6-フタバ

 状況が飲み込めない。久々にが来たと思った。三ヶ月ぶりのはずだ。なんだか嬉しくなっていたら、唐突にその声が耳を貫いた。あまり上手な発音ではなくて、喋り方だけで言うと二歳か三歳くらいの赤ちゃんのようだ。でも声は同じくらいの年の女の子だ。正直な感想をいえば、可愛い声だ。


「ソヨ、あり……がと」


 って。驚いた。奴は喋ったことなかった。いつもの怪奇現象の正体が、この声の主なのか。それとも、別のなにかなのか。僕にはわからなかった。


「今、僕の前で喋ったの誰……?」


 とりあえず、そう呼びかけてみた。もしかしたら、風の音か何かを声に聞き間違えたのかもしれない。


「え、ソヨ……?」


 返事が来た。ソヨって、例のソヨさんだろうか。最初の言葉にも、その名前が入っていた。何か勘違いをしているみたいだ。何をどうして僕とソヨさんを間違えているのかはわからないが、とにかく名乗る。


「えと、僕はフタバだけど?」


「……へ?」


 どうしてかわからないが、目の前で腕をしゃがしゃがと動かしている音が聴こえてきた。とんでもない速度だ。まるで腕が四本あるかのような衣擦れの音がする。


「とりあえず、君は誰?」


「え……カ、ユウ。だけど」


「カユウ?カユウさん?」


「うん」


 どういうことだ。カユウを名乗る人が、ソヨと呼んできた。間違いなく噂に聞いていたカユウさんだろう。


「なんでソヨさんと僕のことを間違えたの?」


「え、あの、だって……えっ?」


 疑問形で返されてしまった。どうしたものか、とにかく落ち着かねばならない。聞こえる音の節々から、向こうも混乱しているようなので落ち着いてもらわねばならない。と、その時、一言。


「すみ、ません。トイレに」


 その直後に部屋を軽い音が駆けて、バタンと扉の閉まる音がした。


 フム。どういうことだ。どういうことだ?


 ソヨ。カユウ。その二人は耳が聞こえないらしい。そのため、音を発する感覚が掴めなかったために喋れないそうだ。だから、いつも手話で楽しそうにお喋りをしていると聞いている。盗み聞きした。

 カユウさんは、耳が聞こえるようになる手術をしたらしい。そのため、今日はたどたどしいながらも喋れたのだろう。

 でも、彼女は目が見えるはずだ。僕は自分の容姿を知らないが、女の子であるソヨさんと見間違えることがあるだろうか?後ろからならまだしも、声は正面のすぐそこからだった。


 ……余計にわからない。


 話は彼女が戻ってきてからだ。もっとも、この部屋に戻ってくればだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る