはそっちで頑張ってね! 遠く離れている所からでも全力で華上の「恋」を応援してるよ!』
……まじですか、桜さん……。
桜のメールの内容を短くまとめるのなら、二人でデートしなさい、ということだ。
いや、急にそれは難易度高くねえか。あと、恋を強調するのやめろー。少し照れちまうじゃねえか。
心中が複雑になっている中、さらに桜から何やら送られてきた。しかも次は単数でなく複数だ。
俺は、桜から送られてきた写真をスライドしながら一枚一枚見ていく。
UFOキャッチャーに目を輝かしている坂宮や、柴犬のぬいぐるみを取れず落ち込んでいる坂宮や、その様子を見て慰めに行っている俺。
客観的に見るとなんか俺あれみたいじゃね? ほら、「お菓子あげるからおじさんに付いてきて」とか言って、心で不敵な笑みを浮かべているおじさん。ってそれ不審者じゃねえか。
まあ、三枚目の写真は客観的に見たらきもちわるいってことですよ、はい。
俺はさらに画面をスクロールしていく。
すると、また何やら変な写真が目に入ってきた。
惜しくもぬいぐるみを取れず悔しがっている俺の写真に、竜胆が熱意溢れた状態でUFOキャッチャーと対峙している写真。そして最後には……坂宮の所望のぬいぐるみを取って、それを坂宮に渡しながら坂宮からにこやかな笑顔でお礼を言われ、笑みを浮かべている竜胆の写真。
……イライラは抑えられていたと思っていたが、この写真を見たら再びムカついてきた。
というか、桜どれだけ盗撮してんだよ。盗撮部の部長か何かかよ。
そんな他愛のないことを思っていたとき、坂宮が急にスマホを覗きこんできた。
ちょ、距離近い……。坂宮から漂う香水のいい香りが俺の鼻へじんわりと入っていく。
そんなことを気にもせず、坂宮は言う。
「これ、今日の写真じゃん!」
そして、坂宮は画面を上へとスクロールしていく。待て待て待て待て、それ以上スクロールされると桜のあの「恋」というワードが妙に強調されたメールが……。
俺は、危機感を覚えスマホの電源を落とす。
桜には既読無視という形になってしまうが、緊急事態なので仕方ないだろう。
そんな、俺の焦った様子を不思議に思ったのか坂宮は不満そうな顔をする。
「なんで桜とのメールの続き見せてくれないの?」
……そりゃあ、見られたらお前のことが好きということをお前にばれてしまうからだよ。告白なら、直接したいんだ。……なんてイケメンがする返事は出来ないので、さらっと俺は嘘を吐く。
「ちょっと、桜と昨晩内緒話をしてたから……ははは」
坂宮の視線はさらに鋭くなっていく。
今の俺の表情で真偽を明らかにしようとしているんだろう。
だが、そうは分かっていてもどうしても目は泳いでしまうし、坂宮から目を逸らしてしまう。
人が嘘を吐くときは、目が泳いだり、目を逸らせたりする、とかよく言われているから今の俺の表情は嘘を吐いている人の表情と言っていいだろう。
ならば、まずい。このままでは嘘がばれる。仮にこの嘘がばれてしまったら桜とのトーク履歴を見せることになってしまう。もう、ごまかしようがなくなってしまうのだ。
そして、運命のときは来た。坂宮が口を開いたのだ。
「華上」
「はい!」
嘘がばれてしまったのか坂宮の口調は冷たい。
……あ、これやっちまったな、と心中で覚悟を決めたとき、坂宮は先ほどの冷たい表情とは打って変わって、興味津々の子犬のような表情をしていた。
そして、俺にこんなことを言ってきたのだ。
「その、内緒話って何! 恋話!? もしかして、桜に好きな人がいるの! ねえ、教えてよ華上!」
坂宮はすっかりと俺の嘘に騙されてくれていた。
ふう、助かった、と俺は安堵の吐息を漏らす。
悪いが、坂宮にはしばらく否、俺が告白するまで騙されてもらっておこう。
「桜に内緒って念押しされたから無理~」
俺がほんわかとした声色で断ると、坂宮は頬を膨らませた。
「華上の意地悪。この、くそ華上、あほ華上、ば華上!」
華上三連撃を食らい、中々なダメージを食らった。
てか、ば華上って俺が中学のときに呼ばれていたあだ名だな。なんか桜とかがそのあだ名広めてたっけ。いや、そう思うとあいつ超幼いやつだな。
回想しながら昔を懐かしがっていると、坂宮がうるうるとした瞳で俺の方を見ていた。
「ねえ、駄目?」
そんなうるうるとした瞳をこっちに向けられると、どうも断りずらい。
しかも、坂宮は首まで傾げてきた。思わず、照れてしまい坂宮から目を逸らす。そして、断る心の準備も整った。俺は、緊張しながらも口を開く。
「ごめん。これに関してはちょっと教えられない」
深刻そうな顔をしながら真面目に断った。実際、これに関しては絶対教えられない。これを教える=坂宮に好きな人がばれる=振られてはい、俺の恋終了。こんなバッドエンドは絶対迎えたくはない。だから、ここで全力の演技をして坂宮からの要求を断らなければならないのだ。
少し、いや、めちゃくちゃ不満そうな坂宮。桜が俺だけにことを教えていることが腑に落ちないのだろう。それは友達であったら当然、味わってしまう疎外感なのだ。
「分かった。そんなに言うなら仕方ないわね。だけどいつか教えてよね」
坂宮はそっぽを向き、腕を組んだ。俺は短く且つ弱々しく「うん」と、答えた。
そのとき残っていたのは、坂宮に嘘を吐いてしまった罪悪感だけだった。
「まあ、早くあの二人と合流しよ!」
坂宮は桜から送られてきた例のメールを見ていないので、知らないだろう。まさか、ここから俺と坂宮二人のデートになることを。
「それなんだけどさ……坂宮」
「なに?」
「さっき桜からメール来たじゃん? それで、もうあいつら遠くにいるんだって。だから、俺ら二人で遊んどいてって…………」
言葉尻に続くほど、弱々しくなっていく声。当然だ。こんなこと言うの超恥ずかしい。もう、俺からデートの誘いをしているようなもんじゃねえか。
そんな変な考えが俺の頭の中にひょいひょいと浮かんでいる中、坂宮は顎に手を置き、少し考える仕草をしていた。
「それってさ、私たちがこれからデートするっていうこと?」
直球に聞かれてしまった。
俺は僅かに逡巡し、
「う、うん」
と、首を上下にこくり、と振った。
そしたら、坂宮はなにやら鞄を漁り始めた。
なんだろう? と疑問に思っている中、坂宮はスマホを取り出した。そして、なにやらぽちぽちとボタンを押し、その後スマホを耳にあてた。
電話だ。
「あ、お父さん?」
ここで、坂宮の電話相手を俺は知った。
怖い、と言われている坂宮の父さんだ。イメージ的にいえば、甚平(じんべい)を着ており、和室で胡坐を掻きながら酒を飲んでいるひげが立派なおじさん、といわれている。まあ、あくまでもクラスメートのやんちゃ系男子が話していたイメージだ。その後、なんか「俺、坂宮と付き合いたいけど、お父さんが怖いらしいからやめようかな……」とかなんとか馬鹿な男子が言っていたのを覚えている。はー、無駄なこと覚えてないで勉強頑張んねえと。
そんな無駄なことを思い出している中、坂宮とその父さんは会話している。
「お父さんって今どこ?」
不安そうな声色で、坂宮は聞いた。
だが、何故、そんなことをわざわざ電話してまで坂宮は聞いたのだろうか。少し、疑問に思ってしまう。
「もう、そんな細かいことはいいから!」
坂宮はなにやら怒っていた。坂宮の父さんは細かいらしいので「お父さんではなく、父上と呼べ!」とか、言われているのだろう。実際にそうだとしたら俺はめんどすぎてやっていけない。ん? だけど、もしも俺と坂宮が結婚することになったら坂宮の父さんが俺の父さんになることになる。まあ、そのときは未来の俺に任せておこう。
なにやら欲していた返答が来たのか、坂宮の表情は安心で溢れていた。
「そうなんだ」
そこで安堵の息を吐き、坂宮は「じゃあね」と、言って電話を切ろうとしていた。だが、ここで電話が切られてしまったら父親としては何故そんなことを聞いてきたのか不思議に思うだろう。もちろん、坂宮の父さんも例外ではない。
『待て!』
電話口でめちゃ大きな声が俺の鼓膜までも震わしてきた。
凛とした声色、坂宮の父さんは本当に厳しそうな人だと改めて理解した。
その後、坂宮は色々と焦っていた。そして、やはりこんなことをわざわざ聞く理由を聞かれたのか坂宮は返事に戸惑っている。
いっそのこと俺が代わって……とかいう変な考えが脳裏を過ったがそんなことをやれる勇気は残念ながら俺にはない。
坂宮はなにかいい嘘が思い付いたのか、戸惑いをなくし口を動かした。
「お父さんが家にいなかったら私鍵持ってなくて家に入れないからさ」
それには坂宮の父さんも納得したらしく、その後、すぐ電話は切れた。
坂宮は電話の切れた音を聞いて、安心感を抱いたのか大きなため息を吐いた。
だが、坂宮は嘘を吐いていた。なぜなら……坂宮の家の鍵は綺麗に坂宮の鞄に付いているからである。
にしても、坂宮本当に嘘上手いなあ。全く嘘吐くとき焦りとか見られなかったし。ある意味尊敬するわ。
坂宮の驚異の演技力に感心していると、坂宮は機嫌がいいらしく笑顔で言ってきた。
「じゃあ、お昼ご飯行こー!」
俺に普段は見せない坂宮の態度にきょとんとしていると坂宮は急に恥ずかしくなったのか、俺に背を向け歩き始めてしまった。
「ちょ、ちょっと待って!」
置いていかれるのは嫌なので俺はすぐ坂宮の後を追う。
そして、ショッピングモール内を歩くことおよそ三分。
とあるラーメン屋さんに俺らは着いた。
俺らは妙に気が合い、好きな食べ物をお互いに言った所「「ラーメン!」」と、見事にはもったのでここに決定したのだ。
並んでおらず、すぐ店に入ることが出来たのも幸いであった。
俺らは案内された席に着く。お互い、一枚の机を隔てて向かい合っている。なので、前を向いたら必然的に坂宮のことが視界に入ってしまう。
くう、もっと座る場所考えれば良かった! こんなんじゃあラーメン食えねえぞ。
そんなことを思いつつも俺らはラーメンを注文する。俺は醤油ラーメンで、坂宮は塩ラーメンだ。
それからおよそ五分後、ラーメンは俺らの元へとやって来た。
俺らはラーメンを啜る。お互い俯きながらラーメンを啜る。
ただ俺ら二人の空間を支配しているのはちゅるる、という俺らがラーメンを啜る音だけであった。
だが、このままじゃあ駄目ということを俺は知っている。折角、あの二人も応援してくれているんだ。昼飯中に話さない=二人を裏切る、ということにもなってしまうかもしれない。そんな裏切り行為はしたくはない。
――だから、ここで話さないと!
俺はラーメンを咀嚼し終えた後、勇気を振り絞って坂宮に話し掛けた。
「あのさ、坂宮」
坂宮はラーメンをふーふーしながらもこっちを向いた。
その顔が可愛すぎて俺は危うく死にそうになったが、こんなところで挫けてはいけない!
心臓が高鳴る中、俺は気になっていたことを聞く。
「なんで父さんに嘘吐いたんだ?」
それは非常に単純なこと。嘘を吐いた理由が気になっていた。
というか、そもそもじゃあなんで坂宮はあんなことをわざわざ電話してまで聞いたのだろうか。
あのときの坂宮は少し不安そうだった。となれば、このショッピングモールに親が来ていないのか確認するためなのだろうか。
馬鹿系男子情報だと、坂宮の父さんは坂宮が男と歩いているところを目撃したら、その男におもちゃのナイフを向けて襲い掛かるらしい。……いや、それ本当だったらまじで坂宮の父さん恐ろしいな……下手したら警察に通報されるレベルだぞ……。
だが、それも父親の愛、というやつだろう。よく、厳しさは愛だ、とかいわれているので恐らくそれだ。
にしても坂宮の父さんどれだけ娘に溺愛してるんだよ……絶対、坂宮の結婚式で号泣しながら「行かないでくれ! 未来!」とか、叫んでそうだよな。
まあ、その前に俺がその新郎の顔面を殴っているかもしれないが。それが俺だとしたら坂宮の父さんに殴られそう……「お前に俺を父さんという資格はない!」とか、言われそうだな。あー怖いな。思わず戦慄してきたぞ。
その場面を想像して身体を震わせている中、坂宮は俺にわけを話してくれた。
「こんなところお父さんに見られたら華上が……華上が危ないからよ」
俯きながら自分の顔を少し隠しながらも弱々しく坂宮は言った。
どうやら、俺の推測は間違っていなかったらしい。
というか、華上が危なかったって……なに? 俺坂宮の父さんに殺されちまうの? こんなに楽しいところから一変して最期を迎えることになるの? そんなの絶対嫌だぞ。
さらに身体が震えを増す中、唐突に次は坂宮が聞いてきた。
「あのさ、突然だけどさ華上って………………好きな人とかって………い、いるの?」
恥ずかしさを隠しているのか、坂宮はもう真下を向いていた。
にしても、坂宮が急にそんなことを聞くなんて……めちゃめちゃ驚いてしまった。
そんな驚きと照れくささが混ざり合い、俺の体温は上がっていた。
「え、えっと、なんで急にそんな」
頬杖を突きながらも質問に質問で返した。
そこで俺は坂宮の右横に浮かんでいる告白成功指数に目を遣る。しかし、依然変化なく、その数値は2だ。だからこんなところで「俺の好きな人は坂宮……いや、未来ただ一人だけだよ」なんて、イケメン台詞絶対言えねー。
俺が少し戸惑っている様子を見て、坂宮は俺の質問に答えた。
「ただ単純に華上に好きな人とかいるのかなーって思っただけよ」
顔を上げて、俺のことを直視して言ってきた。
な、なんだ。ただ俺の好きな人を知ってからかおうとしてた訳か。そ、そうだよな。少し期待しちゃったけど、んなわけないよな。
告白成功指数が2の今、絶対告白する訳にはいかないので、結局嘘を吐いてしまった。
「俺には、好きな人はいない。それに俺には恋愛はあまり似合わないと思うし」
最後に笑ってごまかした。
そしたら、坂宮はなにか悲しげな表情をしていた。恐らく、俺のことを恋愛面でからかえないので、悲しがっているのだろう。
「まあ、確かに。華上には恋愛は似合わないわよね!」
俺の言ったことを素直に肯定してきた坂宮。
そこは「そんなことないよ。華上はかっこいいし、モテると思うから恋愛は似合ってるよ!」とか、言って欲しかった。まあ、坂宮に限ってそんなこと言うはずがないと思うが。
俺は坂宮に好きな人を聞かれた。ならば、それは俺も坂宮の好きな人を聞いてもいい、ということになる。
俺は勇気を出して坂宮に聞いてみた。
「坂宮は好きな人とかっているの?」
聞くと、坂宮はそれを聞かれることを推測していたのか胸を張って堂々と教えてくれた。
「いるわよ」
ここで、酷く俺は落胆した。
坂宮の言葉が脳裏で反響し続けている。
一体、誰なんだ。本当に誰なんだ。俺はものすごく坂宮の好きな人が気になった。
もしかして、UFOキャッチャーの件で竜胆のことを好きになっちゃったとか? そうだとしたら、余計に竜胆に対しての恨みは強くなるだろう。
それとも他クラスではあるがよく坂宮と会話をしているあの黒髪さっぱり系イケメンの
俺の脳裏では坂宮の好きな人の予想図が浮かび上がる。
その度、少しイライラしてしまう。
駄目だ。これだと俺が坂宮のことを好きっていうことが丸分かりじゃないか。
なんとか、表情を取り繕って坂宮と向き合う。
そして、意を決して聞いてみた。
「それってずばり誰?」
特に怒っていませんよ感を漂わせるために柔らかく聞いてみた。
そこで、坂宮は片目だけを閉じて、ウインクをし、
「華上には教えてあげなーい」
と、悪戯っぽく言ってきた。
華上にはってなに? もしかして俺以外の人間はもう坂宮の好きな人知ってんの!? それはやばい。俺も知りたい……。
だが、ここで坂宮にしつこく聞いたら、坂宮の好感度は余計落ちてしまうだろう。
まあ、一応、頭上に浮かんでいる坂宮の好感度は100だが、それはなんらかの数値的欠陥だろう。二年になって冷たくなった坂宮の好感度が100な訳がないのだ。……まあ、本当にこの数値が正しくて100だったら、くそうれしいけど……だけど、好感度が100だったら
以上の結果から坂宮の好感度は100ではない。悲しいけど、100ではないのだ。
「悲しいな」
好感度と告白成功指数が低いことが悲しい、俺に好きな人を教えてくれないのが悲しい、二つの意味を込めて俺は虚しくぽつり、と呟いた。
そこで、「華上には……いじゃない」と、坂宮の声が聞こえてきたが、うまく聞き取れなかった。
そんな感じで昼飯ではわりと会話は弾みすぐ時は流れていった。
「ラーメン、うまかったな」
腹を撫でながら満足げに俺が言うと、坂宮も「うん。おいしかった」と、俺に続いて感想を口にした。
午後、俺らはそこら辺にあるショッピングモールのベンチに腰を掛けて、十五分ほど、コーヒーとかを飲み、休んだ。
そして、そんな休憩も終わると俺らはスポーツ施設へと向かった。
受付で金を支払い、まずは卓球をやった。
ちなみに俺はシェイクで、坂宮はペン。まあ、そういっても伝わりずらいのかもしれない。シェイクはみんなが想像するようななんの出っ張りもない、普通の卓球ラケットの種類。一方、ペンはグリップになにやら出っ張りがあるもので使われている人口はこっちの方が少ない。
卓球のラケットについてのちょっとした説明は終えて、俺らは罰ゲームを賭けて試合、いや闘っている。
坂宮は高くトスをし、そのままラケットを振りピン球と接触させ、サーブを出した。スピードサーブというやつだ。
中学時代、卓球部だった俺にとっては一番楽に返すことが出来るサーブ。
俺は、ラケットを引き、そして、向かってくる球目がけて思い切り振る。
ピン球はさらに勢いを増してそのまま坂宮のコート目がけて疾風迅雷のごとく弾けた。
これにガッツポーズを浮かべる中、坂宮は少し怒り、戸惑い、驚いていた。
「ちょ、ちょっと! 華上ってもしかして卓球部だったの?」
聞かれたので、俺は「ああ」と、返し、さらに言葉を添えておく。
「まあ、部内では真ん中の方の強さだったけどな」
「そうなんだ」
試合中にも関わらず会話をする中、坂宮は怒りを俺にぶつけてきた。
「じゃあもうちょっとそのこと早く言ってよ! 卓球部だったんなら少しは手加減してよ……こんなの罰ゲーム百パーセント私じゃない!」
坂宮に甘いのが俺である。
だがしかし、今回の罰ゲームは絶対嫌だ。かと言って負けるわけにはいかない。だけど、坂宮に負けさえるわけにもいかない……。
脳裏に急になにかが閃いた。
考えを巡らせる。そして、ある結論へとたどり着いた。
現在、一対0。
この、調子で得点を取り続ければ間違いなく俺は勝てる。だが、勝てば坂宮からの好感度が下がる危険性だってある。
――ならば、
「分かった、分かった。手加減するよ」
俺はそう坂宮に約束した。
そして、坂宮は再びサーブを出す。さっきと同じスピードサーブで容易に強打出来そうだ。
しかし、そうする訳にもいかないので、俺はピン球を軽くラケットに当て、ぽん、と高く上げる。いわゆるチャンスボールというものを出した。
坂宮はラケットを引く。そしてピン球目がけてラケットを振る。
ピン球はスピードを上げ、俺のコートへと入った。
このぐらいのスピードならば、普通に打ち返すことは出来る。だが、ここは敢えてわざとミスることにした。
ピン球は俺の横を悠々と通り過ぎていった。それと、同時にそれぞれの得点は一対一になる。
坂宮が可愛くガッツポーズをしていたので、少し頬を赤く染めながらも俺は「サーブ出すぞ」と、合図をした後で、容赦なく横回転サーブを出す。
スピードが出ていないのか坂宮は余裕そうな表情をしている。
だが、その余裕が命とりなのだ。
坂宮はラケットとピン球を接触させた瞬間、驚いていた。
ピン球は坂宮から見て右、俺から見て左に飛んだのだ。
当然、俺のコートに落ちることなく虚しくコート外に落ちる。
ピン球はたんたんたん、という音を立てる。やがて、その音は止まる。
坂宮は頬を膨らましていた。どうやらお怒りのようだ。
「今のサーブなに?」
「横回転サーブってやつだよ。驚いたっしょ?」
聞くと、坂宮は不満げな顔をした。
「手加減してくれるって言ったのに……華上の意地悪」
「悪い。悪い。手加減するよ」
再び、そう約束した後で俺はサーブを出す。
横回転サーブの次に出したのは、スピードサーブ。とはいってもスピードは0に近いので、チャンスサーブと、いった方がいいのかもしれない。
なにも回転は掛かっていないのに、坂宮は警戒しているそうで弱々しくピン球に触れる。
ピン球は高く上がり、俺のコートへと侵入してきた。俺も坂宮に続き高く返す。
そんな感じのたかたかラリーは二十回ほど続いた。
ここまで来ると、坂宮がいつミスするか分からないので、俺は決めようとする。高く宙に浮いたピン球を捉えて、ラケットを引く。
そして、思い切りラケットを振る。
坂宮はどんなのが来るか緊張していた面持ちをしていたが、その表情はすぐ安堵の表情へと変わった。
俺は空振りをしたのだ。とはいってもわざと空振りをしたのだ。
これも一つの手加減というやつだろう。
そんな感じで坂宮が点を取り、次には俺が点を取り、と両者一歩も引かず闘っていると、いつの間にか俺らの得点は十九対十九になっていた。
ふつう、卓球は十一点先取だ。しかし、デュースへと入ったので俺らの得点は互いに十一点を超えていた。
ここが一番の山場だ。
俺は超真剣にサーブの構えをする。
お互いに汗を滴らせながらも、俺は自分の中での最強サーブを出した。
その名も超下回転サーブだ。
部活内でサーブは優れていたのが俺だ。そして、この下回転サーブを返せる者は中々いなかった。
卓球素人にこんなサーブを出すのは悪いが許してくれ、と心中で謝りつつも俺は容赦なくピン球の真下を刹那の間にひゅっと擦る。
ピン球はネットギリギリで坂宮のコートへとゆっくりと侵入していく。
坂宮は軽くつっつきをした。
しかし、そんなので俺の超下回転サーブを返せる訳もなく、ピン球は虚しくネットに引っ掛かり坂宮のコート内に落ちる。
驚きながらも、坂宮は俺を睨んできた。軽く笑みを向けると坂宮はそっぽを向いた。
現在、二十対十九。ここで俺が得点すれば、俺の勝ちだ。
しかし、それだと坂宮が罰ゲームを受けることになるので、ハッピーエンドにはならない。
ならば、ここでのハッピーエンドは――。
俺は高くトスをする。そして、ラケットを下方向に振る。これはラッキーサーブだ。
坂宮は決め顔で最後に相応しいスマッシュを俺にお見舞いしてきた。
ピン球は俺のコート内に勢いよく落ちてやがて床に虚しく落ちる。それと同時に試合は終わった。
「罰ゲームはなしだな」
スマッシュが決まった爽快感に浸っていた坂宮は不思議そうな表情をしていた。
「なんで?」
まあ、そうなるのは当然だろう。
じゃあ、元卓球部の俺が手短に説明してやるか。
「卓球はな二十対二十になると同時にそこで引き分けが決定するっていうルールがあるんだ。だから、今回の勝負に勝ち負けはない。故に罰ゲームもなくなる」
元卓球部の知識を使って坂宮にドヤ顔を向ける。
しかし、その俺の説明に対して坂宮は少しつまらなさそうな顔をしている。
「なんか、それだと面白みがないな~」
確かにそれもそうだろう。
俺たちは罰ゲームという名に恐れながら試合をしていた。だから、それがなくなると虚しい気持ちにもなるだろう。
ちなみに、罰ゲームというのは、負けた方が勝った方に好きな人を言う、という内容だ。だから、俺は絶対にこの勝負には負けられなかった。坂宮の好きな人が超気になっていたから勝つ気でいた。
だが、坂宮は俺に好きな人を教えたがろうとしない。それに、俺が坂宮の好きな人を知ったところで俺はなんの得をするのだろうか。なんの得もしない。逆に知ってしまうと坂宮の好きな人のことを憎んでしまうかもしれない。だから、俺は敢えて知ろうとしなかった。知ってしまったら、坂宮の好きな人のことを傷つけるかもしれないから。
そこで、考えを巡らせて出た結論は引き分けの勝負で終わらせるというものだった。
まあ、この結末はつまらないかもしれないが、最善だろう。
だから、こんな感じの終わり方にしてくれ坂宮!
しかし、そんな俺の心の声は届かず坂宮は何か思い付いたような顔をした。
「んじゃあさ、一点先取っていうルールでもう一回やらない? もちろん、罰ゲームはありで!」
「罰ゲームってなに?」
俺が聞くと、坂宮は顎に手を遣り、考える仕草を見せた。
そして、何かが思い付いたのか人差し指を立てて俺に提案してくる。
「人に言えない恥ずかしいことを言うとか?」
「それでいいのか? 多分、俺勝っちゃうよ?」
「全然いいよ!」
坂宮は怪しげな笑みを俺に向けていた。
んー、人に言えないような恥ずかしい話か~。いまいち思い付かねえな。
俺は考えながらも再び台につき、真剣な眼差しを坂宮に向けながらもラケットを構える。坂宮も俺と同じくとても真剣な表情をしている。
俺らの間には閃光のごとく、雷が走っている。
俺は元卓球部だったので、ハンデとして坂宮にサーブを譲った。
坂宮はピン球をじーっと凝視する。そして、思い切ったトスをする。俺の目にはピン球がゆっくりと落ちてきているように見えているが、実際は中々なスピードで落下している。
そして、時は来た。坂宮は渾身のスピードサーブを放ってきた! と、思ったが、そのサーブはとてもゆっくりなサーブだった。
貰ったー! と心中で叫びながらも俺はピン球を捉える。そして、ラケットを引く。
――そんな、時だった。
「華上!! あ、あれ、あれってなに!?」
坂宮が急に叫び出した。声は震えていてなにかに恐怖しているようだった。
俺は坂宮の指差した方向に目を凝らす。しかし、特に俺の目には何も見えない。
「華上! あ、あれだよ!」
そんなことを坂宮は言ってくるが俺の目には特異な景色なぞ映っていない。
「あれってなんだ?」
首を傾げながら聞くと坂宮は失笑した。
「華上のま・け・だ・ね!」
俺は焦りながらもピン球のたんたん、という音がした方向を向く。
し、しまったー! やられた!
ピン球は虚しく地に落ちやがて静止した。
坂宮は未だ笑いが止まらずにいて、大爆笑している。
「私の演技力どうだった?」
笑いながらも聞いてくる坂宮。声は震えていたし本当になにかに恐怖していたような感じだった。
「……めちゃ、すごかった」
やられちまったー! と、頭を抱え、悔しみながらも俺はそうぽつり、と坂宮に返答した。
坂宮はどうやら満足気味のご様子だ。
卓球の知識で引き分けについて説明していたときの俺のドヤ顔に近いドヤ顔を今度は俺が坂宮から向けられる。
「じゃあ、ということで罰ゲームの恥ずかしかったエピソードを私に話しなさい!」
言われた後に俺は再度考えてみる。だが、特に思い付かない。
……恥ずかしかったエピソード……恥ずかしかったエピソード……恥ずかしかったエピソード……脳裏で考えるも特にそれといったものは思い付かない。
俺は昔のことを思い出そうとする。そこで、やっと一つ思い付いた。
「中学一年まで母さんと一緒にお風呂入ったり、一緒に寝てた……とかは駄目?」
一応その思い付いた恥ずかしかったエピソードというものを坂宮に話してみたが、坂宮は呆然としていた。そして、三秒後、またまた坂宮は大爆笑した。
「え! 華上って中一までお母さんと寝て、お母さんとお風呂入ってたの!? 華上って……マザコンなんだ」
爆笑し、おなかを抑えながらも坂宮は驚きの表情も見せていた。
こんなことでこんなに大爆笑するのなら、これに似たようなエピソードがもう一つある。ならば、それも話して坂宮の笑顔を増やそう! 俺は「もう一つあるぞ」と、坂宮に言ってからそのことを話す。
「中一までだけど、妹の優花が風呂入ってるとき、よく『一緒に風呂入ろうぜ!』とか、言ってはビンタ食らってたこともあるなあ。それも小四とは思えないすげえ力で頬を一発ビンタしてくるんだ。めちゃ痛かったな~」
俺が言うと坂宮は「なにそれ、きもすぎでしょ~」と、心に来る言葉を放ちながらもおなかを抑えてさっきよりも激しく爆笑していた。
まあ、確かに高校二年の今の自分からしてみれば、中学一年の自分はきもい、と思う。てか、俺どれだけシスコンだったんだよ。
まあ、今でもシスコンでないこともないかもしれないけど。
俺が昔を思い出しているときでも坂宮の笑いは完全には消えていない。さっきよりかは笑い声も小さくなったが、どうやらまだ笑っているようだ。
あんなエピソードそんなにおもしろかったか? 俺が一人でそう思っている中、坂宮の笑いは落ち着いた。
「華上って色々やばいね」
その色々とはなんだよ、と思いつつも俺は恥ずかしそうに頭を掻く。
「じゃあこれで罰ゲーム終了ってことでいい?」
「まあ、たくさん笑ったし、いいわ」
ここで俺の罰ゲームは終了した。
その後も野球のバッティングやボーリングや、テニスなどを俺らは存分に楽しんだ。
そして、外に出てみるといつの間にか夕日は昇っていた。楽しかった一日の終了を伝えるかのように燦々と、美しい夕日は俺らのことを照らしてくる。
「もうそろそろ帰る?」
坂宮に聞かれたので、俺は悲しみも込めてそれに返答した。
「うん。夜あまりにも遅くなると坂宮の父さんが切れるかもしれないし、それに夜は危険だしさ」
坂宮のことを心配してそう言うと、坂宮は少し頬を赤く染めていた。否、夕日が坂宮の頬を赤くしているのだろう。俺が心配したりしたところで坂宮が照れたりする訳がないのだ。
「じゃあ、帰ろう……」
そして、坂宮は歩み始めた。
夕日に染まりながらも前を行く彼女は神秘的でとても美しい。
そんなことに少し見惚れていると坂宮の周りのあるものが変化した。
横の告白成功指数が2から4へと上がっていたのだ。
とても小さい変化だとは思うが、この変化が五十回続けば、俺は坂宮と付き合って、無事カップルになることが出来る。塵も積もれば山となる――ということだ。
この調子で告白成功指数を上げていこう! と、意気込んでいると、立ち止まっていた坂宮がふと、後ろを向いた。
「早く来ないと置いてっちゃうわよ」
彼女の笑顔と夕日が美しすぎていて、俺は夕日の綺麗な赤のように頬を赤く染めてしまった。
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