6-カユウ②
バタン、とドアを閉めてその前に立って、高鳴る鼓動を治める。ドクドク言っている心臓が落ち着くのを待つ。
どういうこと?
この部屋についている札は『双葉』。
私の親友の名前は
冷静に考えようと思っても、脳内の私は「えっとえっとうーんと、えっとフタバさんと、ソヨが、その、えっと、えー……」としか言ってくれない。要は混乱しているのだ。
ドアの前で突っ立っていると、通りかかったこの施設のおばちゃんが声をかけてくれた。私はこの施設に通って長いので、ここの人たちともなんとなく顔見知りになっていた。手話ができる人も把握していて、その人たちとは多少仲良くなっていた。
「どうしたの?」
「えっと、あー……手話で、いいです?」
今の状況を口で説明できる気がしなかった。おばちゃんはそれを快諾してくれたので、手を使って簡単に説明する。ソヨに口で喋りかけたら、フタバという人が口で返事をした事。ソヨはその事に気がついていないこと。フタバさんも、ソヨと自分は別だと思っているらしいこと。その他、細かいことも。
“……やっぱり、カユウちゃんの耳が聞こえるようになったら説明しなきゃと思ってたのよ”
“ソヨのことですか?”
“立ち話もなんだし、少しここから離れましょうか”
おばちゃんに連れられてやってきたのは、施設の事務室。その休憩スペースのような場所の椅子に座らせてもらった。
“今からおばちゃんが話すのは全部本当のことなの。信じられないかもしれないけど”
“ソヨのこと見せられたら、なんだって信じちゃいそうです”
“ふふ。カユウちゃんは、ソヨちゃんの障害ってなんだと思ってる?”
“私と同じで、聴覚に関するものじゃないんですか?”
おばちゃんが首を左右に振る。そして、続けた。
“あの子の障害は、噛み砕いて言えば二重人格なの”
衝撃的だった。二重人格?ソヨが?私の見知ったソヨが、他の人格も有しているというのか。今までそんな素振りはなかった。
“二重人格って言うと、ひとつの身体で片方ずつ人格が出てくるイメージでしょ?でも、あの子は違う”
そう。漫画や小説の二重人格といえば、ある時は人格Aで、ある時は人格Bでというのが一般的だ。二つの人格が入れ替わるのを繰り返して生きているという印象である。
“あの子の二つの人格のうち片方がソヨちゃん。ソヨちゃんは、視覚が使える”
視覚が使える?それは当たり前だ。じゃないと手話はできない。
“もう片方のフタバ君。あの子は聴覚が使える”
聴覚が使える。それを聞いて、なんとなく悟った。
“つまり……、ソヨは目が見えるけど耳が聞こえない。なぜなら耳はフタバさんが使ってるから。代わりに、フタバさんは目が見えない……ってことですか?”
“そう。でもその分生活は困ってないみたい。フタバ君は目が見えないけど、ソヨちゃんのおかげで安全に歩ける。ソヨちゃんはフタバ君のおかげで、口で呼びかけても振り返ってくれる”
なんとなく理解できた。確かに、前にソヨは耳が聞こえないのに、時々音を聴いた気がすると話していた。おそらくそれは、フタバさんが聴いた音がどこかでソヨに流れ込んできたのだろう。
“本人たちは?”
“わかってないみたい。意志はある程度共通してるみたいで、リアルタイムでやりたいことが一致するからお互いに気が付かないみたい。時々、食い違うみたいだけど。
一回、冗談半分に説明してみたけど口と手を揃えて「そんなわけない」って笑われちゃったわ。それ以来、本人たちが混乱しないようにその事は触れないでいるの”
“……それ、どうなんですか?”
“わからない。世界に前例がないんだもの、どうしてあげるのが正解かなんてわからないわ”
それにしても、すごいことを知ってしまった。つまり、私がソヨと肩を並べて喋っていたということはフタバさんとも肩を並べていたということなのだ。
“え、というか、フタバ君って……”
“彼は男の子よ。身体は女の子だけど。でも、おムネがあんまり育ってないから男の子みたいにも見えるけどね”
“……なるほど”
つまり、私は男の子とベッドの上にいたのだ。さすがに十四歳、つまりどういうことかくらいわかる。文字列だけ見たら相当まずいことになっている。
“私はどうしたら?”
“申し訳ないけど、別人として接してもらうしかないわ。フタバ君も読書好きだから、カユウちゃんと気が合うとは思うわ”
“わかりました……”
つまり、ソヨとは手話で、フタバさんとは口で会話してくれということらしい。大変だ。未だにこのことが現実とは思えない。だって、あのソヨが。
ただ、思い返せばなるほどと思う部分があった。例えば、いつも付けてるヘッドホン。あれは、ソヨ自体も低音を楽しんでるけど、フタバさんは普通に音楽を聴いているのだ。私と会う時に付けるよう言われていると話していたので、おばちゃん達がフタバさんに私の存在を悟らせないよう音を聞こえにくい状況にしていたのだ。
事務室を出て、二人の部屋に戻る。
ソヨとフタバさんは別人だけど一人なのだ。
双葉=ソヨ+フタバということ。
フタバさんとも友達になれるだろうか。
既にそんなことを考えられるまで順応している自分に驚いた。
部屋に戻った時はノックをした。フタバさんの返事が聞こえ、中に入る。ソヨが手話で話しかけてくれた。
“遅かったわね。お腹壊してるの?”
“ちょっとね、もう平気”
フタバさんも話しかけてくれた。
「えっと、さっきの話の続きしようか?」
「ごめん、ね。ソヨとは、さっき会えた。だから、その話はだいじょぶ」
無論、嘘である。
「あれ?なんで戻ってきたの?」
「お友達に、なれたらなって。迷惑、ならごめん」
フタバさんが「そんなことない」と返事してくれてる時に、ソヨは“大事にしなさいよ”と言ってくれた。二人との会話を同時進行させるというのは少し大変だった。
その後、二人としばらく喋った後に施設を出た。今はアサギさんの車の中だ。
結果から話すと、その後ソヨと私は普段通りの会話をした。ただ、ソヨに何点か指摘されたことがあった。
“なんでそんなに口動かしてるの?”
フタバさんと話しているからである。が、ここでも嘘をついた。こんなに嘘つきになることはなかったので胸が痛む。だが、必要な嘘だった。
“これはね、手話で喋ってることを口でも話してるの。お喋りの練習”
ソヨは“熱心ね”と言ってその後は気にしている様子はなかった。ただ、その後しばらくしてまた一点。
“何をそんなにモジモジしてるのよ”
フタバさんとの会話での態度が表に出てしまったようだ。フタバさんには見えないが、ソヨにはバッチリ見られているので少しやりにくい。
“えっと、男の子と話すのってなかなかないから……”
つい、本当のことが手に出た。“何言ってるの?”と、可哀想なものを見る目を向けられた。なんでもないと誤魔化したが、“おかしなカユウ”と言われてしまった。
以上である。
今日の本題は、ソヨには申し訳ないが、フタバさんだ。今は今日の反省として振り返るので、私のおぼつかない喋りは脳内で綺麗なものに置き換える。
「改めて、フタバ。よろしくカユウさん」
「カユウでいいよ、フタバさん」
「じゃあこっちもフタバでいいよ」
男友達は初めてになるので、とりあえずソヨと呼び合うのと同じ呼び捨てにすることにした。
「ごめん、僕友達いないからさ。なかなか話すのって慣れてなくて」
「ううん、私こそ友達はソヨだけだから。男の子と話すってなかなかなくて、なんか緊張しちゃうね」
今思い返すと、言ってることが恥ずかしすぎてこの身が弾けそうになる。緊張していたのは確かだが、それが一周まわって余計なことまで口に出していた。
「いやまぁ、気楽に接してくれていいよ?そう言う僕も緊張してるけど」
「うん、なんだかごめんね?」
「いや、謝らなくても」
彼と話をしていて、私はなんだかイケない子かもしれないと思った。声を聞くのは初めてでも、容姿はソヨだ。なのに、イケメンの男の子と話してるみたいでドキドキしてしまった。だって、ソヨが私のこと見つめるから。当たり前だけど。
「この部屋にある点字の本は、フタバの?」
「うん、小説が好きでね。でも、有名なやつしか点字にならないから読書の世界が狭くて困っちゃうよ」
私だったら、そう言いながらやれやれと首を振ると思うがフタバはそうしなかった。おそらく、ソヨの方がジェスチャーや手話に集中しているせいでフタバはそうしようと考えないのだろう。
そういえば、彼はソヨが手話で動かしている手の感覚がないらしかった。ちゃんと触覚も痛覚もあるのに、ソヨが動かしている感覚はないらしい。不思議なものだ。
「目が見えないって、やっぱり辛い?自分のことを共感してくれる友達が欲しいとか思う?」
「まぁね。でも、友達なら共感してくれなくてもいいかもしれないって思ってる」
「なんで?」
「こうやって話すの楽しいから」
私の心臓ドキドキ問題はフタバにも非があると思う。この引きこもりコミュ障ぼっちめ。そういうセリフを恥ずかしげもなく吐くんじゃない!
と、自分にすべて跳ね返る罵倒を脳内で済ませて悲しくなった。
その点ソヨは流石だ。私がドキドキしてるのを簡単に見抜いた。親友って素晴らしい。
もう。ソヨとは親友なのに、その中にもう一人隠れてるなんて知りもしなかった。ましてや男の子なんて。
これからも上手くやってけるかなぁ。BFFのソヨさん。
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