6-カユウ①

 バタン。車のドアを閉じた時にはこんな音が鳴るのだ。常識だが、そういった音の知識を吸収していくのはとても楽しかった。


 久々にこの施設に来た。

 そしてこれから、久々に私の親友に会う。


 アサギさんに、そろそろソヨと話したいと相談したらすぐに予定を作ってくれた。だから今、『双葉』と札の着いているドアの前に立っている。ここの施設のおばちゃんからは、自由に入っていいと言われた。ソヨにはノックが通じないので、何もクッションをいれずにドアを開ける。


“久しぶり。元気してた?”


 開けたと同時に手を動かした。それからソヨの顔を見る。相変わらずの短い髪。惚れる女の子も出てくるんじゃないかというような顔立ち。しかし、キリッとした目が今日は丸くなっていた。驚きの表情。


“当たり前じゃないの。久しぶりね”


 すぐに丸くした目を細めて笑ってくれた。抱きついてくるかと思って両手を広げてみたら、“何の手話?”と返されてしまった。ソヨは鈍いなぁと笑った。そして、いつも通りベッドに腰掛ける。二人で肩を並べる。


“『音』はどう?”


“すごいよ。なんか、すごい”


“ひどい表現ね”


“だって、すごいったらすごいんだから”


 確かに、我ながらひどい説明だと思う。何がすごいのか伝わるはずがないし、私がソヨの立場でこの説明をされたら愛想笑いを返してしまうだろう。でも、ソヨは普通に楽しそうに笑ってくれた。


“その、耳についてるのが手術で付けたやつ?”


“うん。人工内耳っていうのを埋め込んであるんだけど、これを外に取りつけてやっと音を拾うんだ”


 ソヨは私の耳についている機械を指さした。耳の裏に引っかかる形で付けてあるものだ。聞こえる音量の調節などをこれでするのだ。その話のついでに、自分の髪を掻き分けて、耳の真上あたりの頭皮を見せる。


“それも?”


“うん”


 普段は髪に隠してあるので見えないが、頭にもパーツがくっつく。詳しいことはわからないが、ざっくりパンフレットを見た感じだと、その部分と耳に埋めた部分が通信して音を伝えてくれるみたいだ。だが、言葉が難しかったせいでそれが正しい自信がない。その話をしたら、ソヨに笑われた。


“ソヨはここ三ヶ月くらい、何してた?”


“ワタシはいつも通りよ。ただ、寝る前にカユウはどうしてるかなって考える習慣はついたわね”


“なにそれ。私に恋でもしてるの?”


“自分で言ってて恥ずかしくないの?”


“……忘れて”


 そんなどうでもいい会話。音のない会話というのは久しぶりだった。しばらく談笑した後で、ソヨが切り出す。


“あのね?カユウにプレゼントがあるの”


“えー?なに、かしこまって”


 ソヨはベッドの下に手を伸ばす。ガサゴソと探って、何かを掴んで取り出した。花だ。ビニールで軽く巻かれた、何本かの花。うち一本は、見覚えのあるものだった。


“これ、アレでしょ。私の同じ名前のやつ”


赤熊百合トリトマね。本当は花言葉で花を選びたかったんだけど、この季節でいい感じのがなくてね”


“え、それで、プレゼント?くれるの?”


“そうよ。頑張ったねと頑張れよの意味を込めて、小さい花束だけどプレゼント”


 ソヨがそう言って花束を渡してくれた。両手でありがたく受け取って、感謝を伝える。ただの感謝でも悪くなかったと思うが、せっかくなのでこのタイミングでお披露目することにした。といっても、ソヨには聴こえないが。

 今までの人生で慣らした手の動きと、ここ三ヶ月で練習した口の動きをシンクロさせて感謝を伝える。


「ソヨ、あり……がと」“ソヨ、ありがとう”


 口の動きを見て、ソヨは察してくれたのだろう。目を見開いて、びっくりした顔を見せてくれた。


“どういたしまして。今、口で話したんてんでしょう?すごいじゃん!”


 そう言ってくれたので、えへへと頭を掻いた。その直後、不意に何かの音が私の耳に伝わってくる。静かな部屋だったので単純にびっくりした。しかし、驚いたのはそれだけの理由じゃない。


 音と言ったが、正確には声だ。男の子のような、女の子のような、透き通った声。

 その音源は目の前。ソヨの頭。もっと絞れば、彼女の喉。


「今、僕の前で喋ったの誰……?」


 そう話していた。慣れてないのでまだ聞く方の自信はなかったが、間違いなくそう言っていた。ソヨが。音が聴こえなくて、前の私と同じように口で喋れなかったソヨが。流暢に。ハッキリ。


「え、ソヨ……?」


「……? えと、僕はフタバだけど?」


 それが、私と彼の「はじめまして」だった。

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