第5話 保健室での出来事
意識を失った後、ぼんやりとした視界の中で俺の意識は覚醒した。
そして、視界は段々といつも通りに戻っていく。それと同時に俺は身体を起こす。
そうだ。六限目の数学の授業が終了した後の休み時間で俺は倒れたのだ。確かあの休み時間、
少し考えて俺の記憶は段々と回復していく。
確か、遊びに誘われた後、俺はうれしさのあまりぶっ倒れた。そして、今ここ保健室にいるのだ。
どうやらぶっ倒れた俺を誰かが保健室まで運んでくれたらしい。
そして、その後俺はベッドに寝かせられていたらしく、その証拠にベッドの温かい生地が尻を通して伝わってくる。
保健室から窓を覗けば帰宅している生徒が多々いる一方で、部活鞄を肩に掛けながら
どうやら、もう帰りのホームルームは終わったらしい。
んじゃあ、俺、結構長い間寝ていたんだな……とりあえず、保健室の先生に意識が戻ったことを伝えるか。
そう思いベッドから降りようとする。
――しかし、ここで俺の身体は雷に打たれたかのような衝撃に襲われた。
「……なんで、坂宮がここにいるんだ……?」
俺が寝ていたベッドの隣の椅子に腰を掛けながら寝ているのが坂宮だったのだ。
坂宮の寝顔を見て、俺は思わず紅潮する。
そして、当然のごとく俺の脳は混乱する。
……いや、まじでこれどんな状況だよ。
高鳴る鼓動――彼女のぷるぷるな唇、いつもは目立っていないのに目を閉じているからなのか存在感を主張しているかのような長い
やべえ。坂宮の寝顔も超可愛い……。
そう思いながら坂宮に見惚れていたとき、坂宮の睫がぴくり、と動いた。そして、坂宮は瞳をゆっくりと開けていく。完全に開き終わった後に自分の手で坂宮は目を擦った。
そして、坂宮は俺の方を向いた。当然のごとく、俺は坂宮に見惚れていたので、目が合った。
「……」
「……」
お互い沈黙を保ちながら、頬を赤く染める。
この状況はまじでやばい。絶対俺、坂宮にきもいとか思われている!
さすがに、このまま沈黙が続くと雰囲気的にもまずそうになるので、俺は坂宮に話を投げ掛けようとする。
「「あのさ」」
しかし、坂宮も同じことを考えていたらしく、俺らの声は重なった。
「な、なに?」
俺は照れながらも会話の主導権を坂宮に譲った。レディーファーストとか言うだろ? それだ。ここで俺が会話の主導権を握ってしまったら男失格だと思ったのだ。
良くやった! 俺、とか変なことに自尊心を高めていると、坂宮が
「あの、さっきの話の続きなんだけど……」
弱々しく、そして僅かに頬を朱に染めながらも坂宮は言った。
その可愛さに俺までもその朱が移ったかのように頬が赤くなった。否、元々俺の頬は坂宮を見た瞬間に真っ赤だったので俺が坂宮に朱を移してしまったのかもしれない。
「う……うん」
頬はいつも通りの色に戻らず、俺は俯きながらも陳腐な返事をしてしまった。
まあ、坂宮の話の続きをちゃんと坂宮の目を見ながら聞こう。
俺は覚悟を決めて顔を上げる。そして、坂宮の目を見ようとする。しかし、坂宮までも俯いているので、俺らの目は合わなかった。
その状態を維持して坂宮は続きを話す。
「日曜日に
坂宮は俺と決して目を合わせようとせず、俯きながらも指を差して命令してきた。
だが、俺は命令されなくとも絶対行く! というか行きたい!
「あー、それならさっき言った通り日曜は超暇だからだいじょぶ!」
まあ、正直のことを言うと坂宮と二人で行きたかった。
ちなみに竜胆と桜と坂宮も仲がいいのだ。大抵、グループを組むときは四人でやっている。まあ、そのグループ内でも相変わらず今の坂宮は冷たいけれど……。
坂宮一人だけ幼馴染でないことに疎外感を持っているのか、高校一年のときよく、「私もみんなと同じ保育園、同じ小学校、同じ中学校が良かったなあ~」とか、文句を言っていた。坂宮はどうも過去を振り返る人らしい。
だから、今回のメンバーもまあ納得か……最初に誘われたとき、デートの誘いだと思って浮かれていたら意識を失ってぶっ倒れた俺超不憫!
色々な悔いを残していると坂宮が話題を変えてきた。
「それで、華上が言おうとしてたことはなに?」
坂宮は俺の言い掛けた言葉の続きが気になるのか、その目は「絶対言え!」と、言っているように見て取れた。威圧感に押し潰されそうになったので、他愛ないことであるが、俺はさっきの言葉の続きを坂宮に話すことにした。
「いやー、なんでわざわざ保健室に来てくれたんかなーって思って」
そしたら、坂宮は何かを思い出したかのように焦り始めた。ん? この反応はなんだ? なんか怪しいなー。
そんなことを思いながら坂宮の方を見ていると、坂宮は俯くのをやめて俺の方を見た。いきなり目が合ったので、思わず俺は照れる。
「べ、別にほんの一ミリくらい心配したから来てあげただけ! 実際に華上が倒れた
後、私色々大変だったんだから!」
怒りの眼差しを俺に向けてくる坂宮だが、何に対して怒っているのかが分からない。
まさか、俺が寝ているときに無意識に坂宮に何かしたとか! もし、そうだったらやべえ。洒落にならねえ! もういいや。こんなとこで色々と憂いの気持ちになっていても仕方がない。勇気を出して聞いてみるか。
「俺って坂宮に何かしちゃった……か?」
弱々しく、
そしたら、坂宮は頬をさらに赤く染めた。
それが、怒りの赤なのか、恥ずかしさの赤なのかが俺には分からない。
そして、坂宮は俺のことを睨むと頬を膨らませた。俺は思わず固唾を呑む。
「華上が倒れたせいで帰りのホームルームが始まる直前に私が先生と一緒に華上の肩を持って、保健室まで運ぶことになったのよ! おかげで肩はこりこり状態」
そう本人がいる前で愚痴った坂宮は嫌味のように肩を回した。だが、そんなことに俺はショックを受けなかった。てか、
坂宮の言葉からしてみるに俺と坂宮の身体の一部分が触れたってことだよな。それって即ちボディータッチ! いや、まさかこんな形でボディータッチをしてもらえるとは思ってもいなかった。ああ、幸せだ。
「なに、にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべてるのよ!」
坂宮は俺のことを引いているのか椅子から立ち上がり俺との距離を空けた。
だが、今の俺はそんなことにショックは受けない。ボディータッチされたことがとてもうれしかったのだ。
「いやあ、坂宮が俺にそんなことをしてくれたと思うと少しうれしくてさ」
これは俺の本心だ。
高校一年から同じクラスで中々、俺がクラスに馴染めず困っているときに竜胆、桜に続いて声を掛けてくれたのが坂宮だった。坂宮は素直じゃない所はあるけど、話していてとても楽しかった。そして、いつの間にか俺は坂宮のことを好きになっていた。
二年生になったら告白しよう! と張り切っていた。天の神様も味方してくれたのか二年生でも坂宮、竜胆、桜と同じクラスになれた。正直、竜胆と桜よりも坂宮と同じクラスになれたことがうれしくて仕方がなかった。いつも通り、一年生の時みたいに二年生になっても自然と俺は坂宮に話し掛けた。
――しかし、坂宮からは冷たくあしらわれるようになった。それが、始業式で一緒のクラスになれたと喜び浮かれていたある日の朝。それから十日ほど経っても状況は変わらなかった。酷い時では相手にもされず、無視されていた。
どうして、坂宮が二年生になってから俺に対してだけ態度を急変させたのか。高校二年の四月下旬の今、俺はまだそれを知ることが出来ていない。
だけど、坂宮はきっと――自分を偽っている。
自分の本心を表に出すことを拒んでいる。根拠はないが、何となく俺には分かる。
そんな坂宮が保健室まで俺を運んでくれた。俺が目を覚ますまで一緒にいてくれた。
――だから、
「ありがとな。坂宮」
ここはお礼を言うべきだ。ありがとう、と真心と感謝の意をきちんと込めて。
坂宮は少し驚いていた。すると、すぐに微笑んだ。かと思うと次は焦り始め、
「べ、別にお礼なんかいらないわよ!」
と、腕を組み、口をへの字に曲げて目線もどこか遠くに遣った。
そして、その後坂宮は俺に背中を向けてカーテンを開けて、出ていこうとする。幸せな時間もここで終わりかー、と思っていると坂宮は最後にこっちを振り向いて、
「じゃあ、次の日曜日ね!」
と、言って笑顔を俺に向けてきた。その笑顔に俺は思わず頬を赤く染めて、
「お、おう」
と、陳腐な返事をしてしまった。
その後、坂宮はカーテンを閉めた。
だが、完全にカーテンが閉まる直前に俺には見えた。
――坂宮の頭の横に浮かんでいる数字、告白成功指数が0から2へと上がっていたのだ。
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