第4話 坂宮からの誘い
今でも俺のクラス二年三組では数字がひょいひょいと浮かんでいる。いや、ある動物が動くとそれに連れて数字も動くので、飛んでいるという表現の方が正しいのかもしれない。
とりあえず、数字が邪魔で授業に集中出来ねー!
先生! そこに立たれると右横の告白成功指数で黒板の字が見えません! 今すぐどいて下さい!
黒板に書かれた内容も
そんな俺の様子を見かねてか、幼い身体に眼鏡を掛けている、ここ二年三組の担任であって、数学担当の
「
急に俺は名前を呼ばれた。
「はい?」
「はい? じゃありません! 授業は真面目に受けて下さい!」
どうやら、俺の授業態度に先生はお怒りのようだ。
だって、仕方ないじゃん。見渡す限り数字が目に入るし、黒板の字が見えなくなるし、そんな状況の中で授業に集中しろ! って言う方がおかしくないっすか。
とりあえず、黒板の字が見えないので、先生に俺の視界から消えろ、と遠回しに頼んでみる。
「じゃあ字が見えないので、しゃがんでくれませんか?」
そしたら、クラスメートみんなの視線が俺に集まった。
隣の
角度的に考えて俺のここの席からならば、黒板の字は見えるだろう。それなのに、俺が先生に字が見えない、とか言ったので、クラスメートたちはおかしく思ったのだ。
「分かりました。じゃあしゃがみます!」
瞬間、俺らの視界から本当に先生の姿が消えた。
え、あの先生、本当に俺の視界から消えたの? 俺、冗談で言ったんだけど。花咲先生って実は馬鹿なの?
そして、クラスから笑いが起こる。
三秒ほど経ってから、先生がむくり、と身体を起こした。それと同時に俺の視界に入るものが少し変化した否、先生の頭上に浮かんでいる好感度が80から78に下がった。
一瞬、戸惑ったが、俺の脳はすぐ物事を理解することが出来た。
俺が、先生をしゃがませ、それに対してクラスメートたちが笑った。その笑いは純粋な笑いよりは人を馬鹿にする嘲笑の方に近かった。
「結翔くん! 先生になにやらせているんですか! 酷いです!」
先生は頬を膨らませながら俺に怒りをぶつけてきた。
「俺は冗談で言ったんすよ?」
先生に向かってうざ発言をすると、先生はさらに頬を膨らまして、
「そもそも結翔くんの席なら角度的に考えて黒板の字、見えますよね~?」
だから、右横の告白成功指数が邪魔なんですよ。角度的とかそうゆう問題じゃないんですよ。
だが、先生にそんなことを伝えたとしても信じてもらえる訳がない。
「すみません。黒板の字が見えないっていうのは嘘でした」
最終的に自分でしといた発言を嘘ということにした。そこで「結翔くんは意地悪です。そんなんじゃあ女の子にモテませんよ」と、先生からの無駄なアドバイスを受けて、クラスで再び笑いが起こりつつも、先生の授業は終了した。
数学は苦手なので、国語とかの授業の二倍は疲れた。
みんなが帰りの用意をする中、疲れを少しでも癒すために俺は伸びをする。
そして、坂宮を一瞥した。すると、目が合った。俺の頬は一瞬で真っ赤に染まりすぐ、目を逸らしてしまった。
やばい。心臓の音がいつも以上に速い。あー、どくんどくん、うるせぇ。なんで俺は目が合っただけでこんなに緊張しているんだよ。
「ねえ」
瞬間、俺の心臓は飛び跳ねた。
今、誰に声掛けられた? まじで誰だ……?
声が聞こえてきた右側にゆっくりと、少しずつ、顔を向ける。そしたら、可憐な短い茶髪に大きく光を反射させている瞳。クラスの人気者で存在感が高い坂宮と目が合った。
一瞬の出来事に俺の頭は沸騰する。
「ねえ、聞いてる?」
緊張のあまり、意識が薄い状況の中、俺はまた坂宮に声を掛けられた。
「お、おう!」
答えると、坂宮は怪訝な表情をした。
「どうしたの?」
「いや、久々に話し掛けられたから少し焦っちゃって、ははは」
相変わらず、俺は緊張しており作り笑いを浮かべるか、一瞬の間に整理されたそれとない言葉を並べることしか出来なかった。
「へぇ、少しきもかった」
「……」
だから、なんでこうなるんだよー!
坂宮はいつもそうだ。俺以外の学校の生徒みんなとはめちゃめちゃ面白そうに会話するのに何故か、俺だけにはさっきみたいな「きも」を始めとする「あんた馬鹿?」とか「一回地獄に落ちたら?」とか、辛辣な言葉ばかり放ってくる。
俺は、ショックのあまり席から立ち上がりトイレに行こうと足を進める。だが、ここで、
「
予想外の声が掛かった。
相変わらずの死人のような顔をしながら俺は振り返る。
「ん?」
「あのさ、今度の日曜……空いてない?」
弱々しく坂宮がそう言ったからふつうの人の聴力だったら今の言葉は聞こえていなかっただろう。しかし、俺にはその言葉がうれしすぎて明確に耳に入ってきた。
「え! 空いてる! 日曜とか超暇!」
喜びのあまり俺の心の中では歓喜の舞が起きている。
「んじゃあ、ちょっと……付き合ってほしぃ」
……嘘だろ?
喜びのあまり比喩ではなく、俺の意識は直後に吹っ飛んだ。
段々と薄くなっていく視界。
段々と狭まっていく世界。
そして、段々と俺の瞳から光が失せていく。
――ああ、幸せだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます