10

10‐カユウ

 フタバとソヨが受験を終えた夜、私は施設の電話を借りてフタバに電話をかけた。純粋に手応えを聞きたかったし、「お疲れ様」って言ってあげたかった。もちろんソヨも労ってあげたかったが、それは直接にすることにした。何より電話では手話の会話ができない。


 数回のコール音の後に、向こうの施設のおばちゃんが出てくれた。そして、困ったような声で返される。


「ソヨちゃんのこともあるから、フタバくんに電話はさせないようにしてて……用事なら伝えておくけど、どうする?」


 それならなんでもないです、という話をして電話は切った。それなら直接会って言った方がいい。ソヨとタイミングも合うから平等だ。





 と、言うわけで数日後に私は二人の施設を訪れた。二人は試験を終えて開放感に浸っているところだろう。そこで私が二人をよしよしと労わってあげたのち、私の勉強に付き合ってもらう。もう「わーい!!」って遊んでしまいたいが、それだと私の受験がまずいことになってしまう。


 何度も言うように私は不登校中学生だ。耳が聞こえないからとはいえ、高校の試験が緩くなるという訳でもない。


 だから、思いっきり扉を開けた。ノックはなし。


「フタバおつかれ!勉強付き合え!」


 ベットに転がっていたフタバは跳ね起きてこちらを向いた。「あえあえあえあえ」なんて間抜けな声を出している。その間に、私はお淑やかな笑顔と共に手を動かす。


“ごきげんようソヨ。受験お疲れさま”


 急に入ったのでソヨもびっくりした顔をしている。ソヨもフタバも顔はひとつなので当然だが、私にはそれがソヨの顔に見えた。そして、その顔の手と口が同時に動く。


“あ、ありがとうカユウ……そんな急に入らなくても”


「びっくりしたよカユウ……えと、勉強は付き合うよ?」


 そう言いながら立ち上がり、ドアを開けたところにいる私に近づいてくる。労りの気持ちも込めて、すかさずそこにハグを打ち込む。打ち込むというと変だが、攻撃を加えるようにハグをしてやった。


「わ」


 と声を上げるのはフタバ。


 ふふ、嬉しいわね?


 とでも言ってそうな顔をしているのはソヨ。ハグをすると手話が出来ないため、彼女は何も言わなかった。とはいえ、もう私とソヨの仲だ。何が言いたいのかくらい、顔でわかる。


「えっと、カユウ……」


「お疲れさま、フタバ」


 そう声をかけると、フタバは私の体を離して少し距離をとった。顔が赤い。


「照れてるの?」


「だ、だってカユウは女の子だし」


 その言葉を聞いて、なんだか嬉しい気持ちになる。ちゃんと私のことを女だと思ってくれてるんだ。私もフタバの特別になり得るということか。そんなことを考えてたら、ソヨがニコニコ笑った。


“もう、なに自分でハグして赤くなってるのよ。ワタシが恥ずかしくなってくるじゃない”


“へ?私赤くなってる?”


“そーよ。ワタシのこと、男の子かなんかと勘違いしちゃった?”


 ぶっちゃけ図星なのでなんとも言えない。だから若干話題を逸らす。


“そのペタンコ胸なら勘違いされかねないよね”


“なにをー!?”


 私たちの仲だからここできる罵りあいをしながら、私はフタバとも会話していた。相変わらず顔は赤いままで、ソヨにも言ってやりたいくらいだった。


「カユウはもう少し気を使った方がいいと思う」


「どういうこと?」


「……あんまり男にちょっかい出すなってこと」


「もー、フタバ以外にしないってばー」


「高校行ったらその辺の男にしてそうで怖いんだよ」


「ちょっとひどくない?」


 なんだかこちらでも口論が始まってしまった。私はソヨとフタバの二人を同時に相手することになり、それは少々面倒だった。が、同時に楽しい。こんなにリラックス出来たのは久しぶりだ。


「たのしーね」“たのしーね”


「そうだね」“そうね?”


「さ、勉強付き合って」“あ、勉強付き合って”


「仕方ないなあ」“仕方ないわね”


 そんなやり取りの後に、私はノートを広げるのだった。

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