第6話 外出

 そして、約束の日曜日はやって来た。

 俺はわくわくしすぎて、だいぶ早く家を出てしまった。そのせいか集合場所である金の時計が特徴的な駅にはまだ俺しか着ていない。

 この駅には人々がたくさんいて、喧噪で包まれている。ちなみにその人々の好感度と告白成功指数は皆共に0だ。まあ、まず話したこともないので妥当の数値といえるだろう。

 ある人は友達に電話を掛けており「ねえまだぁー? 遅いんだけど」とか、文句を言っており、またある人はスマホゲームをやっているのか忙しなくスマホの画面をタップしていたり、またまたある人らは友達と一緒におしゃべりをしながら、外へと出ていった。

 そんな中ただ一人、佇んでいるのが俺である。

 昨日、竜胆りんどうから伝えられた集合時刻の十時までは腕時計が間違えていない限り、およそ三十分ほどの猶予がある。

 そんな時間、一人でぼーっとしていても寂しいし虚しいし暇だからポケットからスマホを取り出して、ゲームをすることにした。

 だが、『始める』ボタンを押そうとしたとき、誰かから声を掛けられた。誰だ、と思いスマホから目を逸らし声がした方向を向いた。

 ――超絶美少女、坂宮さかみやが足一歩分のところにいた。

 清楚感漂う白のミニスカートとブラウス。胸元でリボンが結ばれている。

 俺は坂宮のそんな超絶可愛い姿を見て思わず頬を紅潮させる。


「よ、よう」


 ロボットのようなぎこちない動きでてのひらを坂宮の方に向ける。そしたら、坂宮は少し口元を緩ませたかと思うとすぐ、残念そうな表情へと急変した。


「なんだー。まだ華上かがみしか来てないんかー。あの二人遅いなー」


 俺は腕時計と坂宮を交互に見る。

 腕時計が示しているのはおよそ九時三十分。

 この腕時計壊れてるんかな。

 腕時計だけでなく、金の時計も見る。だが、金の時計も示している時刻は九時三十分で俺の腕時計と同じであった。

 と、なるとただ坂宮が来るのが早すぎるだけである。

 だけど、納得がいかない。あの坂宮がこんなに早く集合場所に来るなんて……。


「華上さっきからなに? 私が早く来たことがありえなくてそんな時計を見てるの?」


 少し怒っているのか坂宮は頬を膨らましている。


「いやいや、そんなことないない。あはは」


 嘘である。

 実は、今回が坂宮と初めての遊びではない。俺が坂宮のことを好きになる前の高校一年の夏休み、何度か今回の四人のメンバーで遊んだことがある。

 そのときは毎度のように遅刻して、酷い時は三十分とか一時間とか遅刻していた。俺らが坂宮に遅刻した理由を聞くとき坂宮は大抵「寝坊した~」「忘れてた~」とか呑気に言っていた。

 そんな坂宮が集合時刻の三十分前から集合場所にいることがどうしても信じられないのだ。だって、昔、俺らが坂宮に付けてたあだ名、遅刻魔とかだし。


「やっぱ、人生なにがあるか分からんなー」


「なんか言った?」


 坂宮は俺のことを睨んできた。

 まさか、自分でも無意識に言っており、坂宮に急に睨まれて本当にびくった。威圧感のあまり死ぬかと思った。

 坂宮の視線からしてみるに「もう、昔の私じゃない」と、俺に訴えているそうだ。

 にしても坂宮って結構極端だな。遅いときと早いときの差、大きすぎだろ。


 「にしても、竜胆と深乃里みのりまだかな~」


 坂宮はまだどうやら自分が早く着すぎたことに気付いていないらしい。

 待つことが嫌いなのか坂宮は退屈そうだ。まあ、俺も退屈だけど。

 ん? ちょっと待てよ。竜胆とさくらが来るまで俺ら二人っきりってことだよな。それってめったに来ないすげえチャンスじゃねえか。

 そんなことを思い浮かれていたとき、ある子供に俺ら二人は指を差されていた。


「ママー! あの二人ってカップル?」


「こらこら。ダメでしょ」


 俺らに怪しげな視線を送ってくる子供。その子供を注意する母親。

 そして、母親は俺らに軽く頭を下げると明るい視線で俺らのことを見てきた。

 なんだろう。この母親にも俺らは勘違いされているのだろうか。ということは、周りから見たら俺らってカップルに見えるの!? いやあ、それは正直うれしいなあ。

 だが、恐らく喜ぶのは俺ぐらいだ。

 今頃、坂宮は本気で嫌そうな顔してそう……。

 憂いを漂わせながら、勇気を出して、眼球だけを動かす。そして、坂宮を見る。

 だが、坂宮は予想外の表情をしていた。

 頬は真っ赤に染まり、とても恥ずかしそうな表情をしていたのだ。


「……坂宮?」


「な、な、なに?」


 俺が坂宮に話し掛けると、坂宮は何故か焦りを見せながら返答した。

 ちなみに、坂宮の頬はさっきよりも赤くなっており、太陽のように焼けている。

 一体、坂宮は何に対してそんなに恥ずかしそうな表情をしているのだろう。


「そんなに顔を赤くしてどうしたんだ?」


「え! いやいやいやいや、全く顔なんて赤くないし! いつも通りだし!」


 腕を振りながら、力強く、坂宮は反論してきた。

 ……いや、どう見ても赤いよな? まあ、これ以上深く聞いたら坂宮に怒られそうなのでやめておくか。


「た、確かに。いつも通りだな」


 変な笑みを浮かべながら俺は嘘を吐いた。

 それに対して坂宮はこくり、と頷いた。

 今、好きな人と俺は二人きりでいる。めちゃめちゃ絶好の機会だ。なのに……坂宮が頷いてから俺らの間には沈黙しか流れてない! 勇気出せ、俺。まじで勇気出せ。

 喉でつっかえている言葉を出そうと、勇気を振り絞り、声を発した。


「あのさ――」


「あ! 二人もう来てたんだ! やっほー!」


 だがしかし、ここで邪魔者が入ってしまった。

 俺らの方に手を振っているのは幼馴染である桜深乃里だった。

 涼しそうなワンピースを着ていて、満面の笑みを浮かべながらこちらへとてくてく、と歩いてくる。

 ここで、俺が少しドキッとしたのは内緒だ。べ、別に桜のことなんて可愛いって思っていないんだからね! って、俺ツンデレかよ。

 正直に言うと、坂宮という美少女がいながらも桜のことを可愛いと思ってしまった。

 黒髪は少し長いのかツインテールによって括られており、漆黒の瞳は金の時計から反射した光が含まれているのかいつもより明るくなっている。


「深乃里~! やっと来た! もう華上と二人きりだったから辛かったよ~」


 坂宮は桜との距離を縮めていった。


「じゃあ、顔が少し赤いのは華上といて照れてたってこと?」


 坂宮の顔は先ほどまでではないが、まだ少し赤い。

 坂宮は思わぬ桜の発言にまたさっきのような焼けた太陽の色に戻ってしまった。

 いや、坂宮どれだけ恥ずかしがるんだよ。そのままだと顔が燃焼されちまうぞ。

 そんな燃焼される間際、坂宮は自分でも熱を帯びていることに気付いたのか、自分の顔を自分の手で隠した。そして、少しは落ち着いたのか顔を覆っていた手をゆっくりと自分の顔から離していった。


「な、なんで華上といて照れなければいけないのよ。べ、別に私は華上に興味ないし!」


「え~、ほんとに~?」


「ほんとよ!」


 そんな二人の会話が嫌でも俺の耳にも入ってきて、俺の心の赤いハートには半分ほどのひびが入った。

 ま、まあそうだよな。坂宮が俺といて照れるわけがないよな……。

 そんなことは知っていた。冷たい坂宮が俺のことを好きになってくれるわけがない。さっきから坂宮の頭上に浮かんでいる好感度100というのは嘘であり、数値的欠陥だと思っている。てか、好感度100っていうことはその人のことが好きっていうことだよな。ならば必然、告白成功指数も100になるはずだ。好感度が100なのに告白成功指数が2だなんてありえない。それに前なんか0だったし……。

 そんなことを思い返して、ショックを受けていると、ある男の声が聞こえてきた。


「ごめん! 俺が一番遅かったみたいだな」


 俺ら三人が声のした方向を向くと、そこには女子が喜ぶイケメン君、竜胆がいた。

 いつもの金髪は少し目立っており、周りの見知らぬ女子たちは何やらこそこそ話をしている。どうせ「あの、イケメンやばくな~い?」「だよね! 超かっこいい!」とか、そこら辺の他愛ない会話をしているのだろう。全く、イケメンじゃない俺、超悲しいんですけど!

 若干の怒りに堪えながらも慌てて走ってこっちまで来た竜胆と向き合う。

 イケメンなのにつ、遅刻をしてきた(俺ら三人が早いだけで集合時刻の五分前に竜胆は来た)竜胆には重たい罰が必要だ。


「竜胆、なんかお前見てるとイライラするし、来るの遅かったから昼飯奢れよ」


 若干の怒りを含んだ声で竜胆に言うと、竜胆は笑顔を浮かべた。

 お! これ昼飯奢ってもらえるんじゃね? 俺は竜胆のその笑顔に期待した。


「無理」


 しかし、その期待はことごとく崩された。

 無理ならなんで笑顔になるんだよ。変な期待をさせるなよ。

 どうやら、その笑顔に期待していたのは俺だけじゃないらしく坂宮と桜も少し肩を落としている。そしたら、何かいいことでも思い付いたのか、桜が満面の笑みを俺に向けてきた。正直、少しドキッと来た。


「じゃあ、華上が奢って」


 ドキッとした気持ちはどこか遠くへと吹き飛んだ。

 可愛らしい声色でそんなことを言ってきた桜。

 桜はその満面の笑みと可愛らしい声色で俺を落とせると思ったのか。

 確かに、ドキッとは来たが、そんなのでは俺は奢らない。幼馴染を何年やってきたと思っているのだ。

 よし、ここは竜胆と同じやり方で断ってやろう。

 俺は顔中を埋め尽くすような笑顔を浮かべた。まずここで、桜は期待感を抱いたはずだ。だが、俺はそんな期待に乗るつもりはない!


「無理」


 言ってやったぜ。断ってやったぜ。

 俺は坂宮たちの方を見る。みんなぽかーんという表情を浮かべている。


「じゃあ、全員集まったし。行くか」


 竜胆はそう言って、足を進める。

 いや、なんか俺無視されたんだけど。

 坂宮と桜の方を見ると二人も竜胆の後に続くように人ごみの中を歩いていった。

 みんな無視するんすか。はい、そうですか。

 やはり、笑顔を向けながら、断る、ということはイケメンにしか許されていないそうだ。顔面偏差値が俺みたいに普通と思っている人は絶対こんな断り方したらダメだぞ。ちゃんと申し訳なさそうな顔して断るんだぜ。さもないと、俺みたいに無視されることになる。しかも、それで好きな人に無視されたときの痛みは結構苦しいぞ。まあ、俺のことなんだけど。だから、俺の心今めちゃ痛い! ものすごく痛い!

 そんな痛みに耐えながらも数字が浮かんでいる否、飛んでいる所を俺は「待てよー」と、言いながら駆け足でみんなの所へと向かった。

 外へ出るとそこは都会だった。

 聳え立つ多くのビルがこの都市の雰囲気を形成しており、人もたくさんいる。信号待ちの所なんてあの人ごみの中に入るだけでだいぶ体力がもっていかれそうだ。

 もちろん、遊技場だってたくさんある。ゲーセンにカラオケ、スポーツ施設やカフェといった所がたくさんある。そうでなければこんなに人など集まらないだろう。


「ねえねえ、どこ行く?」


 桜がニコニコスマイルを浮かべながら俺らに聞いた。


「別にどこでもいいんじゃね?」


「私は買い物とか行きたいかな」


「俺はスポーツ施設とか行きたい!」


 揃わない。

 やはりみんなそれぞれで行きたい場所があるのだろう。

 だから坂宮と竜胆は自分が行きたいと思った場所を口に出して俺らに教えてくれた。

 だが、俺だけが桜に聞かれて陳腐な返事をしてしまった。少し後悔。

 だってさ、本当はゲーセンとか超行きたいよ。そこで俺は坂宮が欲しがっているぬいぐるみとかを取って好感度を一気に上げるんだよ。だけどさ俺が仮に「ゲーセン」って提案してさ坂宮に「嫌だ」とか、言われたら超ショックじゃん。

 だから、俺はそれを恐れて敢えて提案しなかったのだ。逃げるが勝ち、とか言うだろ。だから俺は勝ったのだ!



「なるほど。みんなそれぞれ行きたい場所違うのかー。私はゲーセンがいいんんだけどどうかな?」


 俺が心の中で変に満足感を抱いていると、桜が予想外の提案をした。

 俺の代わりに桜がゲーセンを提案してくれたということだ。

 さて、みんなはそんな桜の提案に賛成するのか、否か。


「嫌」


 坂宮が少し険しそうな表情でそう言った。

 坂宮の思わぬ返事に竜胆と桜はきょとんとしている。

 良かった。俺、提案しなくて。

 どうやら、あのときの俺の判断は合っていたらしい。 

「ふう」と、安心していると、坂宮の険しい表情はどこかへと吹き飛んでいた。そこで、


「いや、ゲーセンってめっちゃ行きたい! UFOキャッチャーとか超やりたい!」


 坂宮からは予想外の発言が飛んできた。

 いやさっき「嫌」って言ったよね? それってそっちの意味じゃなかったんかい。

 ここで、俺は自分の提案したいことがあったら素直にそれをみんなに伝えた方がいいということを学びました。


「なんか、ゲーセンって聞くと男子が行くイメージがあるからさ。少し恥ずかしかったんだよね」


 笑顔を浮かべながらそう言った坂宮。

 この言葉からしてみるに、坂宮が一番行きたい場所はゲーセンなのだろう。しかし、ゲーセンは男子が行くイメージがあり、女子が行くのはおかしいと思ったのかそれを提案することが出来ず、二番目に行きたい買い物を提案することにしたのだろう。

 そう考えると俺の一つの選択で坂宮からの好感度を上げることに失敗した。

 ……最悪だ。

 あそこで俺がゲーセンを提案していたとしたら、坂宮からの告白成功指数は100になっていたのかもしれない。

 俺は自分でチャンスを逃してしまったのだ。

 俺は後悔と悲しみのあまり、紫色のオーラを表に出してしまったのか、坂宮が少し憂いを帯びた視線を俺に向けてきた。そう思うと、すぐにいつも通りの坂宮の冷たい視線へと戻ってしまった。


「華上、熊に食べられた魚みたいな顔してどうしたのよ。もしかして、ゲーセン嫌なの?」


 そして、そのままの視線で坂宮は言ってきた。

 にしても、熊に食べられた魚ってどういうこと? 元々の俺の顔が魚みたいってことか? 哺乳類と魚類の中間の生物ってことかよ。そんなのいたらニュースに取り上げられて俺、一瞬のうちに人気者になれるじゃねえか! やったな俺!

 実際、坂宮の比喩に俺は傷ついていた。だから、こう楽観的な考えをしておかないと心の傷口が広がってしまう。

 だが、さっきの坂宮の言葉で俺が一番不安に思っているのはそんな比喩ではない。

 「ゲーセン嫌なの?」という坂宮の誤解だ。実際、俺はさっきの通りゲーセンは大好きだ。下手したらゲーセンで一週間は過ごせるかもしれない。ただし、すべてのゲーム機無料な。

 それほど俺はゲーセンが好きなのだ。

 このまま誤解されたままだと、合わない人と決められ告白成功指数が再び0に戻ってしまうかもしれない。そうならないためにもその誤解を解いて、俺のゲーセン愛を伝えなければならない。そこが好感度上昇のチャンスだ!


「いや、ゲーセン大好き! もうゲーセンで暮らしたいぐらいゲーセン俺大好き! 俺のゲーセンでのおすすめゲームは『太鼓の名人』だけど、坂宮はゲーセンで一番好きなゲームとかあんの?」


 よし、これでゲーセン愛は伝わったはず。さらには話を繋ぐことにも成功した。

 これでうまく話が繋がっていけば、自然に俺ら二人でゲーセンデートになるかもしれない。これは期待期待。


「私はUFOキャッチャー全般が好きだけど『太鼓の名人』は苦手」


「そうなんだ。UFOキャッチャーっていいよな。だけど、なんでUFOキャッチャーなんだろうな。訳すとUFOを捕まえる人、になるよな。それってなんか変だよな。あはは」


「う、うん」

 俺の期待は淡く散り、会話はここで途切れた。

 ゆえに、ゲーセンデートという夢の計画はこんなところで崩れた。

 俺らの会話が途切れるのを待っていたのか、桜が笑顔で言う。


「じゃあ、竜胆のスポーツ施設は後にして、ゲーセンに行こう!」


 そして、俺らはゲーセンへと向かうべく足を進めた。

 どれくらい経ったことだろうか。坂宮と一緒で緊張していたためかあまり覚えていない。そんな緊張感を持ちつつも俺らはショッピングモール内のゲーセンへと足を踏み入れる。

 ゲーセンならではの喧噪。

 様々なゲーム機から色々な音が聞こえている。『太鼓の名人』からは太鼓のどんどん、かっかという音。レースゲームからは車の走る音。その他のゲーム機もそれぞれならではの音を出しており、ゲーセンの雰囲気が形成されている。

 そこで俺らが前へと進む中、坂宮は止まり、あるゲーム機に目を輝かせていた。

 UFOキャッチャー、その中でも可愛らしい柴犬のぬいぐるみが景品として入っているものだ。

 俺は坂宮の興味津々な様子を見て、足を止めた。

 坂宮は財布から百円玉を取り出して、緊張した面持ちをしながら機械の中に入れる。

 そしたら1と書いてある円型のボタンが光った。

 そこで、桜と竜胆も坂宮の様子に気が付いたのか後ろを振り向き、きびすを返した。


「お! 未来みらいがUFOキャッチャーにめっちゃ真剣になってる! 頑張って!」


 桜からの応援を貰ってか坂宮の緊張は少し解けた。そして、早く押して、と言っているかのように光っている1のボタンに坂宮は触れた。

 坂宮の顔はとても真剣で、1のボタンに触れたことによって緊張感は高まったのか、額に汗すら浮かんでいる。

 1のボタンはアームの左右を設定するボタンだ。

 坂宮はゆっくりと左に進むアームを凝視している。

 その坂宮の面持ちからも俺らまでもが成功するか否か、ドキドキしながらアームを凝視する。

 そして、坂宮は1のボタンから手を離した。そこで、緊張が解けたのか、ふう、と安堵の息を吐いた。

 そこから窺えるにとりあえず、第一段階は成功したということだろう。

 良かった、良かった。

 だが、安心するのはまだ早い、と言っているように次は2のボタンが光っていた。

 坂宮は勇気と緊張を固め、おずおずと2のボタンに触れる。そして、それを押す。

 相変わらず、坂宮の表情はとても真剣だ。

 アームは次は静かに後ろに動き始めた。

 ゆっくり、ゆっくりと景品の上を悠々と飛ぶアーム。

 そして、そのアームの動きは突如止まった。その止まった位置からアームは動かず、そのまま景品を取るべく下がっていく。

 坂宮はアームを凝視しており、その視線は段々と下がっていっている。

 そして、アームはゆっくりと景品へと近づき、やがて静止する。そして、景品を掴むと、すぐ上がっていく。

 さて、ここからが勝負だ。

 このまま景品を落とすことなく、アームが進んでくれるのならうれしいが、現実はそう甘くはない。

 俺、坂宮、竜胆、桜は皆緊張した面持ちでアームを凝視している。

 だが、アームは凝視されて恥ずかしがっているのか、持っていたものを離し、顔を手で覆うようにした。当然、手は顔にいくので、そのまま景品はぽつり、と虚しく落ちる。

 俺らの負けだ。

 結構、いいところまでいけていたのに惜しかった。

 そんなことに坂宮は期待していたのだろう。しかし、その期待は一瞬の内に破壊された。故に坂宮は現在落ち込みモードである。ゲーセンの喧噪から隔絶されたような感じが坂宮を襲う。

 もう、俺には見える。坂宮の周りには紫色のオーラが漂っている。

 ならば、ここが俺の出番だ。


「坂宮、まあそんなに落ち込むなよ」


 声を掛けても坂宮からの反応はない。

 どうやら、景品を獲得することが出来ず、相当落ち込んでいるようだ。ならば、その落ち込みをここで俺が雲散霧消させてやる。

 俺は、百円玉を機械の中に入れる。

 百円玉のちゃりん、という音と同時に1のボタンが光り出す。

 坂宮がUFOキャッチャーをする際に一番足りなかったもの、それは軽率さと弛緩する心の気持ちだ。坂宮は慎重で緊張しすぎている。

 ならば、それを吹っ飛ばせばいい! 

 俺は何も緊張することなく、荒く1のボタンを押した。そして、坂宮の狙っている柴犬のぬいぐるみに横の間隔を合わせ、よし! と、思ったところで1のボタンから手を離す。

 そして、次は2のボタンを押す。アームがぬいぐるみの上に来たところで、俺は2のボタンから手を離す。

 さすが、俺、完璧すぎる! UFOキャッチャー鍛えまくってて良かった。閉店ギリギリまで練習しててまじ良かった!

 さすがの俺の完璧な技術にアームも感服したのか、そのまま坂宮所望の柴犬のぬいぐるみは運ばれていく。

 そして、ゴール直前までアームはぬいぐるみを運んでいた。

 ここまで来れば俺の勝ちだ! と、心の中で歓喜の舞が起こっている。

 しかし、ここで悲劇が起きた。

 アームは俺の心の歓喜が気に入らなかったのか、ゴールの穴に入るか否かの所で景品を落としたのだ。

 景品は左に傾いている。ほんの少し力を左向きに加えれば、落ちそうで、綺麗にバランスを保っている。この光景は怪奇的でぬいぐるみが宙に浮かんでいるようにも見えた。

 ま、まあこれなら時間が経てば落ちてくれるよな。

 しかし、一向にぬいぐるみは落ちようとしない。

 なに、このぬいぐるみ。俺に対抗心でもあるの? なんで落ちてくれないの?

 と、怒りを燃やしていると、後ろから竜胆がやって来た。


「俺も久しぶりにUFOキャッチャーやってみるか」


 そして、竜胆は百円玉を機械の中に入れる。当然のごとく、1のボタンが光り、竜胆はそのボタンを押す。

 俺がぎりぎりで取り逃したぬいぐるみの真上までアームを動かす。

 ん? ちょっと待て。まさかこのパターンって……。

 次に竜胆は2のボタンを一瞬だけ押した。そして、クレーンは下がっていき、ぬいぐるみに当たり、力を左向きに加える。そしたら、ぬいぐるみは穴へと見事落ちていった。

 ……やっぱり、これって……。

 竜胆は獲得したぬいぐるみを持ち坂宮の方を向く。


「これ、欲しかったんだろ? あげるわ」


 その言葉を聞いて坂宮は勢いよく俯いていた顔を上げた。


「いいの!?」


「ああ、俺別にいらないし」


「ありがと!」


 竜胆から坂宮はぬいぐるみを受け取ると、それを力強く抱きしめる。

 坂宮は悲哀から歓喜へと変わったが、俺はそれとは全く別の変わり方をした。

 ……なんだよ、これ。俺の理想図だとUFOキャッチャーを鍛えまくった俺が坂宮の欲しがっている景品を無事、取ってそれを坂宮に渡す予定だったのに……なんでその立場が竜胆になってるんだよ。しかも、あの柴犬のぬいぐるみ、殆ど俺が取ったようなもんだろ!? なんか竜胆が取ったような設定になっているんだけど!? 

 確かに、坂宮はずっと俯いていたから俺の華麗なUFOキャッチャープレーを見ていなかったかもしれない。だが、俺は坂宮の欲しがっている景品を取って「君のために取ってやったぜ」っていうことを示したかったのだ。こうなるのは明らかにおかしいよ!

 俺は竜胆と桜にも坂宮のことを好きということは言っていない。好きな人は誰にだって言わないのが俺の主義だ。

 だが、今日で色々と分かった。この竜胆に横取りされた屈辱を二度と味わわないためにもういっそのこと、あの二人には言っちゃおう。そしたら、二人とも何か協力してくれるかもしれない。

 もう、UFOキャッチャーで屈辱的なあんな悔しい思いをしないように言ってしまおう。

 ――俺は坂宮のことが好き、ということを。

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